僕が一目ぼれした子が明らかにくりぼっちなんだけど僕はどうしたらいいだろう
僕はとある高校の二年○組うんぬん番、高倉啓也です。
突然ですが僕、恋しています。
それも一目惚れです。
相手の名前は神無紅梨さん。心の中ではくりちゃんって呼んでるけど実際にはそう呼べないのが悩ましいところだ。というか迂闊に名前を呼ぼうものなら殺されかねない。
そして二学期も終わりな今、なんと愛しのくりちゃんは隣の席なのです! これをチャンスと言わずしてなんと言おう。しかもくりちゃん、イブに予定がないみたいなのだ。いや、なぜ知ってるかっていうと、たまたま手帳が見えちゃって、そしたら24のところには何も書いてなかったからっていう、決して覗きみたとかそういうわけではなくてだな。
と、とにかく、なぜ僕がくりちゃんに一目ぼれしたかって言うと。
あれは、一学期の始業式――
僕は学校に来ると掲示板でクラスを確認して歩き出した。始業式から寝坊した僕は髪もボサボサでまだ覚め切らない目をこすりながら廊下を歩いていた。来るのが遅かったからだろう、廊下にはもう誰もいなかった。しかし、階段を登って角を曲がると、少し先に身長154センチくらいの小柄な女生徒がいた。亜麻色セミロングの髪、細い足、華奢な体型、まさに守ってあげたい系女子だった。きっと顔もちっちゃくて可愛いんだろう。一応言っておくが、この時点で僕はまだ後ろ姿しか見ていない、だが既に僕はその女生徒に惹かれ始めていたのだ。第一印象はハムスター。僕がこの世で二番目に好きな動物だ。一番はもちろん神無紅梨。あ、でもこんなこと本人に言ったら私は“種”ではないって怒られるんだろうなぁ。いや、そんなことはどうでもよくて、とにかくその女生徒は魅力的だった。でもそれだけでこんなに惚れ込むわけはない。僕はただ、ちょっと可愛いなと思いながらその女生徒を見ていたのだ。
すると突然、女生徒は転んだ。それはもう、気持ちいいくらい綺麗に、すってんと、なんにもないところで。いや、実際にはそこに水溜りが出来ていてそれに足を取られたんだろうけど、一見するとなんにもないところだったのだ。
僕は慌てて駆け寄ると声をかけた。
「だ、大丈夫?!」
女生徒はピクリとも動かない。しばらく様子を見ていたが、あまりにも微動だにしなので心配になって、その女生徒の肩に手を触れようとしたその時、いきなり起き上がった。
「……分からない」
僕だって分からない。なんで女生徒は転んだのか、いやそれよりなぜこの女生徒が分からないといったのか。でも今はそんなことより。
「おでこ、血が出てるよ! 保健室行かないと」
顔面から思い切り倒れたためだろう、おでこの擦り傷から血がにじんでいたのだ。
「平気。じゃあ」
女生徒は何事もなかったかのように平然と立ち上がりスタスタと歩いて行ってしまう。僕は慌てて呼び止めた。
「ま、待って」
「何、まだ何か用」
「いや、用ってほどでもないんだけど」
僕はある一点を指差す。
「上靴、片方脱げてるよ?」
「……っ」
女生徒は引き返して僕の指の示す先にある上靴を拾い上げると、今度は脱げないようにかしっかりと履いて僕を見た。
「……」
「えっとー」
「……失礼します」
耳まで真っ赤だった。女生徒的には転んだのを見られても平然としていればやり過ごせると思った。だから気張ってすましていたのに、それが裏目に出てしまったことがものすごく恥ずかしかったのだろう。きっと普段はこんなミスしない人なのだ。
でも、僕はその顔に持って行かれた。何をってもちろん僕のハートをさ。
真っ赤になったその顔は、後ろ姿から想像したよりも遥かに可愛いくて、一目惚れするには充分すぎるくらいだった。
