シーン4
「おつかれさまですー」
「ありがとうごぜえやす」
戻った元盗賊の傭兵達は残った者達の歓迎を受け、土に汚れた顔を濡らした布で拭いている。
「どうやって見つけたんです?」
「一昨日襲撃を受けた場所から、足跡を辿ったんすよ」
「よくやりますねぇ……」
消えかけた足跡を追い、不自然に折れた枝や、繰り返し通った為に出来た獣道を探し出す。
言うだけならば簡単だが、実際には勿論、難しい事だった。
「昔は密猟で食ってたんでさ」
そう言った一人は誇らしげなものだ。
「どんな様子でした?」
「何やら洞窟の中に潜んでいるみたいですぜ」
曰く、どうやら今は出払っている模様で、見張りの数人を残して不在だったらしい。
今も数人を見張りに残しているが、おそらく夜には大半がねぐらに戻ってくるだろうと推測する。
「なんでまたそんな推測を?」
「まだ真新しい足跡があったんでさ。恐らく昨日の夜と、今朝の往復分でさ」
「そこまで解るんですね~」
「そうじゃなきゃ、獣獲りの罠なんて仕掛けられねぇですぜ」
受け取ったエールを実に美味そうに飲み干すと、代表の一人は膝を叩いて立ち上がる。
「さて、今も待ってる奴がいるんで、早々に飯でも持ってってやりたいとこなんですが」
「じゃあ、ちょっと私も見に行ってみますかねぇ」
「大将、そんな派手な格好でいくんですかい?」
言われて服を見直す。
真っ赤なドレスに陽光を照り返す胸甲。
否応なく目立つ服装だった。
「あー、ちょっと着替えてきますか」
「その方が賢明だと思いますぜ……」
ルリーナは立ち上がると、下男を呼び止めた。
「はい?」
「すみません、ちょっと服を借りたいのですけれど~」
「えっ、いや、お客さんが着れるような立派な服は置いてませんよ」
「いいからいいから」
渋る下男を追い立てて服を借りる。
厩で使っている作業用の襤褸着を羽織ると、何とも地味な装いになった。
なんというか、余り良い気分ではない。
有り体に言って、みすぼらしい。
「隊長……その恰好は」
「何も言わないでください……一番嫌なのは私です」
何か言いかけたチョーの言葉を遮る。
どれくらい洗っていないのか、馬の匂いが染みついたそれにげんなりする。
髪を編んで襤褸を着たその姿は、まさに農家の娘、といった風情だ。
付いてくるカメとチョーは鎖帷子を置いて身軽になった程度である。
「うっし、大将。行きますぜ」
「ええ……恨みますよ、盗賊団」
謂われのない恨みを買うのは、盗賊団も不本意であろう。
ぐっと拳を握りしめ、歯ぎしりするルリーナを見ながら、元盗賊の男は少しだけ同情した。
「さて、では案内してください」
「うす……」
宿を出て、衛兵たちに微妙な目で見られながら街の大きな門を出ると、道を外れて森の中へ入っていく。
「もしかしたら、今張っているかもしれやせんからね」
と、言ったのは元盗賊の男だ。
草木を掻き分けて歩いていく。
右へ左へ、なお暗い中を。
足元を見ながら歩く彼が迷わないのが、寧ろ不思議なくらいだった。
「どうやって、道を、見つけてるんでい」
「自分の足跡を辿ってるんでさ。そろそろ近いんで静かにしてくだせえ」
悪路を歩いて息が切れてきたカメが尋ねると、事も無げに男は答える。
足跡、なんて言われてもよく見なければわからない程度に下草や苔が踏まれている程度でしかなかった。
やがて、開けた場所が見えてきて、ここで待っていてくれ、と彼は仕草で伝えると、一人先へ行く。
そこで張っていた二人の肩をそっと叩き、一言、二言囁くと、ルリーナ達を呼び寄せた。
「どんな物です~?」
「へい、今は見張りがおりやして」
そっと茂みから顔を出してみると、然程大きくない洞窟の前、平地になっているそこに三人の男が座っている。
暇を持て余しているのか、雑談をしているようだ。
ルリーナは息を潜めてそれを見ると、茂みの中へ再び頭を引っ込める。
「なるほど、あれが賊のアジト、ってやつですか」
「そうでやす」
「規模の程は?」
「およそ十五、って所じゃないでやすかねぇ」
地形を見るに、それほど多くの人間が入るとは思えなかった。
洞窟の中がどうなっているのかは解らないが。
案内をして来た男は盗賊の根城を見張っていた二人に、持ってきた軽食を渡している。
パンとチーズに干し肉、といったところだ。
「他に出口とかはありませんかね?」
「見て回りやしたが、それらしい物は見つからねぇっす」
ふむ、とルリーナは頷くと、今一度地形を確認して考え込む。
「一度、戻りましょうか~」
「監視は?」
「引き続きお願いしますー」
「へい」
監視対象に変化が有れば、二人組の片方が伝令へと走り、もう片方は監視を継続する。
「バレるんじゃねえぞ」
「バレても片方は逃がしますぜ」
という事だった。
「さてさって、賊が戻ったら報告をお願いしますねー」
「了解っす」
陽はじりじりと地平線に近づき始めているが、夜まではまだ時間が有りそうだった。
「夜襲をかけましょう」
「それが一番だと思いますぜ」
「何人か選抜しておきましょうか」
道すがらカメと計画を練る。
相変わらず先導されながらでないと迷ってしまいそうな、曲がりくねった道だ。
どれほど歩いたかもよく解らないまま、街へと辿り着く。
ようやっと襤褸着が脱げる、とルリーナは一つため息をついた。
宿では雁首を揃えて今か今かと傭兵達が待っていた。
「んー、チョーさんに周囲を固めて貰って、私とカメさん、あとは志願者で固めますかねー」
「俺が行きますぜ!」
「いやそこは俺が!」
「何言ってやがんでぇ! 俺に決まってるだろ!」
「俺が俺が」
志願者を募った途端にこれである。
ルリーナは軽い頭痛を覚え、頭に手を当てるとやれやれと首を振った。
「あー、カメさんチョーさん、腕の良いのを選抜してください」
「俺に決まってるだろ!」
「いやいや、俺だ!」
「あ? 今ここで昔の決着付けるか?」
「んだと」
わーわー騒いでる傭兵達を放っておいてルリーナは襤褸着を置くと元の服装へ戻って一息をつく。
下に着ていた服に鼻を当ててすんすんと嗅ぐと、微妙な顔をした。
「うー、においが移っちゃってますね……」
これから更に汚れるだろうに、と言われればそうなのだが、気分的な問題だ。
その間にも傭兵達は誰が出るかが決まらずに、結局、コイントスで決着をつけることになった。
「うっし! これで思う存分暴れられるな」
「へっ、俺も負けねぇぜ」
「畜生、囲み役かよ」
「かー、つまんねぇな」
賭けの結果に一喜一憂する傭兵達にルリーナは苦笑する。
「ちゃんとやってくださいよー。包囲も重要な仕事ですからねー」
「はい、隊長!」
日が暮れ、夜が来るまではもう幾許の時間もなかった。