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シーン2

「おう、隊長。おはようごぜえやす」

「ご苦労さまですー」


 地下の一室、守衛代わりに立つ兵に労いの言葉をかける。


「この部屋は?」

「ああ、見れば解りますよー」


 黒騎士が怪訝そうな顔をするが、扉を開けて中を見ればすぐに納得した。

 そこには、戦闘で捕えられた七人の盗賊たちが詰め込まれていた。


「どうですか皆さーん、反省していますかー?」

「ひぇ、頼むよ、命だけは助けてくれ!」

「むっ、失礼な……」


 街に着いてすぐに守備隊や奴隷商に引き渡される訳でもなく、食事も与えずに地下の暗い一室に放り込まれていた為に、捕虜たちは一晩で随分とげっそりしていた。

 何をされるかも解らずに拘束されているのは、ただただ恐怖を増長する時間だったわけである。

 まぁ、実際には存在を忘れていただけ、なのだが。


「守備隊に渡したらどうなります?」

「まぁ、処刑だろうな」

「奴隷商に引き渡せば?」

「ガレー船で一生漕ぎ手、もしかしたら塩鉱かもしれんが。生きて帰れるとは思えんな」


 捕虜たちに聞こえるように、黒騎士に質問してみる。

 彼らは顔を真っ青にしてがくがくと震えている。

 人を虐めて喜ぶ趣味はないのだが、まぁ、自業自得というやつだった。


「さてさて、本当ならそのどちらかを選ばせるつもりでしたが、なんと! 今回はもう一つ選択肢を与えてあげましょう!」

「なんだ! 何でもするから助けてくれ!」


 ちょっとうるさいな、とルリーナが眉を顰めて黙ると、捕虜たちは固唾を飲んで次の言葉を待つ。


「簡単です。私の下で働きませんか?」

「へ?」


 言われた事が信じられないように、捕虜たちは顔を見合わせる。

 意図が解らずに困惑しながらも、一人が口を開く。


「働くってえと、奴隷みたいなもんですかい?」

「いえいえ、うちの隊で普通に働いて頂こうかと」

「……いいんですかい?」

「勿論。それとも何ですか、裏切りとか考えてます?」

「滅相もねえ!」


 心外だ、と首を横に振る捕虜を見て、ルリーナは鷹揚に頷く。


「まぁ、最初は誰か付けますけれど、働き次第ではすぐに自由にしてあげますよ」

「ありがてえ! もう終わりだと思ってたんだ!」

「俺たちだって本当は賊になんかなりたくはなかったんだ」

「戦が終わっちまって、帰る場所もなくてよう……」

「ああ、気が抜けたら腹が減って来ちまった」


 どうやら本当に無事を保障して貰えると理解した捕虜たちがぐったりと脱力したようにうなだれる。


「さって、そういう訳で、彼らを解放してあげてください~」

「了解っす隊長」


 衛兵代わりに立っていた一人に、縄を外させる。

 元捕虜たちは擦れた手首をさすり、安堵の溜息をついた。


「先ずは腹ごしらえといきましょうか!」


 そう言ってルリーナは先導して部屋を出ると階段を上る。

 酒場には傭兵達が戻っていた。


「おや、そいつらはどうするんですかい?」

「これからは彼らも仲間になってもらいますー」


 葡萄酒を購うためにルリーナが銀貨を置こうとすると、黒騎士がそれを遮って懐から財布を出す。


「いや、ここは私に出させてくれ」

「良いんですー?」

「前払いの一部だと思ってくれれば良いよ。私も飲むしな」


 蜂蜜で甘く味を付けた麦粥と、海を渡って運ばれてきた葡萄酒で朝食をとりながら、黒騎士とルリーナは話し合う。

 黒騎士は麦粥を食べてはいなかったが。

 元捕虜らは傭兵達に混じり、粥をかっ込み、実に美味そうに葡萄酒の杯を傾ける。

 意外と、と言うべきであろうか、傭兵達の間でも受け入れられている様子だ。


「では、明日から取り掛かる、という形でよろしいですか~?」

「本日……では、辛いだろうからそれでお願いしたい」

「しかし、どれくらいの規模なのでしょうねぇ」

「人数はそう多くはないようだ」

