第12話 お風呂上がりに
「姫様~マユリが動きませんけど~どうしましょうか~」
俺の手を握った姿勢のまま放って置かれていたマユリ、皆怒り心頭でお湯に浸かっている間もマユリの事は一言も口にはしなかった。お姉ちゃんだけは機嫌良く鼻歌交じりでお湯に浸かっていたけどね。
でも何時まであの姿勢で居られるんだろう、魔法も何時まで掛かったままなのだろう。とりあえず立たせよう。
「マユリ、起立、気を付け」
命令通りにマユリは立ち上がって直立した、表情が無い。魔法が解けた瞬間にいきなり襲ってきたりしたらと考えると、ある意味マネキンよりも怖い。さてどうしよう。
「命令した通りには行動するけど、命令しない内は何一つしないみたいですね、どうしましょうかね」
「姫様に逐一命令して頂くわけにも参りませんしね~命令権の譲渡とかは出来ないものでしょうかね~」
「とりあえずやってみましょうか、ネムさん、マシロさん、引き受けて貰えますか?」
「勿論お引き受け致します姫様、同僚のしでかした不始末ですから」
全く、後でちゃんと皆に謝って欲しいね。
さて、命令だけど、
「マユリ、今後はネムさん又はマシロさんの指示に従いなさい」
こんな所でどうかな。
「ネムさん、お願いします」
ネムさんは頷き。
「マユリ、外に出るわよ付いて来なさい」
ネムさんが指示を出して大浴場から出て行こうとすると、マユリもその後を付いて行った。うまくいったみたいだね。
「姫様~何故命令では無くて、指示にしたのですか~」
「確か本で読んだ事があったと思う、こう云った類いの術を使う奴は狡い奴で、大抵自分は安全な所にいて現地でエージェントに指示をさせて、自爆とか破壊工作とかをさせたりするものだから、指示に従えと指定してみたんだ、これなら命令じゃないし、多分命令権は魔法を使った俺だけに有るんじゃないかとも思ったしね。」
「そうですか~所でエージェントってなんですか~」
「代理人って意味ですよ」
コリーンさんには時々通じない単語があるんだよな、ストレッチといい、何でだろうね。
そんな様な事を話しながら俺たちも大浴場を後にした。
簀の子のある部屋に入ると、コリーンさん達が髪と体を拭いてくれる、自分でやると言ったら、止められた。長い髪は乱暴に扱うと傷んでしまうからと云うのが理由だそうで、丁寧に髪をタオルで挟み挟み水気を抜いて行く。扱いが面倒だからやっぱり長い髪は邪魔だなあ。あ、そうだ、
「アイリーンさん、魔法が解けるまでの間マシロさん達を手伝ってあげてくれませんか、どちらかはマユリの世話に手間が掛かるでしょうし、残る1人ではお姉ちゃんの世話も大変だろうから」
「畏まりました、姫様」
「申し訳御座いませんローズマリー姫様、お気遣い頂きまして有難う御座います」
「気にしないで下さい」
「姫様、腋を拭くから両腕を広げてくれるかな」
言われた通り広げた両腕の腋の下をジェシカさんが拭いてくれる、其れを見ていてふと気になった。
「ジェシカさん、服を着る前にジェシカさんの筋肉を触らせて貰えませんか」
「へ?僕の筋肉をかい、何か恥ずかしいな、でもどうしてかな?」
「それは~ジェシカの胸は触っても面白くないからですよ~姫様は褒めることの出来ない胸の代わりに~筋肉を褒めてあげようと云うお優しいお心遣いなのですよ~」
「うぐぐぐっ、コリーン、君は返す返すも失礼なことを」
どうしてコリーンさんはジェシカさんを挑発するんだろうね。
「姫様は~私の用に大きくて美しいお胸になるように努力を致しましょうね~」
態々目の前に回り込んでまで胸を揺らさないで欲しい。
「いりません、そんなの、ぺいっ」
びたんっと小気味いい音がした。
