表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/101

シーン6

 幾度かの交代と小休止を挟んですっかりと暗くなり、夜も更けてきたころ、ルリーナは微睡んでいた。

 起きているとも、寝ているとも言えない意識の中だ。

 外の音は聞こえているし、小石を踏んで時折大きく揺れる馬車の動きも感じる。

 固い御者台の座り心地は決して良いとは言えなかったが、冷えてきた風と馬車の揺れは心地よく、規則正しい蹄と車輪の音は眠気を誘った。


「おっと」


 ひときわ大きい石を踏んだか、馬車が傾いで目が醒める。


「すまないね」

「いえいえ、運転なさってるのにうとうとしまって、申し訳ないです~」

「むしろ、休めるうちに休んでおいて貰いたいね」 


 私たちは武器を持っている訳じゃないからねぇ。と隊商長は言って手綱を握りなおした。

 大き目な窪みを避ける。


「それに、まだ若いうちには辛いだろう」

「はは、年を召されると楽になる、と言う訳でもないでしょう」

「いや、意外と楽になるものさ」

「慣れじゃないですか?」

「そうかもしれないねぇ」


 今のところは順調に道程を消化している。

 このまま何事もなく目的地に到着出来れば良いのだが。


「そういえば、深き森の街はどんな場所なんです?」

「そうだねぇ、大きな森の中にある獅子王国領の街で、名産品は木材と森から取れる諸々。と言ったところかな」


 他愛のない話をしながら、時は過ぎていく。

 しんと冷えた空気に肌寒さを感じ、ルリーナは膝に掛けていた毛布を引き寄せた。


「深き森、と言うからには随分と大きな森なのでしょうね」

「明日の昼には見えてくるのではないかな。かなり広い森だよ」

「着くのは夕方ですよね? それは確かに広い」

「さてさて、そろそろ半刻かな」

「そうですねー」


 一時間ごとに十分程度の休息を取りながらキャラバンは移動を続ける。

 歩きはじめた当初は賑やかに雑談の声が聞こえていた傭兵達も、次第に黙々とただ足を交互に出す事に集中し始めた。

 やがて朝日が上る。

 深い青の空に赤々としたそれが昇ると、夜露に濡れた草がきらきらと輝き、一種幻想的な風景が広がった。


「今日も晴れそうですね」

「そうだね、そろそろ大休止としようか」

「ええ、そうですね。ふわ……」


 欠伸を一つ噛み殺して、朝の大休止に入る。

 隊商は止まって、火を熾すと朝食を取る。

 とはいえ、パンと塩気を抜いた干し肉とタマネギのごった煮、そしてチーズといった簡単な物だ。

 堅く焼きしめられたパンは、スープに浸さなければ食べるのも困難だった。


「農民のような食事ですみませんねー」

「いや、食べれるだけ有り難いよ。寧ろ慣れた食事だ」


 黒騎士は気にした様子もなく答えた。

 若干の疲労は見えるが、それを表に出すまいとしているようにも見える。

 騎士達は昨日から一睡もしていない筈だ。黒騎士も食事を終えると馬車に背中を預け、うつらうつらとし始めた。

 見張りの者を残して傭兵達も各々仮眠を取ったり、たき火に当たって声を低く雑談に興じたりと各々休憩を取っている。

 ルリーナも今度こそ、と御者台に戻り、毛布を抱き寄せて仮眠を取った。


 こうして昼まで特に何事もなく、隊商は進み続けた。

 昼の休憩を終えた後、森が見え始めた。

 鬱蒼とした森が、さながら緑色の壁のように迫る。


「うわー、これは凄いですね」

「そうだろう、内側はくりぬかれたみたいに村や街があるのだけれど、外側はこの通りさ」


 森の外側には農村がいくつか点々と有るようだが、隊商はそこに止まる事はなかった。


「ちょっと部隊間隔を狭めましょうか」

「何故だい?」

「この森……襲撃されると面倒そうです」

「広げた方が良いのではないかな」

「いえ、分断されるのを避けたいので」

「そうかい、まぁ隊長さんの言う事だから間違いないだろうかね」


 隊はエレインの馬車を中央に、前後に二台の馬車で構成されていた。

 最後の二時間ということで休憩に入っている兵はなく、十二名の兵の内、捕虜を管理する二名を除いた十名と、護衛騎士五名が配置についている。


 森は高い木の枝がアーチのように重なり、日を遮っていた。

