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魔剣姫  作者: 天蓬元帥
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第13話 恐怖心

 それを目にした時、俺は反射的に逃走へ移行していた。

 あれから放たれる禍々しきオーラを感じた。もしかするとあれは…、恐れた俺は逃げ出した。

 判ってはいるんだ、好みであったであろう事は。けれどそれは関係ない。

 それに、あれら全てがそうであれば俺の心が持たないかも知れない。

 昼間はまだ耐えられた、大した理解をしていた訳ではなく、この程度はしかたがないとも思った。

  だが今は違う、俺は理解している、俺は冷静(クール)だ、俺は妥協はしない、俺はきっとあれと戦う事が出来る。

 だが、しかし、冷静(クール)であるが故に解る。俺は力に劣る、心も脆弱だ、今あれに歯向かう事は恐らく出来ないだろう。故に俺は逃げた、力を得て、心を鍛え上げ、再びあれと戦う日の為に。

 今は恥辱に塗れても耐えるんだ、臆病者と罵られてもいい。

 いつかきっと帰ってくる、だから今は地の果てまでも逃げてやる、必ず逃げ切って見せる。

 さらばだ、再び舞い戻るその日まで其処に座して待っていろ、あいしゃるりたーん!


「へぶうっ」


「はい姫様確保っ。駄目じゃないか、いきなり走り出したりしたら危ないだろう」

 3歩だ。たったの3歩で俺の未来への逃避行は潰えてしまった。

 ジェシカさんに体当たりして、あげく捕獲された。と言えば聞こえはいいが、実際はお母さんに抱きつく子供の図だ、お母さんは小言を言いながら子供の肩に手を添えて逃がさない、そんな図だ。くそー。

「放してくれえっ、頼む俺を行かせてくれえっ」


「体力の無い姫様が一糸纏わぬ姿で何処へ行くつもりなのかな?」

 そう云えば昼間は負ぶってもらったっけ。

 裸なんざ恥ずかしくはないやい、付いていた物もなくなってんだどこに問題がある。


「お願いジェシカさん、逃がして」


「だーめ、さあ早く衣装を身につけて下さい。お手伝いするから、ね」


「だったらさっきの約束、半分果たしてもらうね」

 おおっ、ジェシカさんの大臀筋はよく引き締まっている、やっぱり結構鍛えられているな、羨ましい。大腿四頭筋、大腿二頭筋、これもいい、しなやかさもありそうだ。羨ましい、えいっ。

「ちょっ、姫様何をっあっそこはっ駄目だって、痛っ、駄目ですよ、そこを押されたら痛いじゃ無いですか、大した力で無くても、それなりには痛いんですから」

 そりゃそうでしょ、わざと其処を突いたんだから。こうして密着して痛みの急所を何とか突ければ、多少はとも思ったが・・・まだ力不足で駄目だな、それなりには痛がったけど、肩を押さえる手は緩んでいない。やはり逃亡は絶望的だ。


「ご免なさい、お尻や足の筋肉がいい感じだったからつい」


「はあ、やはり筋肉でしたか、では僕の筋肉が触れて姫様もご満足出来たでしょう?そのままでは風邪を引きますよ」」


「半分って言ったよ。まだ、大胸筋や上腕二頭筋、僧帽筋、広背筋、腹直筋等々まだ足りない」


「まだ足りないんですか!それにしても随分と筋肉の箇所を知っているんだね」


「ええ、俺の家はそう云う事をよく知っている者が多いので」


「はあ、えーと國枝と言いましたか、なるほどね。それはそうと姫様、まだ裸のままですよ」

 ちっ来たか。話を逸らして置きたかったのに。最後の抵抗だ。


「だって、あの山を見て下さいよ、あれは何ですか!」


「勿論姫様の今夜の衣装だよ」


「それは判っていますよ、そうではなくてあの色ですよ」


「ピンクだね、それがどうかしたのかい」


「どうしたもこうしたも、ピンクばっかりですよ、しかもリボンやらフリルやら一杯付いてて」


「そうだね、リボンもフリルも一杯だね、それで?」


「極めつけは、あの衣服の一番天辺に鎮座している、くるんと丸まっている、あの物体!」


「パンツだね、下に履くやつ」

 ジェシカさんがパンツを取って、開いて見せてくれる。うあ!

