第7話 父と娘と
あれから俺はフローラル王女に抱きかかえられたままだ。俺はぬいぐるみじゃねえぞ。
最初は正面から抱きつかれていたが、俺の方が小っこい上に胡坐をかいているから姿勢が辛くなったのか、後ろに回り込んで足を伸ばしてぺったんこと座りまた抱きつかれた。フローラル王女、お行儀が悪いですよ。
かなり上機嫌だな、絶賛ハミング中だ。
国王の方を向いて話がしたいのだが、動けない。
まったく小っ恥ずかしいが、拗ねられるのも困るので、
「おねーちゃん、国王陛下とちょっと話をしたいんですが」
「あ、そーよね、お父様ともちゃんとご挨拶しないとね」
そう言って俺を抱いたまま器用に向きを変えて再び俺と一緒に座り込む。ポイントがずれているよ、フローラル王女。
「はいっ、お父様、ローズマリーですよ。ほら、ローズマリーもお父様にちゃんとご挨拶しなさい」
だからポイントがずれてるって。
「国王陛下、ちょっと宜しいですか?」
「お父さんだ!」
「は?」
何だ?唐突に。
「私はローズマリーの父だ、人目を憚る必要のない場所では、私はローズマリーの父親なのだ、従ってお父さんと呼ぶことを要求する!でなければ話は聴かん」
あんたもか!姉ばかに父ばかか!似たもの親子だな、まさか母ばか迄はないだろうな。昨日の晩は落ち着いた雰囲気だったけど、ああ、ミランダさんは兎も角コリーンさんたちが居たから我慢してたのか。
しっかし『要求する!』ってもしかしてテンパってる?しかも『でなければ話は聴かん』って子供か、あんたは。はー仕方ないのか?どんどん流されている様な気がするなあ。
「おとうさん、ちょっと宜しいですか?」
これでいいんだろ?と、思ったら、豈図らんや、
「可愛くない!もっと、可愛くだ!目を逸らして、頬を赤く染め、囁くように、『お・と・う・さ・ん』だ!どうだ、とっても可愛いだろう!ローズマリーは私をその様に呼んでくれたのだ!」
おおっ、背後に逆巻く怒涛の幻影が見える! それってあんたが強要したんじゃないのか?父ばかもここに極まれりだな。
「つまり、それを俺にやれと?目を逸らして、頬を赤く染め、囁くように、しろと?因みに目を逸らすのは嫌だから。頬を赤く染めるのは恥ずかしくて嫌だから。囁くようになのは嫌だけど仕方ない、お父さんは言い出したら聞かないから。と云うような意味なのではないかと推察致しますが?それでも俺にやれと?」
「無論だ!お前もそうは思わぬか、フローラル?2年ぶりにローズマリーのその様な姿を見たいとは思わぬか?」
何が無論なんだ?人の話を聞く気がないな。てか目が据わってないか?
「勿論ですともお父様!もしこれを見逃してしまったら、私は食事も喉を通らず、今夜は悔し涙に明け暮れ、一睡も適わぬ事に成るでしょう!ええ、是が非にでもみなくては!」
「おねーちゃんからもお願い!もちろん聞いてくれるわよね~ローズマリー」
怖えよ、後半声のトーンが下がってるよ。
言うが早いか、俺を手放し、ソファに座っている国王陛下の横にすとんと座り、顔には満面の笑みを湛えている。
満面過ぎて怖い。これは間違いなく脅迫だ。裏側にはきっと狂気が隠れている。そしてその狂気は国王陛下までをも蝕んでいる、そうに違いない。此処は逆らわないのが無難だ。
また俺は流されねばならないのか、なんか悲しくなってきた。
えーと、目を逸らして、頬を赤く染め、ってどうするんだ?恥ずかしいって思えばいいのか?恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい、こんな醜態を晒すことになろうとは。そして囁くように、だな。
「お・と・う・さ・ん」
「おおぅ、これは!」「きゃー、可愛いわローズマリー!」
二人して大盛り上がりしている、喜んでくれてはいるみたいだが、これってどうよ。
「それじゃあね、それじゃあね、ローズマリー次は…」
「いい加減にしてくれ!二人して俺をおもちゃにして、まだ何かやらせるつもりなのか!」
留まる所を知らぬハイテンションに我慢が出来ず、つい大声を上げてしまった。
「あ、ご、ごめんなさい、ローズマリー、私そんな・・つもりでは・・・」
さっきまで、上機嫌でにこやかだった表情が、一番最初に廊下で会い、そしてローズマリーではないと否定された時の様な、悲しげで、泣き出しそうな表情に戻ってしまった。
この表情にはさせたくはなかったな、折角小っ恥ずかしい思いまでしたのに。
「いや、済まない一輝君、私達は舞い上がり過ぎていたようだ」
国王陛下も冷静になってくれたみたいだ。俺の方こそ謝らないと。
「いえ、俺の方こそ大声を上げてしまい、申し訳ありません」
俺は床に胡坐をかいたままの姿だった事を思い出し、立ち上がって頭を下げた。
「頭を下げるのは止めてくれないか、君が一輝君であると云うことは重々承知しているつもりではある。しかし私達の目に映るその姿はローズマリーなのだ。嬉しいのだよ、ローズマリーが元気でいる事が、様々な表情を見せてくれるのが、実はローズマリーはあまり表情の変わらない子でな、表情のあるローズマリーが嬉しくてな、つい調子に乗ってしまった、済まなかった、謝るのは此方の方だ」
国王陛下が俺に向かって頭を下げてくれた、俺は名前と年齢しか国王陛下には告げていないのに、俺を認めてくれているんだ。
