シーン5
松明に照らされて、武具が鈍い輝きを返す。
ゆらゆらと揺れる影が恐ろしげに浮かび上がる。
「さて、総員準備は良いですか?」
「応!」
賊、住処へ戻る。との報告を受けた時、傭兵らは出陣の準備を万端に整えていた。
鎖帷子に鉄鉢を被り、各々の得物を持った彼らは、粛々と街中を歩く。
「何事だ!?」
「領主からの要望に応え、賊を討つ軍勢です」
門扉に立つ衛兵が止めるのを証文を見せて押し通る。
「こ、これは失礼しました」
居住まいを正す衛兵を横目に傭兵の列が過ぎていく。
松明の照らし出す街中から、暗い道へ。
道なき道へ。そして、数間先も見えぬ森の中へ。
月は欠けも少なくその光を地に落していたが、木々に遮られてそれも薄く、余りに薄かった。
「大将、賊の動きに変化はありやせん」
「了解、このまま少数で先行します」
弩兵三名とカメを含めた七名とルリーナとで先を急ぐ。
「残りの者は騒ぎになったら囲んでください」
「応」
元盗賊を含めれば兵は既に二十名ともなり、随分と傭兵隊としての体裁も整ってきた。
傭兵達は木々の乱立する中を忍びつつ急ぐが、武具が立てる音ばかりは隠し切れもしない。
暗闇の中では音ばかりが大きく聞こえる。
いつ足音が聞かれるかと思うと気が気ではなく、ざわざわと風に揺れる枝が足音を隠してくれることを祈るしかなかった。
「大将」
「全隊止まってください」
いつの間にやら息を止めていたか、数人が息をつく。
周囲に伏していた元盗賊ら――いや、斥候隊からの報告を受ける。
敵は動かず。気付かれてはいない模様だ。
「ここからは静かに行きますよ」
「応」
それぞれに武具を抑えつつ、ゆっくりと歩き出す。
見えてきた盗賊のアジトは幸い、焚火の灯りに照らされている。
暗闇の中に居れば、こちらを捉える事は難いだろう。
「状況は」
「は、大将。異常は有りやせん」
声を抑えて見張りに話しかけると、弩兵を招きよせる。
気付かれぬうちに射掛けた後、襲撃する。
思えば、森で受けた盗賊の襲撃を写したようだ。
後方に控える兵と目を合わせ、準備が整った事を確かめると、ルリーナは一つ嗤う。
「さて、始めましょう」
その一言を切っ掛けに弩の弦が音を鳴らす。
ボルトが風を切り、談笑していた見張りの三人へと迫る。
一人はこめかみを射抜かれ、一人は胸を、一人はどうやら肩に受けたようだ。
声も出ないまま数瞬喘ぎ、やがて息のある物が叫び声を上げた。
こめかみを射抜かれた一人は焚火の中に頭を突っ込み、倒れ込む。
「突撃!」
「オラララララ!」
「この前はよくもやってくれたなぁ!」
「ぶっ殺せー!」
「やったらー!」
事ここに至っては隠れる理由もない。
喊声を上げつつ、得物を振り上げて襲撃する。
ルリーナは先陣を切って飛び込むと、武器を取ろうと慌てる一人を切り捨てる。
次いでカメが肩に矢を受けた一人を切り伏せ、追いついた兵が胸に矢を受け尚も逃げようとする背に追い縋り切りつけた。
人が燃える嫌な臭いを感じつつ、ルリーナはグレイブを置き喧嘩剣を引き抜いた。
洞窟の入り口は数人が肩を並べれば塞いでしまえそうな広さしかない。
それまで閉じていた片目を開く。
這いずり出てきた一人を肩口から切り蹴りつけると、数人が団子になって斜面を転がり落ちた。
「突っ込めー!」
「応!」
洞窟に踊り込んだ傭兵達が、立ち上がる暇を与えずに数人を切る。
寝所替わりか筵が広げられた、洞穴の広まった場所には六人ばかりの賊が待ち構えていた。
奇襲はここまで、といったところだろうか。
「手前ぇら! 何者だ!」
「賊に名乗る名前は持ち合わせてませんねー」
「見覚えがあるぞ手前ぇ、確か一昨日の!」
「だったらどうしようって言うんです?」
首領格らしき男と言葉を交わしつつ、ざっと造りを確かめる。
入り口から想像されるよりは随分と広く、数人が得物を振り回すのに十分な間があった。
壁に掛けられた松明に照らされ中が暗くないのは、不案内なこちらとしては寧ろ幸いであろうか。
「どうしてエレインさんの馬車を襲撃したんですか?」
「エレイン……? ああ、あの馬車に乗ってる貴族はそういう名前なのか」
「ほう、知らぬ、と」
「どうだかな、ここで死ぬ奴にはどっち道関係ねぇだろ」
首領の男は口を笑みの形にしようとしたがそれには失敗し、僅かに口の端が歪んだだけだった。
手に手に短刀や槌、斧を手にした賊は、じりじりと距離を詰めてくる。
数の優位は僅かに賊の側にある。
「行きますよ!」
「応!」
半円に広がる賊が、ルリーナ達を取り巻く前に仕掛ける。
