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魔剣姫  作者: 天蓬元帥
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第22話 国王の魔法指南

 翌朝、目が覚めるとお姉ちゃんが俺にしがみついていた。寝るときには手を繋いで寝たんだけどね、目覚めたらこうなっていた。

 起こさないようにお姉ちゃんから抜け出してベッドから降りる。

 故に今朝は髪が引っ掛からないのだ、わっはっは。昨晩寝るときに髪が邪魔だと言ったらナイトキャップなる帽子を被せられた。縁がゴムでぴっちりと頭にフィットし、その中に髪をくるくる巻いて押し込めてある。

 因みに俺の姿を見たお姉ちゃんが自分も被ると言い出し、二人そろって、頭もこもこ状態になっている。そのかわり、俺もお姉ちゃんも髪が引っ掛かる事はなく、起き出しやすくなった。

 が、お姉ちゃんから抜け出した俺は、ふと鏡に映った自分の姿見てしまい、意気消沈。帽子を被った姿がより幼く見える。ずーん。

 まあいい、今日は絵師さんが来るそうだ、それまでは修練……といきたいが、今はストレッチで我慢、我慢。

 うん、この体はますます、調子が良くなっている。ローズマリーも魔力中りが無かったら、きっと元気に体を動かす事が出来たんだろうな。


 ・

 ・

 ・


 おかしい、どうもおかしい。昨日の採寸といい、やっぱり何かがおかしい。

 俺はまたしても下着姿で多分女の子らしいポーズを取らされている。左膝を少し内側に入れ、両手は少しばかり開いて下に、指先は揃えて伸ばす、首を少し傾げる。そんなポーズを付けて立っている。だってそう言うんだから、仕方がないだろう。


「お嬢様、もう少し微笑まれて頂けないでしょうか」

 俺を取り囲んだ6人の絵師さんの一人からリクエストが上がった。が、俺は嫌だ、女の子は笑顔でいるのが一番だけど、男が意味も無く笑うのは駄目だ、これは譲れない。


「お嬢様、少々腰を後ろに引いて頂けないでしょうか」

 今度は後ろ側にいる絵師さんから別のリクエストが上がる。ん、こう……かな。お尻を僅かに突き出した。


「侍女の方、申し訳ありませんが、お嬢様の背中の髪を少々持ち上げては頂けないでしょうか」

 更に別の絵師さんからのリクエスト。ジェシカさんが髪の下に腕を入れて背中が見えるように持ち上げる。


 俺を取り囲む絵師さんは6人、俺だけなら何か言ってやろうとも思ったけど、お姉ちゃんを取り囲む絵師さんも6人、勿論お姉ちゃんも同じ様な姿でいるんだ、しかもご機嫌なんだ、突っ込めないよ。

 だから、おかしいとは思ってはいても黙ってポーズを取っている。折角お姉ちゃんが笑顔でいるんだ、それを曇らせたくはない。

 しっかし、この姿勢でじっとして動かないでいるってのは意外と辛いや、やっぱり俺は体を動かしている方がいい。

 静寂な部屋で、キャンバスに線が引かれてゆく音だけが部屋に響く。

 そろそろ、きついなと思い始めた頃、それは止まった。やった、終わりだ。


「それでは姫様、お嬢様、此方へ、これから衣装を整えた後、お二人が御一緒の肖像画を絵師の方々に描いて頂きます」

 ちょっと待て、じゃあ今のは何だったんだ。名の為にこんな事をしてたんだよ。


「姫様、先程絵師達が描いていた物は、姫様方を正確に描く為の習作なのです」

 別室に移り、俺が憮然とした表情に気が付いた、アイリーンさん理由を説明してきた。

 そっか、だったら先にそう言ってくれれば良かったのに。


 俺とお姉ちゃんに用意された衣装はこれまた凄かった。俺はダッシュで逃げようとしたのだが、それを見切っていたジェシカさんにまたしてもあっさりと捕まってしまった。くそっ、いつか逃げ切ってやる。

