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第二話-4

「お?おあ、うをう?」

「あー、先輩、泣かしたー」

「え?え?わ、私が泣かしたの?原因はあの眼鏡エルじゃないの?」

「先輩が泣かしたー」

「後輩共、あんまり調子に乗ると泣かすよ?」

「はい、すいません」

 焦っているかすみが珍しかったので、つい神楽と本気は調子に乗ってしまった。

「ご、ごめんなさい。でも、私はただ呼ばれただけで、マスターのお役に立てないんです」

「ごめんね、私が変な事聞いたからね。落ち着いて」

 かすみが優しく抱きしめると、淫子はかすみの胸に顔を埋めて泣き出す。

「せ、先輩、空気が凄く重いです」

「私もまさかこんな事になるとは思ってなかったから」

 自分自身は他者の予想を裏切る行動が大好きなのに、かすみは自分の予想から外れた行動には弱いらしい。

 淫子は何とか言葉を出そうとするが、まったく言葉が出ず、ただ嗚咽するだけである。

「先輩、とんでもない地雷踏んだみたいですね」

「いや、まさかアレな質問がこんな事になるなんて、夢にも思わなかったから」

「先輩、貴重な体験してますね。私、フィクション以外でこんな光景初めて見ました」

 基本的に他人を困らせるかすみが、まさか困らせられるとは思っていなかったと言う事と、胸を借りて大泣きされるという一大イベントもかすみの想定を遥かに超えていた。

 もちろん本気や神楽も口を挟む事は出来ても、何かしら有効な手立てがあるわけではないので、状況を見守る事しか出来ない。

「淫魔にとっては大きな問題であったようだな。召喚された淫魔にとって、求められないという事は存在を否定されるようなモノであろう」

 地雷の種を撒いたデメキンは、冷静に分析している。

「金魚の言う通りでしょうけど、先生の願いがソレじゃなかったって事でしょう?インコちゃんを否定している訳じゃないと思いますよ、俺は。先生の性格的にも」

 奇行の目立つ人物ではあるが、基本的には女性には優しい性格である。淫子がここまで大泣きしなければならない様な事を好んで行うとは思えない。

「いやー、あいつ、魔法使いになるくらいだから女心わかってないのよ」

「俺にもわからないし、先輩にも分かっている様に思えないんですが」

「待て待て、私も女だし!」

「いや、先輩に女心の機微とかその類が身についているとはまったく思えません。まあ竹取さんも込みですが」

「はーい、私にもわかりませんが何か?」

「あんた達、凄いよね」

「全然そんな事無いですよ。俺が本人に向かって言えると言っても、先輩と竹取さんしかいないですからね」

 何しろこの二人と来たら、直接言わない限り自分達の都合の良い方に話をとことん捻じ曲げてしまう。そうなると話が本気にとって不利なモノになってしまうので、気付くと本人に向かってキツいツッコミが出来るようになっていた。

「ご、ごめんなさい、先輩。制服汚しちゃって」

 ようやく落ち着いたようで、淫子が自分の制服の袖で顔をグシグシと拭いながら、震える声でなんとか言葉を搾り出す。

「全然オッケーよ?インコちゃんになら大歓迎。制服なんか洗えばサラッとキレイになるし、それよりインコちゃんの方が大丈夫なの?あの眼鏡からヒドい事言われたりしてるんでしょ?」

「先輩、それも無いって言ってたの、聞いてました?」

「本気くん、ある意味ではそれもヒドい事されてるウチに入らない?」

「厳しいですね。先生なりに気を遣っているんだとは思うんですけど」

 本気は苦笑いしながら言う。

「インコちゃん、私はインコちゃんの味方だから、何でも相談してね。あの眼鏡がインコちゃんを泣かすなら、私が三十倍にして返してあげるから」

「三十倍ってどう考えてもやり過ぎですよ」

 そんなになったら死ぬだろ?

 かすみの容赦の無い言葉だが、彼女なら本当に実行してしまうのでシャレにならない。

「でも、私、マスターのお役に立てないですから」

「役に立たない?でも、本当にそう言われた訳じゃないでしょ?多分あの眼鏡は別の目的があって、インコちゃんにエロい事を求めてないんでしょうね」

「先輩にしては常識的ですね」

「でも、三十歳の魔法使いがサキュバスを呼んだのよね。ゲッヘッヘ的な目的以上に優先される目的ってなんだろう?」

「それは先生本人にしかわからないでしょうね。インコちゃんは何か聞いてない?」

 本気が尋ねると、淫子はなんとかして気を落ち着けようとひたすらグシグシと顔を拭っている。

「乱暴にしたら、顔が赤くなっちゃうわよ。ほら、ちょっと動かないで」

 かすみがハンカチを取り出して、優しく淫子の顔を拭いてやる。

 ここだけ見れば、凄く貴重な絵だな。写メっとくか?

