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シーン2

 石張りの床、格子上に組み合わされた木に羊皮紙を貼り付けた窓。

 古さこそ感じさせるが、良く手入れされた調度品。

 日も落ちかけ、常であれば騒々しい時分であったが、その日は静かな物だった。

 がらんと開けた酒場の中で、一人の娘が机を磨いている。

 齢の頃は十七、八といったところだろうか、黒墨色の髪を一つに纏め、長い睫毛に縁取られたエメラルドの瞳は強気な色をうかがわせた。

 飾り気の少ない黒いスカートに白い前掛けを身に纏った彼女は、腰に手を当てて周囲を見回すと、自らの仕事ぶりに満足したように頷いた。


「いらっしゃいませー?」

「どーもー、スリーリバー商会でーす」


 酒場の重い扉を開いて、栗色の髪に赤い鍔広帽子を乗せた少女が顔を覗かせる。

 酒場の娘は、一つに纏められた黒墨色の髪と共に振り返り、怪訝そうな表情をする。


「森の方から葡萄酒をお持ちしましたー」

「え、あなたが?」

「はいー。裏に馬車を止めているので荷の確認お願いしますー」


 呆気にとられたままの酒場の娘は、半信半疑、と言った風情で裏口へと向かう。

 そこには一台の馬車と、強面の男達が屯していた。

 武具を纏った彼らは、見慣れた傭兵の風情である。


「おう、隊長、これ何処に運びやすか?」

「こちらのお嬢さんの言うとおりにお願いしますー」

「応!」


 確かにその少女がこの男達を纏めているようだ。

 若干の困惑を覚えつつ、酒場の娘は傭兵達に荷物を置く先を指示する。

 彼らは笑い混じりに重い樽を転がしてあっという間に片付けてしまった。


「これで全部ですねー」

「あ、助かっ……りました。祝宴を行うからって、お酒が買い占められちゃってて」


 にこにこと人好きのする様な笑みを浮かべた小さな少女が、この傭兵隊の隊長。

 どう見ても年下の彼女に、酒場の娘はどう話したものかと態度を決めかねる。


「えーっと、お名前は?」

「ルリーナですー。ルル、と読んでください。おねーさんは?」

「あ、私はここの酒場宿で働いている、ベアトリスと申します」


 丁寧になる必要はない、とルリーナはころころと笑った。

 何とも掴みどころのない少女だ。とベアトリスは彼女を評した。


「泊まる所も決まっていなくて、こちらの宿を使わせて頂けますか?」

「はい……ええ、今からだと簡単な食事しか出来ないけれど」

「じゃあ、これを前金に」


 ベアトリスは思った以上にずっしりと重い袋を受け取る。

 じゃり、と硬貨が擦れる音がして、中を確かめれば全てが銀貨のようだった。


「え、こんなに……?」

「はいー。出来れば葡萄酒は別のが良いですねー」


 ルリーナが何故か遠い目で言うのを横目に、ベアトリスは銀貨を二枚取り出して、カチカチと鳴らしてみる。


「おーい、戻ったぞー」

「父さん、今すぐもう一回出てお肉とお酒買ってきて」

「あ? この時間にか?」

「いいから!」


 扉を開けて酒場へ入ってきた小太りの男にベアトリスは言うと、袋を投げるように渡す。


「うぉ、なんだこれ……って、おい、何だこれ大金じゃねえか」

「お・客・様!」

「おっと、こいつは失礼を」

「良いから行ってきて!」

「お、おう」


 男は落ち着く暇もあらば、慌ただしく外へ転び出ていく。

 それを見送ってベアトリスは一つ咳払いをした。


「えーっと、食事は一刻後でも良いかな?」

「ええ、構いませんよー。その間に旅の垢でも落としてます」

「ごめんなさいね、まともなおもてなしもできずに……」

「いえいえー」


 こんなに客が来るとは思っていなかった、とベアトリスは申し訳なさそうに言う。

 ルリーナは苦笑混じりに返し、傭兵達を解散させると、スリーピーとスケアリーの二頭と向かい合った。

 馬屋に繋ぎ直して、世話をしなければ。こればっかりは他には譲れない。

 よくやったと首を叩いて、手ずから乾した果物を与える。

 スリーピーは相も変わらず眠そうに、スケアリーはすっかり馴れたようだが少し落ち着きがない。

 ぶるる、という嘶きを聞きながらブラシをかけて、干し草と水を与えてやる。

 暇を与えているらしく、下男も今は居ない。


「よく歩きましたねー。良い子良い子ー」


 ルリーナは鼻歌混じりに世話をする。スリーピーはそれほどでもないが、スケアリーはよく甘噛みをした。

 髪を引っ張られてちょっとだけ叱ったり、柔らかく手を噛まれて微笑んだり。

 艶を取り戻した二頭の鼻面を撫で、抱き着き、十分に満喫した所で開放する。

 心なしか二頭ともげんなりした様子だが、それは見えない振りをした。


「それじゃ、また明日ー。ゆっくり休んで下さいねー」


 随分と疲れているのだろう、足を折ってうとうとし始めた二頭を置いて、ルリーナも自室へと下がる。

 厨房のベアトリスに声をかけてお湯を貰いに行くと、何やら肉を牛乳に浸けている所だった。


「牛乳にお肉……ですかー?」

「ええ、まぁ、楽しみにしてて」


 肉を牛乳で煮るのかな? などと考えつつ湯を張った桶を持って階段を上る。


「おま、どうしたらそんな怪我になんだよ」

「あ? ああ、こいつは何か曲がりくねった剣でな」

「カメの旦那はもう怪我は良いんで?」

「おう、俺は良いが……骨折した、おう、お前、大丈夫か」

「うす、まだ少し痛みやすがなんとか」

「良かったな、無理はするなよ」

「そういやチョーも足やってんだったな……」


 傭兵達の雑居部屋は随分と賑やかだ。

 開きっぱなしだった扉から見えたのは、ほぼ全裸の男どもだった。

 ルリーナはひくり、と口の端を戦慄かせる。

 いやな物を見た、という顔。


「ドアくらいちゃんと閉めてくださいねー」


 言葉面は丁重ながら不機嫌そうなニュアンスを多分に含んだ声を聞いて、男連中が慌てて扉を閉めようとする。


「あっと、こいつは失礼を」

「おい、ちょっとそこ避けろよ」

「あっ、この荷物誰んだー?」

「ちょっ、おま、待てって!?」


 内開きのそれを動かす為にどたばたと動き回っていた男達が折り重なって倒れる。

 桶を両手で持っていなければ、頭を抱えたいところだった。


「見なかったことにしましょう」


 ルリーナは呟いて、自らの部屋へ入るとぴしゃりと扉を閉めた。

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