 着せられた衣装は、胸回りと胴回り腰回りがぴったりとフィットした衣装だった。首まで伸びていて、これまたぴったりとフィットしていた、但し端っこがひらひらしている。

 肩は布がふんわり、ゆったりで肩口から手首までがぴったりとフィットし、これまた袖口がひらひらしていた。

 スカートはふわりと足首近くまで流れていた。走った時に足に絡んだりはしないだろうか。

 ただここまではいいとしよう、しかし胸元や横腹、がレース模様にになっていて、背中もでっかくレース模様になっていた。スカートも所々がレース模様だ。言いたくはない、言いたくはないが、子供に着せる服かこれ。どういった感覚をしてるんだ。

 そして、手袋を着けて、何故か踵が高い靴を履かされた、滅茶苦茶歩きづらいぞこれ。両足で猫足立ちをしてる感じだ、抜き足、差し足、忍び足の姿勢にでもなってしまいそう。

 当然の様に、色はピンクを主体としていた。ぐうぅ。お姉ちゃんは若草色を主体とした色使いだった。


「これは、夜会の時に身に着ける衣装です。姫様にお似合いの衣装ですよ」

 憮然としたままの俺の髪をアイリーンさんが結い上げながら褒めてくれた。どうやって結ったのか見当も付かないけれど、頭の上でくるりんと丸く収まっていた。いくら褒めて貰ってもなあ、嫌なのは変わりはない。

 その後アイリーンさんがネックレス(やたら派手)を首に掛けて、イヤリング(これもやたら派手、耳が取れたりしないだろうな)も耳に付け、そしてティアラ(と言うんだっけか、これも勿論派手)を髪に付ける、序でに指輪まで指に填めてくれた。

 全く、あれやこれやとごてごてくっ付けてくれて。けど、素人目だがいい仕事してるな、きっと高いんだろうな、勿体ない。

 だけど、この姿で夜会だって。無理、やだ、断固断る、お願いだからやめて欲しい。

 俺の姿を見たお姉ちゃんが飛んできそうになったが、今日はネムさんに押しとどめられていた。それりゃあそうだよな。これから肖像画を描いてもらおうとしてるんだ、衣装が乱れたら拙いでしょう。

 最後に唇を赤く塗られた俺は、姿見で自分の姿を観察する。うん、服も装飾品も上物だ。8歳には贅沢すぎるだろう。服は体にはぴったり合っているよな。ローズマリーはとても綺麗に着飾っていて、顔立ちもとても良い。でもなあ、俺なんだよなこれ。やっぱり鏡は見たくないものだ。

 

 絵師さん達のいる部屋に戻り、お姉ちゃんと一緒にソファに座り、肩を寄り添わせ手を繋ぐ。

 目の前には12名もの絵師さんが勢揃いし、一斉に描き始めた。絵師さん全員の視線が俺とお姉ちゃんに集中する。

 30人以上の奴らに取り囲まれた時もあったが、今の方があの時よりもよっぽど緊張するね。あの時は単に敵意の視線だったが、今は絵師さん達の真剣さが伝わって来る、プロの目だ。

 再び訪れた静寂の中、絵師さん達の筆が黙々と動いて行く。何枚肖像画が仕上がるのだろう。

 日も落ち始めようという時刻になって、絵師さん達の筆の動きがようやく止まった。どうやら終わったようだ。


「フローラル姫様、途中では御座いますが、この続きはまた明日に致したいのですが、宜しいでしょうか」

 え、終わりじゃなかったの、また明日もこの格好しなきゃいけないの。


「構わないわ、そのようにして頂戴」

 王女としての威厳を湛え、取り澄ました表情で答えるお姉ちゃんを見た俺は、王女としてのお姉ちゃんの普段の姿はこんな感じなのか。どうにも冷たく感じるのは俺が普段のお姉ちゃんを見ている所為なのだろうか。


