第四話-1
第四話 魔法使いフォックス
「やーおーいーくーん、あーそーぼー」
「先輩、それはどうかと思いますよ」
矢追の家に来てからそう声をかけるかすみに、本気は思わずツッコミを入れる。
「本当に来んだね。うおっ、バハムートも来てたのか」
と言って出迎えたのは、Tシャツにトランクス姿の矢追だった。
「先生、来る事は伝えたんですから、せめてズボンは履きましょうよ。女子高生が三人いる中で三十路男がパンツ一丁てのは犯罪レベルですよ」
「そう言われると、そうかも。でも淫子ちゃんの前ではいつもこの格好だし」
それも考え直した方がいいと思うのだが、そこまで口を挟むつもりはない。
「ぶっちゃけ私も見慣れてますから」
と言うのは神楽である。
確かに矢追が自宅にいる時には、基本的にはパンツマンスタイルである。冬になると掛け布団を被ったお布団マンスタイルになる。近所付き合いがある本気や神楽には見慣れた感じではあるが、電話で来客を知らせていてもそのスタイルというのが矢追らしいと言えばらしい奇行である。
「どうぞ、上がって。淫子ちゃんも、お茶とか用意しないでいいからね」
「え?そうなんですか?でもお客様には相応のおもてなしをしないと、家人の恥になるんじゃないんですか?」
淫子はパタパタと動くのを矢追が止めたので、淫子は戸惑っていた。
「まあ、テレビの部屋で待っててよ。今、カルピスの用意をしてくるから」
「マジくん、私達ってまだ幼稚園児扱いを受けてるよ?」
「なんか懐かしいね」
小学校の低学年の頃まで、矢追の家に遊びに来た時にはいつもカルピスを出されていた記憶は確かにあった。
矢追の両親はその頃に他界し、今はこの家には矢追一人が住んでいる。
ズボラな社会不適合者かと思われる矢追だが、家を見る限りでは意外と掃除なども出来ているようだ。
もっともこの掃除をしているのは、淫子かもしれないが。
「さて、ズボンも履いたし質問に答えましょうか」
矢追はそれぞれに飲み物を配ると、そう言って笑う。
「それじゃ、俺から質問させてもらいます」
「おや?鴨音君じゃなくて、明日唐君からというのは珍しいね」
「先生は何のためにサキュバスなんて召喚したんですか?」
「僕のためだよ」
さらっと矢追は答える。
「前に話した通り、せっかく三十になって魔法使いになったんだから魔法を使ってみたくてね。で、僕自身の興味と目的の為にサキュバスを召喚したんだよ。それがそこの淫子ちゃんなんだが、それが?」
「本当ですか?」
「嘘をつく理由も無いからね。それに淫子ちゃんを呼んだ理由で嘘を並べて、どうなる事も無いだろうから。ねえ、淫子ちゃん?」
「はあ」
淫子は複雑な表情で答える。
「あ、アレ?もしかして僕、信用されてない?」
「まあ、眼鏡だし」
かすみが口を挟む。
「いや、眼鏡は悪くないだろ?うーん、でもこれ以上は答えようがないからね。嘘でも何かもっともらしい方が良かった?実は淫子ちゃんの力を悪用して、学校を乗っ取ろうとしているとか?」
「それはらしくないにも程があります。それじゃ、もう一つ。インコちゃんを維持していくために必要なものは、どうやって集めているんですか?」
本気の質問に、矢追は眉を寄せる。
「淫子ちゃんを悪魔だと信じていないわりには、随分と専門的な質問をしてくるんだね。どこからそういう知識を得たんだい?」
「先生、俺の質問にそれは必要無いですよね」
「それもそうだ」
矢追は腕を組んでウンウンと頷いている。
「それに隠す様な事でも無いから教えてあげよう。淫子ちゃんは一般的な淫魔と違って、実は精気を必要としないんだよ。と、言うより精気を吸収する様な淫魔じゃなくて、空気中に漂う精気が淫子ちゃんに流れ込む様になってるんだよ」
「はあ?なんじゃそりゃ」
「鴨音君、イイ反応だね。分かるように図解してあげよう」
「いえ、分かりやすく言葉で説明して下さい」
かすみに喋らせると話が進まなくなるので、本気が早めに釘を刺していく。
「そうだね、分かりやすく言うと、高校に限らず学校という場所は平日では恐ろしくエネルギーを発散させる場所なんだよ。具体的に言うと、高校一年から三年までのクラスで体育の授業が無い平日ってのは無いんだよ。で、一クラスで体育を行なった時、一時間くらいで四十人分近いエネルギーが発散されるわけだ。まあ、他の授業中でも少なからずエネルギーが発せられているわけだけど、それらを淫子ちゃんに流れる様にしてあるんだ。僕の計算では、一日学校に行けば三日分以上のエネルギーが蓄えられる様になっているんだけど、ここまで着いて来てるかな?」
「なるほど。実に画期的な方法である。自身の能力を必要とせず、自らの維持を出来るとはな」
デメキンが感心している。
「デメキン程では無いにしても、俺もついて行けてます」
「明日唐君が着いて来てれば、他のガールズはまあ良しとしよう。運動部の活動時間になったらそれこそガッツリ吸収できるわけだから、一学期をしっかり通えば夏休みもエンジョイ出来るはず!どうよ、この人畜無害サキュバス育成計画!完璧じゃね?」