手近の一人が短刀を突き出すのを避け、すれ違いざまに首を切りつけて倒すと、次の一人が斧を振り上げ襲い掛かってくる。
場は混戦となっていた。金属と金属が触れ合う身の毛のよだつような音が響き、時折くぐもった叫びが聞こえる。
松脂の焼ける匂いに、血の臭いが混じる。
ルリーナは振り下ろされた斧をいなして避けると、返す刀で切りつける。
布鎧に阻まれて、背中を浅く傷つけただけでとどまった。
「どっせいやー!」
「うお、危ね!」
カメは真っ先に首領格の男に突っ込み、戦斧をぶん回す。
敵味方共にそれを避けて後ずさった。
兎に角前へ前へと反撃の隙すら与えず振るわれる斧に首領が圧倒されている。
それぞれが奮戦し、頭を割られ、腕が折れ、戦線は歯抜けになっていく。
ルリーナは踊るようにステップを踏むと、味方に拘っている敵を横から、あるいは後ろから切りつける。
数の優位は既に逆転していた。
「降伏は?」
「けっ!」
ルリーナの呼びかけに、カメと得物をぶつけ合う首領は地面に唾を吐いた。
それが答え、という事だろう。
首領は数歩飛び退くと、懐から短剣を取り出して投げる。
「うぉ!?」
カメは避ける事も能わず、何とか顔を守ったものの肩口にそれを受けた。
「畜生、器用な真似しやがるな!」
「カメさん、下がってください」
「いや、だけどもよ」
「良いから良いから」
渋々と下がるカメと入れ替わりにルリーナは前へ出る。
再び投げられた短剣を容易く避けると、二、三歩の間合いを詰めた。
迎え撃つ剣とひとつ打ちあわせる。
「よくもやってくれたな……傭兵さんよぉ!」
「自業自得と、それ以上に言葉は持ち合わせておりませんがね~」
弾かれたように再度間合いを開く。
次の一手を窺い合い、互いに動きが止まった。
じりじりとした数瞬が過ぎる。
緊迫した沈黙を先に破ったのは、盗賊の首領だった。
「くらえ!」
堪えきれなかったかのように、喊声を上げて切りかかる。
ルリーナはそれを見てとると、打ち合わずに真っ向から剣を擦り上げた。
態勢の崩れた男の肩口にそのまま切りつけるが、辛うじてそれは受け止められた。
立ち直る暇も有ればルリーナは一気呵成に攻め続ける。
四方八方から切りつけられ、遂に強力な一撃を受けた首領の男は尻もちをつく。
「諦めませんか?」
「くっそぅ……」
ルリーナは喉元に剣を突きつけ再度降伏を呼びかけるが、男はこれにも応じずに遮二無二突きかかる。
「何故、そこまで死にたがりますかねぇ……」
一つ剣を血振りすると同時にその背後で男が倒れ伏す。
すれ違いざまの一撃は深々と胴を裂き、疑うべくもない致命傷を与えていた。
血だまりが広がり、ルリーナは足元に流れてくるそれを避けた。
振りかえれば、死屍累々の惨状となっている。
「無事では、すみませんよね」
傭兵の側も数人が倒れている。
ルリーナは苦しげに呻いている一人の横に跪いた。
「あぁ……隊長。寒い……ッスねぇ」
彼は腹に大きな刺し傷を負っていた。
それはもう腸まで達しているだろう事が解る傷だ。
流れる血は、大きく血だまりを作っており、既に死に至っていてもおかしくはない。
もし、ここで連れ帰ってもこの深い傷では長くは生きられないだろう。
まだ立っている兵が、悲しげに顔を伏せている。
「もう痛くもねぇや。俺ぁ……もう助からないんですかい」
「ええ。よく、働いてくれました」
ルリーナが言うと、彼はふっ、と笑った。
気休め等を言う物ではない。
死に瀕しては祈る時間も必要だった。
「そうけぇ……ああ、残念や。まだこれからだったのになぁ……」
彼はそういうと、目を閉じて二言三言、祈りの言葉を呟いた。
肩の手当てを終えたカメが傍に来るが、それに首を振って見せる。
「おう、もう目も霞んじまってますわ。寒い、寒いなぁ……」
「大丈夫だ、すぐ、寒くなくなるさ」
「ああ、カメの旦那……すんやせん」
「いや、良くやったぜ。ゆっくり休め」
「ええ、また、向うで……」
深く息を吐いて彼は目を閉じた。
そのまま開くこともない。
「何人、やられましたか?」
「二人やられちまいやしたな」
もう一人は即死だろう。頭を割られたらしく、倒れ伏したまま動かない。
残った者達も大なり小なりの負傷をしている。
一人は骨が折れたか、蒼白な顔をして脂汗を流しうずくまっている。
「残敵は?」
「全員、殺っちまったみたいですぜ」
そうですか、とルリーナは頷くと、兵を引き連れて地上へと戻ると周囲を固めていた兵を呼び寄せて、後処理を行わせる。