第二話-1
第二話 UMAと淫魔
「自己紹介は済んだみたいだね。僕はもう少し用があるからまた後で顔を出すけど、それまで仲良くしててね」
部室に顔を出した矢追はそれだけ伝えると、またどこかへ行ってしまった。
今は神楽と淫子が隣同士に座り、本気とかすみは少し離れたところに座っている。
パッと見には本気とかすみが隔離されているように見えるが、かすみだけ隔離してもすぐに飛び掛ってくるので、本気がそれを止めるために監視している状況である。
「本当は先生がいる時に言った方が良いんだろうけど、サッカー部が今度の日曜に練習試合をやるらしいから応援に来て欲しいって言ってたけど、部長的にはどう?」
かすみをブロックしながら本気は神楽に尋ねる。
「サッカー部って事は隼人くんが言ってたの?じゃ、応援に行きましょう」
神楽はまったく迷う事無く、即断即決で言う。
「現部長。それはUMAの研究では無いので、部としての行動としてはどうなんでしょうか」
かすみが隔離されて面白くないのか、文句をつけてくる。
「元部長には申し訳ないですけど、隼人くんから言われたら断れないですからね」
「本気くん、隼人って誰?竹取さんの彼氏?」
「先輩も今日の昼休みに会ってるんですけどね。ほら、昼休みに俺と話してたヤツです」
「ああ、友達くん?でもなんで竹取さんにも関連するの?」
「竹取さんとも友達って発想には至りませんか?」
「ああ、そういう事。今至ったわ」
察しは良いはずだが、かすみはこういうところの常識は欠けている。
いや、常識が欠けているのはこういうところだけでは無く、全面的に、しかも絶望的に欠けているのだが。
「あの、UMA研究部って具体的に何をするんですか?」
オドオドと不安そうな表情ではあるが、淫子が挙手して尋ねる。
「良い質問だね。俺も知りたいと思ってた」
少なくとも去年一年所属していても何をする部なのかわからなかった本気が、淫子を援護するように言う。
「UMA研究部って言うくらいだからUMAを研究したいんだけど、実際に研究しようとしたら相当なお金がかかるから、UMAを研究している様な雰囲気は出して好きなことして時間を潰すクラブと思ってくれていいわよ」
現部長の神楽が身も蓋もない言い方で説明する。
「ですよね、先輩」
「心外な上に失礼の極みね。少なくとも私は郷土に伝わる妖怪伝承だったり、UMA目撃情報だったりを調べてはいたわよ」
かすみが抗議する。
たしかにかすみは神楽や本気と違って、活動的に動いていたところもある。去年までの部長であるかすみは時々部活に遅れてくる事もあり、その場合泥だらけになって来る事もあった。
本人曰く、部活動に従事していたという事らしいが、具体的に何をやっていたのかは本気にも神楽にも分からない。
「ところで色欲さんはUMAって何かわかってるの?」
「マジくん、堅苦しい。部活中はインコちゃんで統一しようよ」
「賛成!」
神楽の案にかすみが大声で答える。
「そこは本人に確認取ろうよ」
「あ、私は良いですよ。マスターから戴いた名前に親しみを込めていただけるんですから、こんなに素晴らしい事は無いです」
淫子は笑顔で言う。
この子、本当に召喚された悪魔なの?何か、有り得ないんだけど、いろんな意味で。
「インコちゃーん!」
かすみがまた暴走しそうだったので、本気が早めに止める。
「ちょー可愛い!どうしたらそんなに可愛くなれるの、インコちゃん」
「まずは常識を身に付けるところから始めたらどうですか?新たな魅力が身に付くんじゃないかと思うんですが?」
かすみに本気が言う。
「なるほど。確かに先輩が常識を身につけたら、向かうところ敵無しですよ」
神楽もうんうんと頷いている。
「私ってそんなに常識無い?」
「はい、まったく」