 苔の匂いがするそこは、馬車が二台どうにかすれ違える程度の狭い道が一つだけ走っており、馬はそこを通るしかなかった。


「やっぱり嫌な地形ですね」

「やはり、そう思うか」


 馬車を降りて、スリーピーに跨ったルリーナと並んだ黒騎士がその意見に同意する。


「待ち伏せには最適です」

「最近は物騒な話が少ないが、この森は以前からその手の話に事欠かない場所なんだ」

「解っていて直さないのですか?」

「御料林だからね、勝手に伐採するわけにもいかず、領主が定期的に賊狩りをするものの……」

「いつの間にやら戻っている、と」


 そういうことだ。と、黒騎士は眉をひそめて頷く。


「なんか嫌な雰囲気だなおい」

「暗えな」

「おっと危ねぇ、根っこに引っかかっちまったぜ」

「あのキノコ食えんのかな」

「やめとけ、悪い事は言わん」

「キノコはな……」


 緊張感が有るのだかないのだか解らない傭兵達がこそこそと話しているのを横目に見つつ、注意しながら歩く。

 道の半ばが過ぎた頃、案の定、矢が空を裂く身の毛のよだつ音がした。


「全周警戒!」


 飛んできた矢はエレインの馬車を狙った物らしく、そのうちの一本が護衛騎士の一人が着た鎖帷子に突き立った。


「無事か!」

「軽傷です!」

「騎兵隊下馬! 攻撃に備えよ!」


 傭兵達が盾を構え、騎士も馬を降りて矢の飛来する方向を見極めようとする。

 大声を出した黒騎士とルリーナを指揮官と判断したか、第二射が集中して射掛けられる。

 黒騎士の板金鎧は矢を受け付けず、ルリーナの傍に控えたカメが盾を構えて前に出た為に有効な射撃はなかった。


「挟み撃ちだ!」


 馬車を挟んで左翼側についたチョーが声を上げる。

 そうこうしている間にも矢が射掛けられる。

 大体の位置を掴んだルリーナは歩兵隊に指揮を飛ばす。


「歩兵前進!」

「応!」


 木々に隠れていた敵兵が呼応して出てくる。

 手に手に斧を持った、山賊様の姿だ。

 狭い場所で、木が密生しているために、陣形を保てず乱戦に入る。


「各個に突撃!」


 こうなってしまえば指揮も何もなかった。

 混戦の中では矢を放つ訳にもいかず、取っ組み合いの戦いが始まった。


「黒騎士さん、防衛は任せます」

「了解」


 ルリーナ自身も馬を降りると、敵兵に向かう。

 グレイブを振り回せるだけの空間もないので、喧嘩剣を引き抜いた。

 傭兵達も槍を打ち捨て、腰に提げていた斧や棍棒、短剣を引き抜いている。

 適当に目を付けた一人に切りかかる。

 盗賊は斧を振る隙もあらば、散々に打ち据えられて倒れた。


「撤退! 撤退しろ!」


 不利を悟った盗賊は速やかに撤収を始める。


「深追いしないでください!」


 それに誘われて追いかけようとする傭兵を止める。

 相手の数は結局読めず、反撃を受けた場合の被害も想定できない。

 弩兵達が逃げる背中に撃ちかけるが、こうも木が密集していては有効な射撃は難しかった。


「引き際を知っている敵は厄介ですね」


 襲撃があっという間だったのと同様に、撤退もまた早かった。

 既に見えなくなった背中を目で追いつつ、傭兵隊を整列させる。


「負傷者は?」

「歩兵が三名。いずれも軽傷でさ」


 矢を受けた者が一名、乱戦で切りつけられた者が二名と言った所だった。


「負傷者の治療をしている間に、軽く荷物を漁っといてください」


 賊は撤退の際に負傷者も回収していたようだ。

 二、三の死体の他は何も残ってはいなかった。


「面倒な相手ですね」

「そうだな、これからも襲撃が有る事を考えると……」


 黒騎士も溜息しか出ないものである。

 早々に隊を纏めて移動を再開する。

 いつ襲撃されるか解らないために、常に臨戦態勢であり、行軍は遅々として進まなかった。

 しかも、神経をすり減らすようなそれだ。

 木々のざわめきに耳を澄まし、時折誰かが枝を踏み折れば全員がそちらを向く。

 鳥の羽ばたきにまで驚かされ、薄暗い茂みの影に何が潜んでいるか解りもしない。

 深い森の全てが、敵のようだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