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殺人鬼の証言。  作者: 木宮卓
証言:1
4/6

1.1


 良い切れ味なんですよーなんて包丁の人が言った。よくお世話になる人で、昔からの知り合いだった。

 姉がいきなり俺の手料理が食べたいなんて言い出すものだから、最近貯めていたお金をはたいて包丁を買ってきた。最近姉は頑張っていて、疲れているようだし。そしてようやく俺の家に顔を出した姉の我儘だ。聞いてやらないと可哀想だし。

 それにしても、良い切れ味か。どんなものなのかなー。さくっと切れるってことかな。なんて俺は紙袋の中にある、タオルでぐるぐるになっている包丁を覗いてみる。これからお世話になるんだろうな。俺はほとんど料理なんか作らないで買い物ですませるものだから、料理なんかは久しぶりだけど、これを機にまた始めるかな、料理。


 姉は、本が好きだった。昔からよくお母さんとお父さんに本を買って貰っていた。絵本も、小説も。それを俺も貸してもらって読んだけれど、本にはいつも落書きのようなものがあった。絵本には登場したある人物に赤い丸が書いてあって、小説には名前にマーカーで線が引かれていた。それはある特定の人物だけで、他の人物には何もされていない。一冊に着き、一人。その一人を示す意味が、俺には理解できなかった。別に読めないわけではないから不満というわけでも無かったけれど、なんだか不安で不気味だった。姉の行動が理解できなくて。

 俺と姉は昔から仲が良いわけでも無かったし、どちらかというと話す機会がなかったせいで、俺は姉にその落書きの意味を問うことができなかった。怖かったのだ。姉を深く知ることが。姉を深く知ってしまったら、俺のことも姉が深く知る様で。俺のことを深く知ったら、姉はどうなるんだろう。

 意味のないことを考えている俺は結局、人と関わるのにただただ臆病なだけなのだ。自分に近い存在を作りたくない。ただ、それだけで。


 俺はいつの間にか止めていた足を再び動かし始める。俺、バカみたいだな。

 姉は今、この町の騎士団をやって居る。この町の平穏と国王の安静を願って、戦う。その様を犬と呼ぶ輩も多いけど、俺はそんなことは思わない。俺は姉は立派だと思う。目標を持って。守りたいものがしっかりあって。


 俺とは大違いだ。

 俺は毎日を呆然と生きているから。俺は毎日、息を吐いているだけ。これじゃあ何の意味もない。これじゃあ、生きているのか死んでいるのか分からないよな。正直、うんざりなんだよなぁ、こんな毎日。適当に仕事をこなして、怒られて。旨くもない飯むさぼって、硬いベッドで寝て。朝起きて、そしてまた仕事に行って。人と喋る事も少なくなった。昔はそりゃあ、友達とかはいたけど。でも今いるのは、仕事の後輩とか先輩とか同僚だけ。同僚も、特別仲が良い奴がいる訳でも無く。お疲れ様、とか。おはようとか。さよなら、とか。そんな鳥とでもできる会話をするだけ。家に帰れば当然一人だし、喋る事は無い。

 テレビなんか見ているだけ金の無駄だから、昔姉が実家に残して言った本を読み返したり、朝刊を読み直したりして眠くなったら寝る。それだけ。

 かつて俺が望んでいた、他人と全く関わらない、俺のことを深く知る人間がひどく少ない人生になっているわけだ。

 満足になるはずだったんだけどなぁ。これで。怯えることは無いからさ。自分が捨てられることなんか、失望されることなんか、無くなるから。それでもう何も怖いことは無くなるはずだったのにさ。それなのに、なんなんだろうな。この感じ。俺、居なくてもいいんじゃないか。俺が居なくなっても誰も困らないんじゃないかな。俺が息していることで、誰か得してんのかな。


 してねーだろうなぁ。してねーよ。全くもってしてねぇよ。息だよ、息。ただの空気だよ。空気ってさぁ、何でできてんのさ。俺姉と違ってバカだからさぁ。ろくに勉強もしなかったしさぁ。勉強に利益を感じることができなかったしさぁ。それで何が得られるのかさっぱりだったからさぁ。空気って何か知らないんだよねぇ。何でできてんの。俺の吐く息って。俺の体のふかーくから分泌される息ってさぁ、何でできてんの。だれか調べてくれよ。調べるってどうやって調べんだろうなぁ。嗅ぐのか、汚ねぇの。汚ねぇ、汚ねぇのかなぁ。俺の体の奥から出されるのってゴミなんじゃねぇの。ってことは俺の奥ってゴミじゃん。

 じゃあ俺って、ゴミじゃん。


「……あ?」


 気が付いたら、両手が濡れていた。なんだ、コレ。ねちょねちょしてる。なんかあったかい。なんだこれ。耳痛いな。あぁ、誰か叫んでんのか。知らねぇや。なんだこれ、本当に。あぁ、なんか右手がおめぇや。まぁいっか。俺両効きだしさぁ。左手に持っていたもの持てば良いやぁ。そんで、なんか体が熱いからさぁ。とりあえず、とりあえず。

 ……とりあえず、なんだ。俺、何してんだ。俺、どこに居るんだ。いや、ここに俺は居るや。だけど、なんだこれ。血だ。血だ。人が倒れている。

 え、マジで俺何してんだ。

 驚いて、飛び退く。俺がやったのか。だろうな。


 マジでやべーじゃん。なんだこれ。マジでやべぇ。


 この包丁、切れ味最高じゃん。


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