第6話 フローラル王女 その3
「俺は國枝一輝、ローズマリーじゃない、そしてローズマリーでもある。返す返す申し訳ないが、その手を一先ず放してはもらえないだろうか」
俺は余り感情を込めない様に、そしてなるべく丁寧に話しかけた。下手に激昂されると困るし。
フローラル王女は頭が混乱しているようで、俺の顔をのぞき込んだ姿勢のまま微動だにしない。ま、理解出来ないだろうな。
「もう一度言わないと判らないか?フローラル王女殿下」
すると俺を抱きしめていた手が緩み、足が地に付く。ふう・・・。数歩歩いてローブを脱いで、振り向きながら床に敷かれている絨毯に胡坐をかく。
フローラル王女は未だ呆然としている。どうしたものかな?・・・・すると、
「あなたは誰?」
お、ようやっと口を開いてくれたか。
「俺の名は國枝一輝だよ」
「くにえだいっき?ローズマリーでは、な…い…の?」
「そうであって、そうでない。詳しい話をするから、フローラル王女殿下もとりあえず、そこに座って、黙って話を聞いてくれるかな?」
「う・ん」
フローラル王女はその場にぺたんと女の子座りをすると、ミランダさんが国王陛下にソファを勧め、自身も椅子に座った。
何故フローラル王女の前に居るのがローズマリーではなく、そしてローズマリーである事の経緯をフローラル王女に説明した。
自己の魔力が原因で、魂が蝕まれ、消滅する寸前になっていたローズマリーに、ラドックさんと契約した魂の導き手が、異界で死んだ俺の魂をローズマリーの魂と入れ替えた為に、ローズマリーの肉体は維持され、そしてローズマリーの魂は消滅を免れ、魂の循環に帰り、その代償として契約をしたラドックさんが死んだ事を。
「そんな…、そんな事って、目の前に私のローズマリーがいるのに、その魂が、心が違うだなんて…」
「受け入れてくれとは言えないが、俺も元に戻ることは出来ないんだ。ローズマリーの魂は逝ってしまったんだ、消滅すると、二度と新たに生まれてくることは出来ないそうだから」
「じゃあローズマリーは再び生まれてくる事が出来るのね?」
「そうらしいけど、多分、フローラル王女殿下の思っているような事にはならないと思うよ」
「どういうこと?」
「再び生まれるとしても、第1にローズマリー王女としてではなく、まったくの別人である事。当然、記憶もない事。第2に今すぐ生まれる訳ではなく、いつになるか判らない事。第3に此処以外にも世界はあるから他の世界に生まれる事が考えられる事」
「そう…、でもローズマリーはまた何時か何処かで生まれることは出来るのね?」
「ええ、魂の導き手はそう言ってましたね」
フローラル王女は目を瞑り、随分と長い時間、黙祷する様な素振りを見せた後、目を開き、顔を上げ、
「ならいいわ、次のローズマリーの人生が良い人生になる事を祈りましょう」
「は?いいのか?」
驚いたな!あれ程の執着を見せられた後で、このあっさりした態度。なんでだ?
「いいのよ、私はローズマリーが幸せになれる道があればいいの、あの子は魔力中りの所為で独りだったわ、だから私はあの子が独りに成らない様に、できる限り抱きしめに行ってあげてたの。だから、今度は魔力中りなどというものがない幸せに生きる事が出来る可能性があればそれで好いの。だってあのままだったら独りのまま消滅する事になっていたんでしょ」
なるほど、自分がどうの、ではなくローズマリーがどうのだったのか。
「ええ、そうですね、しかもローズマリー王女には神託もありましたから、余計にこのやり方しか無かったそうです」
「神託?」
「知らなかったんですか?ガンダール神殿の巫女が『カラドゥス王国に生まれた第2王女を死なせてはならぬ。其の者が死ねば世界は大いなる災いを蒙るだろう』と云う神託です」
「ローズマリーを死なせてはいけない?」
「そうです、それがあったが為に、命だけでも何とかしなくてはならなかったそうです。ローズマリー王女の魂はいずれにしても助けられない状態だったらしく、肉体だけでも保持する為の方法を取るしか出来なかったそうです」
「私が2年前からローズマリーに会わせてもらえ無くなったのは何故なの?」
「俺にはその事は聞かされてませんから、国王陛下にでも聞いて下さい」
そう言いながら俺は親指で後ろの国王陛下を指さした。
「お父様、どうしてなの?」
「2年前、お前をローズマリーから引き離したのは、その頃ラドックが魂の導き手様の召喚方法を見つけて来てな、召喚を行ったからだ」
「???」
「ラドックが召喚した魂の導き手様は位の低い方で、位の高い魂の導き手様なら、ローズマリーの肉体を生かし、魂を消滅させずに循環の中に戻すことが出来ると言われたのが2年前だ」
「ですからそれでどうして私がローズマリーと引き離されなければならないのですか?」
「では聞くが、お前はローズマリーがこうなってしまう前に今の話を聞いたらどうする?」
「それは勿論、ありとあらゆる…」
「それが問題なのだ、ラドックが見つけた方法を知る者は私と妃、ラドック親子、そしてローズマリーだけだ。ローズマリーを溺愛していたお前だ、何を言い出すか、何をやらかすか、知れたものではなかったからな。ローズマリーも何かの弾みでお前に知られかねないとも限らんしな」
