シーン1
蹄が大地を踏みしめる音が、律動的に響く。
照りつける太陽に白銀の鎧が煌めき、着飾った駒の、紋章を染め抜かれた布がはためいた。
ひらりと馬上槍の穂先が動いて、迫りくる相手を迎え撃つ。
構えられた盾の中心を撃ちぬいて、槍が撓み、弾ける。
強烈な一撃を受けた相手の騎士は、堪らず鞍から転げ落ち、漆黒に陽光を吸い込む鎧の背を土に汚すことになった。
倒れた黒騎士に従者が駆け寄るなか、白銀の鎧を身に纏った騎士は面当てを跳ね上げると、折れ残った馬上槍の柄を天高く掲げた。
喝采が巻き起こる。街中の人間と、国中の貴族達が集まり、騎士達の衝突に目を注いでいたのである。
栄光を浴びた若い騎士は、興奮に頬を染め、誇りに満ちたまなざしを観閲席に向けた。
彼は腕に巻きつけた布きれに手を触れる。
一人の婦人が熱い視線を返し、感極まったかのように上気した顔を隠した。
「うわぁ、痛そ……」
ルリーナは木の杯を片手に、群衆の中で馬上槍試合を観戦していた。
今まさに地面から引き起こされ、土をつけた者と握手を交わしているのは、ルリーナ達もよく知る黒騎士だ。
仮設の観客席から観閲席は遠く、貴人達の顔は窺えなかったが、リュング城伯旗の下に居るエレインと思しき人影は、心なしか不安げに見えた。
次なる騎士達が槍を携えて闘技の場に進み出てくる。
群衆の熱狂が高まり、押して、押される人々の波が歓声を上げた。
ルリーナの周りは傭兵達に囲まれているので比較的空いていたが、それでもその熱気は伝わってくる。
十分に観衆の視線を集めた騎士達が、騎馬を操り駆け出す。
騎士同士の一騎打ちは最も人気のあるトーナメントの競技だ。
祝宴の前日、本格的なトーナメントの前日祭のような形で行われているものであったが、寧ろ本競技よりも盛り上がる事がままある。
延々と続く軍事教練のような集団戦と比べ華々しく、結果が一目で、一瞬で付くのも良い。
互いの槍が逸れ、馬首を巡らせた騎士達は再び対峙する。
馬上槍試合の為に用意された堅牢な鎧、折れやすく刺さり難い槍。
それだけの物を用意していても、事故は起きるものだ。
折れた槍の破片が刺さった、等と言う事は枚挙に暇がない。
敢えてそれを行う勇気をこそ、観衆を熱狂させる何かであるのかも知れなかった。
今もまた盛大な音を立てて馬上槍が折れた。
競技用の鞍は衝撃を受け流す為に背当ては外されており、槍を受けた騎士は容易く落馬する。
今また転げ落ちた騎士に従士が駆け寄るが、どうやら当たり所が悪かったようだ。
栄光を手にした騎士に喝采が浴びせかけられた後に、群衆の目は倒れ伏したままの騎士に向かう。
彼を案じるように、数瞬の沈黙と、低く囁く不安げな声が広まった。
駆け寄った従士が重い兜をはぎ取るようにして脱がせる。
――大丈夫なのか、まさか。
そのような思いが募ったところで、はっ、と騎士は息を吹き返した。
従僕の手を借りて、重い鎧を身に纏った体を何とか起こす。
それを見守っていた観衆から、惜しみない拍手と、歓声とが沸きあがる。
しっかりと意識を取り戻したその騎士は、自らの足で地を踏むと、その腕を高々と掲げて見せた。
騎馬を降りたもう一人の騎士も、兜を脱いで彼の手を取る。
互いの健闘を讃えるように、肩を叩きあって笑う。
その様子を見た国王は彼らを傍に招くと、木箱から掴んだ幾許かの金貨を与えた。
勇ある者には恩賞を。
公正かつ情け深い王として、獅子国王は名を馳せていた。
緋色の繻子を身に纏い、黄金に輝く冠を戴いた姿は、遥か遠くからもそれと解る。
王が若い騎士達に垂れた頭を上げさせようとすると、改めて彼らは尊敬の意思を表し、更に深く頭を下げるような案配だ。
随分と人徳が有るようだ。というのはルリーナの感想である。
王が二人の腕を取って立たせ、その肩を労わるように叩いたときにまた万雷の拍手が浴びせられた。
そして、中断されていたトーナメントが再開される。
「なかなか、見ごたえがありますな」
「ええ、街の住民にはまたとない娯楽でしょうねー」
正にエンターテイメント。日々に追われ娯楽の少ない街の住人達にとっては最高の催しだった。
騎士達の栄誉を讃えると同時に、卑怯な行いや、臆病な真似があれば、容赦ないブーイングが飛ぶ。
普段は、少なくとも文句も言えぬ高き身分の者にも、それらが許される。
勿論、騎士は名誉こそを第一義としている故にそのような事は滅多になかったが。
祭り事ゆえの無礼講、鬱憤を晴らすのにもまたとない機会だった。
再び、黒騎士の出番が回ってくる。
「よっ! 苦労人!」
「がんばれよー!」
「ここで勝ってくれー!」
「踏ん張れ! 良いぞー!」
彼の戦いぶりは余り褒められた物ではなかったが、意外な事に街の人々の声は温かい物だった。
それもそのはず。トーナメント開催にあたって賭けが行われている訳だったが――勿論、非公式である――黒騎士は大穴も大穴、初出場にして一切期待されていないと言う稀有な存在だった。
何故かと言えば、その人となりをこの街の住人がよく知っているのだ。
ルリーナが胴元に聞いた次第では、彼はもとより小田舎の領主の息子で、リュング城伯に拾われなければ日の目を見ないままに終わっていたような人物である。
そもそもリュング城伯に拾われる事になったのには聞くも涙、語るも涙の物語があるらしいが、その辺りはどうでもよい。
つまるところ、成功ストーリーの立役者で、街の人気は有るものの、その実力に関しても周知の所だったのである。
今また馬上から突き落とされたが、受け身の取り方も堂に入ったものだ。
最初から、相手を倒すことではなく、上手く捌くことを考えているようでもある。
それが証拠に、真っ直ぐ盾に突き立った槍は折れもせずに手許に残った。相手は首を傾げているようでもある。
――そんな戦い方では、リュング城伯の顔に泥を塗るような事にはなるまいか。
遂に勝者が決まり、登壇するにあたって、それが杞憂だと言う事が解った。




