第二話-2
『どうした?何かあったか?』
矢追はすぐに出る。
「先生、明日唐です。今、色欲さんに携帯借りてます」
『ああ、明日唐君か。で、どうしたんだい?何かあった?』
「何があったか、正確に伝えるのは難しいんですけど、先生って色欲さん以外にも何か召喚したりしました?」
『いいや、僕が召喚したのは淫子ちゃんだけだよ?それがどうかしたかい?』
「まあ、後で詳しく説明しますけど。ところで先生、えらい静かですけど職員室ですか?」
『違うよ。今は郵便局にいる』
「は?用事って何ですか?っていうか郵便局にしても静かですね」
『お腹痛かったからね』
「お腹痛いと郵便局に行くんですか?」
『職員用のトイレって緊張して出ないんだよ』
何やってんだ、この人は。
本気は呆れるが、そのおかげもあって冷静さを取り戻す事が出来た。
「先生、今部室にバハムートを名乗るデメキンを竹取さんが捕まえてきたんですけど、先生は何か知ってますか?」
『明日唐君、君らしくない事を聞いてくるね。そう言うのは鴨音君の役割じゃないのかい?』
「俺もそう思うんですけど、俺が連絡して来たって事は俺の領分って事です」
『それはつまり、バハムートを名乗るデメキンが部室に本当にいるっていう事なのか?凄いじゃないか、本当にUMA研究部になってるんだね!』
矢追は興奮気味に言う。
『出来るだけ早く戻るから、部室で待っててくれるかい?僕もそのデメキンを見てみたいから』
矢追はそう言うと、電話を切る。
「どうやら先生は本格的に関係無いみたいですね」
本気は神楽と黒いデメキンを見る。
「で、何でアレがバハムート?」
「バハムートの原点は魚だからね。多分そう言う事なんだと思うけど、いくらなんでもバハムートが金魚って事は無いでしょうね」
かすみはデメキンを見て言う。
「え?バハムートって魚なんですか?ドラゴンでしょ?メガフレア的な感じの」
デメキンと話していた神楽が、聞こえていたのか神楽が驚いている。
「魚だったり、ベヒモスみたいだったりするのが、ゲームを経由してドラゴンになったんだけど、魚って言っても金魚じゃないでしょうね。それに、『巨大な魚』のはずだし」
「でも、バーちゃん、金魚にしては大きいよね?」
「これは仮の姿である」
デメキンは雄大に答える。
「我を召喚した者は、取るに足りぬ者であった。我の方から見限ってやったのだ」
「はぐれ悪魔って事ね」
「気に食わぬ呼ばれ方である。我は、我の認めた者にしか従わぬ。しかし、それではヌシの言うようにはぐれとなる。ゆえに同じ組織で、同時期に召喚に成功させた者がいると聞いて、そこへ来てみたのだ。どの程度の者がを知りたくてな」
偉そうな金魚である。
「まさかこの様に純粋な魂の持ち主に出会えるとは」
デメキンは神楽の方を見る。
「正に奇跡。我の主は汝意外に考えられぬ」
「いやー、そんな大した事は無いんだけどね」
神楽がデメキンに褒められて照れまくっている。
「私がバーちゃん飼うから、安心してイイわよ」
「ダメよ、竹取さん。何でも拾ってきちゃダメって言われなかった?」
「ちゃんと責任持って面倒見るから!」
「ダメよ。ちゃんと元の所に戻してきなさい」
かすみと神楽が母娘の会話をしている。
「我は新たな主を見つけた。もはやはぐれなどとは呼ばせぬ」
「この声で言われると、ちょっとダメージデカいわね」
かすみでもそう思うくらい、デメキンは無駄に良い声で喋っている。
「ここで呼ばれた召喚獣というのは、そこの小娘か」
デメキンは大きな目をぎょろりと淫子を見る。
コミカルなデザインのデメキンではあるが、サッカーボールほどの大きさの喋るデメキンとなると、神楽くらい特殊な性格でないと恐ろしいものだ。
淫子はデメキンに見られて、怯えた様に本気の陰に隠れる。
