第三話-6
「貴方より今の人の方が、遥かにエリートな感じだけど?」
かすみがアリアに向かって言う。
「そんな事無いんだからね。私の方がちょーエリートだし、メッサーをアゴで使ってるんだからね!」
アリアの言う事も分からない話しではない。
大男のメッサーはアリアを『お嬢さん』と呼んでいたのに対し、アリアは常に命令口調だった。メッサーの慣れた態度を見る限りでは、あまり絶対の主従関係と言うわけでは無さそうだが、少なくともアリアの方が立場が上なのだろう。
「とにかくわかったでしょう?その悪魔は、そこにいるだけで迷惑なんだからね。いやもう、迷惑どころか罪なんだからね!」
アリアの言葉に、淫子は泣きそうな表情で震えている。
「今のは訂正してもらうわよ」
今までの悪そうな顔ではなく、無表情かつ無感情にかすみはアリアに言う。
「な、な、何を訂正するの?必要無いんだからね。大体メッサーも言ってたでしょ?悪魔、特にサキュバスなんかは精気を周りから吸収するんだからね。弱っている人の近くになんかいたら、命に関わるんだからね!」
アリアの言葉にかすみは無表情に拳を振り上げるが、神楽がそれを止める。
「精気を吸収って、どうやって?」
神楽がアリアに尋ねる。
「そ、それはサキュバスだから、あーんな事やこーんな事で」
「だとすると、いるだけで迷惑にはならないでしょ?いくらなんでも言っていい事と悪い事はあるわよ。先輩、もう飽きたから帰りましょうか」
「そうね。相手にしているのがバカみたいだし」
かすみと神楽がそういうと、神楽がアリアからビニール紐と布団を引き剥がす。
「な、何のつもりよ。言っとくけど、恩になんか着ないんだからね」
「ちょっとガチで殴っていい?」
「気持ちはわかりますけど、今日は止めときましょう」
かすみを神楽が止めている。
「本気くんはどう?私はここでボッコボコにしてやろうと思ったんだけど?」
「言いたいヤツには言わせておくってのがUMA研究部のやり方でしょう?インコちゃんがそう言うんだったら協力しますけど、先輩だったら阻止します」
淫子は泣きそうな表情のまま本気の後ろに隠れているが、本気は苦笑いしながらそう答える。
いかにも先輩らしい怒り方だな。
かすみは自分が悪く言われるのには慣れているのか、その事でいきなり怒り出す事はほとんど無い。その一方で本気や神楽が悪く言われるのは許せないところもある。アリアに対しての怒りも淫子を悪く言ったためである。
「今日は許してあげるけど、次は覚悟することね。場合によっては本当にその服の背中に、大陸製猫型ロボットの落書きをするかも知れないわよ」
「フン、脅かしたって無駄だからね。せいぜいそのサキュバスとお友達ゴッコしてればいいんだからね。私がそのサキュバスを祓うまでの短い間だけどね」
「ゴメン、やっぱりボコる事にする」
かすみがそう言ってアリアに殴りかかろうとするのを、本気と神楽が慌てて止める。
「先輩、落ち着いて。今の俺達はある意味拉致監禁してるんですよ?さっきのメッサー氏にも見られてますから。さすがにボコボコにして帰らせたら、いかにメッサー氏が温厚な方でも怒るんじゃないんですか?あの人怒ると超怖そうですし、場合によっては通報されますよ」
「そうですよ、先輩。今日はもういいじゃないですか」
「良くない!あんた達、後輩をあんなふうに言われて、それで良いの?私は絶対イヤ。訂正するって言うまで戦うわよ」
「俺は、今だけなら引き下がります。これからも続けるようなら許せないでしょうけど、今はこちらが譲っても良いでしょう。なにしろ拉致ってるんですから」
ムカつくところはあるが、アリア一人だったら正直なところ何も脅威は無い。それでもビッグマウスで淫子を叩くのなら、その時はメッサーも交えてアリアに訂正させるつもりである。
「ま、まあ、今日のところは見逃してあげるんだからね」
「お互いのためにも、口の利き方には気をつけなさい」
かすみが冷たく言う。
アリアは何か文句をつけようと振り返るが、かすみの尋常ならざるプレッシャーを前に言葉を飲み込んだ。
入口近くにいた本気も淫子をかばうように立って、アリアが出て行くのを妨げない様にする。
「な、なんなのよ、あんた達。悪魔よ?悪魔をかばって、本気で怒るなんて意味がわからないんだからね!」
「別に構わないよ。全てを完璧に理解する事なんて、最初から不可能なんだから」
アリアに言われ、本気は肩をすくめて答える。
物心がついた時には一緒に行動していた神楽に対してすら、本気はほとんど理解出来ていない。何しろ特大の空飛ぶ喋るデメキンを見て驚くどころか、二階の窓からひょいと捕まえに行くくらいである。かすみに対しては理解する事自体をほぼ諦めているし、淫子を理解するには知り合ってからの時間があまりにも短い。