その後僕は、その女生徒の顔を思い浮かべて、仲良くなりたいなぁ、同じクラスだったらいいなぁと浅はかな希望を胸に抱きながら自分の新しい教室にたどり着いた。教室のほとんどの席はもう埋まっていた。当たり前だ、わざわざ始業式に遅刻ギリギリで来るもの好きはいないだろう。むしろ皆クラスに慣れるためにいつもより早く来るくらいだ。僕は黒板に貼られた座席表を見て自分の名前を探した。というか、教卓の真ん前という見つけやすい位置で、探さなくともひと目で分かった。
新学期早々先生の前とはついていない。ため息を一つついてだらしなく席に座った。しかしいつまでも落ち込んでいるわけにはいかない、遅れてきたぶん、少しでも早くこのクラスの様子を探らなくては。僕はぐるっと教室を見回した。その時やっと、隣の席の人物に気がついた。
そう、それはまさに運命、偶然にもさっきの女生徒がそこにいたのだ。僕は高まる鼓動を抑えるのに必死だった。
結局朝礼が始まるまでの間、一言も話しかけることはできなかった。
担任が入ってきて出席をとる。そして体育館へ移動し式をする。長ったらしい校長先生の挨拶を終え、やっとのことで教室に戻されホームルーム。うちの学校ではこの時間に自己紹介をするのが主流らしい。今回の担任もそのつもりのようで、自分の自己紹介と簡単なクラス方針を喋った。そしてバトンは生徒に渡される。出席番号一番から順に自己紹介をすることになった。この間、僕は一回も隣の席の女生徒に話しかけていない。周りは結構打ち解け始めているのに、僕だけ取り残されているような感じだった。話しかけもせず、話しかけられもしない。きっとこの席が先生の目の前だということもあるのだろうけれど、僕はこの先が少し不安になってきた。最低でも今日中に、隣の席の女生徒には話しかけたい。いつの間にか僕はそのことだけを考えていた。
ふと、担任が配ったプリントにクラス全員の名前が書いてあることに気がつく。ついでに現段階の座席表もある。僕は無意識に自分の隣の席を探していた。そこに書いてあった名前は……神無紅梨。なるほど、女生徒は神無紅梨というのか。いやしかし、なんて読むんだ? かみなしかな、いやかんな? まぁ苗字はなんでもいいか。で、えっと名前は、紅梨? え、べにり? なわけないか、となるとあかりかな。んーでもそれなら普通朱色の朱を使うよな。
あーだこーだと頭を悩ませているうち、ついに神無紅梨さんの自己紹介の番となった。
神無紅梨さんはすっと立ち上がると緊張している様子もなくまたあの時と同じように平然とした様子で口を開いた。おでこの傷は前髪に隠れて分からなくなっている。
「かんなく↑り↓と言います。よろしくお願いします」
「あぁく↓り↑って読むのかこれ。なるほどー」
僕は無意識にそんなことを呟いてしまった。いや、呟いたと言うにはいささか音量が大きかったかもしれない。クラスの何人かがくすくすと笑い出す。今思うと本当に失礼な話だ。人名、しかも惚れている人の名前をイントネーションとは言え間違えるなんて、しかも隣で本人が言ったすぐに。無神経にも程がある。しかしそんなことを悪い意味で平然とやってのけてしまうのがこの僕、高倉啓也という男なのだ。
「な、に、が、なるほどだ。あなたは真横で一体何を聞いていたんだ。あなたの耳には語調変換器でも入ってるのか?」
神無紅梨さんはたいそうお怒りのご様子だった。いや、当たり前と言えば当たり前なんだが、その時の僕はなぜ怒られているのか全くわからなかった。本当に語調変換器が内蔵されていたのかもしれない。
「え、えーと」
「私の名前はく↑り↓。何がく↓り↑かぁだ、笑わせるな。私はく↓り↑でも栗でもない、く↑り↓だ」