「畏まりました、有難う御座います」

 絵師さん達は畏まって膝を突き、それぞれがお姉ちゃんに儀礼的な挨拶をしていった。

 荷物を仕舞い終わった絵師さん達がそのまま引き上げていこうとしていたので、思わず俺はアイリーンさんに尋ねていた。


「アイリーンさん、済みませんが、お茶の用意は出来ませんか」


「お嬢様、お茶は1名分で宜しいのですか」


「いえ、12名分でお願いします」


「それでは御一緒に何か甘いものをお付け致しましょうか」

 俺が言った意味が解ったのか、アイリーンさんがにっこりと微笑みながら、付け足してくれた。よし、許可が出た。


「いいですね、それでお願いできますか、アイリーンさん。 絵師の皆さん、お疲れ様です、明日も肖像画をお願いする事でもありますし、よかったらお茶でも一服されていっては、如何ですか」

 甘いものと聞いて、口内に溢れた唾を飲み込んだのは内緒な。


「お嬢様、宜しいのですか」

 俺の誘いを聞いた絵師さん達は面食らった顔になって尋ねてくる。


「勿論ですよ、皆さんには良い絵を描いて欲しいですからね。そうすれば、お姉ちゃんもきっと喜んでくれると思うから、それとも皆さんお急ぎですか」


「滅相もない事で御座います。ご配慮有難く頂戴致します」

 ああ、畏まっちゃった。そんなの気にしなくても良いのに。


 絵師さん達はコリーンさんに案内されて、部屋を後にした。それぞれが丁寧に挨拶をして出て行く、それを俺は笑顔で手を振り見送った。こう云う時は微笑む必要があるんだ。うん、俺は間違っちゃいない。


「ねえ、今のもローズマリーが前に言った気配りと云う物なの」


「そうだよお姉ちゃん。今日は一日ご苦労様、明日も頑張ってねって思いを込めて、お茶でもどうですかって誘ったんだ。明日は絵師さん達により一層の気合いが入って、頑張って良い肖像画を描いてくれると嬉しいな」


「どうして、絵師が頑張るとローズマリーが嬉しくなるの」


「そりゃあ、いい肖像画が出来れば、お姉ちゃんが喜ぶでしょ、お姉ちゃんが喜べば俺も嬉しいじゃない」


「え、そ、そう、有難う、ローズマリー」

 お姉ちゃんは、僅かにはにかみ、頬を赤らめた。でも何故か目が泳いでいる。あからさまに怪しいよな、でもお姉ちゃんが考えることだから大丈夫さ、きっと。


 翌日絵師さん達は予定時刻よりも随分と早くやって来た。再び衣装を整えて絵師さん達の前に来た時は吃驚したよ、滅茶苦茶気合いが入って、目にギラついた光があった。

 昨晩コリーンさんに聞いたんだけど、時間が遅かったので、お茶菓子だけでは何だからと、絵師さん達が欲しがっただけ、夕食をお弁当として持たせたんだそうで、人によっては30個も担いで帰っていったそうだ。その絵師さんの家はずいぶんと大所帯なんだな。

 俺が食べたものと同じだったかどうかは判らないけど、お城で貰って帰ったお弁当は庶民にとっては滅多に口に出来るものではないらしく、大層喜んでいたそうだ。やっぱり贅沢だよなぁ。

 もの凄い勢いで描き上げ、どうですかと見せられた肖像画は素晴らしい作品だった。勿論お姉ちゃんは大喜びしていた。最後の仕上げをしてから、納入との事で早々と引き上げていった。

 絵師さん達を見送る時に、一人一人にちゃんと軽い会釈をして、御礼を言うと、とても驚いていたけど、にこやかな表情をして帰っていった。俺にとっては普通の事だったから何気なくやってしまったけど、コリーンさん達も止めたりはしなかったから、良かったんだと思う。


「ローズマリーのおかげね、とてもいい肖像画が出来たわ、お姉ちゃん大満足」

 本当は俺じゃあなくて、絵師さん達と気を利かせてくれたコリーンさんのおかげなんだよと言おうかとも思ったけど、喜んでいる所に水を差すのも悪いし、お姉ちゃんはお姫様だし、あんまり言っても良くないだろうから、また今度の機会だね。


