第一話-2
「あれ?」
「先生、気が済みましたか?俺が付き添いますから、先輩と一緒に病院に行ってください」
「え、私も?」
「ていうか、私は先生の召喚魔法が気になるんですけど」
神楽がいち早く動いて、部室の外を見る。
「先生、誰もいませんよ?」
「マジで?え、ちょっと待って」
矢追が慌てて携帯電話を取り出す。
「もしもし?あれ?今どこにいるの?うん、あ、ごめん、話が長かった?怖くないから来てくれる?そうそう、お願い」
「先生、その召喚魔法なら私も使えますよ?」
「俺も。竹取さんもイケるんじゃない?」
「その気になれば食べ物だって持ってきてもらえますよ?代金の契約も支払いますけど」
「違うって。本物、本当のガチ召喚魔法で呼んだって!だから合わせてあげようと思ったの!」
矢追は慌てて言っているが、携帯電話で連絡を取ってしまっては召喚魔法も何もあったものではない。
「先生、召喚魔法で呼んだんなら召喚魔法でここに呼べるんじゃないんですか?そっちの方が魔法使いをアピール出来たんじゃないんですか?何か無いんですか?三回までの絶対命令権とか」
「僕もそう思ったんだけどね、鴨音くん。残念ながら、一度受肉すると魔法陣からの転移が出来ないらしいんだ。何か僕の知る魔法とはちょっと違う不便さだけど、そう言う事らしいから仕方が無いんだよ」
矢追はそう説明する。
設定はしっかり作ってるんだな。先生、よっぽどヒマなのか?春は怪電波が飛び回る季節らしいけど、本格的にヤられたか?
本気は少し心配になってくる。
「先生、電話の内容的に召喚した何かを連れてきてるんですか?」
「さすが鴨音くん、さっき僕が言った事をよく聞いていたみたいで柔軟かつ的確な判断力だね。正にその通り!しかも転校生としての手続きまで済ませているのだ!魔法って便利だろ?」
「先輩、危険人物が目の前にいます」
「警察呼ぶ?何なら私も召喚魔法使ってみようか?国家権力っていう国内最強クラスの戦力が三つの数字で召喚できるわよ」
女子高生と女子大生が教師に向かって言う。
「待て待て、何で君たちは僕を犯罪者にしようとしているのかな?っていうか犯罪者って決め付けているのかな?本当に召喚したんだって!ネットとかで色々調べて、超怪しげな秘密の組織から召喚魔法を教えてもらって、それを独自にアレンジしたもので成功したんだよ。ほら、鴨音くんも竹取くんも信じてよ。僕のこの澄んだ目を見てくれよ」
「先輩、変質者がいます」
「竹取さんと考え方が合うなんて、奇遇ね」
この二人、先生にはえらく厳しいな。
今に始まった事では無いにしても、この二人の矢追に対する態度は生徒が教師にとっていい態度ではない。その気になれば生徒指導室に呼び出しも出来そうなものだが、何故か矢追は満足げであり、全く問題にしていない。
そろそろ止めるか。
本気がそう考えた時、遠慮勝ちに部室の扉が開かれる。
「あの、マスター、ここで良かったですか?」
「おお!来てくれたか!見よ、彼女こそ僕が召喚したへぶあ!」
軽快極まる動きで、かすみが矢追にドロップキックを打ち込んだ。
いかに卒業したとはいえ、短いスカートの女子高生姿の女子大生が教師にやっていい事では無い。
色々な意味で。
「マ、マスター?敵ですか?」
「分かりにくいかもしれないけど、ある種の愛情表現だよ」
ドロップキックで吹っ飛ばされたにもかかわらず、矢追は笑いながら立ち上がりメガネを直している。
「先輩、パンツ丸見えでしたよ?」
「ちゃんと見られる事前提で縞パン選んできたから」
「そう言うモノなんですか」
神楽が溜息混じりに言う。
「っていうか先生、この子誰ですか?」
どう考えてもドロップキックの前にする質問を、ようやくかすみが口にする。
「紹介しよう、この子こそ僕が召喚した悪魔、サキュバスであり新UMA研究部員の色欲淫子ちゃんだ!」
「ガチで犯罪じゃないですか。うわー、ひくわー」
かすみが冷たい目を向ける。
「先生、世の中にはやって良い事と悪い事がありますよ?未成年に向かってそれは無いですよ」
神楽も冷たい声で批難する。
いや、成人してても常識的に無いだろう。
口には出さないが、本気もそう思った。
「いやいやいや、待て待て。何かリアクションが違う。ホントに召喚したんだって。ねえ、淫子ちゃん?」