「竹取さん、私のこと嫌いでしょ?」
「大好きですよ?」
絶対嘘だ、と思える程の笑顔で神楽が答える。
「で、俺の質問には答えてもらえないの?」
「ユーマ、ですよね?知ってますよ。未確認生物の事を指す和製英語の造語ですよね?」
「思いのほか詳しく知ってるんだね」
「最低限の知識はあると思いますよ?私だけではなく、召喚に応じる魔物の大半は一般知識を持って召喚されますから」
そういうところは便利だな。
「じゃ、サッカーの応援って言っても分かるよね?」
「はい。サッカー部の応援ですよね?タイコとか持っていくんですか?」
「いやいや、そういう応援団的な事はやらないよ。服装も制服で良いと思う。下手に気合の入った格好とか言い出したらとんでもない事をやりたがる人達がいるから」
言い争う現部長と元部長を見て、本気は大きくため息をつく。
その様子を見て、淫子は苦笑いする。
「おいコラ、二人でいい感じになるな。どうせなら私も仲間に入れて良い感じになってよ」
「先輩入ると良い感じにならないんですって」
「竹取さんはそれで良いの?本気くんが昨日ポッと出てきた新キャラに取られちゃうのよ?幼馴染み属性だけで戦える程、世の中甘くないわよ?」
「取られるってどう言う事ですか。別に争奪戦してないでしょう。ましてやインコちゃんは先生がいるわけですから」
「あまーい!『恋はいつでもハリケーン』と言う東の海のことわざを知らないの?」
「いや、知ってますけど、そこはどうなんですか?インコちゃんとマジくんでしょ?なんかイメージが出来ないというか、イメージが合わないというか。インコちゃんはやっぱり先生との方が合ってる気がしますよ?」
「だから、合ってるとか合ってないとかじゃなくて」
言いかけて、かすみは言葉を切る。
「竹取さん、何見てるの?」
かすみは、窓の方を見て動かなくなった神楽に尋ねる。
神楽はかすみの質問に答えずに、窓の方へ歩いていく。
「竹取さん?本気くん、竹取さんがおかしいんだけど?」
「先輩には言われたくないでしょうけど」
本気はそう言いながら神楽の方を見る。
神楽は窓を開けると、自然な動きでひょいと窓から外へ出て行った。
「え、ええっ?ちょ、ちょっと!竹取さん!」
かすみは慌てて窓の方へ行く。
本気も同じ様に慌てて窓の方へ行き、淫子はただでさえ大きな目を見開いて驚いている。
何しろこの部室は二階にあるからだ。
二階くらいの高さで即死はそう無い事だが、落ち方が悪いと命に関わることもあるし、骨折などの大怪我も十分にあり得る。
「竹取さん!」
「何ですか?」
出て行った時と同じく、神楽は窓からひょいと顔を出す。
「うおーう!超ビビッたんですけど!」
「先輩、驚き方は男らしいですけど、驚いた表情は可愛いですよ?」
「そんな問題じゃないって。何してんのよ!普通ビビるから!」
「いつもの事だから気にしないで下さい」
神楽は笑いながら部室に戻ってくる。
神楽は右脇に黒いサッカーボール程の大きさの何かを持っていた。
「竹取さん、ソレ何?」
「さっき窓の外を飛んでたんで、捕まえてきました。多分スカイフィッシュの仲間だと思いますよ?」
神楽はさらりととんでもない事を言う。
「いや、多分スカイフィッシュの仲間では無いと思うよ?」
本気は呆れながら言う。
そもそもスカイフィッシュが世界的に有名なUMAである。その存在が科学的に実証されてない中で、その仲間や亜種という事は常識から考えて有り得ない。
神楽が脇に抱えているのは、サッカーボール程の大きさの黒いデメキンである。普通に考えて生物では無い。コレが空を飛んでいたとなると、おそらく風船の類だろう。
「スカイフィッシュの仲間だよね?」
神楽が笑顔で黒いデメキンに話しかける。
光景だけで見れば微笑ましい限りである。
が、