 間もなく、絵師さん達が引き上げるのを見計らったかの様に、お父さんとお母さん、ミランダさんが部屋に訪れた。げ、伯爵まで一緒だ、どうしたんだろ。

「おぉおっ! ローズマリー!」

 俺を見たお父さんの目に涙が浮かぶ、伸ばそうとした両の腕が宙をさまよう。ああそうか、ローズマリーは魔力中りで服が傷む事を嫌がっていたし、その機会もなかったから、お父さん達は着飾ったローズマリーを見た事がなかったんだ。

 涙まで流して喜んでいるんだ、この姿をお父さん達にしっかりと見せてあげようと思った俺は立ち上がった。

 どう挨拶をすればいいか迷ったが、今は頭に装飾品がくっついているのを思い出し、頭や上半身は傾けずに、スカートの端をちょこっと掴み、膝と腰を落としたお嬢様的会釈をしてみた。映画とかで見た事のある仕草だ。

(わたくし)のこの姿は如何ですか、お父様、お母様」

 そして首を傾げ、目一杯微笑んで見せる、世話になってんだ、ちょっと位はお父さん達にサービスをしないとな。恥ずかしいけど、こう云う時はやるのが男ってもんだ。


「なんと美しく、愛らしい姿だ、ローズマリーのその姿を見る事が出来る日が来るとは、これ程嬉しい事はない……」

 あ、男泣きになっちゃったよ。でも、まあ、喜んでくれたんだ、俺も嬉しい。


 喜びも露わに駆け寄って来たお母さんは、俺の前に膝を突いて、両腕を優しく掴んだ。一瞬抱きしめられるかと身構えそうになっちゃったよ。でもねお母さん、やっぱり駆け寄るのは止めようね、滅茶苦茶揺れるから。

「お母様、慌てて駆け寄らなくとも、(わたくし)は何処へも参りませんよ、それよりも、もしお母様が転倒でもされてお怪我をなさってしまっては、(わたくし)が悲しくなってしまいます」


「ええ、ええ、そうですね。ローズマリーを悲しませては、母として失格ですね。これからは注意致しましょうね」

 お母さんが優しく微笑んで頷いてくれた。よし、これからは、駆け寄ってくる事もないだろう。お母さんは自分が回りに与える影響を全く気にしていない様だからな、これで一安心だ。


「母も待ち望んでいたのですよ、美しく、愛らしく、可愛らしく、可憐で、綺麗に着飾ったローズマリーの姿を見る事をこの上なく母は待ち望んでいたのですよ、勿論この母の思いをローズマリーは判ってもらえるものと母は信じていたのですよ。ですが、母は決してあなたに無理強いをすることを良しとせず、今の今まで耐えて待ち望んでいたのですよ。そして、今まさに母のこの思いにローズマリーは答えてくれたのですよ。この様に美しく、愛らしく、可憐――」


「お父様、お母様、(わたくし)の姿は如何ですか」

 お姉ちゃんが、お母さんの言葉を遮り、体をくるりと回転させ、お父さん達に着飾った姿をアピールした。

 お母さんの気持ちは良く判る、良く判るけど、お姉ちゃんが邪魔をしてくれたので助かったと、ほっとした溜息をつく。どうにもお母さんは怒濤のエンドレスになりがちだよな。

 うん、やっぱり、お姉ちゃの姿の方がずっと様になっている、流石お姫様だね。


「うむ、フローラルも艶やかで、美しいな、どうだ、そろそろ夜会に出席して見ないか、ローズマリーは兎も角、フローラルはいつになったら夜会に出席するのかと、貴族達からも催促されているのだぞ」


「そうなのですよ、フローラル。貴女はこの国の第一王女なのですよ、その務めは果たさなければならないのですよ、そこの所は判りますね」

 おおっ! お母さんが怒濤のエンドレスにならない! 何故?


