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シーン2

「放て!」


 クロスボウの弦が解放されて唸る。

 撃ちだされたボルトが今度は真っ直ぐに飛び、狙い過たず三人の敵を撃ち抜いた。

 血が舞う。


「ぎゃああああ!」


 風に運ばれて遠くからでも叫び声が聞こえた。

 立ち止まろうとする盗賊たちのなかで、一層図体の大きい男が足を射抜かれたであろう一人に戦槌で止めを刺す。

 そのやり口をルリーナは静かに見ていた。


「あいつら、ただの盗賊じゃなさそうですよ?」

「そうだな。口封じか……」

「いえ、アレは多分、無理矢理言う事を聞かせているような……」


 ちらりと傭兵たちを見ると、重苦しい顔でそれを見ていた。


「畜生」

「やってらんねーな」

「ああ」

「逃げちゃくんねぇかな」


 傭兵たちにとって戦というのは華やかな物だった。

 自らの命を懸けて、富と名声を得る。

 ただの殺し合いなどではなく、命のやり取りを一種楽しむものだと。

 だから無駄に殺しはしないし、無駄に苦しめる事はなかった。


「おいてめぇら! 何腑抜けた顔してやがる!」


 声を上げたのはカメだった。


「あいつらは畜生以下だ! 気にするこたぁねぇ、人間様のやり方を見せてやれ!」


 傭兵たちはぽかんとした顔をする。


「どうせ殺されちまうか、すぐにおっ死ぬような連中だ。俺らが引導渡してやんだよ」


 少しずつ納得の色が浮かんでいく。

 あの様子では確かに、ここで生き延びたとてこの先どうしようもないだろう。

 奴隷に身をやつすか、何処かでのたれ死ぬか。


「やるか」

「そうだな」

「仕方ねぇな」

「やるぞ!」

「応!」


 兵達が気合を入れ直すのをルリーナは満足気に見る。

 カメは悪くない下級指揮官だった。


「良い部下だな」

「そうですね~」


 黒騎士が感心したように頷く。

 寄せ集めの、駆け出しの傭兵隊としては十分過ぎる程、統率がとれていた。


「第三射用意!」


 先ほどよりも近づいたところで、外すこともない。

 ボルトを浴びて更に敵が脱落していく。

 盗賊たちの数人が足を止めた。


「おっとアレは……」


 スリングを使って、投石を始めた。

 早々当たる様な物ではないのだが、ただの石とは言え相当な速さで迫ってくるのだ。

 当たればただでは済まない。


「弩兵後退! 歩兵の盾に隠れながら射撃続行!」


 ルリーナが号令をかけると、弩兵達は狼狽えながら後退した。


「いやぁ、おっかねぇな」

「ありゃ痛そうだぜ」

「くわばらくわばら」


 パラパラと降り注ぐ石つぶてが時折盾に当たっては重い音を立てた。


「ちょいと失礼するぜ」

「おいもうちょっと寄れよ」

「これ以上開けたら体が出ちまうだろうが」

「かー、臆病だねぇ」

「んだとこら」


 弩兵が歩兵の肩と肩の隙間、盾の壁にクロスボウを立てかけるように置く。


「各個射撃開始!」


 チョーが号令をかけると、ルリーナに向かい歩いてくる。


「少々、早すぎやしませんかね」

「盾が有るのだから使った方が良いでしょう~」

「それもそうですかね、しかし古い戦い方だと思っていましたが、なかなか使えますな」


 ピキっとカメが額に青筋を立てる音が聞こえた気がした。


「あはは、確かに相手が槍騎兵や銃兵でも連れてきたら余り効果はないでしょうけれどね~」

「隊長、そりゃねぇですよ」


 千枚通しの矢や銃、重弩弓が出てくれば盾は容易く撃ちぬかれるであろうし、重装騎兵が現れれば蹂躙されるだろう。

 だが、今は正規の軍を相手にしている訳でもない。

 精々が投石用のスリングや狩猟用に使う弓矢、そして短槍が相手であれば、シールドウォールは使える陣形だった。


「チョーさんはどうやら私より長くまともな軍にいたようですね~」

「いえ、そんなこたぁないと思いますが」


 彼は長く正規戦に携わっていたのだろう。

 パイク、つまり長槍やハルバート、それに弓や弩や銃、そして騎士の戦いに。


「今はまだこちらも少数。それで勝てる戦となれば」

「小競り合い、ですな」


 そういうこと、とルリーナは笑う。

 どうやら軍略はカメよりもチョーの方が向いている。

 参謀気質、とでも言うのだろうか。

 この先に期待が出来た。


「我々はどうする? 戦闘に参加するべきか」

「いえ、黒騎士さん達は馬車を守って待機していてください~」


 ここで騎士をぶつければ楽に片付くだろうが、顧客を前に出して怪我でもされたら厄介だ。


「では、お手並み拝見と行かせてもらおう」


 黒騎士は剣についた血を拭うと、鞘に納めた。


「そういえば従者が居ませんね」

「ああ、突破して先に逃がした。二手に分かれるつもりだったのだが」

