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第四話-3

「明日唐先輩、私が一緒にいる意味ってあるんでしょうか?」

「先輩の判断だから、あんまり意味は無いと思うよ」

「インコちゃん、凄く本気くんに懐いてるわよね。何かあった?」

 かすみがニヤニヤ笑って言う。

 淫子が本気に懐いているというよりは、かすみを恐れているのでかすみから遠ざかっているのだが、その事には気付いていないらしい。

「いえ、特には何もありませんけど」

「そう?でも竹取さんも言ってたけど、本気くん達とインコちゃんって前からの知り合いなの?」

「え?そう言うわけでは無いですけど」

 竹取さんも言ってた?やっぱりどこかに引っかかりがあるんだ。

「私だけ仲間ハズレ?寂しいなぁ」

「まあ、先輩は大学生ですから。大学で新しい出会いをして下さい」

 しかしこの人は何で高校に来てるんだ?やっぱりインコちゃんか?

「これはどうもぉ、お待たせしましたぁ」

 予想通りメッサーとアリアの二人でやって来た。

「ほ、ほらあ!罠なんだからね!待ち伏せられてたんだからね!」

「お嬢さん、待ってくれている方に対して、待ち伏せとか言うのはヒドいですよぉ」

 敵意剥き出しのアリアに対し、メッサーは相変わらずニコニコしている。

「だってほら、サキュバスまでいるんだからね!私達の戦力を分断して各個撃破を狙ってるんだからね」

 戦力の分断というのなら、まずメッサーと分断しなければ各個撃破される可能性の方が極めて高い。

「まあまあ。お嬢さんは家で待っててくれても良かったんですよぉ?」

「私が悪魔を祓うんだからね!」

 言葉は勇ましいが、相変わらずメッサーの後ろに隠れたままである。

「これが拾った携帯電話です」

 かすみが近寄ると、アリアはますます威嚇するように睨みつけてくるが、メッサーの後ろから出てこようとはしない。

「ところでぇ、悪魔祓いに興味がおありなのですかぁ?」

「淫子ちゃんは悪魔と言うより、召喚獣の類ですけど、必ず祓う必要があるんですか?」

 かすみが真っ直ぐにメッサーに言う。

 アリアを見て頭に血が上ったらしく、余裕が無くなっている。

「実のところぉ、私はそちらのお嬢さんをサキュバスとは認識していないのですぅ」

「え?」

 と声を上げたのは、かすみとアリアの二人だった。

「召喚した魔法使いフォックスと言う方は、秘密の組織にも危険視される天才のようですねぇ」

「天才?アレが?」

 かすみが言うと、メッサーは笑って頷く。

「なにしろ人畜無害のサキュバスの召喚に成功された魔法使いですよぉ?そもそも悪魔の召喚に成功するだけでも大したものですよぉ。しかも、淫魔から淫らな部分を抜き取ってしまうという発想がすでに天才の発想ですぅ」

 デメキンの言ってた事とほとんど一緒だな、と本気は思った。

形だけで言えば、矢追の行なった召喚で呼び出された淫子は、サキュバスとしての能力はほとんど持っていない『誰得な何か』である。

 極端に言えば、研究の末に完成させた『火の点かない花火』とでも言うような存在である淫子だが、その分危険度の欠片もない。そんなモノを努力の末に召喚しようとして、しかも成功させてしまったというのだから、天才かどうかはともかく全く新しい召喚獣を作ったと考えると無視出来ない魔法使いなのだろう。

「それってドラゴンの牙を抜いて召喚するって事と同じじゃないの?」

「いえいえ、全然違いますよぉ。ドラゴンで例えるのなら、力や能力はそのままに暴威だけを取り除くと言う事ですぅ。つまり、よく躾が出来た子犬や小鳥並みに懐きやすいドラゴンを召喚したようなモノですねぇ」

 それは物凄い事の様に聞こえるが、淫子や矢追を見ているをそこまで凄い事のようには感じられない。

「でも、悪魔祓い的には消滅させる必要があると?」

 本気が尋ねると、メッサーは笑顔で首を振る。

「いぃえぇ、必ずしもそうとは限らないのですよぉ。悪魔と召喚獣とではまったく別物ですからねぇ。マスターとの契約下にありその契約の域を出ない上に人に危害を与えないのであれば、祓う事をそもそも望まれないでしょう?」

「メッサーがおかしいんだからね!悪魔は悪魔、消されるべき存在なんだからね!」

「やっぱりコイツはグーじゃないと気が済まない」

 かすみが殴りかかろうとするのを、メッサーが笑顔で遮る。

 さすがにかすみでもメッサーを殴り倒すとなると、不可能では無いかもしれないが困難なのは間違いない。

「でもメッサーさん、詳し過ぎませんか?」

「それはそうですよぉ。秘密の組織から情報が来ていますからぁ」

 かすみの質問に対し、とんでもない事をメッサーはぶっちゃける。

「ちょっと、メッサー!それをバラしちゃダメなんだからね!」

「どうしてですかぁ?私達と秘密の組織は協力関係と言うわけではありませんしぃ、秘密の組織にとって危険人物のフォックス氏も私達にとっては危険と言う事はありません。私としては魅力的な人物だと思っていますからぁ、秘密の組織よりフォックス氏に協力したいと思っているくらいですぅ」

「そんなの、ダメなんだからね!悪魔は認められないんだからね!」

「と、言うわけで、私自身はともかく周りの方の理解は得られていないのですよぉ」

 メッサーは苦笑いしながら言う。

 こういう事を独断で決めて行動できるって事は、メッサーさんって意外と偉い人?

