第17話 薔薇
「そういえばローズマリー、入浴中になにやら悩ましげな声を上げていたそうだが」
「え? 何のことですか、別に悩んではいませんが」
お父さんが風呂場での事まで知っている。まさか覗いていたりしてって、そんな訳はないか。
知っていたとしても別にやましい事がある訳では無いし、もう気にするまい。あ、もしかして花瓶倒して薔薇ぶちまけたのがばれてるかも、それは拙いな、お姉ちゃんも怒られてしまう。
「そうではなくだな、年端も行かぬ娘が口にしてはならぬ様な事を口にしたであろうと云う事だ」
何の事を言っているのか判らない。それよりもお父さん、その呼ばれ方は心に刺さるんですよ。
「姫様~国王様は~マユリを罠に掛けたときの言葉を言っているのですよ~あの『ぬるぬるしてるよぅお姉ちゃん、ねえローズマリーのからだがなんだか熱いよぅ、お姉ちゃんそんなとこさわっちゃらめぇ、なんかローズマリーおかしくなっちゃうぅ、ねえマユリお姉ちゃんローズマリーの手を握ってぇ、おねがいぃ、もうらめぇ』とか言った時の事ですよ~」
コリーンさん、あなたあの時の言葉を全部覚えたんですか、しかも声真似までして。大体俺の言葉の所だけ全然間延びしていないじゃないですか。
「ぐむむむ、ローズマリー! これはどう云う事だ! 説明しなさい!」
お父さんは顔を真っ赤にして俺を怒鳴った。
「ああ、あれですか、あれは物語に出てきた台詞をちょっと変えて、言ってみただけです。ほんと、上手くいって良かったです」
そう言いながら俺はマユリの方を見た。まだ魔法が解ける気配は無い、いつまでかかることやら。
「どの様な話であったのだ、言ってみなさい」
なんか随分と気にしているな、俺、何か悪い事したか。
「えっと、森の中で木の上から女の子の上にスライムが落ちてきて、服を溶かしちゃうってお話ですが」
「むう、そう云う事か……ふぅ、そうかそうか、そう云う事であったか、それは不届きなスライムであるな」
お父さんの顔色が元に戻っる、判ってくれましたか、よかった。ん?
「そういえば、最近になって帝国領の魔の森で新種のスライムが発見されたそうでしてねえ、姫の言うその不届きなスライムに似ているそうですねえ、何でも女性の上にしか落ちてこないとかなんとか」
伯爵がニヤついた笑みでそう宣った。
本当にそんなもんがいたのか、はあ、帝国ですか、魔の森ですか、お父さんも威厳はないけど王様だし、やっぱり違う世界なんだと改めて実感。
「そんなものが見つかったのか」
「ええ、何でも無生物や生物でも体毛や爪、老廃物なども全部溶かしてしまうらしく、ご婦人方に大人気だそうでしてねえ、貴族の方々には特に評判らしく、そのスライムを手に入れた商人は笑いが止まらないそうです」
「むう、だが頭髪等も溶かされてしまっては、人気も何も無かろう」
「元からあるスライム用の忌避剤が使えるそうなので、大事なところは守れて、お肌はつるつるになるそうです、ご婦人方は常に美しくありたいと思うものですからねえ、姫もそうでなければいけませんね」
だから俺を見てニヤつくな。
「ですから、今は我が国でも捕獲者達が躍起になって探しているそうですねえ」
今度は捕獲者ですか。
スライムの事はお父さんは知らなかったみたいだから、伯爵は随分と物知りなのだろうか。そういえば、世話になっているとか言っていたな。
その後、たわいない話を少ししたあと、今日はここまでと云う事になった。俺は暫くお姉ちゃんの所に居る事になったから、話は焦らなくてもいいからと云うのが理由だった。
伯爵は王宮に部屋をもらっているとの事で、夫妻はそこに泊まる事になった。