 

「それどう見ても女物ですよね!」

 男物はピンクに赤いちっちゃな水玉なんかの色では決して無い、俺は普段はトランクスだ、形が違う、赤いリボンや何かぴらぴらした物も付いてはいない。


「あっはっは、男物の下着などは置かないよ、当然これは姫様の物さ。それも最高級のシルク。なかなか手に入らない物だそうだよ、シルクワームの塒を見つけるのは結構大変だからね」

 シルクワームってミサイルだったっけ、それはどうでもいい。それより最高級のシルクって確か・・・そうだ間違いない!


「シルクの女物パンツなんて駄目だ!絶対駄目だ!」

 過去の恐怖が蘇ってくる。


「どうしたんだ姫様、いきなり震え出して、心なしか顔色も悪くなってきたようだよ」


「怖いんだ」


「怖い?どうして?何が怖いんだい?」


「その最高級のシルクの女物パンツの所為で過去に半殺しの目にあったんだ」


「半殺しぃ、パンツが原因でそれと云うのはなんともまたとんだ災難だったねえ、それでどうしてそんな事に」


「はいはい~全く男っぽい女と姫様の会話は男らしくていけませんね~パンツパンツと、女性なら女性らしくパンティぐらいは言えないのでしょうか~」

 コリーンさんがそう言いながらさっきのガウンを肩に掛けて、椅子に座らせてくれた。


「有難うコリーンさん」


「いえいえお気になさらずに~続きをお願いします~」


「たしか3、4年前位だったかな、ある日、廊下の陰に洗濯物が2枚干してあったんだ。なんでこんな所に洗濯物が干してあるのか解らなくて、外に出し忘れているんだろうと思い、外の陽がよく当たる場所に干したんです」