「なるほど、確かに完璧!ただのダ眼鏡じゃなかったのね!」
食いついて来たのは、やはりと言うべきかすみだった。
「それじゃ先生、インコちゃん自身にはドレイン能力っぽいものは無いんですか?」
「どうだろうね?本人にその能力の自覚が無いんなら、無いんじゃないかな?少なくとも僕は能力の付加とか封印とか、そういう器用な事は出来ないから」
矢追の言葉を聞いて、淫子は泣き出す。
「え?な、何で?僕が淫子ちゃんを泣かす様な事言った?」
「やっぱりダ眼鏡ね」
何故か勝ち誇った様にかすみが言う。
「え?ちょ、どういう事?先生にも教えてくれない?」
このまま教えないで矢追抜きで話を進めるのも面白そうだったが、それだと話の進行に支障が出そうだったので、悪魔祓いとの一件を矢追に話す。
「何?僕が三国志にハマっている間にそんな面白イベントが?呼んでくれれば僕もソッチに行ったのに!」
「先生、エロゲーしてたんでしょ」
「ぬをう!や、やってないって。三国志だって」
「先生、私からも質問です。って言うより、分からないところがあります」
挙手して言うのは神楽である。
「竹取君、どこが分からなかった?」
「インコちゃんにエネルギーが流れる様にしたって言ってましたけど、それって能力の付加じゃないんですか?」
「付加、という訳じゃないよ。と言うのも、淫子ちゃんが自分で吸収するエネルギー量をコントロール出来る訳じゃないから。言うなれば本人の意志で解約出来ない代わりに、一定額支給し続ける定期預金みたいなもんだね。淫子ちゃんに流れていくエネルギーはあくまでも淫子ちゃんの維持に使われるもので、別の所に蓄えられているものだから、残念ながらそれを使ってパワーアップ的な事も出来ない。でもこの貯金が貯まると、今後エネルギーを吸収しなくても現世に維持出来る。だから能力の付加とはちょっと違うんだよ」
「先生、意味わかりません」
「ま、付加とか封印とは別のメカニズムが働いていると言う事だね」
矢追は簡単に言うが、この説明が全て真実であるとすれば、淫子はかなり特殊なサキュバスという事になる。
矢追も言っていた通り、ここで嘘をつくメリットは少ないので本当の事なのだろうが、そうだとすると悪魔祓いや秘密の組織とやらに狙われるのもここまで特殊であれば、何ら不思議な事では無さそうである。
「先生、インコちゃんは何か魔法は使えるの?」
「それは僕より本人に聞いた方が良い」
かすみの質問に矢追はそう答えて、淫子の方を見る。
「えっと、魔力の流れを感じるくらいなら、何とか」
オドオドしながら答える淫子を見る限りでは、効果的な魔法は使えないと思われる。もし攻撃魔法の類が得意であったら、真っ先に餌食になっているのはかすみのはずである。そのかすみに対する有効な撃退法が無いという事はそういう事なのだろう。
「維持の方法はよくやったけど、せめて自衛くらいできるようにしたら良かったんじゃないの?」
「いやー、バハムートに言われるまで本物の悪魔祓いがいるなんて夢にも思わなかったからね」
悪魔を召喚しておいて、矢追はそんな事を言っている。
「どうなの?実際に悪魔祓いって悪魔を祓えそうなの?」
「俺達が見たのは二人ですけど、片方の金髪娘はぶっちゃけただのコスプレと思います。もう一人の方は、本物感溢れる悪魔祓いですね」
本気は思い出しながら言う。
アリアは口だけは立派だが、ありとあらゆる意味で何の脅威も無い。一方のメッサーはまったく暴力の匂いを感じさせない分、本物の雰囲気があった。『悪魔祓いの道具を持ってきていない』と言う言葉からも、道具さえあれば悪魔祓いが出来るという事だろう。
「うむ。あの小娘は話にもならぬ、取るに足りぬ者だ。しかしあの大男はかなりの使い手である。我を召喚した者も、あの大男の様な者を恐れたのであろう」
メッサーの実力は、上位個体らしいデメキンのお墨付きである。
しかし、メッサーは相手の理解を得てから悪魔祓いを行うと言っていた。言動的にもアリアの様にいきなりワケのわからない因縁をつけてくる様な事は無いだろう。
「先生、そう言えば悪魔祓いが気になる事を言ってたんですけど、先生は秘密の組織から魔法を学んだんですよね?」
「まあそんな感じだけど、それがどうかしたかい、明日唐君」
「悪魔祓いの金髪女が、秘密の組織に召喚に成功した魔法使いがいるって言ってたんですけど、それってその秘密の組織が悪魔祓いに情報流してるって事じゃないんですか?」
「可能性の話になるから、断定は出来ないよ。その可能性は高いだろうけど、ひょっとしたら僕が魔法を教わった組織が実は悪魔祓いの組織だったかもしれない。って事も考えられるからね。それにほとんど情報を持っていなかったはずのバハムートですら簡単に見つけられたんだ。確実にどこかから情報が流れてると思う」
恐ろしい仮説をサラッと口にする矢追である。