屋敷は今日行った魔法訓練場への道の途中にあるそうだからそんなに距離はないと思うのだけれど、まあ俺がとやかく言う事ではないか、それに俺はへばったしな。
「フローラル姫、ローズマリー姫をアロマと呼ぶ様に練習していて下さると嬉しいですねえ」
「うっ、わ、判ったわ、練習しておくわ」
伯爵は最後にそう言い残して、お姉ちゃんに釘を刺すのを忘れてはいなかった。
俺達はお姉ちゃんの部屋へと向かった、当然の如くお姉ちゃんは俺と手を繋いでいる。コリーンさん達も当然一緒だ。
「コリーンさん達がお父さんの部屋に呼ばれていたのは色々と話をする為だったんでしょう、なのにたいした話がなくてご免なさい」
態々呼び出されていたんだろうから、筋は通しておかなくちゃならない。
「私達は~姫様方をお迎えに来ただけですから~お気になさらずに~」
なんて、やさしいお言葉、かたじけない。コリーンさんが俺で遊んでいるなんて思っていて御免なさい。
お姉ちゃんの部屋に着いて、暫し寛ぐ。
「姫様方~そろそろ寝間着にお着替えしましょうか~」
そして、再び見てしまった。もっと凶悪そうな物を。
すかさず立ち上がろうとした、俺の両肩を、すかさずジェシカさんが押さえに掛かった、くそっ。
「もうさっきの様にはいかないよ姫様、観念して着替えてもらうからね」
「なにこれ、向こう側が見えるぐらいだよ、今朝まで着てたのはもっと野暮ったくて厚手の生地だったじゃないか」
「これは~姫様がご用意した物ですよ~」
嘘つけ、全てそれで通ると思ってるのか、前言撤回だ、と思ったらお姉ちゃんが既に着替えていた、俺と同じ様な物を。
仕方なく、服を脱がしてもらって、その薄い寝間着に着替えた。二分袖ぐらいのワンピースみたいなんだけど、鳩尾の上辺りと袖口が軽く絞られていた。しっかし、着ている気が全然しない。当然の様に色はピンクだった。因みに下着も替えさせらえた、さっき風呂で着替えたろう、やっぱり絶対俺で遊んでいるんだ。
「ようやくローズマリーと一緒に寝る事が出来るのね、楽しみだわ、ねっ」
ねっ って言われても、まあお姉ちゃんに取っては念願だったのだろう、喜んでくれるなら、俺も嬉しい。
と、そこへ、お姉ちゃんの部屋に誰かが来た。お母さんから『ローズマリーに部屋に来るように』との言伝を預かって俺を迎えに来たそうだ。お母さんの侍女さんだろうか。
「もうっ、お母様ったら、私がローズマリーと一緒に寝たいって知っているのに、いいわ、私も一緒に行くから」
まあ、そうなるよね。
このままの格好でお母さんの部屋まで行くのは、はしたないので、ガウンを着せられて、侍女さんとお母さんの部屋へ向かう。
はしたないなら、こんなもの着せるなよ。ああ、たった一日でもうTシャツとトランクスでいられた時が懐かしくなって来ちゃったよ。
お母さんの部屋に着くと侍女さんは部屋を下がり、俺たちはお母さんの部屋に入る。
「やはり、フローラルも一緒に来たのですね、仕方ありませんね、今夜は3人で休みましょうね、そう不機嫌な顔をしてはいけませんよフローラル、ローズマリーと一緒に休む事が出来なかったのは、母も一緒なのですから、判ってくれますねフローラル」
ふと見ると。お姉ちゃんのほっぺたはこれでもかと膨らんでいた。
とりあえずソファに座った所で、お母さんが話し始めた。
「ローズマリー、あなたは16歳と言いましたね、あちらに伴侶はいたのですか、いいえ、決して詮索している訳ではないのですよ、母がフランキンセンスと結婚の儀をしたのは、16歳の時なのですよ、ですからあなたに伴侶がいてもおかしくは無いと思うのですけれど、そこの所はどう思いますか」
日本と違って、結婚できる年齢は違うんだろうな。
