第二話-3
「擬態って、そういう事か。確かに完璧に近いかも」
本気はデメキンを見ながら言う。
「我とて知能はある。ヌシ等と比べても上回る事はあれど劣る事など無いであろう」
誇らしげにデメキンは言う。
そんなデメキンの擬態とは、デメキンは中に浮き、そのデメキンから垂れている紐を神楽が持っている。
つまり、大きなデメキンの風船に化けているというわけだ。
デメキンのデザインが妙に丸い事も踏まえて、本当に本物の風船に見える。
「バーちゃん、可愛い上に頭良いんだね」
感心したように神楽が言う。
客観的に見て可愛くはないし、必ずしも頭の良い擬態とも思えないが、何の擬態もせずに宙を浮いて喋るデメキンよりは無害で目立たないと言える。
まあ、サッカーボール程の大きさのデメキンの風船を持って帰る女子高生は目立ちはするが、真実から比べると不自然さも大した事は無い。
「こうやって見ると、ちょっと良いわね。私も欲しいかな」
かすみが風船に化けているデメキンのバハムートを見ながら言う。
「それじゃ先輩はリヴァイアサンですか?」
「バハムートが原点寄りで出てきたって事を考えると、リヴァイアサンなんか呼び出そうモノなら大変なモノが出てきそうだけど」
「え?リヴァイアサンって水龍じゃないんですか?ほら、デザイン的にはゴージャスな青い蛇っぽい感じの」
「竹取さんって、北欧神話の主神が漢字の名前の剣を持って敵を一刀両断にすると思ってたりするの?ちょっとググればすぐわかるわよ?」
「その主神が剣じゃなくて超有名な槍を持ってる事くらい知ってます。でも、私のバーちゃんはドラゴンですよ」
「金魚でしょ」
「ドラゴンです。先輩、ガチャピンといいバーちゃんといい、真実を認めて下さい」
「その言葉はそっくりそのまま返すわよ」
二人の独特過ぎるガールズトークを展開しているが、ガチャピンとバハムートに関してだけを言えば、本気もかすみを全面的に指示するところだ。
「インコちゃん、元気無いね」
「いえ、私はこんな感じだと思うんですけど」
落ち込んでいるのかかすみを引き剥がそうとして疲れきっているのかはわからないが、淫子はいつもの感じというものではない。
淫子と知り合ってからまだ二十四時間くらいしか経っていないので詳しく知っているわけではないが、オドオドして周囲を気にしているのが彼女のイメージであり、自分の中に入り込んで考え込んでいるのは本来の彼女のイメージでは無さそうである。
「ところで先輩、先輩の家ってこっちじゃないですよね?」
「私も仲間に入れてよ、寂しいでしょ」
「先輩、卒業しましょうよ。大学で本格的にUMA研究に打ち込んだらどうですか?結構色んなモノが見つかって楽しいと思いますよ」
「コレよりも?」
かすみがデメキンを指差す。
「あ、いや、ソレは別の方向で」
「じゃ、大学より高校の部活の方が研究出来るって事じゃないの?」
召喚された悪魔が淫子だけだったらまだ色々と言い様があったのだが、あのデメキンが出てきた以上、世界でもトップクラスのUMAと同格の奇妙極まる存在が出てきてしまっては手が打てない。
「何だ、アレ」
かすみが最初に気付いてそう言ったが、おそらくかすみ以外の人物が見つけたとしても同じ事を言っただろう。
「フフフ、ついに見つけたんだからね」
そう言って笑うのは不審人物は女性だった。
白いコートの様な服と、同色のマント。金色の髪には似合ってはいるが、それはイベント会場などで見かければ言える事で、日常の生活においては似合っていても違和感の方が遥かに強い。
インコちゃんとは真逆だな。インコちゃんは不自然極まる存在なのに妙に自然に見えるけど、こいつは不自然極まる存在でそのまま違和感が消えてない。
そんなコスプレ女が、道の真ん中に立っていた。
「先輩の知り合いですか?」
「私の知り合いだったら、ついに見つけたとか言わないと思うけど?」
「バーちゃんの前の主?」
「否。我を呼んだ召喚士は姿を隠している。あのように目立つ姿で我等の前に現れるなど有り得ぬであろう」
本気は淫子の方を見るが、淫子も困った様な表情で首を振る。
どうやら誰の知り合いでも無いようだ。
「フフフ、私に恐れをなしてもいいんだからね」
「アレ?日本語喋ってる?」
かすみがコスプレ女を見て首を傾げる。
「ちょっと間違った日本語ですけど、言葉が堪能だから日本に来てるんでしょう。先輩の知り合いでしょう?」
「知らないって言ってんでしょう?見た感じでは私よりインコちゃんとかデメキンのお客さんらしいけどね」
「それもそうですね」
と、言う事はアレはかすみの客では無いらしい。
宣言といい、あの見た目といい、確かにかすみの奇妙な知り合いが突然現れたというよりは、デメキンや淫子を探しているのだろう。
意外と若いな。
金髪碧眼の女で奇抜すぎる服装と不審過ぎる挙動のため実年齢は分かりにくいが、おそらくかすみや本気達と大して変わらないくらいの少女のようだ。
「恐れをなすって言われてもなあ」
コスプレした金髪の少女が帰り道に待ち構えていて、不敵に笑いながら待ち構えていたら、確かにある意味では恐れをなしても不思議ではない。
「聞いていいかしら、悪魔祓いさん」