不覚にも怒って顔をこちらに向け身を乗り出してきたのを嬉しいと感じてしまった。決してマゾなわけではない。ただ僕は、今まで話すことのできなかった彼女がこちらを向いて、僕に向かって声をかけてくれたのが途方もない喜びだったのだ。周りから見ればそんな僕の気持ちなんてわかってくれやしないから、反省の色無しって捉えられていたかもしれない。でもその時の僕にそんな判断ができるはずもなかった。ただところどころで笑いをこらえるのに必死になっている人がいることだけは気づいていた。
「ご、ごめん。これからは気をつけ」
「あなたに私の名前を呼ぶ権利はない、用があるなら苗字でも事足りるだろう。つまり、あなたは二度と私の名を呼ぶな」
ここでクラス中に爆笑の嵐が吹き荒れた。今まで笑いをこらえていた人も、無表情だった人までもが吹き出している。そんなに僕らのやりとりが面白かったのだろうか。僕はきょとんとして、神無さんは怒りの熱が冷めたのか、ふんっと言いながら僕から視線を外した。まだ笑いが収まらないなか神無さんは自己紹介を続行する。
「部活はバド。好きな教科は体育。好きな食べ物はショートケーキ」
「モンブランじゃないんだ」
また僕は、何も考えずにそんなことを口走ってしまう。
第二次大爆笑風が巻き起こる。ひいひいと喉を鳴らしている人まで出てくる始末だ。神無さんは拳を握りしめて必死に怒りを沈めている様子。僕はそんな神無さんに、呑気にも見とれていた。全ての元凶が自分であることも知らずに。
「嫌いな食べ物は特にありません、が。嫌いな人種は……私のことを栗というやつ全般です。今後間違いだろうがなんだろうが栗と言ってきたら、無条件無差別に嫌いになります。以上」
その後、第三次が巻き起こったことは言うまでもないだろう。
これが僕とくりちゃんの出会いの話である。
可愛いだろ、僕のくりちゃん、いやまだ僕のものになったわけじゃないけれど、とにかくめっちゃ可愛いだろ。口調はちょっと男っぽいんだけど、それが見た目と全然マッチしてなくてなお可愛いっていうか。そうそう、体育が好きってのも意外だよな。くりちゃん小さいのに運動神経すごくいいんだ。どこにそんな力があるんだって話で、部活で出た大会では県一位になったとか。最初バドってなんのことかと思ったけどバドミントンの略らしい。一度でいいから試合してるくりちゃんを見てみたいな。バドのことなんて全然わからないけど、くりちゃんがやれば全部輝いて見える。
あー、くりちゃんのこと知れば知るほど好きになって困るな。え、もはや変態化してないかって? 周りのやつもそう言うけど、断じて僕はそんなんじゃない。僕はただ、一目ぼれした相手のことをどんどん好きになっちゃっているだけで。
とにかく、僕は少しでもくりちゃんに近づきたいんだ。そう、それは不純な動機なんてない、正真正銘本気の思いであって。だから僕は今度のチャンスを逃したくないんだ。二回も特定の人と隣の席になれるなんてなかなかない話。つまりはこれも運命。そしてこの機会を逃したらもう僕に勝目はないかもしれない。くりちゃんは可愛いしバドミントンで表彰されているしで有名なんだ。学校中にファンがいてもおかしくない。実際何人もの男、たまに女に告白されているのを知っている。全部断ってはいるみたいだが、油断できない状態だ。
早く、早く何か手を考えなくては。また離れ離れになって、全然話せない日々がやってきてしまう。
この隣の席のあいだにくりちゃんをものにするんだ。
それでだ。僕はイブに予定がないことを知った。当たり前だが僕もない。いわゆるクリぼっちってやつだ。クリぼっちが二人、これはもう誘うしかないじゃないか、デート!