「俺は結婚どころか、恋人もいませんでした、それに俺は失恋した夜に死んだんです……」
あーそうだった、自分で口にして思い出してしまった、でも、今日一日ほとんどその事を思い悩む事も無かったんだ、俺にとってのこの新しい家族は救いだったのかな、なんて思ってもみた。
「そうなのですか、それは気の毒な事を聞いてしまいましたね、ではあなたは女性の体を全く知らないのですね、これからは女性として生きて行かなくてはならないのですよ、ですから母はあなたに女性とはどう云うものかを教えてあげなくてはならないと思うのですよ、聞きたいですか、勿論あなたが断っても母は決して怒ったりはしないのですよ、そこの所は判って欲しいのです、ですが母としてはあなたに――」
「判りました、聞かせて下さい、お願いします」
うおっ! 危ない所だった。俺がこう言うまで、きっといつまでも同じ様な事を言われ続けたに違いないと思う。お母さんは身を乗り出して俺に話しかけて来てたから、言いたくて仕方が無かったのだろう。
「そうですか、それは良い心がけなのです、母はとても嬉しいのです、フローラル、あなたも聞きたいですか」
なんか、一瞬お母さんの目が輝きを帯びた様な気がしたのは、気のせいだろうか。
「勿論です、お母様、ローズマリーが聞きたいのであるのなら、私も一緒にお聞きするのはお姉ちゃんとして当然の事ですもの、ふむん」
今度はお姉ちゃんが鼻息を荒くしている。これは気のせいではないな。所で何故鼻息が荒いんだ。
「では、まずはベッドに入りましょうか、母はあなた達とこうしてお話しして、一緒に休むのが望みだったのですよ」
そうだね、お母さんもローズマリーと一緒に寝る事は出来なかったんだね。
そう言ったお母さんはとっても豪勢なベッドへと近づいて、おもむろにガウンを脱いでベッドに腰掛けた。俺と同じ様に透けた寝間着を着ているのはいいんだけれど、大きいよなやっぱり、座った反動で跳ねたもん。俺もああなってしまうのだろうか、非情に不安になる。
「二人共、どうかしたのですか、おかしな顔をしているのです、さあ母の元にいらっしゃい、色々とお話をしをしましょうね」
両手を広げて俺とお姉ちゃんを呼ぶのだけれど、近付きがたいなあ。お姉ちゃんも俺と同じ思いなのかな。
お母さんは両手を広げたまま、俺とお姉ちゃんが来るのを、じっと待っていた。俺はお姉ちゃんと顔を見合わせて、溜息を一つ。お母さんのベッドによいしょっと上がった。
豪勢なベッドは俺とお姉ちゃんが一緒に寝てもまだまだたっぷりとスペースが余る大きさだと思う。そこで、ふと思った。
「お母さん、お父さんはここで寝ないのですか」
「フランキンセンスは自分の部屋なのですよ、国王足るもの、いつ何時、何か事が起きるやも知れないからと、私に配慮して下さって別々の部屋なのですよ」
そうなんだ、やっぱり国王なんだな、常に国の事を考えていたんだ、見直しました。ちょっと頼りないかもと心の中で思っていたのは内緒な。
「陛下、・・先へ・・れては・・ます、・・様は今――」
「・きなさ・、・は妃の・・・・のだ」
「それ・、・・薔薇、・・な、そん・・・はありま・・」
「・はいつも・・・に、いつも・・から間・・・く受け・・・のだ、いい・・・・を退き・・・、聞こえな・・・のか」
部屋の外が、にわかに騒がしくなった。廊下で何か起きているのかな。
「ローズマリー、フローラル、ガウンを羽織って、すぐにベッドの影に隠れるのです、そして目をしっかり瞑って、耳をしっかり塞いで、声を出してはいけません、さあ、早く」
お母さんの話し方が簡潔だ、よっぽど慌てているに違いない。俺とお姉ちゃんは言われた通りにベッドの影へと隠れ、目をぎゅっと瞑り、耳をがばっと覆って塞いだ。
