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魔剣姫  作者: 天蓬元帥
23/26

第21話 採寸

§国王の執務室:


 唐突に訪れたコリーンの乱れた姿を見て、執務室にいる国王フランキンセンス・フレグランス伯爵・エリック紋章官の三名は目を丸くし固まっていた。

 エリックは上から下までコリーン眺めた後、慌てて背を向け、その姿を見ないようにした。だが、その耳は赤く染まっていた。既にしっかりと見た後なのではあるが、紳士的な振る舞いではあると言えよう。


「陛下、お館様、申し訳ありません、姫様がまた魔法を使われてしまいました」

 普段ローズマリーの前では間延びした話し方をしているコリーンは、焦ってはいるが、至ってふつうの話し方で報告を始める。自らの状態も、エリックも目に入ってはいない様子だった。

 それを聞いた国王と伯爵は椅子を蹴立てて立ち上がった。


「破壊音やそれらしい音は聞こえて来なかったが、被害はどれほどの物だ」

 緊張した面持ちで、国王は訪ねる。


「それが、被害は全くありませんでした」


「被害が、無い?」「では、何故コリーンはその姿に」

 国王と伯爵は怪訝な表情で尋ねる。


「脱衣室にて私が『暖かい空気[ウォームエアー]』を使用し、姫様の髪を乾かしていた所、それを観察していた姫様が、突然私と同様に正しく魔法を使用されました。姫様は一瞬で魔法を会得されてしまったと思われます。私は驚き飛び出してしまい、この姿のままで此方へと……」

 話していて自分の状態に気が付いたのか、巻いたタオルの裾を引っ張ったり、胸の部分を締めなおしたりして少しでも整えようとするコリーン。その言葉の最後が尻すぼみになってゆくに伴い彼女の顔は羞恥でみるみる赤くなっていった。

 国王の表情が驚愕へと変わって行く。対する伯爵は納得したようなニヤけた表情へと変わる。


「私が魔法を会得する為にどれほどの苦労をした事か、なのにローズマリーはたった一度で会得したと云うのか、ううむ」

 国王はいくつかの魔法を会得していた。それは使う為ではなく、自らも学ぶことにより、民衆が魔法を学ぶ上で必要な政策をする為に、苦労して学んでいたのであった。

 自らが魔法を会得するまでの苦労を知っているからこそ、国王は魔法を見ただけで会得してしまった事に衝撃を受けたのであった。


「はい、さらに私の魔法を観察されていた姫様の左の瞳が、魔法を使われるその直前に光を帯びておりました」


「なんだと、また左の瞳か。エリック紋章官が魔法を使用した折りにも、ローズマリーの左の瞳は光を帯びていたが、ううむ」

 国王は考え込む。

 名前を呼ばれたエリックは驚いて、国王へと目をやった。


「はい、エリック紋章官が使用された魔法をも習得していると、姫様ご自身が話されました」


「私が使用した『紋章刻印[クレスト・スタンプ]』と『封印[シール]』をですかっ!」

 いつの間にか自分が使用した魔法が、ローズマリーに習得されていた事を聞かされたエリックは、慌ててコリーンの方へ向き直る。


「こっちを見ないで下さいっ!」

 自分の方を向いたエリックを見咎めて、慌てて手で体を庇い叫ぶコリーン。


「あわわ、し、失礼しました、お嬢さん」

 コリーンに叱咤されたエリックは慌てて再び背を向ける。


「お嬢さんではありませんっ、私はコリーンですっ!」


「失礼しました、コリーンさんっ、私はエリック・エストリード紋章官と申しますっ」

 エリックは反射的にフルネームで答えてしまう。


「あなたの名は尋ねていませんっ!」


「申し訳ありませんっ!」

 背筋をピンと張り直立の姿勢で謝罪するエリック。少々可哀想であった。

 ジェシカをからかっていた時の事はどこにいったのか、さらに顔を赤く染めつんけんするコリーンであった。


「まあ、それは兎も角、どうやらローズマリー姫の左の瞳が光を帯びる時は、魔法に関連してるのは確かな様ですねえ、やはり溢れ出ていた魔力は色彩だけでは無く、瞳にまで変化を与えていたのでしょうかねえ」

 二人の遣り取りなぞどうでも良さそうに伯爵は笑みを浮かべて言う。国王とコリーンは僅かに首肯く。考えてみた所で前例がない以上は推測の域は出ない。が、おおよそその通りだろうと三人共がそう思っていた。

