プロローグ2
「お待ちしておりました、魂の導き手様」
そう声を掛けてきたローブを着ている初老の男性と、もう1人のローブを着た美人な女性はベッドに近い所にいる。
残りの人々はベッドから幾分か離れている。その中には顔色の悪そうな人が幾人かいる。
「間に合った様だな。ラドック」
ラドックさん(で、いいんだよな。あと年長者には敬意をと)に声を返す死神を見て、俺は驚いた。
いつの間にか死神はラドックさんと同じ様な白いローブを着て(こいつ、もしかして色にこだわるのか?)よく漫画で魔法使いが持っている様な杖を持っていた。しかもブロンドのイケメン青年になっていた。
「いま暫くは持ち堪えるかと」
「その様だな、しかし本当によいのだな」
「元より全て承知の上で契約したこと、今は姫を失う訳にはまいりません」
「このベッドで、横になっているのが姫さんなのか?今ラドックさんは契約と言ったよな、姫さんを失わない為に契約したと、そして来る途中おまえは言ったな、契約の為におれの魂が必要だと」
俺は死神に問いかける。
「その通りだ、姫の死が確定するまでの間、暫く大人しく待て」
そう俺に言うと死神は姫を見つめる。周囲の人々も固唾を呑んで見守っている。
暫くすると、姫さんの体から魂が抜け出てきた。死が確定したのだ。
死神は姫さんに近づくと姫さんの体から伸びている魂の紐を杖の先で切断した。刃物でなくても切れる様だ。
そして姫さんの体から伸びている魂の紐と俺の魂の紐を蝶結びで結ぶと、結び目は解けるように消えて一本になった。
俺の魂と姫さんの体が魂の紐で繋がると同時に、ラドックさんは崩れるように倒れ、ラドックさんの体から魂が抜け出てきた。ローブを着た美人な女性が駆け寄る。
「契約は成立した。よって契約により今、ラドックの死は確定された。ゆえに魂を刈り取らせてもらう」
そう言うと死神はラドックさんの魂の紐を切断した。
「何なんだよこれは、どうなっているんだよ!」
「これが、2級調整官に与えられた権限だ。契約者の魂を代償として、確定している別の人の死を解除することができる」
「じゃあ姫さんにそうすればいいじゃないか。何で姫さんの魂の紐を切って、俺のを変わりに繋ぐんだよ!」
「それはできなかった。たとえ契約により姫の死の確定を解除しても。すぐに又、死が確定する。しかも今度は確定と同時に魂が消滅していただろう」
「消滅!」
「そうだ姫の魂は自己の作りだす膨大な魔力に魂が蝕まれ、消滅寸前だったのだ。消滅した魂は循環できない。従って2級調整官である私は魂の消滅を防ぐ為に契約に応え、お前の魂を繋いで死の確定を解除したのだ、そうする事で姫の魂は消滅を免れ、姫の肉体も死なずにすむ」
「でも姫の魂は消滅する前に刈り取れているじゃないか。契約せずとも姫の魂は刈り取ることは出来たんじゃないか?」
「私は召喚されてここに来たのだ。召喚された以上、召喚者の要望には応える様に契約を結ばねばならない。契約を結ぶ方法があるのに、契約を結ばず、姫の魂のみを刈るのは調整官としての矜持に悖る」
すると、姫さんとラドックさんの魂が話しかけてきた。3人(3魂?)になったので、お互い認識できるようになっている様だ。
「いいのです見知らぬ方。私は消滅するのが定めだったのを、こうして再びの生を受ける可能性を頂けたのですから」
「左様、姫様の魂は消滅の危機に瀕し、逃げる事のできぬものでした、しかし姫を失うことが出来ない我々の、最後の手段だったのです」
「そう言われると、納得は出来ないが俺も死が確定した身だったしな。お互い名前も知らなかったね。俺の名は國枝一輝だ」
「私はローズマリー・フィリアリア・ラーブフェルトです。そしてこれからの貴方の名前になります」
「私はラドック・ローランド」
うーん、これからの俺の名前か、もうほぼ確定しているだろう事なんだろうけど、万が一、念のため、もしかしたら姫として育てられた男子とか、まさに往生際悪く一応聞いてみる。
「あー、ところでさ、一応確認するけど、姫さんだから…、当然…、女…だよな?」
「はい、そうです。年齢は8歳になります(ニコッ)」
やっぱりぃぃぃ!しかも8歳ぃぃぃ!最後のニコッは何だよ、悲しげな、無理してるような。健気だ、いい娘じゃないか!
いやしかし、8歳とは、幼女か?少女か?幼少女?どうすんだよ俺。
女なんて何がどうなっているのか全然解んないし、大体俺は今日失恋したばっかりだし。その日のうちに事故って、死んで、幼少女って、そういえばさらに姫!何の罰ゲームだよ。
地元じゃ敵無しが、いまや見知らぬ土地で幼少女だよ。姫だよ。
どうしてくれんだよ、死神。あのまま死んだ方がましなのか?それとも幼少女姫がましなのか?あ、でも死んだらやっぱりそこで終わりだし!