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フランキンセンスの困った性癖を鑑み、ジェニパーとフランキンセンスは一つの約束をしていた。
食事が終わった時にフランキンセンスの一輪挿しの花瓶に挿してある薔薇が、赤い薔薇であれば夜ジェニパーの部屋を訪れても良いと、代わりに白い薔薇であれば部屋を訪れる事は拒絶すると。
勿論、フローラルや客人には、食事が美味しかったかどうか、料理人に教えてあげる為と偽りを伝えていた。いや、フランキンセンス意外の薔薇は確かに料理人に渡してはいたのだ。
ただ、それを知らない使用人が給仕をする場合もあるので、フランキンセンスは常に赤い薔薇を挿し、ジェニパーがそっと白い薔薇に挿し替えていたのである。
ジェニパーが白い薔薇に差し替える事が出来るように、食後には使用人達が一旦部屋を退出する決まりも決めてあった。
フランキンセンスの困った性癖を受け入れてくれているジェニパーの望む形を尊重する為、決して無理強いをする事無く、我慢をする日も多々あった。
因みにそれを手配したのはゼラニウムである。なので彼はこの事を知っている。そりゃ世話にもなる訳である。
ジェニパーはあの声がフランキンセンスの物であろう事は判っていた。しかし、何故、今自分の部屋に来たのかが判らなかった。
薔薇の花は間違いなく白い薔薇に挿し替えたのだから。来るはずが無かったのだ。
ジェニパーは急いで娘達をベッドの影に隠れさせた後、自らもベッドの中に潜り込み、上掛けの端を口元でぎゅっと握りしめて、上掛けを目の下まで被った。
今の姿をフランキンセンスに見せてしまったら、とっても拙い事になってしまう。
「ジェ・ニ・パ」
フランキンセンスは弾むようなテンポでジェニパーの名前を呼ぶ。顔には満面の笑みである。いや、これは好色の笑みと呼んでも差し支えなかろう。
彼の右手には赤い薔薇が一輪握られていた。
それを見たジェニパーは更に困惑した。挿し替えた筈の白い薔薇ではなく赤い薔薇を彼は持っているのだ。困惑するのも当然であった。
「そんな、何故、彼が赤い薔薇を持っているのですか、今夜はローズマリーとお話しをする為に、確かに白い薔薇に挿し替えたはずですのに」
ジェニパーの上掛けで隠れた唇が小さく呟く。
「君がそうしていると初めての夜を思い出すな、あの時も君はそうして上掛けから私を覗いていたね」
フランキンセンスが赤い薔薇を手にしたのは、久方ぶりであった。ローズマリーの命が日に日に危うくなって行く中、自分もジェニパーもその様な気分になれる訳も無く、常に白い薔薇で当然と思っていた。
ローズマリーの命は助かり、代わりに入れられてしまった魂の人物が16歳の男性である事は、フランキンセンスの予想外ではあったが、自分で見、そして報告を聞く限りおおむね好人物であったのも、現在上機嫌な理由の一つでもあった。
しかし、ローズマリーの命が助かったからといって、ジェニパーの性格上、翌晩にすぐさま赤い薔薇を渡される訳はないとは思わない所がラーブフェルトの血ゆえなのかは、判断に苦しむ所である。
まあつまり自分的には万々歳であったのだ。
「違うのですよ、これは、その、ローズマリーが――」
「うむ、ローズマリーの命が助かったのはラドックのおかげだ、感謝してもしきれんな」
「違うのですよ、ローズマリーは女の子で――」
「うむ、まさかローズマリーに男の子の魂が入ってしまうとは考えてはいなかった。おっと、少年だったな、どうやら彼は幼く見られるのが嫌なようだからな、いかんいかん」
