シーン4
「全隊止まれ! 半刻程の大休止とする」
途端に部隊はざわざわとした声に包まれる。
「いやぁ、もう腹ペコだぜ」
「おい! この水冷てぇな!」
「飲みすぎて腹下すんじゃねーぞ」
「今のうちにちょっと寝るわ」
「ちゃんと起きないと置いてくぞ」
「おい、今回の当番誰だー!」
騎士達は馬の手綱を離し、木に結ぶと手入れを始める。
スリーピーも同じく水と、草を食める場所に放した。
騎士の軍馬と比べて見ると、スリーピーは如何にも小さく、まるで仔馬のようだった。
如何にもな重種の軍馬は、逞しい筋肉を見せつけるように堂々としており、顔付きも精悍に見えた。
それでも可愛さには違いはない、とスリーピーの眠そうな、けれどキラキラとした黒瞳を見て思う。
足を持ち上げてやり、蹄の間に入ってしまった泥を落としてやると、体にブラシをかけてやる。
つやつやとした毛並みを撫でて、たてがみをかわいく直す。
今度はリボンでも結んでやろうか、等と考えた。
騎士の軍馬に要らぬ対抗心を燃やしつつ、乾燥させた果物を手ずから食べさせる。
ルリーナの対抗心などどこ吹く風、スリーピーはもっと寄越せ、と彼女の袖を食み、引っ張っていた。
「……触ってみるかい?」
「良いんですか?」
いや、そんな熱心に見られたらな。と黒騎士が苦笑する。
ルリーナはスリーピーをひと撫でし、軍馬の下へ歩み寄る。
スリーピーは興味なさげに水を飲みに向かった。
「わー、おっきい」
黒騎士の騎馬である軍馬は、ルリーナの身の丈を超える体高を持っていた。
青毛の彼は穏やかに顔を寄せてルリーナに応じた。
馬の温かい体温に、頬が緩む。
「かわいい子ですねー!」
かわいい、と言われたのが嬉しかったのか、耳をぱたぱたと動かし、横に向けた。
撫でられるがままにされている。
「はは、そうだろう。主に下賜された自慢の馬だ」
黒騎士がさもありなん、と頷く。
「お名前は何ですか~?」
「そいつの名前はオブシディアン号だよ」
名前を読んで撫でてやると、何? と言わんばかりに首を傾げる。
「かーわーいーいー」
「馬が好きなのだな」
「好きですよ~、昔は言いつけも守らず良く駿馬の背に跨っては……」
黒騎士がその言葉にうん? と首を傾げる。
駿馬を持てる家、という事は高貴な家の生まれなのではないか。
「隊長、食事の準備できました」
「はーい、すぐ行きますー」
思う存分撫でまわしてオブシディアンが若干困った顔をし始めた頃に、リョーが呼びに来る。
彼は目の前で騎士の軍馬を見たことが無かったのか、数瞬その大きな馬体に怯んだ様子だった。
「黒騎士さん達もどうです?」
「すまない、馳走になるかな」
騎士達は馬の世話を終えると、整斉と傭兵、隊商達の輪に加わる。
礼を言って、食事を受け取ると、神への感謝を述べてから食べ始めた。
「立哨も交代しながら食事してくださいね~」
ルリーナは食事が行き渡ったのを確認してから、自らもそれを受け取る。
隊商達と傭兵達では食事を分けている。
本来なら基幹隊員と兵で食事を分けたいところだが、それほどの人数も居ない今はそこには目を瞑っていた。
食事の格が変わるわけではない。
ただ、食中毒で全員が倒れる、などという事態は悪夢だ。
「あれ? お前のスープ、肉多くねぇか?」
「いや、そんな訳ないだろ、お前のチーズこそ多くはねぇか?」
「ちゃんと量って入れてるんでそんな訳ないですけれど……」
「そういやお前、さっき食ってたじゃねぇか」
「そうだっけか」
がやがやと食事の分配に不平を上げる者に、リョーがあたふたと答える。
食事の恨みは恐ろしい。
同じ分量が、同じだけ行き渡るようにリョーには強く言ってあった。
「喧嘩しないで食べてくださいね~、料理長が言ってるのだから、間違いないですよ~」
「うす」
軽く注意してルリーナも食事にかかる。
水で戻したえんどう豆をすり潰し、燻製肉を加えて煮たスープだ。
ポタージュと言った方が近いかも知れない。
バターの香りが加えられたそれの香りは、空きっ腹に中々にこたえた。
「ほう、料理次第で意外といけるものだね」
焼きしめられた堅パンをスープに浸しつつ、黒騎士が感心したように呟く。
塩気の効いたそれは、確かに美味かった。
「リョーさんに任せて正解でしたね」
「ありがとうございます」
恐縮したように首をすくめてリョーは答える。
元々、宿場の従業員をしていたという彼は余り傭兵らしさはなかった。
先ほどの戦闘でも顔を真っ青にしていたくらいだ。
そんな彼が何故、と思わない事もないが、それは誰にも言えた事だ。
自らを振り返ってルリーナは苦笑した。
「隊長、金に換えてきましたぜ」
「ああ、そういえば」
早々に食事を終えたショーが革袋を手にやってくる。
中を確かめれば、中々の金額が入っていた。
隊商長が苦笑しているのが見える。
「取り過ぎ、とかありませんよね?」
「いや、これなら十分向こうさんにも得が出るはずですな」
元商人だけあって読み書きが出来ることから、帳簿を付けるのもショーには任せている。
こちらもまた歩兵と兼任、という形では有ったが、存外これが堂に入っているものである。
元商人とは言っているが、存外やくざな商売をしていたのかも、等と失礼な事を考えてしまう。
「いやぁ、しかし、面白い人材が集まったものですよねぇ」
「それを隊長が言いますかい……」
心底呆れたかのようにチョーが言う。
聞いてた傭兵達も皆、同意見のようで微妙な表情をした。
「まぁ、それは置いておいて、当番を決めますよー」
「了解です」
一昼夜通しての行軍になるが、幸い隊商の馬車も有るので交代で睡眠を取れるように話を通していた。
現在歩哨に立っている者を先に、仮眠の順番を決めていく。
その間にも兵達は靴を脱いで、兜を置きおのおの休憩を取っている。
「じゃあ、そういう事でお願いしますねー」
「隊長殿、少し良いかな」
「はい?」
少し仮眠を取ろうかな、と伸びをしたところで黒騎士に話しかけられる。