「お父様、お母様、私は嫌です。ローズマリーがいない夜会には興味がありません」

 うぁ、お姉ちゃんが突っぱねた。お父さん達の表情が曇る。

 お父さん達の影に隠れて見ていた、伯爵の笑みを絶やさないその目が、お姉ちゃんの言葉を聞いた瞬間に細められるのを俺は目にした。なんかやばい事になる様な気がする。さっさと話題を変えよう。


「お父さん、単に俺とお姉ちゃんのこの姿を見に来ただけなら、なぜ伯爵やミランダさんが一緒なんですか」


「何を言うか、ただ単に眺めに来たのではない。ローズマリーのその姿をこの目にしかと焼き付ける為に来たのだ。とはいえ、確かにそれだけに来た訳ではない。聞けば、ローズマリーは魔法を会得することが出来たそうではないか。だが会得したのはまだ一つだけなのであろう。そこでだ、私手ずからローズマリーに魔法の手ほどきをしようと思ってな、こうしてやって来たのだ」

 うお! お父さん手ずからですか。それは有り難いけど、まだ一個だけしか会得してないんだよ、お父さんは国王なんだ、そんな危険を冒して大丈夫なんだろうか。

 ミランダさんに目線を送ると、ゆっくりと頷いた。お父さんから教わってもいいみたいだ。何を教えてくれるんだろう。


「それじゃあ、お願いします。お父さんが最初のお師匠様ですね」

 頭を下げそうになり、まだ着替えていなかった思い出した俺は再びスカートを摘まみ、腰と膝を下げ挨拶をした。


「うむ、父に任せておきなさい」

 うお、お父さんの頬が無茶苦茶緩んでいるよ。


「じゃあ、今すぐ着替えてきますね、うしっ」

 俺は拳を握りしめ、ガッツポーズ。急ぎ足で着替えに向かった。


「待って待って、お姉ちゃんも着替えるから、ちょっと待って、ローズマリー」

 お姉ちゃんが慌てて付いて来る。

 下ろした髪を後ろで軽く紐で結んで、ワンピースにローブと云う第2の人生初日の出で立ちになった俺は、お父さんに尋ねる。


「師匠、それで魔法は何処で教えてくれるのですか」

 そう、師匠だ。國枝家の人間は、きちんと習う時には師匠と呼ぶのが習わしだ。


「魔法訓練場です、姫様。一応念のために、対魔法結界と対物理結界を、それぞれ5重に張らせるように伝えて置きました」

 ミランダさんが代わりに説明してくれる。なんか、雰囲気が少し変わった様な気がする。


「馬車は、私が用意させましたよ、王家の紋章入りではない奴をね、少しは私も強力して置きませんとねぇ」

 ここに来て人の良さそうな所をアピールして、伯爵はどう云うつもりなんだろうか。


 そんなこんなで、でっかい馬車で魔法訓練場へ、お父さん、お母さん、俺とお姉ちゃん、ミランダさん、伯爵らと向かった。コリーンさん達は別の馬車に分乗した。


「さて、では始めるとしようかローズマリー。まずは『明かり[ライト]』だ、私が手本を見せよう」

 お父さんはそう言うと、魔導書を取り出し、『明かり[ライト]』の魔法が書かれている頁を開き、左手に持つ。右手は掌を上に向けて前に出す。ふーん、お父さんは手を前に出すんだ。そして魔法陣をじっと見る。

 すると魔法陣に微かに淡い光の軌跡が魔法陣に沿って走る。魔導書を使うときはああいう風になるんだ。

 俺が魔法を使った時は地面に白墨で描いて上を向いていたから判らなかったが、地面に描いた魔法陣もきっとああなっていたんだな。


「我が手に輝きを 『明かり』(ライト)

 呪文も魔導書から読み上げ、お父さんの掌の上に少し暗めの電灯ぐらいの明かりが灯った。コリーンさんがお手本として使った時の明るさだ。こうして魔法ってのは伝わって行くんだ、面白いものだ。


「では、ローズマリー、やってみなさい」

 大丈夫かな、この魔法は1度太陽みたいなでっかい明かりが出来ちゃったから、失敗したらと思うと、どきどきする。あの太陽みたいのをイメージした後で、お父さんが使った暗めの電灯をイメージする。

