第4話 フローラル王女
魔法訓練場の帰り道で俺はへたばっていまい、ジェシカさんに背負われていた。情けない。
カラドゥス王国、王都ラキウスは城郭都市で5枚の城郭に覆われている、そしてこの城郭の城門は1直線に並んでいる訳ではなく、この都市では互い違いになっている。そして門と門を繋ぐ道路が幹線となる。
第3区にある魔法訓練場から第1区にある王宮へ帰る為には2枚の城門を潜らねばならない訳なんだが、この都市は丘の中央に造られている為に王宮は一番高い位置にある。つまりそこまで上って行かなければならない。
来る時には下りと平坦ばかりなので楽に来られたが、代わりに帰りは登りになる(当然だ)。で、途中で体力が尽きた訳だ。魔力は無尽蔵な位あるくせになあ。ま、俺もさっき説明を聞いたばかりなんだけどな。
で、帰り道にミランダさん達といろいろ話している内に俺に残されていた記憶は大雑把に言えば魔導書とそれに類する書物・知人に対する簡単な情報・読み書きぐらいで。経験を伴う事柄についてはほとんどない様だ。
従って魔法力を押さえる方法も残ってはいない、折角姫さん練習してたみたいだったのにもったいない。結局自力で習得しないとならないみたいで、当面、基本的には魔法は使用禁止となった。なにせ強大な魔法力の所為で魔導書に書いてある事が必ずしも正しい訳では無いと俺自身が証明してしまったからしょうが無い。
そして王宮に到着し、自室に戻る為に廊下を歩いている時だった。(俺はまだ背負われています。しくしく)
「あら、ミランダ様ではありませんか」
誰だ?12、3歳ぐらいの金髪の美少女だ、後ろに3人のメイドが付き従っている、アイリーン達と同じような姿をしているからそうだろう。一応寝たふりをしておこう。
「フローラル王女殿下、お久しぶりで御座います」
フローラル王女?え?誰?
「近頃、ラドック様と御一緒に妹の処へよく参られているとお聞きしましたが、妹の具合はあまり宜しくないのでしょうか?」
「今の処ローズマリー王女殿下は小康状態を保っております、ご安心下さい」
俺の事か?俺を妹と呼ぶと云うことはフローラル王女はつまり姉?記憶にないぞ、そんなばかな、知人の簡単な情報は有ったんじゃないのか。国王や王妃は判るのに姉が判らないなんてどう云う事だ。
「そうですか、あの子の魔力中り故に面会を禁止され、もう2年近くも会えないでいますが、早く妹の元気な顔を見たいものです、ミランダ様ローズマリーの事宜しくお願いします」
「畏まりました、フローラル王女殿下」
「処でそちらに背負われている方がいらっしゃる様ですが、どうかされたのですか?」
「この子は私の妹の子でアロマ・フレグランスと申します。第3区から帰ってくる途中で倒れてしまって、少々体力の無い子ですから」
「フレグランス?フレグランス伯爵のご子息ですか?」
「ええ、ジェシカ、アロマを起こしてあげてちょうだい」
「はい、ミランダ様、アロマ様、アロマ様、起きて下さい」
ジェシカさんが寝たふりをして背中に負ぶさっている俺を揺する。
仕方ない、うまく演技できるといいが、伯爵家令嬢だよな、でも8歳の女の子だから物知らずっぽい感じがいいか。
ジェシカさんの背中から下に降りて。目を擦る振りをしながらフードを下ろすと、血相を変えたフローラル王女が俺に駆け寄って来て、
「ローズマリー!?ローズマリーじゃないの!どうしたのその髪と目の色は!」
げっ!やばい、とりあえずミランダさんの設定を遵守するためにもとぼけなくては。ちょっと小首を傾げてっと。
「?わたしアロマ、おねーちゃんだれ?」
「あ、ローズマリー・じゃあ・ない・・・そうよね違うわよね・・・ごめんなさい、あの子は私と同じ金髪碧眼だったもの。でもあなたの面差しは、あの子そっくりなのよ!」
「ローズマリーってひとと?」
そりゃそうだろうな一応当人だからな。ごめんなフローラル王女。
「ええそうよ、とても他人とは思えないわ。色彩は違うけど妹と一緒にいるみたい」
フローラル王女は慈しむように微笑んで、俺の頬に手を添えて撫でてくる。なんか危なくないかこの人。
どうする?どうやって逃げようか。このままだと放してくれそうにないぞ。どうする、どうする?