 アリアの面倒を見ている保護者的な存在ではあるだろうが、実は相当に責任や権限を持った人物でもあるかもしれない。

「じゃ、メッサーさん、異界門って言うのは簡単に使えるモノなんですか?」

「使えるのは使えますがぁ、簡単と言う訳ではありませんねぇ。何処にでも出せるモノではありませんからねぇ。ただ、出せる場所にさえいれば何とかなりますよぉ」

 本気の質問にメッサーは簡単に答える。

 その場所に行けばアリアであっても淫子を祓う事が出来るようだが、その異界門というモノは矢追の家の近くにいきなり現れて、淫子を消すような不意打ちは出来ないらしい。

 それが分かれば、まあ一安心と言えるかな。

「あー!それは本当に言っちゃダメなんだからね!」

「あれぇ、秘密だったんですかぁ?それはすいませんねぇ、喋っちゃいましたぁ」

 笑いながらメッサーは頭を掻いている。

 案外、仲悪いのかな?

 本気は二人のやり取りを見て、そんな事を考えていた。

「ところでメッサーさん、今回は悪魔祓いの道具は持っているんですか?」

「いぃえぇ、持ってきていませんよぉ。先程も言った通り、私はどちらかと言えば情報提供者である秘密の組織よりぃ、特異な魔法使いであるフォックス氏の方が信用できると思いましたのでぇ。余程強く望まれない限り、そのお嬢さんを祓うべき悪魔だとは認識しませんよぉ」

「ふざけるんじゃないんだからね!」

 すっかりフレンドリーな本気とメッサーの会話に、アリアが怒鳴る。

「何がどうであろうと、そのピンク髪が悪魔なのは間違いないんだからね!」

 何かまた余計な事をしようとしてるのか?

 本気は呆れていたが、それはかすみやメッサーも同じだった。

 が、それは致命的な油断だった。

 アリアはメッサーの後ろから飛び出すと、淫子の腕を掴む。

「え?い、一体、何ですか?」

「正体を現すんだからね!」

 そう言うとアリアは、ポケットから銀の手錠のような物を出して淫子の右手首につける。

「お嬢さん、何をするつもりですか!」

 今までのほほんとしていたメッサーが、驚いて叫ぶように言う。

「悪魔の正体を晒すんだからね!」

 アリアが勝ち誇ったかのように言った後、淫子が絶叫した。

 それは喉を引き裂くような声であり、いつもオドオドしている可愛らしい淫子の声帯から発せられたとは思えない、激痛と絶望にまみれた『音』だった。

「インコちゃん?ちょっと小娘!あんたインコちゃんに何したのよ!」

 かすみがアリアの襟首を掴む。

「言ったんだからね。悪魔の正体を現すんだからね」

 アリアの事はかすみに任せ、本気は苦しむ淫子の所へ行く。

「インコちゃん!」

「が、がぐ、あ、あす、から、先輩。近づか、ない、で」

 それは人の声と言うより、不快で不吉な『音』が言葉の様に聞こえるだけで、人の喉から発する事の出来る音程では無い。

 それでも淫子は苦しげに体を折りながらでも、本気に近づかない様に警告して来た。それは声帯とは違う何かから『音』を言葉とする程に、人とかけ離れてもまだ正気を保っているのだ。

 が、淫子の正気もいつまで保つか分からない。それ程に淫子は苦しみの『音』を発し続けている。

 そしてついに、淫子の背中から制服を引き裂いて黒い翼が現れた。

「ほら!アレがピンク髪の正体なんだからね!どうよ、あんた達はそれでもアレを庇うつもりなの?有り得ないんだからね!」

 アリアが勝ち誇った顔で宣言したが、次の瞬間には殴り飛ばされていた。

 それは襟首を掴んでいるかすみにではなく、本気によってだった。

「本気くん?」

「先輩、先生に連絡して下さい!メッサーさん、どうしたら彼女を助けられますか?」

 本気はメッサーにも掴みかかる勢いで尋ねる。

「申し訳ありませんが、こうなってしまっては暴走する前に消さないと、周囲に被害が及びます」

「あの手錠さえ外せば、抑えられないんですか?」

 本気はそう言うと淫子の方を見る。

 淫子は激痛に耐えるように自身を抱いて体を丸めているが、黒い翼は大きく羽ばたこうとしている。

 マズい!どこかに行かれたら探せなくなる!

 本気はそう思うと、淫子の方へ走ると彼女の腕を掴む。

 その瞬間、本気の体から『何か』が淫子へと流れるのが分かった。

「ダメです!サキュバスに直接触れてはいけません!ドレイン効果は命に関わります!」

 メッサーが本気を淫子から引き剥がそうとするが、本気は淫子の腕を離そうとしない。

「そ、それより、インコちゃんを」

「せ、先輩、手を、離して、下さい」

 淫子の言葉は、『音』と彼女の声が混じり合っていた。

「まだ正気が残っているのですか?」

 驚いた様にメッサーが言う。

「本気くん、先生もすぐに来るって!」

 かすみが悲鳴を上げる様に言う。

「すぐ、と言っても、どれくらいですか?」

「十分もかからないはず!」

「そうですか」

 メッサーはそう呟くと、淫子と本気の腕を掴むと、強引に引き剥がす。

「な、何を!」

 食ってかかろうとする本気だったが、崩れる様にメッサーにもたれかかる。

「あ、りが」

 淫子はメッサーに伝えようとしたが、最早彼女にも声を出す事が出来ず『音』を震わせるだけしか出来なかった。

 淫子は黒い翼を羽ばたかせると、空家の天井を突き破って空へ飛び出した。

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