 彼にとっては被害が出てないのであれば、別に構わないのであった。

 ローズマリーが魔法を会得し、それで少しでも自分の命を守れるのなら、それに越した事はないとも考えていた。


「それで、ローズマリー姫は何故魔法を使う気になったのでしょうねえ」

 伯爵にとって大事なのは、ローズマリーとなった國枝一輝の意思である。一輝の思惑が自国の害にさえならなければ、それで良かったのである。

 コリーンは脱衣室でローズマリーと交わした会話を簡潔に伝えた。


「そうですか、それはなにより。それではコリーン、ローズマリー姫に魔法を教えるように乞われたら様子を見ながら――」


「ちょっと待て、ゼラニウム。ローズマリーに魔法を教える役目は私がやろう」

 途中から国王が待ったを掛ける。


「陛下がですか、何をお考えなのかは判りますが、止めた方がいいと私は思いますけどねえ」

 国王の緩んだ顔を見れば一目瞭然であった。要するに良い所を見せたいのである。


「何を言うか、いつか城下の子供達に魔法の手解きをする時が来るやも知れぬと研鑽を積んでいたのだぞ、至急ミランダにも通達を――」


「陛下、ミランダ様は只今……」


「む、そうだったな。兎に角、ローズマリーには私が先に魔法を教える。お前達が先に教えると私の出番が無くなってしまうではないか、よいな」

 我が儘な国王……。


「やれやれ……だそうですよ、コリーン。今の処、ローズマリー姫はフローラル姫に引っ張り回されて、魔法所では無いでしょう、ミランダ殿が来るまでは、会得したと認めた魔法以外は決して使わせないように。陛下の我が儘の為にも、ローズマリー姫をうまく丸め込んで置くように。さて、そろそろ戻らないと、ローズマリー姫が心配するかもしれませんよ」

 投げやりっぽく、伯爵はコリーンに指示を出す。


「はい、お館様。それでは陛下、失礼致します」

 一礼をした後コリーンは体を翻し、ローズマリーの元へと、もたついた走りで帰っていった。


「あのー、所で私はどうすれば良いのでしょうか」

 結局、蚊帳の外に置かれていたエリックは伯爵に向かい尋ねる。


「ああ、エリック君の所に行くのは最後の方になるでしょうから、朝言った通りに、ちゃんと教えてあげる様にして下さい」


////////////////////////////

§大浴場脱衣室:


 うっかり発動キーを唱えてしまったのは、拙かったよなぁ。コリーンさんは驚いて飛び出して行っちゃうしなあ。そういや、昨日も飛び出していったよな、あの人。

 結果的には魔法が正しく使えたから良かったよ。光ではなくて風だもんなあ、もし正しく使えてなくて、とんでもない被害が出ていたかも知れないと思うと背筋がぞっとして来る。

 でも魔法陣は頭の中に思い浮かべた訳でなく、呪文だって思い浮かべなかった。それでも発動キーだけで魔法が使えるなんてなあ。これから魔法を学んで行くときには、うっかり発動キーを頭の中に受かべる様な事が無いように気を付けないと。でもそれで魔法が学べるのか不安だ。

 そう考えながら、わしゃわしゃと髪を乾かしていたのだが、どうにも乾きが悪い様な気がする。この手が小さい所為だろうかなんとなく風量も少ない様な気がする。ちゃんと真似る事が出来たと思ったんだけどなあ。

 風量を少し上げてみようか、いきなり上げると、どんなことになるか判らないから、ちょっとだけ強くな、コーナーから立ち上がる時のアクセルを開けて行く感覚だ。そうそう、ゆっくりと、ゆっくりと。よし、これ位でいいだろう。

 ドライヤーの強風ぐらいかなこの風の強さは。頭の方は殆ど乾いて来たので、襟足から後ろの方を乾かして行く。しっかし自分で乾かすとなると、この髪はやっぱり面倒よなあ。


 大体乾いて来たかなと思った所で、「バァン!」と大きな音がして脱衣室の扉が再び開いた。あ、コリーンさんが帰ってきた。

 コリーンさんは顔を真っ赤にして、肩を上下させて荒い息を吐いている。


「ぜ~は~、ぜ~は~、驚いて飛び出してしまいまして申し訳ありません姫様~途中でエリック紋章官と云う方にお会いしてしまいました~とても恥ずかしい思いをしたのです~」