 手を前に出して、掌を上に、『明かり』(ライト)

 俺の掌に、お父さんと同じ明るさの明かりが灯る、やった成功だ。

 試しに少し明るくしてみる……OK。もっと明るくしてみる……OK。明るくしたり、暗くしたり、自分の意思のままに明るさが変わる。よしよしいい具合だ。


「出来ましたよ、お父さん……て、なんて顔をしてるんですか、お父さん」

 お父さんは顎をかくんと落として、愕然とした顔で俺を見ていた。


「本当に、見ただけで会得してしまうなんて……でも、姫様の左の瞳は光を帯びてはいなかったけれど……」

 ミランダさんも目を見開いていて呟いた。ミランダさんは直接俺の左目が光る所を見た事は無かったよな。因みに俺も見た事はない。


「多分~私が『明かり[ライト]』の魔法を姫様にお見せした時に~既に会得されていたのではないでしょうか~」

 脱衣室での時にコリーンさんが使った『明かり[ライト]』を俺は確かに見ていたけど、自分では左目が光っていたかどうかは判らないからなぁ」


「お父さん! 次をお願いします!」

 惚けているお父さんの袖を引っ張って、次を催促する。研究は後回し、早く次の魔法を教えて欲しい。


「う、うむ、次の魔法だな。『暖かい空気[ウォームエアー]』は既に会得済みだったな。ならば、次は『火花[スパーク]』を教えよう」

 今度もお父さんは魔導書を開き、右手を前に突き出す。掌も前に開いている。魔法陣が軌跡を描き、呪文を唱え、発動キーも唱える。

 すると、掌から10cm位離れた所に電気がショートした時の様な火花が一つ、『バチッ』と云う音を立てて散った。え? たったそれだけ?。


「この魔法は、初心者が使うとこうなるのだ、見て置きなさい」

 俺の期待外れの表情を見たお父さんは、火花が一つだけだと、とても地味だと思ったのか、お父さんは制御しない魔法を放つ。

 やはり、同じ場所に、同じ様な火花が10個位『バチバチバチッ』と音を立てて散った。成る程ね、そうなるんだ。でも俺がそれをやると結果が恐いから、見本通りに、『火花(スパーク)』っと。


 『バチッ』と、火花が一つ散る。続いて『火花(スパーク)』 今度は10個の火花を散らした。更に『火花(スパーク)』 今度は100個の火花を散らしてみた。

「わあ、火花がとても綺麗、夜に見てみたいわね……へ、へくちっ! んぁ……」

 目を輝かせたお姉ちゃんは呟くような感想を漏らした。見ると、お母さんや伯爵は同様の思いなのか、頷いている。お父さんやミランダさん、他の皆は唖然とした顔をしている。

 お姉ちゃん、くしゃみをしてるけど、体の具合は大丈夫かな。昨日絵師さんが来た時には、俺と同じ様に裸でポーズをとっていたから心配だよ。


「で、では、これはどうだ。護身用にも使える魔法だぞ。『気流の刃[エアナイフ]』と云う魔法だ」


『気流の刃[エアナイフ]』:高速な気流で空気の刃を発生させる。消費魔力:5。属性:継続。効果範囲:術者掌内任意位置。


 確か、魔術師初級の魔導書にはそう記してあったな。

 コリーンさん達が、只の藁人形と簡素な金属の鎧を着けた藁人形の二つが用意された。そうそう、これこれ。こう云うのを見ると、國枝一輝だった時の思い出が呼び起こされる。ほんの数日前までの世界の事だったのに、何故かとても懐かしく感じる。

 俺とお父さん以外は安全の為、少し後ろに下がった。

 お父さんは今度は魔導書を開かずに、魔法陣を魔力展開して、呪文を唱え、『気流の刃[エアナイフ]』を発動した。丁度、手刀にした掌の小指の先から手首辺りまでに、気流で歪んだ空気の刃が見える。

