シーン7
「隊長さん、もう少しで森が開けるよ」
「それは助かりますね~」
ルリーナ自身はそれほど気にしてはいなかったが、如何せん兵達が重苦しい雰囲気を放っていた。
見え始めた森の終り、さながら洞窟の終わりに見る光のようにぽっかりと広がるそれに、ほっとした空気が流れ始める。
街の城壁が見え始めた。
石積みではなく、木で囲われたその街の周囲は森の中でぽっかりと浮いており、代わりに畑が拓かれていた。
ここまでくれば後少し、農作業をする農民の姿さえ見える。
「これで一段落、ですね」
「ああ、護衛の程感謝する」
「いえいえ、なんとかご無事に送り届ける事が出来て良かったですよー」
「この調子だと従者たちの側が無事かも不安になるな……」
程なくして関所へとたどり着き、簡単に割符を確かめられて通される。
商人が兵による積み荷の確認と、街の商人ギルド員への関税の支払いをしている間に、黒騎士達は街の中へ通される。
貴族が付いているだけあって、ルリーナ達も特に引き止められることもなく城門をくぐった。
「さて、私達は先に領主殿の所へ行かせてもらうけれども、ルリーナ殿はどうするのかい?」
「そうですねー、商人さん達を待って、報酬を頂かなくてはなりませんので、ここでお別れですね」
そうか、と黒騎士は頷くと馬を降り、手甲を外すと手を差し出した。
「今回はありがとう。また何処かで会う事もあるだろう」
「その時はまた、よろしくおねがいします」
傭兵で有る以上、もしかしたら味方同士ではないかも知れないが、それでも友誼というものは大切な物だ。
ルリーナは素直に握手に応じた。
「報酬に関してなのだが、泊まる宿だけ教えてもらえるか? 後で使いの者を出そう」
「そうですね、何処が良いのでしょう?」
「ああ、そういえばこの国には来たばかりだったな……おい」
「はいなんでしょう」
黒騎士が守備隊の兵士に声をかける。
「この辺りでいい宿はないか?」
「旦那が泊まるんですか?」
「いやいや、こちらの傭兵殿方が泊まられるのだ」
「ああ、それだったら豊穣の小麦亭がお勧めです」
場所は……と、衛兵から道を聞き、ルリーナは頷いた。
「では、そちらの方にしばらく居ますので」
「恐らく、明日には使いの者が参ると思う。それまではお待ち頂きたい」
「畏まりましたー」
では、と歩き出した黒騎士達でだったが、ルリーナの前で馬車が一度止まる。
扉を開き、エレインが顔を出した。
「ルルさん、此度はありがとうございました」
「いえいえ、どうかこれからの道中も御無事で」
「ありがとうございます。貴女の行く道にも幸多からん事を」
エレインは微笑むと、一つ指輪を取り出し、ルリーナに手渡す。
銀で出来ており、蔓の巻き着いたような装飾の施されたそれの台座には、リュング家の紋章が刻まれていた。
「何か困った事があれば、リュング城にいらして下さい。私はこのご恩を忘れることは無いでしょう」
「これはこれは、勿体なき御言葉。確かにその気持ち、受け取らせて頂きます」
ルリーナは下賜された指輪を胸に押し抱くと、深く礼をする。
貴族の約束、というのは絶対の物だった。
例えそれが口約束であろうと、破った際には相応の報いを受ける事になっている。
「それでは、またお会いできる時をお待ちしております」
「はい、必ずや。エレイン様も、私の力が御入用の時はお呼び下さい。必ずや馳せ参じましょう」
差し出された手に口づけをしつつ、ルリーナは深く頭を垂れた。
馬車が走り出す。それを見送ってから指輪に革紐を通すと、首に掛けた。
「必ずや、また」
ルリーナは呟くと、踵を返す。
門を通る隊商の列がようやく動き始め、商人ギルドへと向かう。
ギルドの中庭で商人達は馬車を止め、荷物の一部を早速下ろし始めた。
「さて、ありがとうな隊長さん」
「いえいえ~、隊商長さんもお疲れ様でした」
「はっはっは、そうでもない、と言いたい所だがねぇ」
一昼夜通して走り詰めとなった彼の顔には、さすがに疲労の色が浮かんでいた。
「じゃあ、こっちが報酬だから、確認してくれ」
「はい~、ギルド長さん達にもよろしくお伝えください~」
ずっしりと銀貨の入った革袋をショーに渡し、数を検めさせる。
「間違いなく」
「では、またよろしくお願いしますね。どうか幸運に恵まれんことを」
「隊長殿も、幸運に恵まれんことを」
隊商長と握手をして別れる。
宿への道を歩いていると、どっと疲れが湧いてきた。
「いやぁ、楽な依頼だと思ったのですけれどねぇ」
「散々でしたぜ、隊長」
「良い訓練にはなったのではないかな」
「生きた心地がしませんでしたよ……」
「良い儲けにはなったんじゃないか」
そんな事を話しつつ、夕暮れに沈みゆく街並みを眺めながら、石畳の街路を歩く。
木の枠組みに漆喰を塗りつめた壁を持つ家々は、往々にして一階よりも二階、三階が張り出した形状をしていた。
くすんだ赤い瓦が軒を連ねる様は、なかなかに美しい物だった。
「おっと、ここですかね」
豊穣の小麦亭はその名の通りの看板を軒先に吊り提げていた。
他の建物の例に漏れず、複雑に重なった木組みの建物だ。
塗りなおしたばかりか、まだ白い漆喰の壁と言い、中々の酒場宿のようである。
「じゃあ、ちょっとショーさんお願いします」
「あいよ、隊長」
ショーを先に行かせて交渉を任せる。
それほどの時間を待つこともなく、宿屋の下男が現れ、スリーピーを預かった。
店内は広く、いくつかの机と椅子が整然と並んでいた。
何故か人の姿は少なく、宿の主人は大喜び、と言った様子だったが、ルリーナはそんな事を余り気にしていなかった。
「取り敢えず、部屋と飲食の準備をお願いします」
「へい」
「あ、個室を一つすぐに使えるように。あと、これだけ出すので、兵達に良い酒と食事を」
銀貨を幾つか摘み上げて置くと、ルリーナは立ち上がった。
「私にはエールを一杯下さい」
「おや、隊長、何処にいらっしゃるんで?」
「寝ます」
今、ルリーナに必要なのはその身を受け止めるベッドだった。
兵達には交代で休憩を与えていたが、ルリーナは仮眠の他に睡眠は取っていなかった。
気が張っている間は忘れていた疲労が回り、何やら足元がふわふわとしたような感覚と、胃が痛くなるような、微妙な不快感が体を覆っていた。
思った以上に不機嫌な声だったのか、尋ねたカメが驚くほどである。
「おい、早く個室を一つ用意してくれ、隊長はお疲れだ」
「はい、只今! 今すぐ御用意させて頂きます!」
どたばたと下男達が走り回り、彼女がエールを飲み干す頃には部屋は用意されていた。
「それでは、ごゆっくり!」
ばたん、とせわしく扉が閉められる。
さして広くはない部屋では有ったが、寝るだけならばさして関係はない。
適当に鎧と靴を脱ぎ捨てて、服の紐を緩めるのももどかしく、真っ白、とまではいかないが及第点のベットに倒れ込む。
首元から指輪を取り出して眺める。
「エレイン様……リーナさんかぁ、あんな人の下につければ良いのだけれど」
ぼんやりと呟いて一つ寝返りを打った後、枕に顔を埋めてルリーナは眠りについた。
突撃! 隣の盗賊団! 前編 終了