ただ、ただどうやって話を持ちかける。普通にか、いやしかしそれでくりちゃんは振り向いてくれるだろうか。というかまず予定がないことを知らない体で聞き出すことからやらなくては不自然だ。つまりだ、つまりどうすれば。
「なぁ、くぅあんなさん」
危ない、つい心の声のノリでくりちゃんと呼んでしまうところだった。
「なんだ」
「あのさ、神無さんクリスマスイブは部活あるの?」
よし、これなら自然な流れになっただろう。
「ないけど。それがどうかしたのか」
「いや、じゃあ誰かと遊ぶのかなぁって」
「そうだな……」
くりちゃんは少し考える素振りを見せた。お、もしかして、くりちゃんのほうから僕を誘ってくれるとか。
「私にはバドミントンという友達がいるから。残念だけど寂しい寂しい高倉くんとは違うんだよ」
ですよね。くりちゃんが僕を誘ってくれるなんてそんな幻想、あるわけないですよね。しかもかなり悪い流れになってる。なんか僕がクリぼっちって断定付られてるし、いや間違ってはないんだけど。というかまるで僕に一人も友達がいないみたいなふうに言わないでよ。こんな僕
にだって友達はいるし、遊んだりもするさ。ただ、そいつら全員リア充だからイブは忙しいんだよ。どうせ僕だけ遅れてますよ。
でもそれでいいんだ。僕はイブ暇なんだ。だからこうしてくりちゃんを誘えるんだ。まだ諦めないぞ。
「さっき、部活ないって言ってたよね。クラブチームかなにかの練習?」
「いや、そういうわけではない」
「じゃあ、もしかして一人で自主練……?」
「そんなところだ」
「友達とは遊ばないの?」
そこでくりちゃんが言葉を詰まらせる。もしやくりちゃんも僕と同じか?
「悪いか、誘ってくれるような友達がいなくて。私はバド一筋なんだ」
僕より悪いじゃないか! それじゃすごく寂しい人だよ、くりちゃん。ものを言い訳に逃げてる悲しい人だよ。でもこれって、僕からしたらチャンスってことじゃ。
「ねぇ暇だったらさ、僕と」
「丁重にお断りさせてもらおう」
「まだ何も言ってないよ」
「言わなくてもわかる。私は高倉くんみたいに鈍感じゃないからな」
「だったら僕の気持ち少しは理解してくれてもいいじゃないかー」
「嫌だね。知りたくも聞きたくもない」
どうやら僕は嫌われていたようだ。全く気がつかなかったあたり本当に僕は鈍感だな。ああ、普通に辛いよ。
「大体、ここ最近毎日のように好きだとか可愛いとか呪いのような言葉を投げかけてくるんだ。高倉くんが高度の変態であるということ以外何を理解しろと、全く」
あれ、これは嫌われてるというより鬱陶しがられているのかな。だったらまだ望みはあるじゃないか。なんだが元気が湧いてきたぞ。
「あの」
「私は暇じゃないから、誘うなら別の方にしてください」
「うっ、そんなに僕と遊ぶの嫌なのかい」
「何されるかわかったもんじゃない」
「僕は女の子に手を上げたりしないよ」
「どうだか」
信用度もかなり低かったようだ。くぅ、これじゃ勝ち目なんて……。
「まぁ諦めるんだな、私にはバドがあるから。なんにもない真のクリぼっちである高倉くんに同情くらいしてやるよ」
同情するなら、愛をください。
はぁ、結局最大のチャンスもこうして泡となって消えていくんだな。まさか敵は人ではなかったとは、スポーツ侮るなかれ。くりちゃんを虜にしていたのはずっと前からバドミントンだったんだな。僕はそれに勝てなかった。仕方ないか。ぽっと出の僕が敵うはずもなかったんだ。おとなしく、負けを認めるしかない。
こうして今年も、僕はクリぼっちですか。でも、くりちゃんだってクリぼっちであることには変わらないんだからな。ていうかくりちゃん女友達いないのかな。まぁくりちゃんのあの性格じゃ分かる気がするけど。女子のキャピキャピした感じとか陰湿なこととか隠し事とか、大っ嫌いだもんな。そこからきた男口調って感じかな。くりちゃんいっつも平然として隙を見せないから、女子的にはとっつきにくいんだろうな。でもそこがまた自分をしっかり持ってるって感じで素敵なんだけど。あぁだから、そこをかっこいいって思った女子が告白してたのかな。後輩が多かったし、その線はあるかも。でもまぁよく分からないな。女心は難しい。