「はい。私はマスターに召喚されたサキュバスで、色欲淫子って名前もマスターに貰った名前ですよ?」
「先生、せめてもっといい名前にしてあげましょうよ。センス無いにも程があります」
深々と溜息をついてかすみが言う。
「先生、どこから誘拐してきて洗脳したんですか?本物の犯罪者ですよ」
本気も白い目で矢追を見る。
色欲淫子という名前も酷いが、そもそもピンクの髪の日本人などいない。それにもかかわらずごく自然に見えるのが不思議である。
不自然なのは髪の色だけでなく、透き通る様な白い肌や大きな青い瞳、困っている様なオドオドした表情の美少女が部室に実在する事も不自然の極みである。
「うわっ、今気付いたけど、おっぱいデカッ!」
とんでもない事を口走って、かすみがピンク髪の下級生、淫子の制服の上からでもわかる巨乳を鷲掴みにする。
「ひやあ!な、なんですか?」
「私もかなりのモンだと思ってたけど、何、このロリ顔巨乳は!おいコラ犯罪者!どういう事だよ、おい!」
「っていうか先輩、いつまでおっぱい揉んでるんですか」
あからさまにセクハラしている卒業生を、神楽が引き剥がしている。
「先生、マジくん、手伝ってよ」
「いやあ、女の子同士仲良くしてるのは良い光景だと思ってね」
矢追は幸せそうに言う。
「ま、まあ、良い光景なのは間違いないんで」
「先輩、変態達からガン見されてますよ」
「あ、ごめん。あまりの揉み心地につい」
「謝る相手はセクハラの被害者の方でしょう」
神楽がかすみを羽交い絞めにしている間に、淫子はかすみから逃げて矢追の後ろに隠れる。
「え?サキュバスってそんなウブなの?」
「先輩が変態なんですよ」
「待ってよ、色欲淫子ちゃんよ?むしろ向こうからピンクのオーラを出してくるんじゃないの?先生、サキュバスってどうなのさ」
「どうなのさ、って言われても僕もよくわからないんだけど。召喚された魔族は召喚者の影響を受けるらしいから、彼女は僕と同じ様に純粋でウブな性格になったみたいだね」
矢追は怯える淫子の頭を優しく撫でながら説明する。
「何か腑に落ちない単語が含まれていた気がしたけど、本気くんはどう?」
「一回座りましょうか」
暴走しているかすみを落ち着けるため、本気はまったく違う事を言う。
「私もマジくんに賛成。一回座りましょう。ちょっと先輩が暴走気味だから、落ち着きましょう」
「暴走だってするでしょう、こんな可愛い下級生が来たのよ?うへへへへ」
「おいおい、国家権力の召喚準備が必要なのは先生だけじゃないみたいだぞ、竹取さん」
「むしろコッチの方が危険かも」
手をわしわしと動かしているかすみを、本気と神楽で引きずって座らせる。
「先生、どう見ても召喚されたサキュバスっていうより、何も知らない留学生に間違った知識を植え付けて洗脳しているとしか思えないんですけど。だとすると犯罪ですよ」
「だから違うって。そんなに都合良くこんな可愛い留学生を引っ掛けられないって」
魔法で召喚する方が数百倍都合の良い話に思えるんだけど。
本気はそう考えたが、矢追はそう思わなかったらしい。
「先生、質問があります」
「はい、鴨音くん」
「何でサキュバスなんですか?召喚と言えばドラゴンじゃないんですか?どう考えてもサキュバスよりドラゴンの方がUMA研究部にふさわしいでしょ?」
「これには海より深い事情があるんだよ。一言で言うのは難しいけど、まあ、本能に従ったというか、魔法使いの条件的にサキュバス以外の候補が思いつかなかったと言うか」
「先生、思いっきり一言で言い表してますけど」
本気は思わずツッコミを入れてしまう。
「じゃあ、明日唐くんは何を召喚するんだい?」
「サキュバスです!」
断言する本気に、隣りに座るかすみからグーパンチが、その隣りに座る神楽から上履きが飛んでくる。
「てな具合に男にとって召喚魔法とサキュバスは切っても切れない、それこそ本能に訴えかける驚異的な抗えない誘惑があるのだよ」
「まあ、サキュバスだし」
矢追の言葉にかすみは面白くなさそうに言う。
そのかすみの視線に怯えているのか、淫子と言う名の後輩はさらに矢追の陰に隠れようとする。
ん?なんだろう、俺は彼女を知っている?
