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ブラッディ・フィアー ―血染めの戦慄―  作者: らぷたー
act2―Two ways to die―
8/9

監禁

 紗綾は暗闇の中にあった。深い深い、深淵の底だ。あおむけの状態で、身動き一つとれず、息苦しい重力に抗う事も出来ない。背に触れているものは、表面こそ柔らかくはあるが内側は石のように固く、重力とともに紗綾を両面から押さえつけていた。姿を見ることはできないが、この漆黒にして無音の空間には何者かの気配があった。それは、それらは周囲で蠢き、時折自分の真上を通過していく。紗綾は本能的に恐怖した。


 唐突に、光が投げ込まれる。しかしそれは星のような、か弱く愛らしいものではなかった。むしろ灼熱の太陽を連想させる、あまりにも暴力的で野蛮な光だ。光は紗綾を、無理矢理に暗闇から追い出す。それは閉ざされていた紗綾の目が開き、息苦しい闇の世界から残忍な現実世界へと、彼女が向かうことを意味していた。


「う……」


 紗綾は薄目を開けた。同時に、可能な限り現状理解に努める。強烈な光は正面の大型照明器具の光だった。医療用のようだ。似たようなものをテレビのドラマやアニメーションで何度か見た記憶があった。同時に聞こえる、断続的で規則的な電子音はおそらく心電図のものであろう。己の大勢は仰向け、これは感じていた通りだ。しかし、身体の関節に革ベルトが巻き付けられ、手術台に固定されているとは予想だにしなかった。そして周囲には宇宙服を彷彿とさせる防護服を身に纏った者たちが、少なくとも7人はいる。


「えっ……」


 拉致、監禁、未承認の手術。この状況は、紗綾の理性を突き崩すには十二分だった。


「あ……ああああああああああああああああ!」


 叫ぶ。獣のように吠え、束縛から逃れるべくのたうち回る。しかし、頑丈な革ベルトは紗綾の抵抗を全く意に介さず、むしろ紗綾の肉体に食い込んで苦しめた。7人が、一斉に紗綾のほうを見る。あるものは驚いて手に持ったバインダーを落とし、またあるものは紗綾に拳銃を向けた。


「『標本』が目を覚ました! 主任を!」

「りょ、了解!」

「あああああああ! ああああああああああ!」

  一人が指示を受け、鉄扉から部屋を飛び出した。しかし紗綾はなおも暴れ続ける。とにかく逃れたかった。明確なビジョンなどないが、この場を離れ、家に帰りたい。紗綾の思いはそれだけだ。邪魔なものは、とにかく排除しなければならない。紗綾のこの思いは、咆哮のみを発する口に、言葉を叫ばせることに成功した。


「放せ! 放しなさいよ! 家に帰してよ!」


 その瞬間、騒々しかった部屋が紗綾の咆哮を除いて静まり返った。誰もが手を止め、信じられないといった様子で紗綾のほうをうかがっている。それは今しがた鉄扉を開いて部屋に入ってきた3名についても同様だった。


「これは……これは……」


 入ってきた3人、その一人がわなわなと震え始めた。長身で細身のその男は、明らかに興奮していた。尋常ならざる様子で、その男は叫び続ける紗綾に近づいた。餌を見つけたゴキブリのようだ。


「人語を理解するゼノモーフか! 新種だろうか? 連中はこれほどまでに進化をしたのか!」

「うるさい! 黙れ! 放せ!」

「私のほうを見たぞ! この個体は明らかに会話を行うことができる!」

「放しなさいよ! 早く! このっ!」

「黙れよ」


 細身の男に次いで、黒衣の男がその言葉とともに紗綾へ近づく。凄みのある言葉だ。素人にも殺意を感じ取ることができるそれに、紗綾は咆哮を止めた。理性が戻った。しかし、パニックという逃げ道が立たれ、直面することを余儀なくされた。


「口が利けるなら、話が早い。聞きたいことが山ほどある。」


 男が紗綾を見下ろした。猛禽類を連想させる目、肉食獣を思わせる、しなやかで力強い肢体、そして、殺し屋のようなその雰囲気。瞬きすら命取りになりかねない男だ。紗綾は可能な限りの虚勢を張る。しかし、精神は完全に委縮していた。


「な……何よ、私を捕まえてどうするのよ」

「お前に聞く権利はないんだよ。化け物が」

「化け物……?」


 紗綾の様子に、細身の男が首を突っ込んだ。


「そう、化け物だ。我々はゼノモーフと呼んでいる。体表面の色素が少ないために夜行性で、生物の血液を主食とし、時には人類にも牙を向ける存在だ。初めて公式に目撃されたのは1945年のベルリン……」

