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シーン1

 ここは戦乱の地、ウェスタンブリア。

 統一帝国の崩壊から、幾人かの王が覇権を求め群雄割拠し、諸侯は自らの権益の為に領地を奪い合う。

 戦の世ゆえに、力さえ有ればそれに見合ったものを得ることができ、成り上がりを求めて多くの強者が、或いは傭兵として、或いは仕官の道を探して、この地を訪れた。


 そして、今日もまた、異邦者達がこの地を訪れたのだ。

 多分に漏れず屈強なる戦士たちが……


「ここが噂のウェスタンブリア! 待っててくださいね心のお姉さま!」


 ……いや、明らかに一人だけ浮いている。

 むくつけき男どもが乗り込んだ船の上、栗毛の少女が混ざり込んでいた。

 数日の間、共に波に揺られていた筈の男達も遠巻きにソレを見ているだけだ。

 あるいは、明らかに変な物を見るような、微妙な視線だった。


「見た目だけは結構いけてるのにな……」

「やめとけ、捻り切られるぞ……」

「うん、あの嬢ちゃんなら色々と大丈夫そうだよな……」

「色々ってなんだ?」

「ほら、強盗とか」

「あっ」

「いや、そんなタマじゃねーよ……」


 馬鹿な男が無謀にも愚かな行いをしようとして海の藻屑と消えて以来、すっかり彼女に近づく者はいなかった。


「ゴミムシどもが五月蠅いですね……」


 ぼそっと呟かれた、ドスの効いた声に男どもは一斉に口をつぐんでは、明後日の方向を見て下手な口笛を吹き始める。


「おーう、お前ら、もうすぐ港につくぞー!」


 冷め切った空気から彼らを救い出したのは海賊上がりだとかいう船長の声だった。

 彼は『変なの』を見慣れている所為か、流石に肝が据わっていた。


「わー! これが名高い真珠の港!」


 べたつく潮風に流される髪を抑えて、少女は欄干から身を乗り出した。

 こぼれそうなほどにどんぐり眼を見開き、近付いてくる港の姿を見やる。


 ウェスタンブリア最大の港町は、白亜で作られた豪壮な帝国式建築で有名だ。

 海原の照り返しにキラキラと輝くそれは、海上に真珠の粒が浮かぶよう。


 交易や漁業の為に帆船や手漕ぎ船が行き来するそこは、傍目からも繁栄を感じさせた。


「おーい、そんなに身を乗り出して落っこちるなよー」

「はいはーい」


 少女は冷やかすような声も耳に入らない様子で、期待に胸を高鳴らせていた。


「この街はウェスタンブリアの入り口として、どの勢力からも中立地帯として扱われているんだ」

「へぇ、じゃあどんな貴族様がここを押さえているんだ?」

「統一帝国の皇帝様の子孫が納めてるって聞いたぜ」

「帝国は滅びたんじゃなかったのか?」

「実権はもうなくて、商人ギルドが実質運営してるとか」

「実権ってなんだ?」


 やいのやいのと船上が騒がしくなる。

 船旅の終りと、美しい街並み、これからの期待と不安が、彼らの心を浮き立たせているのだろう。


「これでマズい食事から解放される!」

「んだと、こちとらいつもそれを食ってんだぞ」


 実のところ、それが一番大きいかもしれない。

 数日の航海とはいえ、然程大きくもない船上で火を使う事もできず、乾し肉と硬いパン、限られた水と酒で食いつなぐ生活はなかなかに辛い物が有った。

 船長もそれは解っているもので、苦笑で冗談を返すしかない。


 今まで楽器を潮風に晒すのを嫌がっていた吟遊詩人がリュートをかき鳴らし、英雄物語を歌い始めた。

 そろりそろりと船が水面を滑り、海へ出る船とすれ違う。


 少女はそれに向かって楽しそうに手を振る。


 交易船の船員は少し驚いたような顔をしてそれに手を振りかえした。

 船同士の作る波が複雑に絡み合い、甲板が揺れる。


 それに足を取られてよろめいた彼女に、いわんこっちゃないと船長は笑った。


 殆ど余裕の無い船着き場に、巧みな操船で船は滑り込んでいく。


「錨を降ろせー!」


 船と桟橋に挟まれた波が飛沫を上げて、それを被った者が渋い顔をする。

 それを尻目に少女は荷物を抱え上げて、投げおろした。

 がしゃん、と金属のぶつかり合う音がする。


「じゃ、船長さんありがとね」

「ん? ちょっとお前……」


 甲板の上で助走をつけると、彼女はひょいっと欄干を飛び越えた。

 ふわりと栗色の髪が広がり、長いスカートが捲れないように押さえた姿勢のまま、優雅に着地を決めて見せる。

 ……木製の桟橋がぎしり、と軋む音を立てた気がするが、そこは気にしてはいけない。


「おーう! 嬢ちゃん、あんたなんて名前なんだ」


 なんとなく只者ではなさそうな彼女の身のこなしに、船長は声を懸けた。


「ルリーナ! ルリーナ・ベンゼル! 私の名前を覚えておきなさい!」


 びしっと指を指して高飛車に答えて見せた少女……ルリーナは、踵を返すと振り向くこともなく歩み去っていく。


「まったく、ありゃ只者じゃねえな」

「猫みたいなやつだったぜ」

「にゃー」


 ルリーナに貰った干魚を食みながら、船猫がひとつ、鳴き声を上げた。

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