「あら~やってしまったんですねえ~」


「何をやってしまったんだ?コリーン」


「その一言でジェシカはシルクを身に着けた事の無い人だと露見してしまいましたね~それでどうなったのですか~」


「はい、それで…」

/////////////////////////////////////////

★3~4年前:國枝家道場 PM5:00★


「んっ、んっ、んっ、ぷはー、まあこんくらいかな」

 修練前の柔軟を終えた俺は一息ついた。

「さて、それじゃあ何をやるかな」


「一輝さん、私と仕合()りませんか」


「えっと、父さんのお弟子さんの…」


「武田です、宜しいですか?」


「うん、いいよ、何使う?竹刀?木刀?真剣?は止められてるか」


「この間寸止め失敗されてますからねえ、私も怖いので、竹刀にしておきます」


「失敗としたと言われても、軽傷だよ。竹刀かあ、木刀にしない、竹刀は軽いよ」


「反省してませんね、一輝さんは熱くなると当てに来ますから、それで止められなくて真剣禁止になったんでしょう、竹刀でお願いします」


「仕方ないか、ん?」

 遠くから廊下を蹴りつけるように踏みしめる荒々しい足音が聞こえてくる。おいおい床を踏み抜く気か。


 大きな音を立て豪快に引き戸を左右に開けたその先には母が仁王立ちしていた。その双眸には怒りの炎が灯っている。何かは判らんが怒っている。

「これを外に干したのは誰だ!」

 道場が震えんばかりの大音声で怒鳴り声を上げる。右手には俺が外に干した洗濯物だ


「あ、俺が出したよ」

 俺は正直に答えた。


「ほう・・一輝・・お前かあ!」

 洗濯物を投げ捨て、俺目掛けて、母が突然突っ込んできた、しかし母が相手なら手加減は無用、と云うより手加減なぞしようものなら瞬殺される。


「何を怒ってるんだ母さん!」

 どうせ話なんて意味は無い、まずは相手をぶちのめす。話はそれからだ。

 飛び込んでくる母に突きを入れる、狙いは喉元。


「甘いっ」

 竹刀を受け流しながら掴む、げっ残った手で掌底を入れ、へし折りやがった。


「武田さん、木刀をくれ!」

 直ぐさま竹刀の柄を母へ投げつけ、後ろに転がって待避して木刀を要求する。


「一輝さん!」

 武田さんが木刀を投げて寄こす。すかさず捕らえ、木刀を脇に構えて僅かに腰を落とす、左手は添えずに肘を撓めて掌を上にして前へ伸ばす。母は徒手空拳だ。この方がいい。


「一輝、何故外に干した」

 珍しく母が話しかけてくる。一度攻撃を掛けてきたら、ぶちのめすまでは声を掛けてこないのに。


「洗濯物は陽当たりのいい所に干すものだろう?だから外に干した。何か悪い事でもしたのか、俺は」


「あれは、シルクだから、風通しのいい日陰に干す物なんだ、それをお前は日向に干して。あの朴念仁に何があったのかは解らんが、結婚記念日だからと私に寄こしてきた物を、お前が台無しにした」

 俺は衝撃を受けた。シルクの洗濯物を台無しにした事ではなく、あの剣一筋の父が結婚記念日だと、しかもプレゼントだと、その上下着だと、何をとち狂ったんだ。何があったんだ。


「故にその報いを受けるがいい!」

 しまった、余りに衝撃的な話しに動揺して反応が遅れた、間に合わない。

 母は姿勢を低くして俺の左手を掻い潜ると鳩尾に掌底を打ち込んだ。


どっ(ぐふっ)

 体がくの字になりそうになる、反撃をしなければ。

 半ば反射的に振り上げた木刀を持つ手の手首を押さえられ、開いた胸に肘が吸い込まれる。


めきっ(がっ)

 衝撃と供に肋骨から嫌な音を感じる。これは逝ったか。

 押さえられた手首を掴まれ、一本背負いで投げられた、板張りへ叩き付けられる。


ずどんっ(ぐああぁ)

 鋭い投げに受け身が取れない。背骨が悲鳴を上げる、目の前に火花が散って、意識が飛び掛ける。

 だが更なる追撃が俺を襲う。脇腹、太腿に蹴りが入り、腹にはストンピング。完全な暴走状態だ。弟子の人達が「(りつ)先生落ち着いて下さい!」「一輝さん、死にますよ!」等と言って諫めようとするが、近づく端からぽんぽんぶん投げられている。母は柔術と合気道を極めているから仕様が無い。

 母の怒号も聞こえる、「まだ使ってないのに」とか「とっておきにしようと思ったのに」とか言っている。肉を打ち骨が軋む音が響く中、朧気に俺は死ぬのかと思いながら、意識を失った。

 その後病院で目を覚ました俺は肋骨1本骨折、1本にヒビ。右大腿骨と左肩甲骨にヒビが入っていた。更に全身打撲、内蔵に損傷がなかったのは救いか、とりあえずは生きている事に安堵し、しばらくの間入院となった。

 後日、親戚の喜比古叔父さんから聞いた話では、父の友人の『結婚記念日を一度も祝った事が無いだあ、全くお前は剣の事しか考えないからなあ、そんなんじゃ女房に逃げられるぞ、いいアイデアがある、俺に任せておけ。なあに俺たちは友達じゃないか』との甘言に乗せられての事だったとか。

 父にしては珍しく『女房に逃げられる』の言葉に危機感でも持ったのだろうか、まさかねえ。

 母も結婚記念日のプレゼント、大喜びだったのかも知れない。両方とも朴念仁なのになあ。

 兎も角俺は学んだのだ、シルクの女性用下着は恐いと、下手に触れてはならないと、風通しのよい日陰に干さないと命の保証はないと。

/////////////////////////////////////////

「…と云う事があったんです」


「あら~これはまたぷっくくっなんと言ってよろうっくくっあはっあはは~」


「くっくっく、シルク女性下着恐怖症とはまたどうにも、あっはっはっはっは」


「そんな、笑わなくたっていいじゃないですか、死にかけたんですよ、恐怖心ぐらいありますよ」


「いや恐怖するのはシルクの女性下着ではなく、母上にでしょう、くっくっく」


「あはっ、それに~この御衣装は~姫様にここぞといった時に着て頂くためにご自分でご用意した御衣装なのですよ~」

 自分で?それはローズマリー自身がって事だよな、つまりは俺に着せるため?