がばあっと、いきなりフローラル王女が抱きついてきた。
「ふぎゃあ」
おっと、急な事に驚いて変な声を上げちまった。
「ローズマリー、ローズマリー、ああ、どれだけあなたを抱きしめてあげたかったか、魔力中りは体に悪影響を及ぼすからと止められてもう2年よ、2年にもなるのよ、ごめんなさいあなたが違うと判っていても止められないの、暫くでいいからお願いあなたを抱きしめさせてちょうだい」
フローラル王女は姉馬鹿だったか。
周りが唖然とする中、ひとしきり俺を抱きしめていた間、なんか体を弄られていた感じがしたのは気のせいか。
ようやくフローラル王女から解放されたと思ったら、
「アロマ様、よろしければ又お会い出来ますかしら。今度は私の部屋でお茶でも御一緒にいかが?」
なんで俺を誘う?自称貴族の娘と云うだけの俺に?疑ってるのかローズマリーだと?それともただ似ているだけだからか?
「ミランダおばちゃん、いいの?えっと・・・」
「あ、ごめんなさいフローラルですわ、アロマ様」
「ミランダおばちゃん、フローラルおねーちゃんの処に行ってもいいの?」
「フローラルおねーちゃん、フローラルおねーちゃん、フローラルおねーちゃん、いやーんローズマリー!やっぱりもう抱きしめて放さない!」
ちょっと!フローラル王女、放して!放して!あんたちょっとおかしすぎるよ!
「ミランダおばちゃん!!」
「はっ、フローラル王女殿下、お召し下されば、お連れ致しますので、今日の処はこの辺りで」
「え、そう、判ったわ、じゃあねアロマちゃん、るんるん」
浮かれたフローラル王女はお供を引き連れ去って行った。最初合った時と全然変わっているぞ。
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・ミランダ達と別れ、自室へ戻ったフローラル王女:
「あの子はローズマリーよ間違いないわ」
「姫様、本当でしょうか、御髪と瞳の色があまりにも違い過ぎるようですけど、それにもう2年もお会いしていらっしゃらないのでしょう?」
「何よ、疑うの?2年経ったってこの私がローズマリーを間違えるものですか、絶対にあの子はローズマリーよ、髪と瞳の色には何か理由があるはずよ」
「ですが、それならば何故隠しているのでしょうか?あのような嘘までついて」
「嘘にもいろいろあるわ、良心からの嘘、悪意をもった嘘、隠す為の嘘、騙すための嘘、守るための嘘等々、良い嘘であればいいけど、何一つ確認もしないでは結論は出せないわ」
「姫様はローズマリー様とお決めになっておられるようですが?」
「うるさいわね、それは前提条件よ、ネムはフレグランス伯爵家に探りを入れて、マユリはローズマリーの部屋番、マシロはミランダ様の居室番をおねがい」
「姫様それでは侍女が居なくなってしまいますが」
「そうね、暫くは出歩かないから、メイドの中から使えそうなのを一人臨時で侍女に回しておいてちょうだい」
『?わたしアロマ、おねーちゃんだれ?』って言われた時はショックで気付かなかったけれど、今思えば小首を傾げた仕草も態とらしいし、目も泳いでいた様な気がする。
それにあの体付き、昔からずっと抱きしめていた私の妹よ、2年前から合わせてもらえなくなった・・・
そうよ何故私は2年前から妹に合わせてもらえなくなったの?私が妹を抱きしめてあげていた時から魔力中りは起きていた、なのに何故?
