夢うつつ
炎。眼前に広がるのは炎ばかりだ。倒れかけの家屋から、人であった炭化したものから、挙げ句地面から、立ち上っていた。
そして元が何かも分からない肉片。引き千切られていた。ふと我が手を見下ろす。右手に刀一振り。刃が紅いのは返り血のためか、炎の反射のためか、はたまたそのいずれもか。血濡れの両手は知らん顔だ。左手の血を舐めとり、口元を拭う。
高揚感。頬の筋肉が緩み、笑みがこぼれる。始めは小さく、次第に大きく。やがて決壊する。火炎地獄の中、ただ一人、天を仰いで笑い続ける。激しく、卑しく。獣のようにーー
「……や、ねぇ紗綾!」
「ん……う、えええ?」
自分を呼ぶ声で、千羽紗綾は夢の中から現実世界に引き戻された。はっとなって辺りを見回す。完全に授業中だ。紗綾の反応にクラスが沸く。彼女は知らぬところだが教師を含めこの教室全体が、居眠りしながら笑う等という奇行を始めた紗綾を観察していたのだ。そしてこのリアクションである。笑うなと言う方が無理と言うものだろう。尤も、不憫に思って紗綾を起こした草刈千鶴は笑うに笑えなかったが。
「おはよう千羽。ずいぶん楽しそうだったが?」
古典担当の教師が呆れたように紗綾へ話しかけた。
「あ、いや、そのぉ……」
「高校入学早々にやられるとこちらも困るんでね。まぁ、以後気を付けるように」
「はい……」
「大変結構、着席してよろしい。そこ、いつまで笑っている? 当てるぞ?」
教師の許しで紗綾は着席する。机の上のノートには黒板の文字が殆ど書き写されていなかったことから、紗綾が相当な時間を居眠りに費やしたことがうかがえた。慌ててシャープペンシルを握り、黒板を写す。
そこでふと気になった。あの夢はなんだったのだろう。夢というものは自分の記憶を追体験しているものだと聞いたことがある。しかしあのような奇怪な体験など紗綾の記憶には無い。予知夢というものもあるが、あの光景は時代劇で見るような着物と木造の家とで成っていたので予知とは言い難い。既知でなく、予知でもないとすれば、あの夢は一体何だったのか。紗綾の疑念は強くなる。黒板を写す手も止まっていた。
「千羽、教科書の五行目を読めと言った筈だが、まだ寝ているのか?」
「え? あ、はい! えぇと……」
教師のご指名が入った。授業そっちのけで物思いに更ける者を許すほど、勤務25年のこの男は甘くない。不意を突かれた紗綾は教科書を開くが、残念ながらページはあまりにも多すぎた。教室がまた静かに沸き始めた。
「五ページ」
「あぁ、はい。あまつかぜーー」
読みながら頭の中を授業に切り替える。そうだ、今は授業中だ。余計な詮索など後回し、昼休みにでもすればいい。今はただ、授業に集中してーー
「千羽、どこまで読むつもりだ? 全く……」
そしてまた紗綾はクラスの失笑を買う羽目になった。