「ほう、実に珍しいものだ。その淫魔を召喚したのが、フォックスと言う魔法使いか。実に興味深い。秘密の組織が天才児と恐るのも分かると言うモノである」
デメキンが納得した様な口調で言う。
本気は相手の表情を読み取るのは得意な方だが、相手がデメキンでは何を考えているかなど分かるはずもない。
「天才?あの眼鏡が?」
かすみがデメキンと淫子を交互に見る。
ピンク髪の美少女である淫子が召喚されたサキュバスであるのなら、矢追は正真正銘の魔法使いになってしまったらしい。フォックスと言う二つ名まで持っているのだから、本当に秘密の組織という所に魔法を教わったようだ。
待てよ。さっきデメキンは別の召喚士に呼ばれ、同じ組織の別の召喚士がいる的な事を話してなかったか?それはつまり、矢追の他にも魔法使いがいると言う事だ。それが敵では無い事を祈りたいな。こんなワケのわからない輩とケンカなんか出来ない。
「ちょっとデメキン、私にも色々教えてよ」
「バハムートである。新たな主に頂いた名であるバーちゃんでも良しとする」
「いらないわよ、デメキン。実際あんたがバハムートであるとして、何が出来るの?メガフレア的な何かが出来るっていうの?」
かすみがデメキンい向かって挑発する。
「ほう、小娘。我の力がみたいとでも言うのか?」
「ダメですよ、先輩。バーちゃんをイジメないでください」
「うむ。主が望まぬのであれば、我も挑発には乗らぬ」
「出来た金魚ね」
かすみは落ち着いてきたのか、大型デメキンに興味を持ち始めたらしい。
「普段、何食べてるの?ミミズとか?」
「否。召喚者からは『パン』というモノを与えられた。『クロワッサン』と言うパンが美味である」
「マジで?金魚のくせに?」
「先輩、バハムートはドラゴンです。金魚じゃないです」
神楽が訂正を求める。
「うむ。我はドラゴンにも劣らぬ」
「いや、金魚じゃん。どう見ても」
「見た目など大きな問題では無い。目に見えるモノなど、所詮は瑣末な情報に過ぎぬ。真実の断片でしか無いと知るが良い」
金魚が女子高生姿の女子大生に人生とはなんぞや、と諭しているのはシュールどころの話ではない。全世界を探しても、同じ条件を満たしているのは片手の指でも多過ぎるくらいだろう。
「インコちゃんは、秘密の組織の事って何か知ってる?」
「いえ、私は召喚されただけで、召喚の術式を教えたという組織というモノは何も知りません。ですが、あれほどの召喚獣を召喚出来るというのであれば、私など比べものになりませんよ」
淫子は黒いデカデメキンを見ながら、畏敬の念を込めた瞳を向けている。
アレが?名前と声は大したもんだと思うけど、見た目がどうしようもなく迷走した結果、どうしようも無くなったビーチボールにしか見えない。
デメキンはこちらの視線に気付いたらしく、大きな目を向ける。
「むう、そこの者には何やら資質を感じるな。何者だ?」
「お、俺?」
これまで金魚に誰何された経験など無いので、本気は焦ってしまう。
「彼はマジくん。私の家の隣りに住んでるのよ」
「なるほど、主の近しい人物であったか。魂の純粋さでは主とは比べ物にならぬが、何らかの資質を持つ事は間違いない。ヌシはどう思うのだ?」
「いや、どう思うも何も」
金魚が見抜く資質って何だ?小魚の飼育が上手いとか、釣りの素質とかそういうモノなのか?別にいらないんだけど。
「先輩、これでUMA研究部らしくなってきましたね」
「いや、これはもう高校の部活のレベルは遥か彼方に超えてると思うわね。ちょっと私の手にすら余る事態だから、正直悩んでるのよ。何で竹取さんが簡単に受け入れてるのかを教えて欲しいくらいなんだけど」
「何でって言われても、ねえ、バーちゃん?」
「うむ。我が主は目に見えぬ真実を見抜く、魂の純粋さがあるのだ。召喚者やその他有象無象が出来ぬ高尚な事である」