かすみが尋ねると、金髪女は目を見開いて驚く。
「な、何故それを!まさか、お前も魔法使いの組織の一員か!だったら容赦しないんだからね!」
いや、見た目と登場のセリフで判断できそうなコスプレだけど。
本気はそう思ったのだが、相手の反応に気を良くしたのか、かすみはニヤリとサディスティックな笑顔を浮かべる。
「さあ、それはどうかしら?ただ、悪魔祓いだとしたら、ちょっと詳しい話を聞かせてもらいたいだけよ」
「は、話す事など何もないんだからね!今日はその姿を見に来ただけなんだからね!」
そう言うと、金髪女は走って逃げ出す。
「先輩、追いますか?」
「ん?放っておいてもいいんじゃない?頭悪そうだし」
本気とかすみが見送っていると、金髪女は足を止めて振り返っている。
「案外、追いかけてきて欲しいんじゃないんですかね?」
「ちょっと試してみましょうか」
かすみが二、三度軽くジャンプすると、飛び出す様に走り出す。
それを見た金髪女はこちらの予想以上に驚いた表情になり、今度は振り返りもせずに全力疾走で逃げ出した。
が、金髪女の足が遅く、追うかすみの足が驚異的な速さと言う事もあり、捕まえる気なら簡単に出来ただろうが、かすみはすぐに戻ってくる。
「けっきょく何だったんですか、アレ」
「んー、言葉からアレが噂の悪魔祓いみたいだったけど、どうなんだろう?」
「一応先生に連絡してみますか?」
「別に良いんじゃない?そんなに害は無さそうだし」
「どうなの、バーちゃん?」
「わからぬ。確かに見た目や行動だけを見ると無害にも見えるのだが、それで悪魔祓いを語る事など出来ぬ」
デメキンは存在の割に言っている事は常識的な意見である。
「おそらくあの悪魔祓いは、我ではなく淫魔の方を狙ってきていたのであろう。だが淫魔、ヌシはフォックスとやらに何を望まれて召喚されたのだ?」
デメキンが淫子に言うと、淫子は目を丸くして驚いている。
「え?何を望まれて、と言われても」
「ちょっと待て、デメキン。アイツ、インコちゃんに何かするつもりなの?私のインコちゃんに害を及ぼそうものなら、今後の人生で二度と安眠出来ないような、それはそれは大変な事をしてやるわよ。うへへへへへ」
「何か楽しそうですね。具体的には何をするつもりなんですか?」
ちょっと引き気味に神楽がかすみに尋ねる。
「十八歳未満には聞かせられない様な内容も含まれてるから、竹取さんには具体的に答えられないわ」
「でも、デメキンが言った通り魔法で呼び出された悪魔がインコちゃんだとしたら、眼鏡エルは何のつもりでそんなモノ呼び出したのかな?」
「そりゃあ」
魔法使いの条件を考えると、何のためにサキュバスを呼び出したのかなど考えるまでもないような事だと本気は思ったが、どうも矢追の言動や淫子の性格などから下世話な感じでは無い様な気はする。
あんなムッチリムチムチなサキュバスを召喚したのであれば、それこそ十八歳未満には具体的に何をしているか教えられない様な事になっていそうなものだが、召喚したマスターである矢追は普通に別行動している。ましてサキュバスであるはずの淫子は、自分から誘惑してくるようなタイプでもない。
そもそも、かすみが独自のルートで調べたと言う証言以外で淫子がサキュバスであるという証明にはならないし、デメキンが何をどう言おうと淫子が正真正銘のサキュバスという物的証拠になどならないのだが。
「先生に直接聞きますか?」
「はぐらかされるだけよ。あいつ、あんな感じだけど、めちゃくちゃ頭良いからね」
かすみはそんな事を言う。
去年まで生徒だった人物が教師に対して随分と上から目線ではあるが、それでもかすみなりに矢追を評価しているようだ。
「聞くならインコちゃんの方が良いわね」
「先輩、表情がエロいですよ」
神楽が淫子の方に行こうとするかすみを止める。
「ちょっと話をするだけよ、うへへへへ」
「またインコちゃんをイジメるつもりでしょ?」
「そんな事無いんだけど、何かインコちゃんってイジメたくなるのよね」
かすみがまったく反省も悪びれてもいない口調で言う。
淫子は守ってやりたくなる庇護欲を煽られる反面、いつも困った表情の淫子を見ていると思わずもっと困らせたくなる加虐性も煽られてしまう。
そういうところもサキュバスならでは、なのかもしれない。
「ところでさっきの話の続きだけど召喚するくらいだから、あの眼鏡には何か目的があったって事よね?その辺、どうなの?それこそ毎晩ゲッヘッヘな感じなの?」
「先輩、露骨にセクハラ質問ですね」
本気が呆れて口を挟む。
「本質でしょ?ほらほら、どうなの?ゲヘヘヘヘってな感じなの?」
あからさまに変質者のかすみに、何故か淫子は表情を曇らせる。それは今までのかすみに対する嫌悪や警戒ではなく、困惑した辛そうな表情だった。
「あ、あら?どうしたの?」
かすみは酔っ払いの様に絡んでいたが、涙まで浮かべ始めた淫子に驚く。
「私も低級とはいえサキュバスです。男性が私達を召喚した際に何を望むのかは、少しは知っているつもりだったんです。でも、マスターは私にソレさえも望んでくれませんでした。私にもマスターの望みを教えてくださらないんです」
話しだしたら感情が昂って来たのか、淫子は泣き出して言う。