 流石に護身用の魔法を魔導書持参で使う訳にはいかないよな。多分、お父さんはこの魔法を使えるようにする為に、随分と苦労をして覚えたんだろうな。


 お父さんは無造作に右手の手刀を振り上げると、只の藁人形の腕の部分に振り下ろし、両断する。中心にはモップの柄ぐらいの太さの棒が入っていた。結構切れるな。

 続いてお父さんは、横にある簡素な金属の鎧を着けた藁人形の胴を横になぎ払った。今度は切断できずに『パンッ』と音が鳴り、僅かに鎧の表面に傷が付いただけで終わった。


「この程度の魔法だが、いざと云う時の護身用ぐらいにはなるだろう。ローズマリー、やってみなさい」

 お父さんはまんざらではない顔で俺に魔法を促す。

 よし、やってみるか。さてさて、手刀のエッジ部分サイズの刃ね。『気流の刃』(エアナイフ)

 手刀に空気の刃が現われた。それを観察する。よし、いい出来だな。だが、これだと刃が藁人形の腕まで届かない。当然だな、藁人形は大人が手を広げた格好をしてるんだ、今の俺の背丈では届かないのは当り前だ。

 右手をじっと見る。この刃、伸びないだろうか。空気の刃を小指から更に先へと延ばして行くイメージを浮かべる。上手い具合に刃はゆっくりと伸びて行く、50㎝位伸びた所で伸ばすのを止める。よし、これで届きそうだ。


「済みません。皆さんもっと後ろに下がってもらえませんか」

 お父さんを含め、全員にもっと後ろに下がって距離を置いて貰う。伸びた刃が届くと、とても危ないからね。

 此処から先は体が思うように動いてくれるかだな。ちょっとワクワクして来た。

 一歩踏み込んでから、一旦左に構えた右手をすくい上げるように振り抜き、藁人形の右腕を切断、伸び上がった体勢からそのまま振りかぶって袈裟斬りに、手首を返して胴斬りにする。流れた体をそのままに左足を交差させ、それを軸足に体を1回転、勢いを殺さず金属の鎧を着けた藁人形の胴をなぎ払う。

 が、やはり切断は出来ずに『パンッ』と音が鳴り、僅かに鎧の表面に傷が付いただけで、お父さんと同じ結果に終わった。ふむ、装備を固めていない相手だったら、問題は無いだろう。よしんば固めていても隙間はいくらでもある。うん、この魔法は、使い物になるな。


「ふうっ」

 一息吐き、『気流の刃[エアナイフ]』を止めた。うーん、やっぱり、刀じゃないと締まらないよな。けどこの体、思ったよりもよく動くじゃないか、期待しちゃうよ。


「ヒュー」

 伯爵が吹いた口笛とスローテンポな拍手の音が聞こえてきた。伯爵の顔がニヤついている。あ、いつもか。

 お姉ちゃんとお母さんは嬉しそうに手を叩き、対照的にお父さんやミランダさん達は唖然としていた。少し張り切り、動きすぎてしまったかも知れない。


「師匠、次をお願いします」


「むぅ、次か、次は……ないのだ」

 嬉しくて元気いっぱいで次をねだる俺を見たお父さんは渋面で答える。

 残念、もう終わりなのか、折角調子が上がってきた所だったのに。


「だから止めて置いた方が良いと、言ったではありませんか陛下、こうなると思ったから止めたのですよ、それなのにねぇ」

 くっくっと、伯爵が忍び笑いを漏らす。

 ああ! お父さんの肩が下がり、がっくりと項垂れている! 俺は何か拙いことをしたのだろうか?


「師匠、『気流の刃[エアナイフ]』は身を守るのには十分使えると思います。ご教授、有難うございます」

 俺は気をつけの姿勢でお父さんにお辞儀をした。死ぬ前の日常的な習慣だ、教えて貰った礼はきちんとしないとね。


「む、そうか、使えるか、それは教えた甲斐があると云うものだな、そうか、使えるか、そうか、そうか」

 項垂れていた頭が上がり、緩んだ頬を見せる。よかった、立ち直ったようだ。



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