それに、始業式の日以来一度も見たことがないけど、くりちゃんは平然と保っているところを崩された時が一番弱いんだ。それこそ隙だらけっていうか。あの赤面、今でも忘れられない。もう一度みたいな。あ、でもあれを僕以外の人が見るのは嫌だな。だってそんなことがあったらみーんなくりちゃんに惚れるだろうし。あの表情は僕だけのものにしたい。でも、実際のところくりちゃんって全然隙ないんだよな。さすがというか、なんというか。
うだうだうだうだと考え続け、いつの間にやら冬休み突入。一体僕は今まで何をやっていたのだろう。この半年間、ずっとくりちゃんが好きだったのに、いまいちその思いがくりちゃんに届いている気がしない。それこそ一切隙を見せないから何考えてるのか分からない。くりちゃんは僕のことを嫌いなのかどうでもいいのか、それすらつかめない。
一日が過ぎ、二日が過ぎ、ずーっとくりちゃんのことを考えているうち、あっという間にその日はやってきてしまうのだった。
24日。どうせ予定のない僕はそれならいっそと目が覚めてもずっと布団の中でごろごろしていた。お母さんが家にいるはずだが、今日ばかりはぼっちの息子を可哀想に思ったのか起こしにこない。
あーいまくりちゃんはバドをしているのかな。一人でバドってどうやるんだろう。壁打ちとかかな。あ、すぶりという手もあるか。なんにせよ、もっともっと強くなるために頑張っているんだろうな。じゃあ僕は何をしているんだろう。太陽が登っても布団にくるまって何もしないで、時間をただ無駄に過ごして。ああ、なんて情けない。何か出来ることはなかったのだろうか。けど、携帯の番号を知っているわけでも、住所を知っているわけでもないからな、学校が休みになった時点で完全に詰みだ。僕にできることは何もない。
キンコーン。遠くでドアベルの鳴る音がする。お母さんが急いで玄関へ行き、客の対応をする。さすがに何話してるかまでは分かんないな。でもそんなこと分かっても仕方ないし。どうせ僕には関係ないこと。
「啓也―! 女の子のお友達が来ているわよ」
女の子のお友達? 僕にそんな人いたっけ。誰かが女装して寂しい僕をからかいに来たとか? なるほどそういうわけか。分かった分かった、決して浅はかな期待をして後悔したりするものか。知ってるんだ、世界はそううまくは出来ていないって。ま、友達が来てくれただけありがたく思うか。
僕は慎重に部屋を出るとパジャマ姿のまま玄関へ向かった。
「おい誰だ、こんないたずらをするのは……」
そう言いながら角を曲がって玄関で目にしたものは。
「――っ!?」
「いたずらとはひどい言い草だな。せっかくクリぼっちで寂しい思いをしているだろうと思い来てやったのに」
「え、これは幻覚? 錯覚? 僕の深層心理があらぬものを見せてるの?」
「なんなら頬をつねってやろうか」
「お願いします」
パーン
玄関ホールに気持ちのいい音が響き渡った。
「いってーー! つねるって言ったじゃないか」
「つねるも叩くもおなじだろう」
血が出たんじゃないかと思ったが、案外人というものは丈夫なもので、じんじんするだけで大丈夫なようだった。
「それで、痛いことを確認した高倉くんには何が見えるんだ?」
「くりちゃ……あ、いやちが!」
「なんだもう一発欲しいならそう言ってくれればいいのに。遠慮するな」
「すみませんすみません。もう痛いのはご遠慮願いたい」
「ふん。まぁいいい、行くぞ」
「ふぇ?」
驚く程間抜けな声を出してしまった。いきなりのことに頭のCPUがパンクを起こしている。行くってどこに? ていうかまずなんでここにくりちゃんがいるの? なんで僕の家知ってるの? てかバドミントンはどうしたんだ? それにしてもくりちゃんは私服姿も可愛いなぁ。
「早く、行くぞ」
「え、ちょっと待って。え?」
「あら、良かったわね啓也。こんな可愛らしいお嬢さんと遊びに行けるなんて」
お母さんまで様子を見にやってきた。
「この子、啓也の彼女?」