矢追の陰に隠れるピンクの髪の少女を知っているはずはない。だが、心のどこかに引っ掛かる何かがあった。
「先生、たしか新部員って言ってましたよね。それで色欲淫子って名前はどうかと思いますよ?もうちょっとマシな名前を考えましょうよ」
神楽が矢追に向かって言う。
受け入れ早いな。さすが竹取さんと言えなくもないけど。
「字面はともかく、『しきよく』は発音だけならまだマシですけど、淫子の方はあんまりじゃないです?せめて凛子とかの方が」
「なるほど、竹取くんの事だからガチャピンがどうとか言い始めるかと思ったけど、案外まともな事も言えるんだね」
「心外ですね。私だってガチャピンが転入してくるんなら制服で逆立ちして喜びますけど、永遠の五歳じゃ高校に入学してくる事も無いし、私は誰でもガチャピンに見立てるつもりは無いですよ」
ガチャピン大好きではあるが、神楽はかすみや矢追と比べるとまだ常識がある。
と、思う。受け入れの速さはちょっと常識から外れているが、他の二人があまりといえばあまりなので、本気としても常識的多数決の時には神楽は貴重極まる戦力である。
「先生、別の質問があります」
「何だい、鴨音くん」
「なんでインコちゃんの制服はそんなにピッチピチのパッツンパッツンなんですか?思いっきり伸びとかしたらボタンとかブチブチ飛ぶんじゃないんですか?」
かすみが言う様に、淫子の制服はかなり窮屈そうであり、特に胸の辺りはかすみの指摘の通り相当キツそうである。
「それに何で先生が女子の制服を?下着とかどうしてるんですか?」
「良い質問だね」
矢追はうんうんと満足そうに頷く。
「だけど心配無用。召喚した時のいかにもサキュバスな格好でうろつかれるのも困るから、まずは僕の服を来てもらって買い物に行ったんだよ。で、制服もその時に合わせたんだけど、何故かパッツンパッツンになってしまっていたんだ」
意外過ぎるくらいに常識的な行動で、ちょっと信じられない。
「そこは魔法とかでイケないんですか?」
本気が言うと、かすみも神楽も矢追を見る。
「どうもそんな便利じゃないみたいでね、そこに魔力を使うより実際に服を買って身に付けた方が返って便利で簡単なんだよ」
「なんか納得した」
とかすみが言う。
今の説明の何処に納得出来る要素が?
本気はそう思うが、かすみも神楽も今の矢追の説明に満足しているようだ。
「先生、インコちゃんを研究したらUMA研究部としての活動になりますよね、うへへへ」
「先輩、今の先輩は先生より変質者ですよ。むしろ先輩がサキュバスの色香にヤラレてますけど」
「おっぱいか!おっぱいなのか!」
「マジくん、先輩を捕獲して!」
神楽に言われるまでもなく、身を乗り出して後輩に襲いかかろうとする卒業生を本気は羽交い絞めにする。
「先生、後輩の紹介は明日にしませんか?っていうかこの卒業生を卒業させてからの方が色んな意味で安心してできますよ。今日のところは避難させて下さい」
「そうしよう。明日唐くん、竹取くん、不審者の事は任せた」
そう言うと矢追は、淫子を連れて部室から逃げて行く。
その間、暴走しているかすみを本気と神楽を捕獲していた。