思考がパニックになっているところに死神が、
「じゃあ私も名乗っておこうか」
と、言い出した。
「お前、名前あるのか?」
「識別コードだがね、私の識別コードは『ソル024135897ー423』だ、覚えておけ」
「何で?」
「いつか役に立つ時が来るかも知れないぞ」
「ふーん」
俺は気のない返事、それよりも聞きたい事はまだまだある。口を開こうと思った所で。
「さて、私は魂を回収して中央管理センターへ帰還しなければ、お前も体に戻れ。何時までもそのままでいると、折角繋いだ紐が勝手に切れて終わるぞ。そうなったら私はお前も回収して帰還するだけだがな、勝手に紐が切れた魂を回収するのは契約の範疇外、通常業務だからな、ラドックの魂を無駄にするなよ」
そう言って死神は俺を体に押し込もうとする。
「待って、待って、待って、まだ聞きたいことが……」
「じゃあな」
そう言われ俺は魂を押し込められた。
一瞬の後。
「死神ぃー!!このやろ待てって言ってんだろうが!!!!」
俺は絶叫して起き上がった。え?
辺りを見回す。俺より高い位置から周囲の人達が驚き顔で見ている。
「あのー、姫様?」
ミランダさんが、抱き起こしていた死んだラドックさんを床に横たえ、話掛けてきた。ミランダさん?なぜ名前が解るんだ?
「ミランダさん?で合ってますか?」
「はい、ということは契約は成立したのですね。父も亡くなり、周りの方々の魔力中りも解消されているようですし」
「そうみたいです。すみません」
「貴方が謝る必要はありません。全て解った上での事です」
ミランダさんは悲しげな顔でそう言った。
「なぜ死神と契約をしたのですか?聞いた部分では、生きた状態の姫の存在だけが目的の様に聞こえたんですけど」
「契約者であった父は魂の導き手様とは見聞きは出来ますが、魂とは見聞きできません、他の者は先ほどは私を含めて何も見聞きが出来なかったので、どうなっていたのか、何が話されていたのか解らないんです」
「それと、死神とは何のことでしょう?」
「ああそうか、俺がいた所では死を司る神、死神と呼ばれています。こちらでの魂の導き手様です。尤も当人は魂の調整者と言っていましたけど」
「そうですか…、魂の調整者様と言うのですか……。話を戻しまして契約の話ですが、なぜあのような契約をしたかと申しますと、姫様がお生まれになった時に、主神ガンダール神に仕える巫女が神託を受けたそうです『カラドゥス王国に生まれた第2王女を死なせてはならぬ。其の者が死ねば世界は大いなる災いに満たされるであろう』と」
「ですが姫様は魔力生成量、魔法力、共に強大であり、魔法に対する才も天才と言える程ではありましたが、魔力容量が極端に小さい為、溢れ出た魔力が自らの魂を蝕み、魂の導き手様にもそれを救うことは出来ないと言われました」
「ただ、救うことは出来ないが死なせない方法はあると、父はそう言われたのだそうです」
「つまり、それが俺の魂を変わりに入れて死の確定を解除すればいいと言う事だったんだな。でも変わりに入れられた俺の魂は蝕まれることはないのかな?」
「たぶんそれは大丈夫だと思いますよ、今姫様からは魔力は溢れ出てはいませんので、たぶん魂の導き手様は魔力容量の大きい貴方を選んだのではないでしょうか、その証拠に周りの方々の顔色もよくなっているようですし、魔力中りが解消されているようですね」
「もし気になるのでしたら、後日にでもご自分で診断されて見ればよろしいでしょう。先ほど私の名前を口にされていたところ見ると、姫様の記憶は残っているのではありませんか?」
俺は周りを見渡す。たしかに皆誰なのかが解る。魔力の診断の事も考えると、その方法が脳裏に浮かび上がってくる。
ただ、両親の顔を見て名前等の知識は浮かんできても、これまでの思い出、両親に対する思い、つまり心の部分は浮かんでこなかった。
他の人を見ても同じだった。思い出や思いは魂と共に逝ってしまった様だ。
悪いとは思うけど、俺としては知識が残っているだけでも僥倖だ。
俺はこちらを複雑そうな顔で見ている、両親に向かって声を掛ける。
「国王陛下、王妃殿下、あの、その、俺何といっていいか……」
「よいのだ、ミランダの言うように、全て解った上での事だ」
「ローズマリーに宿った貴方は、男性の方なのですか?」
「はい、俺は國枝一輝といいます。地球って言う別の世界から来ました。16歳です。あ、でした」
もう8歳だもんな。
「別の世界から…、男性…、16歳…、それは大変な事になってしまった様ですね、その子はまだ8歳の女の子なのです」
「姫さんの魂から聞きました、それにあの子は知識を俺に残してくれましたから。何とかなるんじゃないかと」
「前向きなのですね」
「地球の俺の一族には家訓があって『人生は戦いだと、死ぬまで戦いぬけ』と、尤も一度死にましたけど」
「お強い御心をお持ちなのですね」
「ありがとうございます、まだまだですけれど」
「まあ、それはともかく、とりあえずは落ち着いたのだ。もうそろそろ03:00時だ、ラドックも安置してやらねばならん。後は折を見て追々話して行く必要があるだろう。今日の所は皆休むとしよう。ミランダよご苦労であった」
「ありがとうございます、陛下」
ラドックさんの遺体が運び出され、皆も部屋から出て行って。部屋付きメイドのアイリーン達が明かり消して出てゆく。
「姫様お休みなさいませ」
ひとりになって、なんとなく考える、何か激動の1日だったな・・・
俺は目を閉じた。
これでプロローグは終わります。姫もちゃんと?出ましたし。一輝君の新しい生活が始まります。