「ぶった~私の胸を~誰にもぶたれたことがないのに~」
普通、人の胸をぶつことはないと思うけど。あ、俺か。
「あははは、コリーンご自慢の胸も嫌われたものだね、それにコリーンよりもミランダ様の方が大きいと思うけどな、でもミランダ様は未だに大物を釣り上げられたご様子が見受けられないけど、これはどうしたことだろうねコリーン」
この2人の確執はもしかしたら根深いのかもしれない。
「あ~今度ミランダ様に言い付けてやるから~」
「悪かった、悪かったよ。だからそれはやめてくれないか、あ、姫様、足を開いて下さい」
言われるままに足を開くとジェシカさんがさっと手を入れてくる。
「いいです、いいです。そこは自分で…」
「まだ躊躇いがあるだろう、お仕事だから任せて欲しいな」
うん、実はまだちょっと躊躇っちゃうんだ。
ジェシカさんの笑顔から覗かせる白い歯が輝きを放っているように見える。やっぱり男役だね。
水気も拭った所で脱衣室へと戻った。
脱衣室へ戻るとふわっふわのガウンの様な物を着せられて背もたれの無い椅子に座らされた。目の前には木製の美しい模様が彫り込まれた机?いや化粧台かな、大きな丸い鏡も在るし、鏡の縁も木製で同じ様な模様が彫り込まれている。
「『暖かい空気LV1』」
コリーンさんが発動キーを唱える。暖かい風が髪に当たる、ああこの魔法は頭の中にある。こう云う風に使うんだ、これはドライヤーだね。機械文明の代用か、いや気にするのはよそう、そう云うものなんだし。
「コリーンさん、レベル指定はどう云う意味ですか」
「レベルに応じて温度が上がります~ですが姫様はお使いにならないで下さいね~もしかするとレベル1でも温度が高すぎて~相手を焼き殺してしまうかも知れませんから~」
「はーい、判りましたよ」
ちぇっ、大体使える魔法なんて全然無いじゃないか。いくらとんでもない魔力があるともて囃したって使える事が出来なければ意味は無い。
「そういえば『暖かい水[ウォームウォーター]』も在りますよね、あれも同じ使い方ですか」
「同じですね~レベル指定も同じです~」
「それじゃあ大浴場のお湯はその魔法で?」
「違いますよ~浴場は他にもありますし~時間が経つと温くなってしまいますから~魔法で二つの入れ物に水を満たして、片方を熱湯に変えてと水を合わせて流すのです~」
「はあ、それにしても随分な無駄使いですね、たったこの人数で、このお湯の使い方と云うのは」
「無駄ではありません~これも国民に仕事を与えるために必要な事なのです~」
なるほどねえ、魔法で出せるから日本と違って此処では水は資源として見なされてないのか、あとは公共事業の一環か?
そうだよな、お姉ちゃんの所に3人、俺の所に3人、ミランダさんの所に1人、皆お仕事だもんな。感謝はするけど、悪い悪いと思ってばっかりなのも失礼だよな。
「まあ、それはそれとして皆さんも、何か着て下さいよ、湯冷めしちゃいますよ」
「ローズマリーがそう言うんだから、皆そうしなさい」
全員から(マユリ除く)了承の返事が帰ってくる。
「ねえ、お姉ちゃん、普段はどうしているの」
「別にどうもしてないわよ、全て任せているもの」
あーお姫様だ、ふんぞり返っている訳では無いんだろうけど、やっぱりお姫様なんだ。
「駄目だよ、お姉ちゃん、きちんと感謝と気配りをしないと」
「どうして?」
「きちんと感謝と気配りをしておくとね、困った時に思いも掛けない所から助けが現れたりする物なんだよ。それともお姉ちゃんはそう云うの嫌い?」
「ううん、そんな事全然ない、ローズマリーがそう言うのだからこれから気に掛ける様にするわ、やっぱりローズマリーは物知りね」