どこかから『ちげーよ!俺の事じゃねえよ、ローズマリーの事だよ』と突っ込みが入りそうな事をフランキンセンスは口にした。
「違うのですよ。ローズマリーには母として――」
「うむ、男では判らぬ事も多いだろうからな、色々と教えてやって欲しい。所でいつまでそうしているつもりなのだ、ええいっ、離しなさいっ」
どうやら頭がピンク色に染まっていたフランキンセンスは我慢が出来なかったのか、茶目っ気のつもりなのか、いきなりジェニパーの上掛けを剥ぎ取ってしまった。
「駄目なのですよ、あ……」
あっさりと上掛けを剥がされてしまったジェニパーは何故か自分の顔を隠し、その隙間からフランキンセンスの表情を見て、動きが止まっていた。
「あ……」
一方上掛けを剥いでしまったフランキンセンスもジェニパーを見て動きを止めてしまっていた。
そして、フランキンセンスの例の性癖が起きてしまったのであった。合掌。
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俺の肩をとんとんと誰かが叩く。勿論判ってるさ、お姉ちゃんに決まっている。
「駄目じゃないか、お姉ちゃん。お母さんに目を瞑って、耳を塞げって言われたでしょう」
俺はお姉ちゃんに囁いた。
「でも、ほら見て、お父様よ」
お姉ちゃんも囁き返してきた。
あ、本当だ、お父さんだ。でも何かがおかしい、雄叫びを上げているなんて。そしてお母さんの声がおかしい。
もしかしたら、これは見てはいけないものなのでは。
「ね、ローズマリー、お父様のあれ、何かしら」
お姉ちゃんがこそっと指さしていたもの、それは、俺が昨日まで毎朝見ていたものだった。
「ねえ、ローズマリーは昨日まで男の子だったのでしょ、だったら知っているわよね、教えて」
お姉ちゃんは興味津々って顔で俺に聞いてくる。
もしかすると、ローズマリーと俺はお姉ちゃんにとっては既に一緒になってしまったいるのかも知れない。
それは兎も角、お姉ちゃん、何て質問をして来るんだ、何て答えたらいい。
そうだ、ここは再び我が友を頼るとしよう。たしか前に『今朝も俺様の暴れん棒は世界一ぃぃ!今夜は何をおかずにしてくれようか、うわっはっはっは!』とかなんとか言ってズボンの前が突っ張ったまま、腰を前後に振っていたな。そう思いお父さんを見る、うん、これだ。
「えっとね、あれは『暴れん坊』って言うんだよ」
「え、そうなの?ふーん『暴れん棒』って言うんだ、やっぱりローズマリーは物知りなのね、私てっきり、おちむぐっ!」
あっぶねえ、膝立ちで、顔を寄せ合っていたから、すぐに手が届いたけど。お姉ちゃん知っているんじゃ無いか、誰だ教えたのは。
あと俺は決して物知りでは…いいや、これはほっとこう。
「ちっちっち、お姉ちゃん、それは女の子が口にしてはいけない言葉なんだよ」
口を塞いでいるお姉ちゃんの目を見て、ニヒルに笑みを浮かべ、目の前でちっちっちに会わせて、立てた左手の人差し指を左右に振る。俺もしかして格好良いかも。
「どうかしたのローズマリー、頬が引きつっているわよ、それに歯の間になにか詰まってしまったの、だめよ、女の子なんだから綺麗にしないと、ね」
いえ、いいんです。ほっといて下さい。
俺は何変なことをやっているんだ。
「ま、いいわ、それよりも、ね、あれって、もしかして、子作りをしてるのよね、結婚して夫婦になると、毎夜毎夜子作りに励むってマユリが言っていたもの」
あの変態侍女め、お姉ちゃんに何てことを教えていやがるんだ。
そうか、あれがそうなのか、と云う事は、俺が風呂場でマユリを罠にかけた言葉はもしかしてお母さんと似たような事を口走っていたのではないのか?