「それはまた何故?」

「足跡を調べたんだ」

「それで追跡はできなかったのですか?」

「申し訳ないが……」


 どうやら足跡の偽装まで出来るらしく、追跡に出た兵は途中でそれを見失ったらしい。

 森中全てを潰して行くような討伐戦を行う戦力が無い以上、それで引き下がるしかなかったわけだ。

 徴募された兵、それまで農民だった者にそれ以上を求めるのは酷だろう。


「黒騎士さん達は?」

「恥ずかしながら、こそこそとやるのは苦手でな」

「それで、蛇の道は蛇、と」

「いや、そこまでは言わないが……」


 黒騎士も言葉を濁す所を見ると、否定はしきれないらしい。

 傭兵、というのははぐれ者、無法者の集まりである。

 同じく戦を生業とする騎士が主君への忠誠を誓うのと比べ、金品で契約を結んでいるだけであり、自らの利益の為には略奪、裏切りなんでもござれの印象は拭えない。


「まぁ、私の部隊にそんな事は許しませんけれど」

「その点に関しては信用している」


 実際に食い詰めてしまえば、傭兵団は盗賊まがいの略奪者になる。

 戦が終われば雇われていた兵が解放され、職を失った彼らが徒党を組むというのはよくある話だった。

 領主の館に居るから、と黒騎士は言い置いて領主のしたためた証文と共に、銀貨の詰まった革袋を置くと立ち上がった。


「それは前金だから自由に使ってくれ」

「ありがとうございます~」


 さて、と朝食を終えた兵をルリーナは集める。


「各々に給料を払わさせていただきまーす!」

「マジっすか!」

「やったぜ!」

「今日は色街にでも繰り出すか!」

「いやいや、しこたま飲んでやろうぜ」

「おい、サイコロ出せよ、賭けようぜ」

「お、いいねぇ」


 何やら不安になる声が聞こえた気がするが、そこには敢えて突っ込まない事にした。

 兵の気晴らしも、大事な事だ。

 それぞれに数枚の銀貨を与えると、自由に休ませる事にする。


「節度を持って、楽しい休日を。ですよー」

「はい、隊長!」


 元気に答えた兵達は既に浮き足立っており、解散を告げた途端に方々に散っていく始末である。

 ルリーナは苦笑しながらそれを見送ると、自らも立ち上がった。


「さって、私も出ますかね~」

「隊長、護衛とか付けなくて良いんで?」

「面倒なので良いです」


 部屋に残っていたチョーが声をかけてくるのに首を横に振る。

 偶には一人で街を見て回りたいものだ。

 兵を引き連れて歩いていたのでは、気晴らしにもなりはしない。


「あ、そうだ、チョーさんカメさんは必要な物を後で書き出して置いてください~」

「え、俺、読み書きできねぇですぜ」


 彼もまたルリーナの護衛に着くつもりだったのだろう、葡萄酒の残りを舐めていたカメが声を上げる。


「あー、ショーさんが帰ってきたらみんなで相談ですねー」


 そのショーは喜び勇んで市場の方へ歩いて行った所だった。

 中々に大きな市場が開かれていると聞いて、商人の血が騒いだのかもしれない。


「今回は街をそれほど離れる予定もないですから、リョーさんは良いですかね~」


 リョーは解散を言い渡されてすぐ部屋に戻っていた。

 寝直すつもりらしい。


「それじゃあ、夜にまたー、皆さんもしっかり休んでくださいね~」

「うっす」


 カメとチョーはそのまま部屋に留まると、サイコロ遊びを始めた。

 どうやら、ここで飲んでいく分を賭けて一勝負、といった所のようだ。

 外はよく晴れていた。

 日は高く上り始め、日時計を見ればおよそ四つ半から五つ刻といったところだった。

 人通りも増え始め、煙突から上る煙が空に線を引いている。

 街路には馬車が行き交い、中々の活気を感じられた。


「しかし、そんなに盗賊の被害受けているのですかね~?」


 石畳の街道をふらふらとルリーナは歩く。

 手には腸詰肉をパンにはさんだものを持っている。

 辛子を塗ったそれは噛むと肉汁がこぼれ、手を伝うそれをはしたなくもついつい舐め取ってしまう。