よし!決めよう。このままいつまでも俺を主張したとしても得るものは何もない。
所詮一度は死んだ身、これからはローズマリーとして生きなきゃならないんだ。
ならば郷に入っては郷に従えだ。
「お父様、頭をお上げ下さい。国王陛下たる者が身内とはいえ簡単に頭を下げてはなりません。お姉様もその様なお顔をされてないでローズマリーに笑顔をお見せ下さいな」
「「ローズマリー!」」
「こんな感じだったんでしょうかね、生前のローズマリーは、どうですか?」
交わした言葉はほんの僅かだったけれど、もしかしたらあんな話し方をしていたんではなかろうか。
「う、うむ、驚いたぞ、昨日までのローズマリーの様だった」
「ええ、2年前のローズマリーもその様な感じでした」
つまりあんた方は遊んでたのね、いや、願望か?しかし2年前からこうだったって事は、相当聡かったのではないだろうか。
「そうですか、それはよかった、いつも同じ様に出来るわけじゃあないけど、この先も何とかやっていけそうですね」
「まあ、私としては年齢相応の話し方をしてもらえればよいのだが」
「私も、もうちょっと可愛らしい感じでいて頂ければと・・・」
やっぱり願望だったみたいだね。
「分かりました、お父さん、お姉ちゃん、これから宜しくお願いします」
俺は90度の礼をした。いいだろ、心の中ぐらい俺でも。
「うむ、此方こそだ、ローズマリー」
「はい、宜しくお願いします、ローズマリー」
「所でお姉ちゃんは何歳ですか?」
「私は12歳よ、でもどうしたの急に」
「お姉ちゃんの頁がなかったから、今度はお・・じぶ・・私の方の頁にね」
「くすっ、無理しちゃって、でも嬉しいわ、有難う」
「追々慣れて行けばよい」
「ありがとうございます、それで一番最初に戻りますけど、国王陛下にお話があります、ミランダさんも同席で宜しいですか?」
「構わぬ、して、なんだ?」
ミランダさんが椅子を持って近づいて来て座る。国王の斜め後ろだ、やっぱり臣下だなあ。
「はい、ローズマリーはいままで通り人目には触れない様にして行く方が宜しいんですよね」
「今の処、基本の方針を変えるつもりは無い。立ったままで居ないで、座りなさい」
「それでは、お言葉に甘えまして、んしょっと」
俺も再び胡坐をかいて座る。
「でしたら、ローズマリーの部屋はメイドの出入りがあるぐらいにして、自分は別の部屋で生活をした方が都合が良いと思うんですが、多分お姉ちゃんが襲来してくると思いますし」
「ぬう、そうだな。考え無しのフローラルがローズマリーの部屋に頻繁に出入りするのは、たしかに拙いな」
「非道いです、お父様、私はその様な考え無しではありません」
俺も、国王も、ミランダさんも苦笑い。
「で、転居先ですけれど、どこが宜しいでしょう?」
「うむ、新たな居室を考える前に、ローズマリーの部屋を半封印状態にするわけだが、当人が人目に付く所にいては何にもならん。ミランダ、説明を任せる」
「はい、陛下。一輝君、現在ローズマリー王女殿下を見知っている人物は、陛下、妃殿下、フローラル王女殿下及びその侍女3名、過去の者も含むローズマリー王女殿下の部屋付きメイド達、最後に私、以上になります」
「私の侍女達もですか、ミランダ様?」
「はい、フローラル王女殿下がローズマリーであることを臭わせてしまったので」
「ごめんなさい」
フローラル王女が体を縮こまらせて謝る。
「ですが気に病む必要は御座いません王女殿下。侍女、メイドに関しては全員考慮する必要が有りませんので」
「「どうしてなの?」」
「端的に申し上げれば、全て陛下の息の掛かっている者達だからです」
「あ、だからお父様が都合良く現れたのですね、非道い、私を騙してたのね」
「そう言うな、フローラル。お前を見ていれば、誰でも同じ事を考えるだろうよ」
「やっぱりお父様は非道いです、ローズマリー可哀想な私を慰めて~」
フローラル王女がまたもや飛びついてくる。でも俺はもう大人なんだ(笑)。
「はいはい」
抱きついてきたフローラル王女の頭を撫でる。
「と云うことは、残るは4名だけですか、ミランダさん?」
「はい、重鎮達の中にもローズマリー王女殿下を知る者はいません、彼らにはフローラル王女殿下同様、魔力中りを理由に遠ざけましたので」
「だったら、外に出ても別に問題はないじゃないですか」
「外と言ってもこの王宮内も含めてですよ、私達はあなたをなんと呼べば良いのですか?」
「それは・・さっきみたいにアロマ・フレグランスとか?」
「そうです、このためにアロマと言う名前を用意していたのです、ローズマリー王女殿下も御協力下さり、アロマとして振る舞って頂きました。まあ、ローズマリー王女殿下を少しでも外にお連れ出来ればとも思いまして」
「そうだったんですか、でもフレグランス伯爵家ってちゃんと在るんでしょう、迷惑とか揉め事とかになったりはしないんですか、貴族って結構難しい存在なんでしょう?」
「その辺は心配いらないわ、だって…」
その時この部屋の扉をノックする音が聞こえた、誰か来たみたいだな。
「どうやら帰ってきたようね」
姉ばかに次いで父ばかになってしまいました。
暴走すると大変です。
収束させるために意外と時間が掛かってしまいました。
今回もおいしく書けていると思って頂ければ幸いです。
ご感想お待ちしております。