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ブラッディ・フィアー ―血染めの戦慄―  作者: らぷたー
act1―A incident―
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邂逅

 市立南原高校、通称南高は県下でも有数の、普通な高校だ。偏差値は中程度。進学率及び進学した大学の偏差値を見ても年毎に中の上下を行ったり来たり。部活もさして活発と言うわけでもなく、県大会を2勝でもすれば、それは大金星と言えるレベルだった。ただ、入学の倍率だけは周辺の他校と比較して高い数字を出している。これは南高が、例えば綱渡りを避けたい優等生、例えば厳しい校則を避けたい劣等生のニーズに対して完全に答えることの出来るポジションに居るためだ。


 そんな南高にも、食堂やちょっとした劇場のような講堂等、自慢できる物はある。千鶴が待ち、紗綾が慌てて向かっているこの2階建ての武道場もその一つだ。鞄を揺らしながらこちらへ走ってくる紗綾を見つけた千鶴は溜め息をついて腕時計を確認し、もうひとつ溜め息を漏らした。しかし紗綾はお構い無しだ。走りながら手を振り、叫ぶ。


「ごめん千鶴! 遅れた!」

「30分、遅れたよ」


 千鶴は早々に腕時計を紗綾に見せる。千鶴の言わんとしていることを何となく紗綾は読めた。つまり理由を問うているのだ。ならば、それに答えるのが筋と言うものだろう。……もちろん予防線は張るが。


「ごめん、ごめん。途中で茜とすれ違って、湯浅センパイだっけ? とにかくその人の写真をRAILで送るように頼まれちゃってさぁ。」


 RAILとは学生の間のみならず全国的に流行している、スマートフォン向けアプリケーションだ。フレンドとして登録されている者同士がリアルタイムでチャットを行えるだけでなく、写真や音楽といったデータの共有も行える。いちいちアドレスを入れなくて済むという圧倒的アドバンテージで、それまでの電子メールによるコミュニケーションは過去のものに追いやられた。


「うーん、茜なら仕方ないかな。でも、それだけ?」


 千鶴の目が光る。やはりこの女には隠し事などできないということだ。紗綾の予防線はあっさりと攻め落とされた。


「……ほんとは10分前まで居眠り……」


 紗綾は深い溜め息の音を聞いた。音源は間違いない、目の前で額に手をやる千鶴だ。彼女は額の右手のうち人差し指を立て、紗綾の眼前にそれをやる。紗綾は首をすくめた。始まるのだ。幼い頃から経験している、千鶴の説教が。


「紗綾、紗綾がおっちょこちょいなのはよーく知ってる。時間にルーズなのも分かってる。でもね、お寝坊さんじゃあなかったはずよね?」

「そ、それは貧血で……」

「貧血? 昔は私よりも活動的だったのに? 」


 こう言われると弱い。確かに昔、紗綾は千鶴を引っ張り回してよく山や川に行っていたものだった。貧血が嘘と言うわけではないが、言い訳にはならないだろう。だから紗綾はますます首をすぼめることになるのだ。「教え」を「説く」と書いて「説教」だが、怒鳴りもせず淡々と語る千鶴のそれはまさに説教のイデア、説教そのものと呼ぶに相応しいもので、自分が如何に至らない存在であるかを痛感させてくれる。


「貧血が嘘とは言わないよ?でもね、いくらなんでもおかしいよ? 後、茜をね……」

「あらあら、どうなってるのかな?」


 千鶴の説教は突然の声によって途切れる事となった。声の主は千鶴の後ろ、武道場の入り口に立っているようだが、鈴を転がしたような、良く澄んだ美しい、女の声だった。千鶴は振り返り、紗綾はすくめた首から上目を遣った。


 そこには一輪挿しの芍薬が立っていた。白黒の胴着に包まれたその肌は透き通るように白く、ひとつ結びにされた、墨を流したような美しい黒髪と相まって彼女と言う存在を更に際立たせている。光彩奪目、国色天香、羞花閉月。美人を表す言葉は数あるが、そのどれを使っても彼女の容姿を完全には表せない。


 言葉を奪われて見とれる二人に彼女は微笑み、名乗った。


「居合道部、副部長の湯浅弥栄子よ。貴女達は見学に来たの? なら、遠慮せずに入って?」

「え? あ、はい」


 弥栄子の誘いに二人が断る理由も無ければ度胸も無かった。靴を脱ぎ、道場に足を踏み入れる。


 この時期はどの部活も活動の傍ら新入生への説明会を行うものだが、それはこの居合道部も同じで、紗綾達が着いたときには既にそれは中頃といった様子だった。見学に来た新入生の端にちょこんと座り、説明を受ける。紗綾が見る限り新入生は女子が多い、というより殆どが女子生徒だった。大方、部活ではなく弥栄子目当てだろう。視線が完全に弥栄子に向いている。案外、こういう女子は多いものだと紗綾は感心した。尤も、かく言う自分もそういう女子の一人なのだが。

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