第1話 新しい生活
翌日、目を覚ました俺は天蓋を見上げ呟いた。
「知らない天井だ」
こういう時にお約束の台詞を呟いた。ただ正しくは天蓋、昨日は夜で上の方は暗かったので見ていない。記憶の中にもない。
たぶん姫さんの部屋なんだろうけど、知識としては残っていない。だから知らない天井でいいんだ。うん、嘘は言っていない。
な〜んて詰まらん言い訳を考えて、上半身を起こした。
部屋の中はもう明るくなっている。窓から差し込む外からの光は俺の感覚だと朝の9時前ぐらいか。
記憶にある知識だと、時間は俺の世界とほぼ同じ1日24時間あるらしい。でも時計は見当たらないな。この世界は時計は無いのか。
この辺りは、比較的安定した温暖な気候であるらしい。とは云ってもこの辺りがどの辺りかが判らんけど。
場所によっては気候の異なる所もあるらしい。
1年は12の月に分けられ、1ヶ月は30日であるらしい。
この世界には魔法が存在し、魔法は一般に普及していて、民生用の魔法もあるらしい、民生用の意味がいまいち良く解らないが、多分誰でも使える魔法なのだろう。
そのためどこの国にも魔法を教える学校があるらしい。
さっきから、らしいらしいを連発しているのは、記憶に知識として存在しているもので、体験が存在していないからだ。
この世界に来たときは既に大地が見える位置だった、一応双子の月はあったけど。ここが星かすらも判らない、多分星だとは思うが、次元トンネルとやらを移動してきたので、良く判らない。
記憶に残されている知識でもこの世界が星である事を示している記憶はない、ただこの世界全ての知識を持っているわけではないのでやはり結果的には不確定だ。
ま、希望論に過ぎないが、死神の奴が多少何か細工をしてくれたのではないかとは思う。姫さんの魂と合った時から会話には不自由しなかったし。ちょっとはいい奴だったのかも知れないな、ちゃんとした人格があればだが。
さて目も覚めた事だし、朝にはちょっと遅めだが、毎朝の日課をするとしようか。
俺はベッドを降りて床に座った。床には絨毯が敷かれているが問題なかろう。普段は板張りの家の道場でやるのに慣れているが、今は仕方がない。
開脚をして柔軟をしようとしたのだが、足が開かない。開かないなんてもんじゃない。じゃんけんのちょきを力を入れて広げて見て欲しい、それぐらい迄しか開かない。
「んぎぎぎぎ」
手の力で無理やり開こうとしたら、股間がぐぎっと鳴り、痛みが走る。
「あだだだだだだ!」
今度は前屈をしようとしたら膝までしか手が届かない。それでも力を入れたら、今度は腰がこきっと鳴って、又痛みが走る。
「いででででで!」
なんだこの体は!これでは話にならない!どうなってんだ!
そこではたと気づく、この体は8歳なんだ、しかもお姫さまだった。修練なんて出来る状態じゃない。床が絨毯でよかったかもしれない。
これは腰を据えて鍛えて行かないといけないな。とりあえずは体を壊さない様にストレッチだな。
ゆっくり、じっくりとストレッチを開始していると、額にうっすらと汗をかいた頃、部屋の扉がノックされた。
「はい、どうぞ!」
「お目覚めになられましたか〜、姫様〜」
妙に間延びした声で部屋付きメイドのコリーンさんが、ワゴンを押してのんびりとこっちにやってくる。
コリーンさんってこんな感じの人なんだ。話すのは初めてだからなあ。
「あ、お早う御座いますコリーンさん。こんな格好で失礼します」
俺はまだ床でストレッチ中だった。
「姫様〜何をなさっていらっしゃるのですか〜」
「ああ、ストレッチです」
「ストレッチって何ですか〜」
「柔軟体操です」
うーん、英語表現は通じにくいのかな。
「でも姫様はカラドゥス王国の姫なので〜あまりその様な事はなさらない様にお願い致します〜」
「でも姫と言っても中身は姫じゃあないんだし」
「その様な事は〜他の方々にはお解りになれませんので〜姫様である事をご理解下さいませ〜」
「でも姫さんって、ぜんっぜんっ体を動かしていなかったんじゃないですか?」
「それは無理もありません〜姫様はここ1月あまりは臥せられていましたので〜それ以前も物心が付いてから魔法の勉強で〜あまり動かれませんでしたので〜」
「じゃああまり無理はしない様にした方がいいですね」
「それがよろしいですね〜そうそうお食事をお持ちしました〜」
ワゴンの上にはクロシュやティーポットが乗っている。食事と聞いて急に空腹感を覚えた。
「言ってくれれば食べに行ったのに」
「朝食の時間はもう過ぎていますので〜、それに昨日の今日ではおひとりの方が宜しいかと思いまして〜」
「あー有難うございます。頂いてもいいですか?」
「はい〜どうぞ〜」
と言う訳で、朝食を頂いた。パンケーキの蜂蜜掛け、ハムステーキやプレーンオムレツなどあったんだけど、食べ切れませんでした。