「まさか金魚の化け物に雑魚キャラ扱いされる日が来るとは思わなかったわよ」
かすみが溜息混じりに答えた時、部室の扉が勢い良く開く。
「うおっ!本当に金魚だ!」
余程急いできたのか、矢追はデメキンを見て驚いている。
「スゲー!淫子ちゃん以外にも召喚されたヤツっていたんだ。しかもこんないかにもなヤツが。いいなあ、僕も淫子ちゃんを喚んでなければこう言うの召喚しただろうな」
矢追は淫子と同じような、畏敬と羨望の眼差しをデメキンに向ける。
「貴殿がフォックスか。我を呼び出した召喚士は貴殿を恐れておったぞ。発想が魔法使いのモノでは無いとな」
デメキンは矢追にそう言っている。
確かに三十歳になったから魔法使いになって魔法を使おう、という発想が魔法使いと言うより一般人の発想からもかけ離れている。
「フォックス?あんた、そんな名前で呼ばれてんの?」
かすみが呆れて言うが、矢追は何故か照れている。
「いやー、ほら、僕って狐次郎って名前じゃないか。そこから一字取ってフォックスっていう名前になったわけだよ」
「そんな話聞いていないわよ。まったく、何でそんなに超常現象に縁が有りそうな名前で呼ばれて嬉しそうなのよ」
「まあ、十代の君達には分からないかも知れないけど僕と同年代であれば、矢追という姓に生まれた以上は宇宙人的な超常現象を追いかけるのは義務だと思うんだ。その上でフォックスなんてFBIっぽい名前を貰ったのは、もう運命としか言い様がないね」
「オッサン、楽しそうね」
想像以上に魔法使いライフを満喫している矢追に、かすみは呆れて言うが、かすみじゃなくても呆れるところだ。
本人は憧れの人物の名前をもらっているので、さぞかし気分が良いのだろう。
「しかし、楽しんでばかりはいられん事は教えておこう」
デメキンが見た目にそぐわないシリアスな声で言う。
「我の召喚士はさっさと手を引いた。おそらくは見つからぬ様に身を隠している事だろう。貴殿等はどうするつもりだ?」
「何?どういう事?ちょっと面白そうじゃないの」
かすみが食いついてくる。
何だかんだ言っても、かすみも受け入れが早いみたいで、すっかりデメキンと会話が出来る様になっていた。
「召喚士が言うには、この町に悪魔祓いが来ているらしい。召喚士はその事実だけで尻尾を巻いて逃げ出しおった。ヌシはどうだ?」
「わ、私?私ですか?」
淫子はまったく想定外だったらしく、飛び上がらんばかりに驚いている。
「我はこの通りで、擬態するのには何も問題無い」
どこが?と言う事をデメキンが言う。
あの大きさのデメキンが何に擬態できるのか、少なくとも本気には思いつかない。
「ヌシは我と違い、学校もあるだろうし、何より召喚された魔物の持つ魔力の流れが筒抜けである。簡易の魔力探知ですら、ヌシを見つける事が出来るだろう」
「へえ、便利なものだ」
と言ったのは、矢追である。
この部室にいるメンバーの中ではその手の情報に、最も詳しく知っていないといけない人物のはずだが。
「先生、何も知らないんですか?」
神楽が尋ねると、矢追は大きく頷く。
「まったく知らない。悪魔祓いなんて実在するなんて思わなかったからね」
悪魔を召喚した魔法使いが言っていい言葉では無い。
矢追の計画性の無さには言葉も無いが、矢追が言う通り悪魔祓いと言うモノが実在するなど、日本では考えられない。
が、悪魔祓いと言う儀式は日本にもあるし、世界的には良くも悪くも影響のある儀式なので、その存在が必ずしも偽物とは限らない。
三十歳になった魔法使いや、その魔法使いの召喚した魔物の存在よりは信じられる。
「実際悪魔祓いは危険なんですか?俺のイメージする悪魔祓いって、何かの聖水だとか経典だとかを使っての儀式じゃないんですか?」
「僕にも分からないよ。金魚のバハムートは何か知っているかい?」