「お前が騒げばいずれは人の口にも昇ろう。神託のあったローズマリーの身に何かが起きるやも知れぬと判れば、様々な人間が良からぬ事を思いつくやも知れぬ。だからローズマリーは病に臥せっている、しかし小康状態である。と周囲に思っていてもらわねばならなかった」
「でも、私まで引き離されて、ローズマリーは独りになってしまった、私だけがローズマリーを…」
「あー、フローラル、それはお前の思い違いだ」
「だって、お父様も、お母様もローズマリーの部屋には行かなくなってしまったわ」
「国王と云う立場上人目がある内は無闇矢鱈とローズマリーに会いに行く訳にはいかん。妃も私の公務の同伴や幼いマージョラムや生まれて間もないサイプレスも居たからな。私と妃がローズマリーの部屋に行けたのはお前の就寝後だったと云う事だ」
「な・・・でも、侍女達もすぐにいなくなって…」
「あー、こちらは魔力中りでな、長い間は勤められないのだ、皆体調を崩してしまうのでな、ラドックとミランダは別だぞ、あの2人は魔力結界を張ることが出来るからローズマリーと一緒に居ても問題はない。私達もローズマリーに会うときは魔力結界の守護下にいた」
「それにローズマリーは決して自分は独りだなどと考えていた訳ではない、ラドックやミランダを師として魔法を取得し、自分自身であふれる魔力を押さえる為に努力をしていた、周囲に掛ける迷惑をどうにかしたいとな、人以外にも周囲に在る物まで浸食されていたしな」
「でも、それならば私も魔力結界に守っていただければローズマリーに…」
「そうではない、お前を遠ざけた理由である魔力中りは名目に過ぎないと判らんのか?お前が騒ぎかねないのが問題だと言っただろう」
「では、私は・・・何をしていたのでしょう?私1人がローズマリーが独りであると勝手に思い込んで、自分勝手にローズマリーを抱きしめるだけで守っている様な気になって、会えなくなって、でもやっぱり放っては於けなくて、どうにかして会いたくて、ローズマリーに会えたと思ったら、アロマだって言われて、そんな事はないあれはローズマリーだと思って・・・私は独り善がりな事をしていたんでしょうか」
フローラル王女は自分の独り善がりだったと意気消沈している。
いくらフローラル王女の溺愛ぶりがすごかったと云っても、いきなり面会禁止はなかったのではないだろうか。俺には判らない部分があるのかも知れないけれど。
判らないと云えば、何故俺はフローラル王女の事が判らなかったのだろうか?一つ思い当たるんだが、これで宥めてあげられるだろうか?
「フローラル王女、ちょっと聞いて下さい。俺の魂がローズマリー王女の体に入れられた時に、ローズマリー王女の記憶は残っていたんです。ただその記憶は読み書きと『記憶』と云う名の一冊の本であったと思って下さい」
「本?」
「そうです、その本の頁のほとんどは魔法の呪文と魔法に関係したちょっとした説明、残りの頁は近しい人達の顔や名前の頁、後はちょっとした常識の頁、これぐらいです」
「それだけ?」
「それだけです、尤も魔法に関しての頁が膨大ですけど、で、その中に在って然るべき頁が少なくとも2枚程足りないんです、1枚は、その、なんだ、あの、」
「どうしたの?あなた、なにか変よ?」
「いや、1枚は、そうだ、こういう時はお花を摘みにって言えばいいんだよな」
「ああ、排泄物ね」
「あああ、身も蓋もない、そうだよ排泄に関しての頁がなかったんだ、これはもしかしたら恥ずかしかったからじゃないかなと思うんだ」
「そうかも知れないわね、そういえばあなた『くにえだいっき』と言ったかしら、俺と言っていたから男性よね、幾つなのかしら?」
「男です、16歳」
「年上?それでしたら、ローズマリーも恥ずかしかったかも知れませんわね、それで2枚目は?」
「あなたです、フローラル王女殿下、廊下で初めて会った時に俺はあなたが誰だか判らなかった、あなたの頁が無かったんです」
「うそ、ローズマリーにとって、私が恥ずかしい存在であると云うの?そんな、なぜ?どうして?」
「まあ待って下さい、1枚目は恥ずかしいから隠したかった、2枚目は照れ臭いから隠したかった。俺はそう考えました、ただ何故照れ臭いかは俺にはちょっと分りませんけど、姉の妹への溺愛ぶりだったのか、それとも妹の姉への思いなのかはね、もしくは両方かも知れないけど、まあ照れ臭い事ってあんまり他の人には知られたくないですよね」
「そうね、確かに照れ臭い事って隠したくなるわね、私はローズマリーに嫌われていた訳ではなかったのね」
「そうですね」
ちょっと苦しい言い訳かも知れないけど、これで納得してくればいいんだ。直情傾向のあるフローラル王女なら多分大丈夫だよな。
「ごめんなさいね、迷惑をかけてしまって」
「気にしないで下さい、妹なんですから」
「いいの?」
「良いも悪いも、この体はローズマリーですよ、おねえちゃん」
「ローズマリー!!」
フローラル王女が飛びついてきた。ぐえええ、ギブギブ。
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