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ブラッディ・フィアー ―血染めの戦慄―  作者: らぷたー
act1―A incident―
5/9

試斬

 一方の部長は、一向に話を聞こうとしない新入生に狼狽を隠せないようだった。恐らく、心の中で泣いているのだろう。紗綾は思った。彼のほほを伝って落ちる冷や汗は、その涙が形を変えて溢れだした物にしか感じられなかった。


 そんな部長を一瞥して湯浅が一息つき、話しかける。笑顔だった。屈託の無い、優しい笑みだ。


「加藤部長。新入生に試し切りを見せたいんですが、よろしいですか?」

「え? でも真剣は……それに畳はあったっけ?」

「大丈夫ですよ。畳はありましたし、真剣も許可取ってます」

「うーん、じゃあ、お願いしようかな」


 許可を得た弥栄子は一つ頭を下げ、武道場隅の倉庫へ向かった。先程の会話から察するに畳を取りに向かったのだろう。部長もこれから弥栄子が畳を切るという説明を行い、新入生の注目を集めることに成功していた。曰く、これから弥栄子が切る畳は直径10センチで、素人には切るどころか全く歯が立たないらしい。その上なかなかの迫力があるらしく、紗綾は少しだけ興味がわいた。


 倉庫から弥栄子が出てきた。彼女の背丈とほぼ同じ高さの巻きつけられた畳を引きずり、腰に刀が一振り差してある。弥栄子はそれを武道場の丁度中心ほどに立て、固定されていることを確かめた。一連の流れを見ながら、部長は他の部員と新入生に警告する。


「おーい、弥栄子が試し切りするからみんな離れてくれる?」


 いかに部長が頼りなかろうとも、部員たちがこれを無視する理由はなかった。それぞれが練習用の刀を納めて武道場の隅へ移る。新入生もそれは同じだった。部長に促されて入り口付近に一纏めにされ、弥栄子の試し切りの妨害や巻き添えにならないようにする。後ろに追いやられた女子生徒が何とかして弥栄子の姿を見ようとする中、紗綾はというと運よく最前列を千鶴と一緒に確保することに成功していた。

 

 静寂。弥栄子が一礼し、試し切りの開始を沈黙とともに宣言する。畳までの距離は目測で3歩。一歩とともに柄に手をかけ、同時に真剣を鞘から解き放つ。2歩、刀身を弥栄子の左斜め下に運ぶ。


「……っ!」


 3歩目と同時に刀は振り上げられた。畳を逆袈裟に叩き斬り、一筋の残光を残して。


 まだ勢いは衰えていない。畳が倒れかける、勢いの向きを変え、刀身は再び弥栄子のもとへ帰り、畳へ突っ込む。


 斬。畳は倒れることを許されず、無理やり起こされた。間髪入れずそこへ刃が襲い掛かる。


 二筋の残光。最後の一振りで畳は真っ二つに吹っ飛ばされ、バラバラになった畳が弥栄子の周囲に四散していた。


武道場を歓声が包む。それに紗綾も含まれていたのだが、紗綾はふと弥栄子の持つその刀に、妙なものを感じた。一言でいえば、それは違和感だ。紺色の鞘、同じく紺の柄、漆黒の鍔、そしてやや赤みを帯びたその刀身。何よりも、その刀を「湯浅弥栄子が持っている」事に対する違和感が拭えなかった。この違和感、胸騒ぎは何だ?自分のものを他人に盗られているような感覚だ。あんな見覚えのない刀にこんな感情を抱くことになるとは、紗綾は思ってもみなかった。


 不審に思った紗綾は隣の千鶴に耳打ちした。


「千鶴、あの刀なんだけど……」

「刀? どうかしたの?」

「うん。あれ、どこで手に入れたのかな?」

「え? それは……」

「自前よ。けっこう高かったけど、取り立ててすごいところは無い、ただの刀だけど?」


 珍しく答えに詰まった千鶴に変わって、弥栄子が答える。驚いた千鶴が声の方を見ると、弥栄子はまだ畳の前にいる。目測で5メートルほどだが、まさか聞こえているとは思ってもみなかった。紗綾も同じく驚いてこそいたが、弥栄子の答えに対する懐疑心の方が大きかった。ただの刀だというが、紗綾にはとてもそうは思えない。素人なので大それたことはわからないが、とにかくその刀は妙なのだ。


「でも、ちょっと赤いですよね。その刀……」

 

 紗綾は刀については最も疑問に思ったことを突きつける。一瞬、ほんの一瞬だけ弥栄子の視線の色が変わった。それまでの暖かい柔和な色から、冷たく残酷な色に。しかしすぐにもとへ帰り、優しい笑顔で紗綾に答える。


「赤い? 感受性豊かなのね。あるいは表現力? とにかく、いいセンスだと思うわ。私とは違うものが見えてるみたい」

「と、言うと?」

「私にはそうは見えない」

「でも……」

「もう、いいでしょ紗綾。……どうも、すみませんでした」


 なおも食い下がる紗綾にとうとう千鶴のストップがかかった。ふと紗綾が後ろを振り向くと、新入生女子生徒がまるで仇敵に相対した浪人のような、殺しを平気で行えると言わんばかりの形相でこちらを睨んでいる。しまった、紗綾は後悔した。しゃべりすぎたのだ。このままでは八つ裂きにされてしまう。紗綾はそそくさと黙り込む。今と言い古文の授業と言い、今日は厄日だ。ロクなことがない。


「じゃあ、この『ただの刀』を持ってみたい子、いる? 振り方とか、レクチャーするよ」


 弥栄子が新入生へ声をかけた。女子生徒が我先にと手をあげ、自分をアピールする。弥栄子目当てで来た女子生徒が大半なのだからこうなることは予想できていた。弥栄子も場をしらけさせず、かつ新入部員獲得のためにはこの手段が最も効率的であると知ってのことだろう。だが紗綾は、手をあげる気にはとてもなれなかった。


 その日の説明会は、結局一人の女子生徒が弥栄子に刀の振り方の基礎を手取り足取り教わり、参加者が入部届を配布されたことで幕を閉じた。説明会はそこで終わったのだが、それに続いて「湯浅弥栄子サイン会アンド撮影会」が自然と執り行われ弥栄子は半ば困りながらそれに受けていた。さすがの紗綾も茜との約束を無下にするわけにはいかず、女子生徒の視線を受けつつも弥栄子の撮影に成功し、千鶴と帰路に就いた。

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