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  作者: 浅野目 睦
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水琴窟

 十分、待って、立ち続けたが、結衣は来なかった。明は傘を差したまま、公園の池の縁を歩いて待ったが、結局彼女の姿を見つけることが出来なかった。池の周りを三周して、明はようやく結衣に自分の思いが伝わらなかったことを認めた。雫が降りかかった肩をぐったりと落とし、水たまりの点在するぬかるみを蹴り上げた。

 結衣は隣の学級の女子で、明の双子である修を通じての知り合いだった。双子の家の庭先には水琴窟があり、結衣はそれを奏でに度々やって来た。水琴窟は地中に埋めた甕へ水を落とし、反響する琴のような音を楽しむ装置である。庭師の祖父が鹿威しか水琴窟を庭に据えたいと言い出したとき、双子揃って所望したのである。

 結衣は部活の早く終わる火曜日と金曜日に双子の家を訪れ、水琴窟を鳴らして帰る。庭へ上がる際の立ち振る舞いや音を聞くときの仕草が明の目に留まるようになった。

 京都の洛東には素晴らしい音を鳴らす水琴窟がある。双子はそれを聞いて以来、怪しげな魅力を保つ琴音に心惹かれていた。親が茶道をたしなんでいる都合で京都に向かうことになり、明も同行する運びとなった。修は長く患っている病気があって出かけることができず、故に車の座席に一つ空きが出来た。

 明は結衣を京都へ誘った。もし暇があって、部活が忙しくなければ、京都へ行こう。結衣は明の提案にすぐ首を振らなかった。明は明日の出発まで返事を待つことにした。行く気になったのなら、公園の池の畔で落ち合おうと告げた。

 そして、水面に浮かぶ幾つもの波紋を眺めながら待ったが、彼女は現れなかった。明の両親が仲むつまじく一つの傘で明を迎えに来て、出かける旨を伝えて車へ戻った。明は生返事を返し、しばらく同心円の軌跡を眺めた。波紋の細い筋が琴糸のように見えた。 京都で泊まる宿についてすぐ、修から連絡があることに気付いた。結衣が家に来たらしい。


 結衣は行かなかったというより、行けなかったと言っていたよ。もっと綺麗な水琴窟の音を聞いたら、僕らの家のでは満足できなくなるって。無い物ねだりになるって。結衣はこれからも僕らの家に来るそうだよ。明はどう思う。きっと明と同じ気持ちだろうね。変だな、お互い同じ気持ちなのに、無い物ねだりをしあってる。

あとがく


読んで頂いて、ありがとうございました。

こちらの小説は約8年前に、大学の文芸サークルの季刊誌によせたものです。

相変わらず、長野まゆみ先生を敬愛していた頃の作品です。

(何度、『鳩の栖』を読み直したことか)


また、この小説では、

「同じ台詞を用いて、違う情景を描けるのか」

というチャレンジをしております。

読み返して、その努力に懐かしさを感じたので

そのままにしてあります。

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