 コリーンさん、髪が滅茶苦茶で、体に巻いているタオルもずり落ちそうだよ。エリックさんの所までって、何処まで行ったの。なんで恨めしそうな顔で俺を見るの、ねえ俺の所為なの。


「姫様~何をされているのですか~」

 タオルを巻き直しながら、恨めしそうな顔から怪訝な顔になるコリーンさん。


「髪を乾かしているんですが、何処かおかしいですか」


「先程は~私と同じ強さで風が出ていた筈ですが~風を強くされたのですか~」


「なんだ、じゃああれで良かったんだ。風が少し弱い感じだったから、ちょっと強くしたんですけど、拙かったですか」


「いいえ~宜しいのですよ~姫様はもうその魔法を完全に会得されてしまったのですね~それでは最後にその魔法の説明をひとつ致しますね~その魔法はLVが上がるに従って温度が上昇するのです~今LV2をお見せしても宜しいのですが~少々思う所がありますので~機会を改めてと云う事で宜しいでしょうか~」

 良かった、怒ってはいないみたいだ、穏やかな笑みがある。そうかLVが上がると温度が上昇するのか。

 それはそうと、教えてくれなくなると困るから、きちんと謝っておいた方がいいよな。


「はい、判りました。それと『暖かい空気[ウォームエアー]』を覚える為に真似をしていたら、つい頭の中で発動キーを思い浮かべたら、魔法が発動してしまって、ご免なさい」

 魔法を止めて、頭を下げようとしたら、入れ替わりにコリーンさんの手から風が出て来て、再び俺の髪を靡かせる。


「魔法が暴発してしまったのですね~魔法を学び始めた術者が~最初の頃によくやってしまう事があるのですね~姫様の意識が『暖かい空気[ウォームエアー]』に向いている時に発動キーを思い浮かべてしまった為に魔法が発動してしまったのですね~発動キーを漠然と思い浮かべるだけでは魔法は発動しないのです~とりあえずは『暖かい空気[ウォームエアー]』以外の発動キーは~危ないので考えないようにしましょうね~」

 成る程、魔法を使おうとする意思と発動キーが一致しないと魔法は発動しない訳ね。魔導書を読んでいる時に発動キーを思い浮かべたりしてたけど何も起きなかったのはその為だったのか。ともあれ何事も起きなくて良かったよ。

 魔法は教えてもらえるんだ、安全の為にも会得してない他の魔法の発動キーは考えないようにしよう。


「それはそれとしまして~姫様の髪の乾かし方は大変宜しくありませんね~とても雑なのでこれでは姫様の綺麗な髪が傷んでしまいます~」

 コリーンさんは俺の髪を梳きながらお手本ぐらいの揺るやかな風で丁寧に乾かして行く。やっぱりこれぐらいの風量でなければいけないのか。

 あの世に逝ったとはいえ、これはローズマリーの体、髪が傷んだりしない様に大事にしてあげないといけないよな。とは云えどうすれば良いのかは皆目判らない、少しずつ覚えて行くしか無いのだけれど、俺は男だったし雑な方だからなあ、苦労しそうだ。


 ・

 ・

 ・


 身支度を整えた俺とコリーンさんはお姉ちゃんの部屋へと戻った。

 部屋に入ると、なにやらお姉ちゃんの大きな声が聞こえてきた。


「いいから、私の言った通りにして頂戴、分かったわね」


「ですが姫様……」


「分・か・っ・た・わ・ね」


「畏まりました、姫様」


「うん、宜しい」

 鼻息も荒く、マシロさん達に何かを命じていたようだ。

 帰って来ていたジェシカさん達と一緒に全員が大きな鞄を抱えた見知らぬ女性の一団も一緒にいる。多分来ると言っていた仕立て職人の人達だろう。


「コリーンさん、済みませんが、お姉ちゃを呼んできてもらえませんか」

 知らない人達がいるので、コリーンさんにお姉ちゃんを呼んできてもらう事にする。


「なあに、どうしたの、ローズマリー」

 コリーンさんに呼ばれてお姉ちゃんは俺の方にやって来て小声で囁く。お姉ちゃんも人目を気にしてくれるようだ。だけど何故か目が泳いでいる。とても挙動不審だ。


「あの人達は仕立て職人さんだよね、あのさ、お姫様だからって、あんなに強く言っちゃ駄目だよ、職人さんにいい仕事をして貰うには、良い気分で仕事をして貰うようにしてあげないと駄目なんだよ」