「いや、今はまだ違うけど。未来の僕の彼女さ」
全く状況がつかめていないのにそんなことだけは咄嗟に口にできるものなのだな。自分を尊敬するよ。
「あらあら、こんな息子ですがよろしくね。馬鹿で真っ直ぐでひとつのことに熱中したら冷めないことくらいしか取り柄がないけど。でも良かったわ。お母さん、イブなのにいつまでも寝てるから心配だったのよ。そしたらこんなサプライズがあるんだもの。お母さん嬉しいわ」
僕にとってもサプライズだよ。嬉しいけど、どうしたらいいかさっぱりだ。
「と、とにかく、一分……いや五分で用意してくるから神無さんはちょっと待ってて」
僕は慌てて部屋に戻ると急いで準備をした。こんなことになるならひねくれてないでちゃんと起きていればよかった。
「ごめんなさいね、情けない息子で」
「いえ、高倉くんはあれでこそです」
「いつも迷惑かけてるんじゃないかしら、えっと」
「神無紅梨です」
「くりちゃんね、可愛らしい名前。でも名前負けしない風貌だわ。本当にこんな可愛いこと啓也が……。失礼だけど、どうして?」
「お互い、クリぼっちみたいなので」
「あら、それだけ?」
「それだけですよ」
ぎりぎり五分以内、僕は猛スピードで廊下を走った。
「お待たせ!」
「うん、高倉くんにしては頑張った方だな。では高倉くんのお母さん、いきなり失礼しました」
「いえいえこちらこそ、ご迷惑をおかけして」
お母さんとくりちゃんはお互いに頭を下げ合っている。なんだか奇妙な光景だ。
「なにボーッとしてるんだ、高倉くん。早く靴履いて」
「あ、待って待って」
「くりちゃん」
僕が慌てすぎてなかなか靴が履けないでいると、いつの間に名前を聞いたのだろうお母さんがくりちゃんを呼び止めた。
「はい、なんでしょうか」
「啓也をよろしくね、今日は思いっきり連れ回しちゃって!」
「そうですね、分かりました」
本当にそんなことするつもりなのか、形式的になのか、くりちゃんはまた頭を下げる。
「よし、履けた!」
「じゃあ、そろそろ」
「二人とも、いってらっしゃい」
お母さんは心底嬉しそうに手を振った。僕も満面の笑みで振り返す。くりちゃんはというと、会釈で答えた。
家をでて、くりちゃんについていくこと少し。僕は思い切って聞いてみることにした。
「ねえ神無さん。バドミントンはどうしたの?」
「ガットが切れたから急遽できなくなった」
「ガットてあの、紐の部分だよね。でも神無さんて二本ラケット持ってなかったっけ」
「なんで同じ部活でもないのにそんなこと知ってるんだ」
あ、まずい。ずっと見てたからわかるよなんて言えない。どうしよう、更に変態扱いされてしまう。
「えっとー」
「まあいい、両方ともガットが切れたんだ。ただそれだけだよ」
「あ、そうなんだ」
そんなことあり得るのだろうか。いやしかし、スポーツの世界だ、何があってもおかしくない。
「あれでも、ガットがなくてもすぶりとかならできるんじゃ」
「なんだ、そんなに高倉くんは私と遊びたくなかったのか。それは悪かったな、私がバドと遊べなくて」
ああまずい、またやってしまった。違うんだよくりちゃん、そうじゃないんだ。僕はただなんで僕と遊んでくれる気になったのかそれが知りたいだけなんだ。
「なんなら今から別の人を誘ってもいいが……」
「え、神無さんって気軽に誘えるような友達いたっけ」
「本っ当に高倉くんは失礼な人だな。友達じゃなくとも、今まで私に告白してきたうちの誰かでもいいんだが」
「あー待って! それは困る、というか神無さんが僕以外の人といるとかそんなの耐え切れない。お願いだから僕といて!」
よし、これでなんとか食い止められたかな。って、なんかめっちゃドン引きしてるんだけど。
「こんな街中でよくもまぁそんなことを大声で言えたもんだな。言われる側の身にもなれ」
そうだった、学校ならまだしもって学校でもまずいけど、ここはいわゆる公共の場、いろんな人が周りにいる場所。そんな中で僕はなんということを叫んでしまったのだろう。しかもかなり情けないセリフ。