そういえば合わせてもらえなくなったのは弟のサイプレスが生まれた頃、ううん決めつけちゃ駄目、偶然かもしれないし。
アロマちゃんもフレグランス伯爵家の娘だったら名前ぐらい知られていてもいいはずよ、大貴族の一角なのだから。
それにフレグランス伯爵家の屋敷は第2区の幹線にあったはず、倒れてしまったのなら伯爵家の屋敷に帰ればいいのに、そこには寄らずに何故第3区から王宮まで帰ってきたのかしら。
兎に角確認は必要ね。
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・フローラル王女と別れた後のミランダ一行:
「ここよ、入ってちょうだい」
「ミランダ様、お帰りなさいませ」
「ただいまマヤ、早速だけどお茶をお願いね、あと出来たら軽食もね」
「畏まりました」
マヤと呼ばれたメイドさんは隣室へと入っていく。
「あ、じゃあ俺は自分の部屋に戻ります」
「待って、待って、一輝君、今部屋に戻っちゃ駄目よ、もう既に張り付いてるかもしれないから」
「は?張り付いてる?何が張り付いているんですか?どこに?俺の部屋に?なんで?」
「落ち着いて、あなたの部屋にはフローラル王女の密偵が張り付いている筈よ。フローラル王女に3人の侍女が付き従ってたでしょ、彼女たちよ」
あの3人は侍女だったのか、アイリーンさん達と同じ様な姿をしてたからてっきりメイドだと思ったけれど、アイリーンさん達が侍女変装をしていたのか。
「それよりアイリーン達は直ぐに此処を出て途中でメイドに戻って部屋に帰ってちょうだい。この部屋にも直に誰か付いちゃうだろうから急いでね」
「「「はい、判りました」」」
3人達は直ぐさま辺りを確認しながら部屋を出て行った。
「フローラル王女は、うすうす勘付いているわ、あなたがローズマリーだと」
「だってフローラル王女は姉なんでしょ、判ってしまっても問題はないんじゃないですか?」
「いいの?中身があなただと知れても?あれほど偏執的に執着しているフローラル王女に、ローズマリーの中身はもう死んだんです、中身は俺なんです、なんて言える?あれちょっと狂気入ってるわよ」
「ずいぶん酷い言い様ですね、確かにちょっと怖い感じが・・」
「ちょっと待って!」
俺の言葉を途中で止めるとミランダさんは指を折り始めた、1本、2本、3本目で、何かに気付いた様に慌てて机に着いて何か書き始めた。
「マヤ、マヤ、ちょっと来てちょうだい、大至急お願いしたいことがあるの」
「どうされました、ミランダ様」
「この手紙を大至急フレグランス伯爵家の私の妹に届けてちょうだい、大至急よ!ただしこの部屋を出て行く時は平静を装ってね、お願い」
「はい!畏まりましたミランダ様」
マヤさんは手紙をもって出て行った。
「私もちょっと出て来るわ、悪いけど此処で暫く待っていて頂戴、それと良くもおばちゃんを連呼してくれたわね、覚えてなさい」
言うが早いかミランダさんも部屋から出ていった。しょうがないじゃないか姪なんだから。ミランダさんの部屋に一人残されてしまった。うーんやることがない。
魔法の練習は禁じられているし、未だ右も左も判らない、まだ1日目だもんな。
そうだ、あれ使えないかな、さっき見たやつ、後で説明してくれるって言ってたけど、まだ無理そうだな。ストレッチでもするかな。
そんな事を考えていると。部屋の扉がカチャリと開いた。
「お帰りなさ・・・・・」
扉へ振り向いた俺の前にいたのは・・・・フローラル王女だった。
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