「敷島、もういい」

「しかし、しかしだ音無、これは驚異的なことだぞ」

「もういいと言っている」


 敷島と呼ばれた細身の男を、音無と呼ばれた黒衣の男が制止する。その後、音無は困惑した紗綾へと視線を向け、ただ一言突き付けた。


「なぜ弥栄子を殺した?」

「えっ……」


 そのあまりにも唐突な問いに紗綾は返答できなかった。しかし、その様を目の当たりにした音無は、すべてを知っている男は瞬時に紗綾の襟首を掴み手術台ごと紗綾を持ち上げる。手術台は重力に従って床へ向かうが、革ベルトが紗綾の肉を食いこませることで押し止めた。紗綾の全身に、特に首へ苛烈なまでの負荷がかかり猛烈な痛みが走る。息をする事も出来ない。


「……もう一度聞くぞ。なぜ殺した?」

「あっ……がっ……っ!」

「さっさと答えろ。駅でのことを聞いているんだ。返答によってはこのまま絞め殺すぞ」


 音無は淡々と言葉を放ち続ける。冷酷な殺意がありありと浮き出ていた。しかし、紗綾は答えることができない。化け物? 湯浅弥栄子を殺した? 駅でのこと? 目が覚め、音無の放つ断片的な情報はやがて一つの線となり、紗綾の記憶を手繰り寄せた。化け物の襲来、駅員の死、惨殺される化け物、そして……


 紗綾はすべてを思い出した。底知れぬ恐怖が湧き上がってくる。それは死の恐怖に等しかった。悲鳴を上げたい。だが、息ができない。ただ喘ぎ声をあげるだけが精一杯だ。


「ひっ……ひっ……」

「音無、緩めるんだ。死んでしまうぞ」


 敷島が音無に警告する。紗綾の顔はすでに青くなっており、窒息寸前だ。音無は表情一つ変えず、そのまま手を放した。紗綾は手術台ごと解放されたが、そのまま重力によって床にたたきつけられる。タイル張りのそれに頭やパイプのぶつけられた音が室内へ響き渡った。鈍い痛みが紗綾の全身を走る。しかし、今は呼吸が先決だった。窒息から逃れた紗綾は激しくむせ返り、新鮮な空気を取り込むことに精いっぱいだ。


 そんな紗綾へ、音無は慈悲なく続けた。


「気が済んだか? 早く答えろ」

「けほっ……わ、私はやってない……」

「……よくも言ったな。」

「本当よ! ほんとにやってない! 私は先輩に助けてもらったの! それで……」


 反論を続ける足元の紗綾に、音無は無言で数枚の写真を落とした。一枚は駅構内、プラットホームの写真だ。惨たらしい死体が3体転がっている。何枚かで、死体の写真を撮影している。皮一枚で臓物をまき散らす化け物の死体、首から水晶のような赤い結晶を生やした化け物の死体、そして左首筋に夥しい血糊を付けた湯浅弥栄子の死体。これらが、死体写真のすべてだ。そして、最後の写真には紗綾が写っていた。気絶をしているのか、白目をむいて倒れているが、その手には刀が握られており、口元、そしてブレザーの胸元は血で赤く染まっている。


「弥栄子の連絡が途絶え、駅に向かった俺の目に入ったのは、四つん這いで弥栄子の首元に顔をうずめるお前だった。 ご丁寧に刀まで奪ってな。……まだ言うか?」


 言えなかった。弥栄子を殺したことなど、紗綾の記憶には一切ない。化け物の反撃を受けて後頭部を打ち、意識を失ったことまでは覚えているのだ。しかし、状況証拠があまりにも揃いすぎている。紗綾の目に涙が浮かぶ。やった覚えはない、しかし、やったとしか思えない。パラドックスだ。


「違う、違う、違う、違う」


 紗綾はうわ言のように繰り返した。言わなければ、否定しなければ、精神が壊れてしまいそうだった。紗綾の様子を見た敷島は肩をすくめ、音無に進言した。


「しばらく無理だな。やりすぎだよ」

「連中だぞ」

「しかし、様子から嘘ではないようだ」

「……どうする?」

「待つんだ。その間に対応策を練ろうじゃないか。」


 敷島の提案に音無はしばらく思案したが、無言で頷いて承諾した。この状態では、話もままならない。いたぶるにしても、仕様がない。敷島の勧めで、音無は部屋を出ることにした。ふと、紗綾のほうへ視線をやる。身動き一つとっていない。ただ虚空を眺め、同じことをつぶやき続けていた。


「違う、違う、違う、違う」

「くそっ、なんだってこんな……」


 音無は廊下で、そうつぶやいた。


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