 森が近くにあるだけに、この街は豚の放牧が盛んなようだった。


「おっ、隊長さんじゃあないか」


 広場で髪留めなぞを見ていると、後ろから声をかけられる。

 振り向けば立派な髭を蓄えた壮年。


「あれ、隊商長さんじゃないですか。おはようございます~」

「ああ、おはよう」

「買い出しですか~?」

「まぁ、そんなものだね」


 隊商長は肩をすくめて溜息をついた。


「隊長さんらは何処に泊まっているんだい?」

「豊穣の小麦亭ってところで~」

「ああ、泊り客が全然いなかったろ?」

「ええ、まぁ」

「あそこは真珠の港から来る隊商が懇意にしているのだがね」

「ほう?」

「狙い澄まして襲撃されてるみたいなんだ」


 こんなんが続くようじゃ商売上がったりだよ、と彼はぼやいた。

 それと同時に、お陰で高く売れたのも有ったが、と笑う。

 転んでもただでは起きないつもりらしい。


「昨日の森でも襲撃を受けただろ? 隊長さん何か聞いてないかい?」

「あー、まぁ、でも数日中には解決するんじゃないですかね~」


 ほう、とひとつ鋭い視線で問いかけるように首を傾げたが、ルリーナはそれに両手を広げて『さあね』のポーズをして見せた。


「隊長さんがそう言うなら、間違いないだろうね」

「どうでしょうね~」


 目線を合わせてにやり、とする。

 隊商長はさて、と思い出したように切り出す。


「それじゃあ、私も仕事があるからこれで失礼させて頂くよ」

「それはそれはお疲れ様です~」


 早速、次の準備でもするのだろう。

 ルリーナは隊商長を見送ると、市場に向き直った。

 成程、真珠の港以外からの物流が滞っていないのであれば、それほど困ってはいない訳だ。

 確かに舶来品を扱うような店では、棚に空きが目立った。


「一体何が狙いなのだか」


 少し大きめに残っていたパンを口に詰め込み、頬を膨らませたままもごもごとひとつふたつ咀嚼して、考えてもしようがない事と一緒に飲み込む。

 ふらり、と立ち寄ったのは雑貨を置いた露天商だ。


「わー、綺麗な硝子細工ですねー」

「嬢ちゃんお目が高いねぇ。そいつは掘り出し物でさ」


 路上に並べられた雑多な商品の中にガラス製のブローチを見つけた。

 絵付けのされたガラス細工は貴族に人気の品で、その製法は海を渡って大陸の一部にしかない物だった。


「ちょっと見てみてもいいですかー?」

「おう、いいとも」


 日に透かして見ると、硝子の中にきらきらと細かな欠片が浮いている。

 暗く青い海の中に、星空が閉じ込められているよう。


「んー、そんなに品質は良くないみたいですねー」

「痛いところ突いてくるねぇ」


 雑貨商人は苦笑すると、これはとある旅行者が幾許かの食料と交換で置いていった物だと言う。


「珍しい物だから悪くはないかな、と思ってね」

「これはこれで綺麗ですものねー」


 ルリーナは硝子のブローチを手のひらで転がしてみる。ひんやりとした感触が気持ち良い。

 どうしようかな、と迷って財布を取り出す。


「これ一つくっださいなー」

「あいよ」


 羊皮紙とインクを買い足すと、荷物が思ったよりも多くなってしまった。

 これは誰か荷物持ちか、或いはスリーピーでも連れてくれば良かったかな、と考える。

 中央通りにはどこを見ても店や露店が並んでおり、道行く人々も明るく楽しげだった。

 路地裏には野良犬が居て、気紛れに与えられたパンを食んでいる。

 ぶつかりそうになった子供を避けて手を振って見送ると、一休み。

 高い椅子に腰かけて、のんびりと足を振りながら白湯を啜る。

 少し舌先を火傷して涙目だ。

 昼時の、料理の香りが漂ってくる。


「んー、平和ですねー」


 一つ伸びをして、空を仰ぐ。

 多分、明日も晴れるだろう。

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