アリアはまだ物足りないようだが、唇を噛んで出て行く。
「インコちゃん、気にしないで良いからね?」
かすみが強いショックを受けている淫子に声をかける。
「で、でも、私がいるせいで、皆さんにも迷惑をお掛けしているかも知れないんですよね?もしかすると部長の体調不良も、私のせいかも知れないんですよ?」
「それは無いでしょうね」
神楽が即答するので、淫子はもちろん、かすみや本気も驚く。
「竹取さん、どうしてそう断言できるの?」
「見た目のワリにアニメやゲームに詳しい先輩なら分かると思うんですけど、ドレイン系の能力ってほとんどの場合で接触が条件じゃないですか。同じフィールドにいるだけでエナジードレイン効果なんてやられたら、レベルがガンガン下がり放題ですよ。そんなクソゲー聞いた事無いです」
「あー、竹取さんらしいと言えばらしいわね」
「大体私、これまでも突然発熱したりしてましたから、体質だと思いますよ?仮にインコちゃんがドレイン系の能力を持っていたとしたら、私より先輩の方が吸われてるはずですよ。初対面でおっぱい鷲摑みにするし、あれだけ抱きついてたんですから」
神楽は淫子に対してと言うより、自分が思っている事をそのまま口にしている。
その神楽の言葉は本気も同じ考えだった。
「仮にドレイン系の能力でインコちゃんが周りから生命力を吸収していたとして、それが無条件に吸収しまくるものとは思えないですね」
「マジくんもそう思うよね?」
神楽が言うと、本気は頷く。
「召喚士に確認する必要はあるが、我もその淫魔に精気を周囲から吸収しているとは思えぬ。淫魔の語った目的とも異なるのでな」
悪魔祓いがいなくなったためか、デメキンの監視衛星バハムート一号が無駄にダンディボイスで語る。
「なんだっけ、ゲッヘッヘ的な話だったっけ」
「先輩、インコちゃんがまた泣きますよ。たしか『高校生活を楽しむ』事が最大の目的でしたよね。無条件かつ無差別なドレイン能力を持っていたとしたら、インコちゃんの性格で高校生活を楽しむなんて出来るとは思えないですから」
「なるほど!本気くんって、名前の通り本気出そうとしないけど、出したら凄いよね。頭の回転も早いし」
かすみが手放しで褒める。
しかし、言っている事はデメキンと大差無いので、知能レベルは特大デメキンと対して変わらないとも思える。
「いや、名前は関係無いと思うんですけど」
「本気くんの場合は関係あるでしょ?本気くんは、全力を出す事を恥ずかしい事だと思ってるでしょ?まったく、思春期特有の歪んだ感覚よね」
全体的に修復不可能なレベルで歪んでしまっている人に言われたくない。まして思春期特有などという言葉もほとんど歳のかわらないかすみに言われても、なるほどそうですねと納得出来ない。
「インコちゃん、ちょっと先生に話を聞きたいから連絡を取れないか?」
「竹取さん、本気くんが無視するんだけど」
「いやー、今のは先輩が悪いでしょ。って言うかこれまでの積み重ねもあると思いますけど、その辺りはどうなんでしょうか」
かすみと神楽の事は無視して、本気は淫子から携帯電話を借りる。
「先生、明日唐です」
『明日唐君はどうして淫子ちゃんの携帯からかけてくるのかな?自分の携帯があるんじゃないのかい?』
「いやー、先生の番号とか登録しなくてもいいかな、と思いまして」
『随分な言い方だね。ところで何か用かい?』
「インコちゃんの事について先生から詳しく聞きたい事がありまして。今から行きますけど大丈夫ですよね」
『今から?今ちょうど良いトコでセーブできないから、もうちょっと待ってもらえる?』
「何やってんスか」
『そりゃ、魔法使いになれる様な男が休みの日に人払いまでしてやるゲームなんていったらすぐに予想がつくだろ?もちろん三国志だよ』
「絶対嘘ですよね。今から先輩と竹取さんも連れて行きますから」
『ちょっと待って。今からって、どれくらい?』
「十分くらいですかね」
『ああ、十秒くらいでくるわけじゃないんだね。それならキリの良いトコまでイケるだろうから大丈夫』
そう言うと矢追は電話を切った。
「それじゃ、先生のトコに行きましょうか」
「あの眼鏡何してたの?」
かすみが尋ねてくる。
「どうもゲームをやってたみたいですよ。本人は三国志と言ってましたけど」
「エロゲーでしょうね。まったく、インコちゃんを召喚しておきながらエロゲーとは、男として恥ずかしくないのかね?」
それは本人に確認しないとわからない問題だろう。後、エロゲーと決め付けるのもどうかとは思う。
「ま、いいや。来る事を拒まなかったって事は、色々聞けそうだしね」
かすみはアリアに対してと同じ、悪い顔になっていた。
次から第四話です。