 人目があるので小声で耳打ちする。俺の家の道場がぶっ壊れた時も、大工職人には良い仕事をして貰う為に色々と気を遣った物だった。


「えっ、そ、そうね、ローズマリーの言う通りね、お、お姉ちゃんこれからは気を付けるわ」

 よかった、素直に言う事を聞いてくれたようだ。でも目が泳いでいる。やっぱり挙動不審だ。


「これで、ローズマリーとお揃いのドレスが作れるのね、楽しみだわ」


「え、ドレスを作るの、俺、衣装としか聞いてないよ」


「え、ローズマリーはお姉ちゃんとお揃いのドレスは嫌なの」

 また、そんな悲しそうな顔を、お揃いは別に構わないけど、ドレスって云うのがなあ……


「嫌じゃないよ、お揃いのドレスを作ろう、お姉ちゃん」

 でも、俺はそう答えてしまう。だって、泣きそうになるんだよ、嫌なんて言えないよ。


「本当! やったわ! マシロ! お願いね」


「はい、姫様」

 マシロさんがお姉ちゃんの所に向かう。


「失礼します、お嬢様」

 俺の所に来たアイリーンさんが俺の服を脱がし始める。え、お嬢様。あ、アロマね。


「ちょ、ちょっと、今さっき、服を着たばかりなんだよ」


「採寸を致しますので、ご辛抱下さい、お嬢様」

 まあドレスを仕立てるのなら採寸は必要なんだろうな。お姉ちゃんを見ると、やっぱり服を脱いでいる。ならば一安心。

 服を脱ぎ終えたら、鞄から、メジャーやらノギスやらを取り出した職人さんが俺とお姉ちゃんへとたむろする。ノギス?まあ物を測るのには使えるだろうけど何に使うんだ。

 下着一枚になった俺を職人さんが囲んで採寸が始まったんだが、これはなんだろう。身長や肩幅、手足の長さ、股下を測るのは判る。学生服を作った時は確かにそうだったから。

 だけど、その後が変。何本もの手が俺へと伸ばされ、体のあちこちをもの凄く細かく測って行くんだ。

 足の指1本から太さや長さを小刻みに細かく測って行く。足、脛、腿、尻、腰、お腹、胸、首、もの凄く細かく測られて行く。なんだかCTスキャンで輪切りにされているような感覚。

 今まで手合わせをして怪我をしたり、半殺しの目に遭ったりしてたから、病院にはかなりお世話になっていたし、CTも何度も受けた。

 この採寸はそんな感じがする。ドレスってこんなに細かく測らなければいけないのかね。女ってほんと大変だよな。

 首まで来たら、今度はそこから腕の方を測り出す。


「なんで、腕まで測るの」

 俺は職人さんに尋ねた。


「申し訳御座いません、ドレスグローブを作る為で御座います、お嬢様(・・・)


「もしかして、長い手袋の事?」

 結婚式とかで花嫁さんが付けていた写真を見た覚えがある。花嫁……いやいや、考えまい。


「左様で御座います。お嬢様(・・・)

 『お嬢様』の所に力が入っているみたいだな。なんか、おまえは五月蝿いな黙ってろ、と暗に言われているような気がする。


 両腕を測り終わり、更には頭部も測る。帽子とかを作るのだろうか、でも俺は黙ってる。

 これで終わったかなと思ったら、今度は顔のパーツまで測りだしたよ、目とか鼻とか顎の長さとか、角度とか、仮面でも作るつもりか。でもやっぱり俺は黙る。

 最後には髪の長さまで測りだした。これは流石に意味が判らない、鬘でも作るのだろうか……まさかね、必要が無いだろう。それでも黙る俺、突っ込んだらいけない。


 職人さん達は採寸した結果をびっしりと書き込んだ書類を丸めて、筒へと仕舞った。ようやく終わったか。


 と思ったのが甘かった、職人さん達が持参した沢山の大きい鞄から色とりどりの服の生地が取り出されて山となっていく。お、黒がある。いいな、黒。でもきっと駄目なんだろうな。

 お姉ちゃんは歓喜の声を上げながら、目の色を変え生地の山へ飛び込んで行った。ああ、女の子だよなあ。でもその前に服を着ようね、お姉ちゃん。


「へくちっ」

 ほら、言わんこっちゃない。俺もさっさと服を着ようっと。



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