そう思ったら、とても恥ずかしくなって来た、あんな真似はもうやめよう、もう我が友なんて呼んでやらない。
そしてふとお母さんの目に一筋の涙を見た途端に、なぜかお母さんの声が頭の中に聞こえてきた。
『ローズマリーは必ず私の様に大きくなれるのです……あなたを見る殿方の目は熱を帯びたものなるはず……それらは獲物を狙う狼男の目なのです……あなたはきっと狙われる事になる……見目麗しく愛らしく可憐で可愛い私の娘は……襲われてしまいます』
うっ何か嫌な言葉が。
俺はあんなに大きくなってしまうのは嫌だ。
熱を帯びる? つまりは男が羨望の眼差しをしてくるって事か、うーん、ちょっと判らないな。あ、もしかして俺は強くなれるのかも
狼男?そうだ、そいつが俺を狙って来るんだな。
えっと、とりあえず見た目はお母さんのひいき目だろう、きっと。
そうか襲ってくるなら来てみろ、返り討ちにしてやるさ、その為にはやはり修練が必要だな。
降りかかる火の粉は払わねばならない、お姉ちゃんを守る為にも俺は強くならねばならないんだ。
そう決意を新たにし、俯いていた視線を上げた時、ちょっと待て目の前をよく見ろと俺の頭が訴えかける。
お父さんとお母さん=男と女=男の子と女の子=昨日までの俺と今の俺。そして子作り中。
嫌な考えが頭をよぎる。うっ、おぞましい。俺は嫌だ。どうしよう、どうしよう。
待て待て待て、早まるな俺。
そうだ、例えどうであれ、結局ぶちのめせば済む事だ、簡単な事じゃないか。今までだってそうやって来たじゃないか。
再び襲ってきたら、再びぶちのめす。襲ってこなくなるまで、繰り返す。大抵は一度でもう来なくなっただろう。
うん、そうだ、それでこの話はしまいだ、そうだそうだ、そうしよう、そうすることにしよう。その為には修練が必要だな。
降りかかる火の粉は払わねばならない、お姉ちゃんを守る為にも俺は強くならねばならないんだ。
俺は思考の迷路に陥っていった……
・
・
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私の肩がとんとんと叩かれる。
「どうかしたのローズマリー、ぼおっとしちゃってるわよ」
はっとなった私は、お姉ちゃんの肩を掴んで訴えかけた。
「ねえおねえちゃんやめようよぅ、こんなのよくないよぅ、ねえ、おねがいだからぁ」
「え、ええ、判ったわ、そんな泣きそうな顔をしちゃ駄目よ、さ、いらっしゃい、お姉ちゃんが抱きしめてあげるから」
(きゃー、きゃー、どうしよう、どうしよう、ローズマリーの泣きそうな顔がこんなに可愛いだなんて、狡いわぁ)
「おねえちゃんっ」
私はお姉ちゃんの胸に飛び込んだ、お姉ちゃんは私を優しく抱きしめてくれた、うん、苦しくないよ、お姉ちゃん。
「大丈夫、お姉ちゃんがローズマリーの耳を塞いであげるから、さあ目を閉じて、ね」
(きゃー、ローズマリーの方から私に飛び込んで来てくれたわ、どうしよう、やっぱり、可愛いわーー!)
「うん」
言われるままに私は目を閉じる、お姉ちゃんは私の耳を柔らかく塞いでくれた。やっぱりお姉ちゃんは優しいな……
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「ローズマリー大丈夫?」
お姉ちゃんが俺の肩を掴み揺すっていた。あれ、俺はどうした?