「否。悪魔祓いと言う区切りでは広すぎる。その様なモノで、危険な者はどこまでも危険であり、肩書きだけの者もいる。手段も千差万別である。我とて全てを知るわけでは無いのだ」
言葉は思わせぶりではあるが、デメキンも何も知らないだろう。
「インコちゃんは何か知らないの?」
かすみが尋ねると、淫子は申し訳なさそうに首を振る。
「私は何も知らないんです。お役に立てなくて、申し訳ございません。私はあちらの方ほど博識ではありませんし、何のお役にも立てませんね」
「可愛いから良いのよ。可愛い事は正義であり絶対なのよ!」
「きゃあ!」
かすみが飛びついてきたので、淫子は悲鳴を上げる。
「でも悪魔祓いがインコちゃんとかバーちゃんに危害を加えるつもりなら、こっちからも手を打たないと」
こう言う事は流れるに任せるのがスタンスだったはずの神楽が、先手を撃つ必要性を提案してくるのは珍しい。
相当あのデメキンを気に入ったみたいだな。
珍しさの度合いで言えば、このデメキン以上に珍しい生き物となると、日本ではツチノコや河童くらいでないと勝負出来ないだろう。
「大丈夫よ、バーちゃん。そんな奴は簡単に追っ払ってあげるからね」
だから、どうやって?
本気としては方法論としての話をしていきたいところだが、神楽にとってはそんな事は問題にならないと言う事らしい。
神楽は問題にしていないとしても、問題になる事は山ほどある。
まず第一に、最もやる気になっている神楽だが、名前や性格は特殊と言えるものの、かすみの様な超人的な運動神経も無ければ、矢追の様な召喚魔法なども使えるわけではない、ガチャピンに憧れているだけの一般的な女子高生である。
口振りでは大物の様だが、いくらなんでもデメキンには期待できない。
「でも、具体的に悪魔祓いってどんなヤツなんですかね?俺のイメージでは、あんまり悪魔祓いには暴力的な響きは無いんですけどね」
「僕も知りたいよ。でも少年漫画的なエクソシストは割とバトってるけどね。そう言うタイプの悪魔祓いじゃ無い事を祈るだけかな?」
「だったら私の出番よね?金魚の方はともかく、インコちゃんは私が全力で守ってあげるから、安心してね」
「あ、ありがとうございます」
「先輩、離してあげればもっと感謝されますよ?」
本気がそう言うと、かすみは淫子により強く抱きつく。
「これくらい感謝されれば十分よ。だってインコちゃん、柔らかいし、暖いから気持ちいいんだもん」
淫子はなんとかしてかすみを離そうとしているが、根本的な身体能力の差があまりに開いているのか、かすみを引き剥がせずにいる。
淫子には悪いのだが、これでかすみが大人しくなっていると言うのなら、しばらく大人しくしてもらっていた方が良い。
「まあでも、そこの金魚が言う通りなら、こっちから探さなくても向こうから見つけてくれるだろうから、それから対策を練りましょう。相手がわからないと対策のしようがありませんから」
本気が言うと、全員がそれに納得する。
「今日はこれで解散みたいだね。僕はまだ帰れないけど、明日唐君が責任を持って送ってくれるから大丈夫だよね?」
「俺も出来る限りはやりますけど、このサイズのデメキンが大挙して押し寄せてきたら誰よりも先に逃げますから」
「もしそうなら仕方がないよ。スカイフィッシュどころの騒ぎじゃないからね」
矢追は笑いながら言う。
矢追は楽しいみたいだが、本気からすると、もう笑うしかない状況である。
神楽は例外の中の例外なので除外するにしても、矢追やかすみの様な豪胆な性格でもない本気は、話について行く事さえ出来ていない。
そんな本気に一番近いのは、本来なら神楽の立ち位置にいるはずの淫子と言うのも妙と言えば妙な話である。
ピンクの髪は不自然ではあるが、それでもこの淫子があのデメキンと同類と言うのはとても信じられない。
「それじゃ、帰りますか」