「いや、その様な名では無い。我が名はバハムートである」
異様にダンディーな良い声でデメキンが答える。
「ほら、可愛いでしょ?」
「待て待て待て、ちょっとおかしい」
本気は自分の目と耳を疑いながら、神楽と神楽が抱えるモノを見る。
何かおかしい。常識では考えられない何かが起きた気がする。
困りながら本気はかすみと淫子を見ると、かすみは同じ様な表情で口を開いているが声を出せずにいる。淫子の方はそこまで驚いてはいない様だが、オドオドした表情で状況を見守っている。
「バハムートのバーちゃん。よろしくね?」
「竹取さん、淫子ちゃんの名前に文句つけてた割りにはセンスの無い名前だけど、今その丸いの、喋らなかった?」
「そりゃ喋りますよ、ねえ、バーちゃん?」
「うむ。思いのほか悪くない響きである」
デメキンが答える。
「竹取さん、腹話術の達人だったの?」
「にしても、同じ声帯で喋ってるとは思えませんね。これはテレビに出て稼げるレベルの特技ですよ」
本気とかすみが二人で話し合っていると、
「何を驚く事があるのだ?お前達はすでに悪魔の存在を受け入れているのだろう?我の新しき主である、この娘を見習ってはどうだ?」
「ちょっと竹取さん、黙っててくれる?」
「先輩、私じゃないですよ。バーちゃんです」
「それ込みでちょっと黙ってて」
かすみは額に手を当てて、フラフラと椅子に座る。
「悪魔の存在って、インコちゃんの事よね?」
かすみは本気の方を見て言う。
「まあ、先輩もインコちゃんは召喚された悪魔である可能性は認めてるんですよね?」
「可能性の問題での話よ。いくらなんでも喋るデメキンはUMA研究部でも手に余ると思うんだけど」
かすみと本気は、元の席に戻って机の上にデメキンを置いてニコニコしながらトークしている神楽を見る。
「インコちゃんの時にはあっさり認めた本気くんは、アレがバハムートって認められるものなの?」
「あれを認めたら大事な何かを失いそうですけど、あれはああいうラジコンじゃないんですか?カメラとマイクが内蔵されてて、いかにもな内容でそれっぽく見せてるとか」
「だとするとUMAじゃなくてUFOね。今では猫の剥製だって空を飛ぶ時代だし、デカいデメキンだって空を飛べてもおかしくないのかな?」
「あの、あの方は本当に召喚されてた上位の魔物ですよ?」
遠慮勝ちにだが、淫子が本気とかすみに言う。
「ブルータス、お前もか!」
「何か聞いた事はありますけど、先輩は黙ってて下さい。インコちゃん、どういう事?」
「凄く強い魔力の流れを感じます。私も同類の悪魔ですから」
「え?インコちゃんの正体もデメキンなの?」
「先輩、そう言う事じゃないでしょ。同類の悪魔って、先生が召喚したって言う事?」
本気が尋ねると、淫子は首を振る。
「マスターじゃありません。マスターが同じなら、マスターが話してくれると思いますから」
それはそうだ、と本気は納得する。
昨日の矢追の口振りでは、召喚したのは淫子だけの様な感じだった。もしあのデメキンを矢追が召喚したのなら、昨日と同じく不必要にハイテンションに召喚を宣言した事だろう。今日はそれは無かったので、矢追は無関係だろう。
「ちょっと確認してみましょうか」
「本気くん、あのデメキンを悪魔かどうか試せるの?」
「まさか。先生に電話して聞いてみます。インコちゃん、携帯借りていい?」
本気が言うと、淫子はポケットから携帯電話を出す。
「ソレ、古くない?」
「いや、そこは問題じゃないです」
携帯のモデルに文句をつけるかすみだが、本気はとりあえず相手にしない事にした。
「連絡先が先生しかないのも、何かリアルに悪魔っぽいな」
「私、まだ召喚されて日が経ってないですから」
「ああ、そういう事みたいだね」
本気はそう言うと、矢追に連絡する。