なぜって?そりゃ胃袋が小さいからだよ!お腹は空いていたのに、入らないんだよ、物理的に、すげえ存した気分。でも味はよかったんだよ。と、言っても俺は元々舌は肥えていないんだ。
小さい時から修練だか虐待だか判別の付かない様な事を、祖父や父母や親類に到るまで入れ替わり立ち代りで、海だの山だのに連れて行かれて。
食料は現地調達で、塩と胡椒、あとはやっぱり現地調達の香草ぐらいで食べてた事がほとんどだった。救いだったのは米だけは持っていってくれた事かな、尤も俺が背負わされていたけどな。
家での食事だって母がすげえ家事能力の低い人で、『米と肉と野菜があれば人間は生きていける』肉と野菜を適当にぶった切って炒めて、塩・胡椒でお終い。
一度味噌汁が欲しいと言ったら、味噌と豆腐と若布とお湯を目の前に置かれて『味噌と豆腐と若布を食って、お湯を飲んで腹の中に入れば味噌汁を飲んだのと同じになる』と来たもんだ。
そりゃ素材と一緒に腹の中に入れれば、どんな料理だって作ったことになっちゃうけどさ。だしはどうしたって言おうかと思ったけど、どうせ『だしの素を舐めろ』って言われるだろうからやめた。
で、何でそんなに料理に手を抜くかと言うと、『めしを作ってる時間がもったいない、その時間で修練だ。大体旦那はめしも作らずにその分全てを修練に使っている』と柔術と合気道の修練をする始末。その上弟子の人達に教える時間が勿体ないと、見て覚えろ、実戦で覚えろときた。
ちなみに、掃除や洗濯は弟子の人たちがやってくれていました。その時間俺は修練に巻き込まれていました。
「ご馳走様でした」
「ずいぶんお食べになりましたね〜」
「心はもっと食べたいんですけど、体の方がね。いつもはもっと少ないんですか?」
「今日のちょうど半分ぐらいですね〜」
やっぱり姫様だから小食だったのかな、それとも相当弱っていたのかな。
食満ち足りて、そんな事を考えていたその時!
俺は立ち上がり、下腹に手を当てた。血の気が引いてゆく。記憶の中を探す。ない!!知識が全くない。どうしよう。
俺が青くなっていると
「どうされました〜〜」
俺の様子を見て、コリーンさんがニマニマした顔で聞いてくる。この人は気づいている!!
逡巡の後、俺は観念した。
「お、おしっこ・・・」
「姫様は初めてですから〜どこからどのように出てるか見て〜ちゃんと覚えて下さいね〜覚えないと後で粗相をする事になりますよ〜 はーい、しーしー」
トイレに連れてきてもらってコリーンさんに後ろから両膝を抱えられておしっこさせられた。ちくしょー!
どこからって言われても解んねえよ、見たって何にもねえじゃん。はじめて見た女の子のあそこは・・・?。
俺は生まれて初めてしーしーをされた。昔もされたかも知れないけど覚えてないもん。
ちょっと心が折れかけた。
呆然として部屋へと戻った俺はソファに座っていた。そこへコリーンさんが追い討ちを掛けてきた。
「姫様ちゃんとしーしーできましたね〜女の子の大事な所なので清潔にする様に気を付けて下さいね〜」
清潔にする様にって言われたってどうすればいいんだ。あーそういえば父母に引っ張られて山篭り修練の時は、母がよく川や湖へ水浴びに行ってたな。そういうことだったか。
だがこのネタは、もう勘弁して欲しいので話を変える。
「ん〜こほん、ところでコリーンさん、ちょっと気になるんですが、ベッドのシーツや枕、布団は新しい感じなのに、ベッドの天蓋やこのソファとか家具類がずいぶん傷んでいる様に見えるんですけど、どうかしたんですか?」
「あ〜それは姫様の魔力が溢れていたからなの〜溢れた魔力に侵食されて傷んでしまったのです〜シーツ等は最近交換したばかりなので新しいのです〜」
「それでですか、そういえばミランダさんが魔力中りと言っていましたが、それもですか?」
「はい〜ラドック様やミランダ様は魔術師なので〜魔力結界を張ることができます〜私も陛下のお側で結界を張っていました〜アイリーンやジェシカや大臣方は魔力中りになっていましたね〜」
「そういえば、ミランダさんが『ご自分で診断されて見れば』と言っていましたが」
「あ〜そうですね〜『魔力解析[マジックアナライズ]』は使えそうですか〜」
俺は記憶を探って見る、あ、あった。正式な方法から無音発動までが解る。けど
「解りますが、魔法は使った経験がありませんから魔法陣から正式にやって見ないと、どうだか」
「あ〜そうですね〜ではきちんと使うのは後ほどで〜今は私がやってみましょうか〜」
「はい、お願いします」
「では〜『魔力解析』〜」
コリーンさんは俺の頭に手をぽんとのせ魔法を使った。コリーンさんの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「こ〜こ〜これは〜!!!」
吃驚している声も間延びしていたコリーンさんだった。
設定上必ず来るべきイベントが来ました。
誤字修正しました。