 何しろ外見だけで言えば超絶美形なお姉さまのかすみが、下級生属性の塊の様な淫子と顔を近づけ合っているのである。さらに言うなら先程まで号泣していた淫子の目は潤み、二人の美少女が見つめ合っている様に見える。

「ん?どうしたの、本気くん?」

「先輩、改めて思いましたけど、喋ってない時の先輩は凄い美人ですね」

「それだと喋ってる時はダメって事?」

「そうですね。喋るとダメダメです」

「先輩、私も先輩は喋るとダメダメだと思います」

「そうかなあ?私の魅力はトーク力にあると思うんだけど」

 そんなもん無いから。

 これは本気や神楽だけではなく、かすみに関わったことのある人物なら全員がそう思っていることだろう。

「インコちゃん、先生は何か言ってなかった?なんかこう、召喚した理由とか、そのヒントとか」

「いえ、何も。私は召喚された際に、どんな命令にでも従う心の準備はしていたのですが、マスターからは『そんな事より、高校生活を楽しんでくれ』と言われて」

「なんじゃそりゃ」

 かすみが呆れて言うが、これには本気も首を傾げた。

 この際、淫子は本当に悪魔だと仮定して、悪魔召喚に成功した魔法使いが望んだ事が召喚した悪魔に高校生活を楽しんでもらう事?まったく意味が分からない。

「私も確認したんですが、マスターは笑顔でそう言われただけで、それ以上私には何も期待されていないみたいで」

 と言うと、淫子の大きな目にまた涙が浮かぶ。

「本気くん、どう思う?」

 かすみが淫子の頭を撫でてやりながら、本気に尋ねる。

「正直に言うと、まったくもって何が何だか見当もつきません。でも、インコちゃんに何も期待していないとかじゃなくて、先生は本当に淫子ちゃんに高校生活を楽しんでもらいたいと思ってるでしょうね」

「私もそう思う。多分、あの眼鏡の中でソレは最優先事項なのよ。ただ、私達のイメージよりさらにイっちゃってるから、私達にはそれが理解できないだけで。ねえ、竹取さん」

「私にはまったくわかりません。バーちゃんは何か分かる?」

「否。それは召喚士と召喚獣の契約である。推測する事も能わぬ」

 神楽と金魚では話にならない事はわかった。

 かすみが言うのとはちょっと違うが、本気が考えていた事も似たような事であった。

 この魅力的な少女に対して、矢追の最優先事項は『高校生活を楽しんでもらう事』であって、それ以外の事は望む必要も無いほどに重要なのだろう。

 もっとも可能性の話をすれば淫子は召喚された悪魔でもなんでもなく、単なるピンク髪の一般人であるため、サキュバスとしての期待をかけられないという事も考えられる。が、物的証拠は無いので否定できないとはいえ、状況証拠で考えるとすでにそう言う話では無くなっている。

「という事はよ?インコちゃんが、眼鏡エルが羨ましがるくらいに高校生活を満喫すれば、それは即ちマスターの期待に最大限応えてるって事にならない?」

「先輩、後輩の面倒って見れたんですね」

 先に驚いたのは神楽だったが、本気もまったく同じ事を考えていた。

「失礼な奴だな。竹取さんも同じくらい面倒見たつもりよ?」

「明らかにベクトルが違いますよね?」

「それはほら、髪の色の差ってヤツ?」

 そこに差をつけるなよ。

 髪の色の差はともかく、今のところかすみの言う通り、矢追の目的は淫子に高校生活を楽しんでもらう事だと思われる。まったく目的は見えてこないのだが、今の情報ではその結論に行き着く。

 自分に自信を持てない淫子はそう言われても戸惑っているが、当事者である淫子が分かっていないのでは、このメンバーがこれ以上考えても答えには到達しようがない。

「でも手を打たないとね。インコちゃんに何かあったらあの眼鏡叩き割ってやる」

「先輩、俺が思うに先生は関係無いのでは?」

「あるわよ。私のインコちゃんを大事にしないなんて、許される事じゃないからね」

「でも、先生の眼鏡割るとかやったら、インコちゃんのマスターに危害を与える事になるから、先輩はインコちゃんの敵になるんじゃないんですか?」

「なるほど、そうも考えられるかな。その辺どうなの、インコちゃん?」

 かすみと本気の会話を振られて、インコは驚いている。

「え?あの、本当にマスターに危害を加えるつもりでしたら、私はマスターを守らないといけないんですけど、本当に危害を?」

「そんなわけないでしょ!」

 満面の笑みを浮かべて、かすみが淫子に抱きつく。

「ひいっ」

 淫子は身を硬くして悲鳴を上げる。

「先輩、イジメちゃダメですよ」

「イジメてないでしょ?スキンシップじゃないの」

「セクハラでしょう?」

 本気が呆れて言うと、かすみは淫子に抱きついたままニヤリと笑う。

「インコちゃん、私、良い事思いついたんだけど?」

「絶対良い事じゃないから、聞かないでいいよ」

「インコちゃんは眼鏡から『求められない』事で自信を失ってるのよね?」

「あ、いえ、必ずしもそういう訳では」

 抱きつかれたまま淫子は戸惑っている。

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