「馬車は一台?」

「いや、もう一台はそっちだ。そちらに狙いが別れるならそれでも良いと思ったのだが……」

「こっちに来た、と」


 そうなると狙いは貴婦人の乗っている馬車と言う事か。

 厄介な案件に片足を突っ込んだのではないか、という考えが頭を過ぎる

 どちらにしろ見てみぬふりと言う選択肢は無いのだから同じだが。


「野郎ども、いくぞ!」

「応!」


 敵は既に眼前に迫っていた。

 盾を構えた男達が前進を始める。


「さって、じゃあ私もお仕事してきますね」

「ああ、気を付けてな」

「ありがとうございます~」


 スリーピーを進めて、下がって来た弩兵と合流する。


「さって、皆さんは回り込んできたのを撃つのに集中してくださいねー」

「了解っす」

「隊長はどうするので?」

「私は遊撃に回ります~」


 手綱をチョーに渡すと、自身は悠々と歩んでいく。

 正面から当たった敵は盾に阻まれ、押され、槍に突かれ、叩かれ苦も無く片付けられていく。

 回り込もうとする者は優先して槍で突かれるし、それを嫌って遠回りしようとすれば弩兵がボルトを浴びせかける。

 統率の取れていない者がばらばらと襲い掛かってきたところで、陣形は崩れようもなかった。


「私の仕事はないですかねー」


 最右翼、仲間の盾で右半身の隠れない最も危険な場所に自ら立つカメに後ろから声をかける。


「ねぇと思いますぜ。いや、もしかしたら一人……」


 崩れた敵が潰走を始める。

 それを押しとどめようとしていた敵の首領が、諦めて単身突っ込んでくる。

 どう考えても自殺行為だ。

 だが手に持った大型の戦槌は、厄介そうではあった。


「んー、歩兵後退。私が出ます」

「このまま行けば確実にやれますぜ」

「一人を相手に数を恃んだのでは、私たちの武勇が疑われるというものでしょう」

「隊長、だったら俺が」

「いやいや、ここは俺が」

「待てよ、お前が行っても勝ち目がねぇぜ、ここは俺が」

「俺に任せろ、やってやるぜ」


 俺が俺がと盛り上がる兵に苦笑してルリーナはどん、と街道の一里岩を石突きで叩く。


「戦場に出て何もしないでは気が済まないのですよ~、誰か代わりに相手してくれるんですか?」


 ルリーナの笑顔にそれまで騒いでいた傭兵たちが固まる。

 十二分に彼女の戦いぶりを知っているだけに、誰も首を縦には振らなかった。


「よし、じゃあ行ってきますね~」


 敵の首領は、一人歩み出てくる少女に訝しげな表情をして、数歩前で止まった。


「なんだ手前ぇは」

「この傭兵隊を率いている、ルリーナと申します~」

「はっ、嬢ちゃんがか? おままごとなら帰ってやってくれねぇか」

「そのままごとに追い詰められた方に言われたくはないですね」

「んだと」

「今、降伏するのなら、命は助けてあげましょう」

「お断りだな、捕虜になるくらいなら死んだほうがましだ」

「ほう、因みに貴方の狙いは何ですか?」

「答える筋合いはねぇな」

「誰かに依頼された、とか?」


 首領はその言葉に押し黙って、戦槌を振り上げた。


「図星、ですか」


 ルリーナもグレイブを構える。


「その口、閉じさせてやるよ」

「やれるもんならやってみやがれ、です~」


 売り言葉に買い言葉、そして剣戟の応酬が始まった。

 力任せに振られたウォーハンマーを真っ向から打ち上げる。

 隙の出来た上体に返す刃で切りつけるが、それは後ろに下がって避けられた。

 間合いを利して突きかかる。

 首領は突きを柄でいなすと、横殴りに得物を振り回した。

 これを受けずにルリーナは下がる。

 勢いのまま繰り出される第二撃をグレイブで迎え撃ち、ぎしり、とお互いの得物が軋んだ。

 反動を活かしてルリーナは石突きの側で殴打する。

 首領は辛うじて頭を避けたが強かに鎖骨を打たれた。

 骨の折れる音がする。


「諦めるなら、今ですよ」

「言ってやがれ!」


 片腕で捨て身の一撃を放つ首領に対し、ルリーナはグレイブを持ち直すと、必殺の一撃を放った。

 その身に着けていた鎖帷子ごと袈裟がけに切られた首領が倒れる。

 勝負あり、だ。


「くそ……こんな所で……俺は……」


 最後の息をついた男は、神に祈るでもなくただ何かを恨むような形相で、その場に倒れ込んだ。

 ルリーナはしばらくそれを見て、油断なく刃を構えていたが、その切っ先をそっと下げる。

 そっと膝をつくと開いたままの瞼を閉じてやり、祈りの言葉を投げかけた。


「安らかにお眠りください」


 傭兵達に向き直り、武器を掲げて見せる。


「我々の勝利だ!」

「うおおおお!」


 大将首の一騎打ちを固唾を飲んで見守っていた兵達が沸いた。

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