別に物知りなのでは無いのだけれど、お姉ちゃんの中ではローズマリーってどんな見方をされていたのだろうか。
「俺じゃないよ、俺の祖父が言ってたんだ」
「んーと、向こうの?」
そう言って上を指さすお姉ちゃん。俺は首肯く。御免な爺ちゃん死人みたいな扱いをして、死んだのは俺の方だってのに、ローズマリーの祖父の場合、此処のと言って下を指さすんだろうなあ。
その間に皆、俺と同じ様なガウンを着込んでいた。
「ジェシカさんは後で筋肉触らせてね」
「え、やっぱり触りたいんですか」
「駄目なの?」
「う、また今度と云う事では駄目ですか」
逃げたね、でも逃がさないから俺。
「じゃあ今度ね、絶対、約束だよ」
「姫様~入浴前はあんなに恥ずかしがっていましたのに~今は随分と落ち着いていらっしゃいますね~」
「ん?そうだね、1騒動起きた事だし、慣れちゃったのかな」
「私のをお見せ致しますので~ご確認なさいますか~」
「さっきみたいに、ぺいってしてもいいならどうぞ」
「もう胸をぶたれるのは御免です~あ、姫様の髪ももう乾いたようですね~」
「だったらコリーンさん達も髪を乾かして下さい。俺はその間にちょっとマユリに用がありますから」
「そうですか~ではお言葉に甘えまして~」
コリーンさん達が髪を乾かし始めたのを見て、マユリの所に行く。興味が有るのかドライヤー魔法を使いながら付いてきた。鏡越しにも見たが、翳した手から温風が出て髪を靡かせている、シュールな絵だ。
「ネムさん、ちょっとマユリに命令したいんだけど、いいかな」
「はい姫様、如何様にもなさって下さい」
怒りが滲み出ている台詞だね。
「マユリ、君の知っている全ての魔法の魔法陣を順に床に描くんだ。俺が手を挙げたら、魔法陣を消して次の魔法陣を描くんだ。始め!」
少なくとも俺の頭の中には無くて質の良くない魔法を2つ知っていたんだ、他にもあるかも知れない。調べて置くなら今の内だ。
命令に従いマユリは床に魔法陣を描いて行く。解っている魔法陣が次々と列挙されて行く、そのうちさっき覚えた魔法陣が二つ描かれた。その後は知らない魔法陣が描かれて行く。
だが解る!描かれた魔法陣を見た瞬間に頭の中に転写、詠唱呪文が浮かび上がり、其れを読むと発動キーが同様に浮かび上がる、大浴場で起きた事と同じ事が起きた。
結果判った魔法は以下の通り。
操り人形[マリオネット]
悪魔の囁き[セデュース]
忘却[オブリビオン]
真実の告白[コンフェッション]
記憶改竄[ストレージアルター]
記憶消去[ストレージイレーズ]
傀儡兵士[ドールソルジャー]
忠実なる僕[オビディエントサーヴァント]
発情[セクシャルドライブ]
性衝動[リビドー]
誘惑[チャーム]
最初の2つはさっき大浴場で覚えた。
最後の3つからは邪悪な匂いがぷんぷんしてくる。マユリはろくでもない魔法を随分持ってるみたいだな、こんなのを野放しにしちゃ駄目だろう。
あっ、お姉ちゃんは?どれかの魔法を掛けられたりはしてないだろうな。もし魔法を使ってたりしたら、魔法の能書きを白状させた後、対個人用と思われる全部の魔法をたたき込んでやる、それで廃人になったとしても知るものか。
多分『真実の告白[コンフェッション]』が使えそうな気はする、マユリになら人体実験もやむなし。
全ての魔法陣を見終わったあと、コリーンさんに元の椅子に座るように言われて、今は髪を梳いてもらっている。
「姫様~先程左目が輝きを放たれていましたけど~お体に何かありましたか~」
「え?左目が光ってた?」
鏡を見るが、別に金色の左目はどうも成っていない。
全然判らなかったな、大体自分の目が光る事自体が想像できない。それに片目だけとはいえ、目が光っていて物が見える物なのか?