「呆れた、さすが高倉くんとでも言っておこうかな。やはり別の人を誘うべきだったか」
「ごめん」
「ふん、まあ誘ってしまったからには今更取り返しもつかないしな。諦めるか」
「じゃあ、僕と遊んでくれるんだな! やった、神無さんとデートだ」
「それ以上調子に乗ると平手打ち程度では済まされないが」
「ご、ごめん」
くりちゃん、目がマジだ。小さいのに怒らせると怖いからな。なんというか、子猫が猫じゃらしを取られた時みたいな。
「全然反省の色なしだな。またくだらない想像でもしてるんだろう」
「くだらなくなんかないよ。神無さんの可愛さは百万匹のハムスターにも劣らないんだから。そんな神無さんのありこれを想像するのはとても素晴らし」
「はいはい、高倉くんがハムスター好きなのはよく分かったよ」
なんかくりちゃん、流すのが上手くなってる? というか全く分かってないだろ、この僕の溢れんばかりの愛を! でもこれ以上言うと平手打ち以上のものが飛んできそうだからやめておこう。
「あ、そうだ。ちょっと気になったんだけどさ」
「なんだ」
「僕の家の住所教えたことなかったよな。なんで知ってたの?」
「部活の男子にメールで聞いた。確か高倉くんの友達(仮)だったからな」
「あ、あいつかーって(仮)は余計だよ。れっきとした友達だから」
「そうは見えないけど」
「それは神無さんが興味ないからそう見えるだけであって。てそんなことより、あいつ神無さんのメアド知ってたのか! ずるい、僕も知りたい!」
「やだよ。高倉くんなんかに教えたら一日に何百件もの迷惑メールがきそうだからな」
「僕は出会い系サイト扱い!?」
「そんな変わらないだろ」
「ひどい。毎日好きだよって送るだけだよ」
「充分に出会い系サイトじゃないか」
…………。
終わり良ければ全て良し。まだまだこっからって感じだが、取り敢えず一旦は目標達成というわけで今回の僕のお話はここで終わりにしようと思う。それにしても、くりちゃんめっちゃ可愛いだろ。こんな拙い文章じゃ語り尽くせないが、とにかく可愛いことは分かってもらえただろ。あ、でも勝手に僕のくりちゃん(未来形)に惚れるなよ。くりちゃんは僕だけのものだからな。
じゃあまた、機会があったら、僕とくりちゃんの惚気話を聞かせてやるな。
明日はクリスマスイブですね、というところでなんとか書き終わりました。サラっと読めてクスッと笑えるような話を目指したつもりですが、果たしてどうなったことやら。
本当は主人公の高倉くんはもっとかっこいいイメージだったのですが、くりちゃんがかっこよすぎて、高倉くんはあんなんになっちゃいましたね。ごめん、高倉くん!
そうそう、どうでもいい余談なのですが、女の子の名前が紅梨になったのはクリスマスだからとかそういうわけではなく、本当は苗字で栗がつく子にしたかったんです。でもあのモンブランのくだりが思い浮かんでしまった瞬間、それに合うように変更しました。思いつきって怖いね、名前が変わっちゃうんだもん。それからクリぼっちに紅梨ぼっちをかけた話も出したかったのですが、入れ込む隙がありませんでした。あまりに高倉くんが紅梨ちゃん大好きすぎて、紅梨ちゃんを語らせたらこの有様ですよ。作者の意思すら超越する高倉くん、恐るべし。なんかもう、書いてたら止まらなくなっちゃいましたね。約二日の突貫行為ですが、高倉くんのおかげで書ききれた気もします。途中からは高倉くんに乗っ取られていたのかもしれません。だからこそ小説っぽくない、普通の会話みたいな作品になりましたね。これを読んでくださった皆様も、高倉くんと仲良くなれたんじゃないかな? 面白いでしょ、変態だけど。友達少ないみたいだからよかったら仲良くなってあげてください、なんて書くと怒られそうだな。
また高倉くんがくだらない相談を持ちかけてきたら、その時はまた話し相手になってあげてください。たぶん最終的には一方的惚気話になってるんじゃないかな。
では、いつか「僕の紅梨ちゃん(現在進行形)」になる日を信じて。
今回はここまで読んで下さりありがとうございました。
2013年 12月23日 春風 優華