お姉ちゃんの顔がなぜか赤い、どうしたんだろう。
「えーとね、お父様とお母様ね、終わったみたいよ」
更に小さい声で、耳打ちするように、俺に囁く。やっぱり何かおかしいな。
「あ、うん、そうなんだ」
お父さんはベッドから降りて身支度を済ませていた。お母さんも身支度をしてガウンを来ていた。
「うん、そうなの……へくちっ」
おわっ、お姉ちゃんがいきなりくしゃみをした。うん、女の子らしいくしゃみだね。いや、そうではなくて。
「誰かいるのかっ!」
あー、お父さんが反応しちゃった。俺はお姉ちゃんの肩を軽く叩き、立ち上がらないようにって合図して、俺だけがベッドの影から立ち上る。
「ローズマリー……見ていたのか?」
俺は頷いた。
「そうか、見ていたのか、ジェニパー、これはどう云う事なのだ」
「ローズマリーと女の子のお話をしながら一緒にお休みをしたかったのです、ですから私の所に呼んだのですよ、いつもの様にフランキンセンスの一輪挿しの花瓶を白い薔薇に挿し替えていたのですけれど、なぜフランキンセンスは赤い薔薇を持っていたのでしょう」
「ええー! お父様の花瓶は本当は白い薔薇だったの!」
お姉ちゃん、立ち上がらないでって合図したのにぃ、判らなかったのかなぁ。
「フローラル! お前までいたのか! うむう」
お父さんは頭を押さえて唸った。
これは白状するしか無いな。
「あー、お父さんの一輪挿しを赤い薔薇にしたのは俺なんです。椅子から降りるときに転んじゃって、その拍子にテーブルの上に花瓶を倒してしまい一輪挿しの薔薇がどこかに行ってしまったんです。お父さんが赤い薔薇を挿しているのを見ていた俺は、赤い薔薇を挿し直したんです。ご免なさい」
俺は頭を下げる。
「ご免なさい、お父様。私もローズマリーと一緒だったの、ローズマリーだけを責めないでお父様」
お姉ちゃんも頭を下げた。有難うお姉ちゃん。
「そうか、赤い薔薇に替えてしまったのはおまえ達だったのか、ローズマリー、私の所に来なさい」
お父さんは俺にこいこいと手招きする。
いっ、俺? あー、怒られるのかな。そう思いながらお父さんの側に寄って行った。
「なんでしょう、お父さん」
「うむ、ローズマリー、一つ聞くが、ジェニパーのガウンの下のあの姿を見て、まず最初に思うことはないか」
お父さんは俺を抱き上げ、頭が同じ高さになるようにし、俺に耳打ちして囁く。うーん軽いな、俺。
お父さんの意図は判らないけれど、ここは素直に答えよう。
「えっと、とても大きいですよね」
俺もお父さんに耳打ちして囁く。
「そうだろう、そうだろう。男であれば、まず先にそこに目が行くのは当然の事であろう、やはりローズマリーは判ってくれるか」
男でなくても、まずそこに目が行くんじやないかなあ。で、お父さんは何が言いたいのだろう。
「ローズマリーも見ていたのなら判っているであろうが、私はジェニパーの大きいあれを見てしまうと、その内に意識がなくなり、その間に襲ってしまうのだよ、未だにそれは治らないのだ」
ちょちょっと待って。俺はそんな所は見ていないですよ。何ですかそれ、襲ってしまうって。あ、頭に聞こえてきたお母さんの声は、もしかしてこの事だったのか。
さっきお母さんが俺を抱きしめていたときに顔を逸らしていたのもその為だったのか。
でも、あの声って、多分昔のローズマリーがお母さんから聞いていた言葉だと思う。なんでお母さんは、こんな小さな子(ぐ、きつい言葉だ)に襲うなんて言葉を使ったのだろう。
「あの、お母さんは、この事を……」
「受け入れてくれてはいる。が、この様な性癖を快く思ってくれてはいないだろう、受け入れてくれるだけでも私はジェニパーに感謝している。まあ赤い薔薇をくれることはあまりないのだがな」
お父さんは、悄然とした顔をして俺に囁く。
