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シーン2

「ふっふーん、やっぱり地に足が付いてるのはいいですね~」


 ルリーナは『真珠の港』を歩いていた。

 活気に溢れた街路には、多くの出店が並んでいる。

 大陸の東から運ばれてきた色とりどりの絨毯や陶磁器、香辛料や果物。

 もちろん、取れたての魚や貝だって売っている。


 海の無い内陸の土地から出てきたルリーナの瞳には、何もかもが新鮮に見えた。


「んー、あれも食べてみたいし、これも食べてみたい。けれどひとまず、今夜の宿が優先ですね」


 と、独り言ちて、けれどどうせなら、と果物の屋台に足を向ける。


「よう、いらっしゃいお嬢ちゃん」

「どもー、このイチジク一つ、下さいな」

「はいよ」


 良く日に焼けた、褐色の肌をした店主の男は無造作に果物を投げてよこした。


「おっとと」

「サービスだ、取っときな。お嬢ちゃんお一人かい?」


 危なげなくそれを受け取って、ルリーナは一つ頷いた。


「ええ、まだ来たばっかりで」

「宿の場所がわからない、と」


 慣れっこなのだろう。

 思ってみれば道の真ん中、目立つ位置にある果物屋は、絶好の質問スポットだ。


「そんなところです~」

「だったら獅子のたてがみ亭って酒場がお勧めだ」

「どんな所なんです?」

「そうだな、飯よし、部屋よし、愛想良し、そして何より……」

「何より?」

「うちの卸先だ」

「なるほど」


 ひどく納得してしまった。

 とはいえ、こんな場所に陣取れる屋台、ということはそれなりの商人なのだろう。

 そんな商人がわざわざ薦めるということは、酒場の方にもそこそこ期待は出来た。

 そうでもなければ、こんな冗談言えないだろうし。


「質問ついでになのですけれど~」

「なんだい?」

「この街で仕事が欲しければ何処に行けば良いですか?」

「そうだなぁ。嬢ちゃん、その腰の物は飾りじゃねえよな?」


 ルリーナは剣を提げていた。

 優美な細剣……には程遠い、短めで幅広の剣だ。

 S字の鍔と魚の尾ひれのように末広がりになる柄が特徴のそれは、喧嘩剣などとも言われる実用剣だった。


「もちろんですよ~、これでも腕っぷしには自信が有るのです」


 ふんす、と鼻を鳴らして彼女は力こぶを見せるポーズを取る。

 ……それほど腕は太くもなく、むしろ不安になるような仕草だったが。


「ぷっ、ま、まぁ、それなら商人ギルドに行くと良いぜ」


 堪えきれずに吹き出した店主だった。


「いつでも隊商の護衛は募集しているからな」

「それは丁度良いですね、この国も見て回りたいと思っていた所ですし」


 ご丁寧にありがとうございます。とルリーナは頭を軽く下げた。


「良いって事よ、ところで嬢ちゃんは……」

「はい?」

「どうしてこんな所に来たんだ?」


 一般に傭兵としてウェスタンブリアに流れ込んでくる人間は、耕す農地を持たない農民生まれや、戦争が終わって職を失った退役兵士等々、一山当ててやろうと言う魂胆の食うに困るような連中ばかりだった。

 ところがこの少女は、旅の疲れこそ所々に残るとはいえ随分と良い身なりをしているように見えた。

 生成りのシャツに、赤いベストと二重のスカート、農婦のドレスのようで有りながら、所々の意匠に拘りが見られた。

 更に足下を見るとただの一枚革の袋ではなく、足をしっかりと包むブーツを履いている。

 喧嘩剣とそれを提げる鋲打ちされた剣帯を見るに、傭兵として鳴らしてから渡って来たかのような印象を覚えるが、服装とそれを合わせて見ると、チグハグな印象だった。 


「んー、この国には面白い風習があると聞きまして」

「そんなに面白い物あったか?」

「ええ、騎士は婦人を守らなくてはいけないと」

「そりゃそうだろうな。御貴族様方はそんな物だろ?」

「で、この国には女性の領主もいらっしゃるとか」

「まぁなぁ、実力さえありゃ誰でも……」

「それです」

「は?」

「女性領主が、婦人を囲っても?」

「そういうラブロマンスは聞くけれどもよ……」

「そういう事です」

「……?」


 暫く腕を組み、首を傾げていた店主が、得心がいったように頷いた。

 何とも微妙な顔をする。


「ふふふ……例え仮初の関係であろうとそのうち本物にして見せますよ……そのためにはまず……」


 店主が黙っている間にルリーナの意識は明後日の方向に吹っ飛んでいたようだった。

 どうやら危ない算段をしているらしい彼女の呟きに、店主の顔から引き攣った笑みが零れる。


「あー、その、まぁ、頑張れよ……?」

「あっ、はい!」


 はっと気付いたように顔を上げた彼女の頬に朱が混じる。

 それだけを見れば微笑ましい光景なのだが、一体何を考えていたのか。

 おほん、とルリーナが咳払いをして場を切り替える。


「色々とありがとうございます~」

「いや、気にしなくていいぜ。また今度寄ったら何か買ってってくれよ」

「ええ、そうさせていただきます~」


 当たり障りのない挨拶を交わして、ルリーナは露店を離れる。

 イチジクを齧りながら離れていく背を見送りながら、店主はふと気づいたように小さく口を開く。


「そういや結局、何者だったんだ……」


 何ともつかみどころのない少女だった。

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