「はい~知らない魔法陣が出てきた辺りからですけれど~何かなさっていたのですか~それに何故マユリに使える魔法の魔法陣だけを全部描かせたのですか~マユリが私の知らない魔法を持っているのも驚きです~」
コリーンさんが知らない魔法を覚えたなんて言わない方が良いかもしれない。
「い、いやっ、別にっ」
「怪しいですね~なぜ目を逸らすのですか~そういえば姫様がマユリに掛けた魔法は~私達がマユリに掛けられた魔法と同じ様に思えるのでが~」
そ、そうだよな同じ魔法だからな。
「きっ、気のせいですっ」
「それではマユリに掛けた魔法名を教えて下さい~」
ううっ、コリーンさん追求がきついです。仕方ない。
「『操り人形[マリオネット]』ですぅ」
「それは~姫様がお持ちの魔導書には書かれていません~何処で覚えたのですか~」
「さ、さあ、何処でででしょね」
「フローラル姫様~ローズマリー姫様に答えて頂けません~ローズマリー姫様は困ったちゃんに成られてしまいました~ここはどうか姉姫としてのお言葉を~」
狡いよコリーンさん。お姉ちゃんを使ってくるとは思わなかった。
「こらっローズマリー、駄目じゃ無いコリーンを困らせちゃ、ちゃんと正直に答えないとお姉ちゃん怒っちゃうからね」
ああ~脱力感が~。早速気配りを実践してくれている様で嬉しいんだけど、出来れば俺の方に気配りをして欲しかった~。
お姉ちゃんには勝てません、下手な事を言って泣かれると困るし。
仕方なしに『操り人形[マリオネット]』を覚えた経緯とマユリに魔法を掛けた経緯を説明した。『悪魔の囁き[セデュース]』を覚えた事は黙っていた、だって使ってないもん。
「それで、その魔法を使ったのですか~随分な賭けをなさいましたね~」
「あの時は、他に考えられなかったんだよ、動けなかったし、魔法は止められていたけど、マユリはジェシカさんに接触して魔法を使っていたから、行けると思ったんだけど……、拙かったかな」
「そうですか~所で気になったのですが~姫様はどうすれば魔法が使えるようになるのか~ご存じですか~」
なんで急にそんな事を。どうすればもなにも、だれでも使えるんじゃないのか。
「魔導書に書いてある魔法陣を描いて、呪文詠唱をして、発動キーも唱える、じゃないの」
「姫様は~魔導書自体をお読みになられてはいませんよね~」
「うん、頭には有るけど、実際にはまだ、それに読めるかどうかも」
「そうですか~判りました~では後はミランダ様がいる時に致しましょう~」
なに?なに?俺なんか変な事言った?
「それよりも~もうこんな時間ですね~早く支度をしませんと~」
コリーンさんが見ている方を見ると、18:27:35、6時27分?パタパタ時計?魔法は科学技術の代わりじゃなかったのか?
「コリーンさん時計があるっ、なんで?どうして?」
「時計があるのが変ですか~あの時計は魔水晶で動いているのですよ~」
魔水晶?もしかして水晶発振式ですか?
「魔水晶は~魔力を込めると1秒ごとに特定方向へ振動する水晶なのです~それを利用して時計にしているのです~」
かくっときた、随分と大雑把な時計だな、それでも太陽を見上げるよりかは全然ましか、分単位で判れば十分なんだろう。
「さあさあ~お時間がありませんよ~今夜は来客がいらっしゃいますので~陛下と妃殿下が来客の方と晩餐を御一緒致します~姫様方お二人にも御一緒して頂きます~」
「おおお俺も!?だって俺は――」
「陛下の御指示なので~心配は全然ありませんよ~御衣装を合わせましょうね~さあさあ時間がありませんよ~」
そう言って俺の着ているガウンをはぎ取った。ふと鏡を見ると金の左目、紅の右目、この左目が光った?大体、この目の色はどう見ても変だろう。髪の色も紫銀と言えばいいのか銀紫と言えばいいのか、そんな色だし。
そんな事を考えていたら、目の前に。
「はい姫様~まずはこれから履きましょうね~」
俺はダッシュで逃げた。
今回は冗談NGを作ってみました。
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「いりません、そんなの、もみっ、もみっ」
むにゅむにょんっと、とても柔らかい感触を感じた。俺に?これが?・・・あっても良いのかもしれない、えへっ。
「揉んだ~私の胸を~しかも両方も~彼にも揉まれた事がないのに~」
「きっとその彼は胸の大きな女が嫌いなのさ、へんっ」(byジェシカ)
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