「お父さんはお母さんを――」
「愛しているに決まっているだろう、何を馬鹿な事を聞くのだ!」
お父さんは語気を強めて言うが、囁いているので、どうにも迫力がいまいち、それに頬が緩んでいるよ。
「ご、ご免なさい」
所で、何で俺は今お父さんと男同士の様な話をしているのだろう。まあ、俺は聴き手側だけど。
お姉ちゃんもそうだけど、お父さんも見知っていたローズマリーと中身の俺とを一緒にして扱ってくれているような気がする。
その代わり、時々訳が判らなくなることもあるみたいだけどね、早くも家族として見てもらえているなら、俺は嬉しい、だからこの新しい家族を大切にしたい。
兎も角、お父さんはお母さんを愛していると云う事は判った。
「いいか、このことはジェニパーに言ってはならん、特に私が意識を失う原因が、ジェニパーのあれとは言ってはならんぞ、よいな」
もいかして、お母さんのが大きい事は皆が気を使って、誰も口にしてないのではないのかもと思った。俺もそうだしね。
「お父様、ローズマリーを独り占めしないで、私に返して下さいませんか」
お姉ちゃん、俺は縫いぐるみか何かですか。
「うむ、では私は自室に戻るとしよう、女の子同士のお話しがあるのだろう、まあ、その、なんだ、おまえ達、済まなかったな」
お父さんは、ばつの悪そうな顔をして、帰って行った。
「あれ、お姉ちゃん、お母さんは?」
「お母様は、汗を流しに行かれたわよ」
お姉ちゃん、また顔が赤くなっている。
「ふーん、お姉ちゃん、さっき、くしゃみをしていたけど、大丈夫」
「大丈夫よ、心配してくれるのね」
「心配するに決まってるよ」
「うん、ありがとう、大好きよ」
お姉ちゃんは、まだ顔が赤い、本当に大丈夫だろうか、風邪なんか引いてないだろうか。
何も言わずにお姉ちゃんは、指と指が組み合わさる様な形に俺の手を握ってきた、うーん、何かおかしい。
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「待たせてしまったのです、思わぬ所を見られてしまったのですよ、特にフローラル、あなたは母の言いつけを守らず、見ていましたね、母はとても恥ずかしいのですよ、それは判りますね」
「はい、ご免なさい、お母様」
もしかしてお姉ちゃんは全部見ていたのか、言いつけを守らなきゃ駄目じゃ無いか。
俺はちょっと気になったので聞いてみた。
「あの、お母さんはお父さんの事を――」
「勿論、愛しているのですよ、フランキンセンスから何か言われたのですか」
「いいえ、何も、ただ聞いてみたかっただけです」
うん、良かった、両方共が、愛し合っていて。
「そうですか、それでは、今度こそ、女の子のお話をしながらお休み致しましょうね」
そうしてお母さんがしてくれたのは、女の子のお話ではなく女の子の体のお話しでした。うー、意嫌なことを思い出しちまったい。
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部屋の明かりは消え、差し込む二つの月の月明かりだけが僅かな部屋の明かりとなった部屋でローズマリーとフローラルは手を繋ぎながら眠りに就いていた。
ただ一人ジェニパーだけが未だ眠りには就かず、軽く目を見開いて、じっと、ローズマリーを見続けていた。
そして、ジェニパーのその瞳からは、一筋の涙がこぼれ落ち、右手はまるで嗚咽を堪えるかの様に自らの口元に添えられていた。その口元は微かに何かを呟いている様でもあった。
ようやく1日が終わりました。
次話からはローズマリーの自由度が上がると思います、多分。
お姉ちゃん、邪魔をしないでね(笑)
申し訳ありません、余計な1行が入っていたので修正致しました。<(_ _)>