 ああ、そうか、俺じゃあないんだ、もしかしたら同じ女の子の魂が入った時のために、多分に自分の好みが入った、とっておきを用意していたのかも知れない。そうだよな普通は男の魂が入るなんて思いもしないよな。

 ここぞといった時に着る服を確か勝負服と言うって聞いた事がある。パンツまで用意してるんだ、さしずめあのパンツは勝負パンツだな。


「自分では着なかったんですか」


「自分が着ると~折角用意した衣装が傷んでしまうからと仰って~」


「そうですか、姫さんの思いを無下にする訳にはいかないですね。俺、頑張って我慢しますから、服を着せて貰えますか」


「はい~その言葉をお待ちしておりましたよ~まずはガウンをはだけていただいて~これを履きましょうね~」


「う、は、はいっ」

 来たっ、ピンクのパンツ、小さく赤い水玉付き、リボンとぴらぴらが付いている。いやだっ、でも、我慢しなくちゃ、そうだ俺はこれと戦わなくちゃいけないんだ。ファイト俺。

 ゆっくりと右足を上げてパンツに通す。ううっ、左足を上げてパンツに通す、すうっとパンツを引き上げる。ぴちっとしてるな、肌触りは悪くはない、がトランクスや昼間のカボチャパンツのようにゆとりがない。競泳用の海パンでも履いているような気分だ、頼りないな。収まりの悪いものがない分マシか。


「はいはい~パンティを履いたらお尻の形にちゃんと合わせましょうね~こうですよ~次は万歳をして下さい~」

 なんかパンツの位置を調整され、言われた通り両手を挙げる。上から服を被せられた、袖を通すと服の装着完了。この辺は楽だな。うわーピンクだ、リボンだ、フリルだ、スカートが広がっている、下は向かないようにしよう、精神衛生的によくない。肩から袖はゆとりがあるが、胸回りや胴回りは比較的ぴっちりしているな。


「次は背中のボタンを留めます~出来ますか~」

 それぐらいは簡単だろ……手が回らない、この体は硬いんだった。


「手が回りません、すいませんお願いします」


「はいはい~次は靴下を履いて、お靴を履きましょうね~」

 靴下は白だと思ったら足首部分にもピンクの帯が、靴も当然ピンクだ、げっ靴にもリボンが。


「首の所にも巻きましょうね~」

 首にピンクの首輪を巻かれた、俺は犬じゃないぞ。


「もう一度軽く髪を梳いて置きますね~お耳を出すためにちょっと髪も留めておきましょうか~」

 耳の斜め上辺りの髪を纏めて紐で結んでくれた、両方共だ。今思ったがコリーンさん楽しそうだな。


「ちょっとだけお肌の色を整えましょうね~」

 顔に訳判らん粉を叩かれた。ほんのり甘い香りがする。


「はい姫様の出来上がりです~鏡でご自分のお姿をお確かめ下さいな~」

 立ち上がって鏡に映す。うわ、ピンクだ。


「どうですか~ご感想は~」


「そうだね、鏡に映る姿は大変可愛いんじゃないか、服も似合っていると思うよ」

 朝も見たが姿形は大変に良い。だがなあ。


「なにか人ごとのような話し方ですね~」


「人ごとだよ今は、たとえばコリーンさんが明日の朝起きて鏡を見て、鏡にゴルディア隊長に姿が映っていたら、それが自分の体だと思えますか?」


「そう言われると~思えないかも知れませんね~」


「手で触れて、自分の体が変わっていると判っても、鏡に映る姿は昨日まで見てきた自分の姿じゃない、これに慣れるには時間が掛かるよ」


「きゃあああ、ローズマリー、可愛いわよおぉぉ」

 うわぁ、お姉ちゃんが飛びついてくる。


「フローラル姫様~折角整えた御衣装が乱れてしまいますよ~」

 抱きつかれる手前でコリーンさん達が押さえてくれる、ふうっ助かった。


挿絵(By みてみん)

イラスト:ローズマリー・フィリアリア・ラーブフェルト



ローズマリーのイラストはキャップ氏が描いてくれました

http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=36298431


一応初の戦闘シーンです。ご意見をお待ちしています。

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