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シーン5

 城門の前には、仮設の受付が作られていた。

 少々騒々しく兵が出入りしていたが、役人は普通に対応している。


「いらっしゃい。えーっと、トーナメントへの参加者希望者かな?」

「はいー。こちらで合ってますよね」

「ああ。じゃあこの書類にサインを。文字は読めるかい?」

「勿論ですー」


 羊皮紙にはトーナメント参加に伴う簡単な誓約が書かれていた。

 死んでも責任はとりません。と言った類の物だ。

 刃を潰した武器を使うとはいえ、鉄塊で殴られれば怪我は勿論、死亡することもあり得る。

 一枚の紙に連名で名前が書いてあり、その中にカメの名前を見つけてくすり、と笑った。

 カメ、と書いてあるのだ。本名ではなく。


「誰か推薦の方でもいるかな」

「推薦と言えるかは解りませんが、紹介は受けましたね」


 首から紐を通して下げていた、エレインの指輪を取り出す。

 蝋を垂らして判を押すと、役人はふむ、と頷いた。


「紋章官を呼ぶまでもないね、リュング城伯かい。後で確認するけどいいかね」

「はい。エレイン婦人とヨアン騎士爵がご存知です」

「ああ、『冷血』リュング城伯じゃなくて」

「冷血?」

「まぁ、そういう二つ名なんだよ」


 役人は苦笑すると、くるくると書状を丸めた。

 兵に呼びかけて、申しつけようとしているのだが先ほどから誰も捕まらないのだ。


「しかし、何があったのですかねー」

「いやさっぱり。私にも解らなくてね」


 後は当日に来てくれればいいから、と役人に送り出されて外に出る。


「そっちには居たか?」

「いや、こちらには居ないようだ」

「何処に行ったんだ、こんな時に……」

「こんな時だから、だろ」

「違いない」


 衛兵達は大声で騒ぎ立てる事もなかったが、声を低く話し合い、そわそわと落ち着かない様子だった。

 大事にはしたくないが、何か困ったことが起きたというようだ。

 少し気になったが、わざわざ虎の尾を踏むこともなかろうと思い直す。

 短くない間、街に滞在するつもりだし、変な疑いはかけられたくないものだ。


「出来ればエレインさんに御目通り願いたいところですけれど」


 今のルリーナはそれが出来るほどの身分にない。

 貴族の血を正面に出せば不可能ではないだろうが、それはルリーナの望むところではなかった。


「そんなことしたらどんな扱いになるものやら」


 真珠の港のギルドマスターの言ではないが、ルリーナには家の再興をするつもりはなかった。

 それに、おそらく他の貴族からは、自らの座を脅かす者として警戒されるだろう。


「何より、面倒ですよねー」


 などと嘯きつつ、何処へ行ったものかと考える。

 教会にでも行こうか。

 傭兵達のような荒くれ者には信仰心などないと思われがちだが、そんなことは無い。

 それは確かに本来の教義からは外れているかもしれないが、死や理不尽、自分ではどうしようもない事に慣れている事もあり、迷信深いのが常だった。

 ルリーナ自身は正直それほど気にもしていないが、隊長が信心深ければ兵の士気が上がるのも事実。使える物は使うのが信条だ。


「見つけましたぞー!」

「待たれーい!」

「きゃー」


 教会へと向かい路地を歩いているルリーナの前を、見覚えのある空色の服が通り過ぎる。

 その後ろを追いかけるのは、一人の兵と、身なりの良い老人だ。

 老人はすっかりと白くなった髪を後ろに撫でつけ、日に焼けた、皺の多い温厚そうな顔をしていたが、今はその目を三角にして走っている。

 老人は随分と健脚な様子だ。寧ろ、立派な鎧を身に着けた兵の方が遅れているような案配。

 長いスカートをはしたなくもたくし上げて走るアイラの、白いふくらはぎが眩しい。


「どうしますかねー」


 これが必死に逃げている、というような状況なら迷う事もないのだが、どう見てもアイラは楽しんでいる様子だ。

 時折振り返る顔は、悪戯に成功した子供のような、というよりもそのものの笑顔である。


「ちょっと手伝ってあげましょうか」


 にやり、とルリーナは笑う。

 悪戯っ子の血が騒ぐ、というものだった。

 幸い、この辺りは先ほど歩いて道を知っている。

 路地裏を駆けてショートカットすると、曲がり角でアイラを待ち受ける。


「こっちです!」

「え、お姉ちゃんはさっきの……」

「先ほどぶりです。ささ、こっちへ」


 路地裏にアイラを招き寄せると、自分はその前に立って視界を遮った。

 帽子を傾けて顔を隠しながら、駆け抜けていく追っ手の足を見送る。

 足音が十分に離れていくのを確認して、後ろへ向き直る。


「えっへへ、悪戯成功。ですね?」

「うん。ありがと! お姉ちゃん!」


 飛びついてきたアイラを抱きとめる。

 汗をかいて上気した顔で見上げると、満面の笑みを浮かべる。

 張り付いた前髪をどけてやる。


「さて、これからどうしましょうか」

「走ってたら喉乾いちゃった……」

「んー、お腹は空いてます?」

「うん! そういえば!」

「お昼にも良い時間ですから……私の泊まっている宿にでもいきましょうか」

「いいの?」

「ええ」

「やった!」


 喜んでみせるアイラと手を繋いで、宿へと向かう。

 途中途中、衛兵達の見回りから隠れるように、二人は抜き足差し足で進んでいく。

 アイラには帽子を被せ、ルリーナは剣を隠した。

 仲の良い姉妹が遊んでいるように見えたか、井戸端に輪になり雑談に花を咲かせる婦人達が温かい笑みを浮かべた。


「とーうちゃく!」

「負けちゃいましたねー」


 相争うように酒場宿に転がり込む。

 アイラが一歩先んじて、酒場の床に足を着いた。

 肩で息をして額に浮いた汗をぬぐう。

 追いついたルリーナは笑顔でアイラの細い肩を後ろから抱きしめる。

 息一つ乱してはいない。


「何事?」


 ベアトリスが目を丸めて二人を見る。


「えへへ、ちょっと追われているご婦人を見つけましてね……」

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