ちょっと遠出初夏デート 2
─とあるメイド喫茶
起きて電車の窓を見たら全然見慣れない景色が広がってて『唯斗も寝てたな! 乗り過ごしちゃってるじゃないか!』と唯斗の肩をポコポコ叩いたのは少し前の事。今回は一原じゃなくて秋葉原が目的地なんだとか。
そして秋葉原に着くや俺の手を取り、呼び込みのメイドさんに呼び止められるや迷うことなく店に入っていく唯斗は男の中の男……に見えなくもなかった。
そして今に至る
「ご主人様がライトニングテンペストソーダ、お嬢様がビジョンオブザスカイソーダ、あとお菓子セットで間違いないでしょうか?」
「はい、大丈夫です」
「お、俺も大丈夫です」
「はーい♪ ご注文承りましたー♪ それではちょっとだけ待っててくださーい♪」
注目を取るや華麗にくるんと回って厨房へ戻っていくメイドさん。男のサガか、ちょっと短い気がするスカートの揺れに目を奪われた。
「……はぁ」
「どうした響。ガッツリスカート見といて気にしてないフリなんかしても無駄だぞ」
唯斗はメイドさんに目もくれずさっきの俺をガン見してたみたいだ。……くそ、そういうところ見られるのは流石に恥ずかしいな。
「違うよ。……いやね、お嬢様ってなんかムズ痒いなぁって思って」
「なるほど」
「俺も……ご主人様って呼ばれたい」
惜しい。惜しかったんだ。確かにお嬢様呼びでも十分にグッと来るものはあったけど、ご主人様呼びだったら多分もっと心に響いてたと思うんだ。
「なら次にメイドさんが来たときにでも頼んでみるか」
「……大丈夫かなぁ。追加料金とか取られたりしない?」
「流石にそれは偏見だと思うぞ。何よりここはメイド喫茶ということになってるが、ガワだけで普通の喫茶店とそんなに変わってないしな」
言われてみれば確かに、メイドさんの名指しみたいな水商売的なシステムも無いし、メニューも割高って訳でもない。……メニューの名前は変だけど。あと、どことなく雰囲気や客層も落ち着いてる気がする。
「……ぬるま湯?」
「言いたいことは何となく分かる。分かりにくいけど」
「お待たせしましたご主人様、お嬢様♪ ライトニングテンペストソーダと、ビジョンオブザスカイソーダ、セットのお菓子になります♪」
そうこう話している内にメイドさんが颯爽と現れ、テキパキと注文した物を並べていった。
「ありがとう」
「どーもっ……」
唯斗の方には紫掛かって青白く透き通った綺麗な飲み物が、俺の方には水色寄りの透き通ったエメラルドカラーの飲み物が、それぞれ炭酸らしく気泡をぷくぷくと浮かべていた。
メイド喫茶は何かこうドジっ子増し増し上等なイメージだったんだけど、この気品すら感じるメイドさんを見てたら偏見かもって思えてくるな……。
「追加のご注文がありましたら、またお声を掛けて下さいね♪」
グラス越しに歪んだ唯斗をボーッと眺めていたらメイドさんの声がしてハッとなった。俺の小さな望みを思い出したのだ。
「あのメイドさん、ちょっといいですか?」
「はいお嬢様、何なりとお申し付け下さいませ」
うぐっ……。よくいるお屋敷の汚い主人が綺麗なメイドさんを侍らせている理由が分かっちゃったよ。真っ白いものを汚したくなる的な、キレイである者に邪な思いを抱く的なアレだ。
「その……ね? お嬢様じゃなくて、ご主人様って呼んでほしいなーなんて」
ちょうど胸辺りまで伸びている髪の一部を指で掻き上げながらそう言うと、メイドさんは一瞬動きを完全に止めた。
「……えっと……ダメ?」
「(…………はぁ~♪ 背伸びしたいお年頃なのかなぁこの子。それとも大好きなお兄ちゃんと同じ呼ばれ方したいとか? 滅茶苦茶効くなぁ♪)」
反応が無いから不安になってそう言ってみるや、メイドさんは淡々としていた表情をほんの一時だけ崩した……ように見えた。
そしてメイドさんは両手をお腹辺りに置き、トレイを支えながら綺麗にお辞儀をした。
「改めましてご主人様、このようにお呼びしても宜しいでしょうか?」
刹那、心の底から喜びやら感動やらが色々混じったものが込み上げてきた。……そう、グッと来るっていうのはまさにこんな感じかな。こういうのは本当に久々に味わった気がする。
「ありがとう……! すごくありがとう……っ! ずっとご主人様呼びでいてほしいな」
「畏まりましたご主人様、それではごゆっくりどうぞ~♪」
メイドさんは一言入れると、俺たちの席から離れていった。
「…………♪」
あるべき様相のまま裏方へと戻っていくメイドさんをぽけ~っと眺めて見送り終わると、唯斗の方へ向き直った。
唯斗はちょっとニヤけてた。
「笑えばいいさ。電車では女の子っぽくなってきてる的な話をしたけどさ、結局俺は俺のままだ」
「いやなに、良いもの見せてもらったからな。俺に見せるのとはまた違うデレ顔、しかと目に焼き付けたぜ」
「……やっぱり顔に出てた?」
「ああ。響はしばらく『与えられる』側じゃなかったからなぁ。仕方ないさ」
唯斗が話し終わった直後に俺はビジョンオブザスカイ(マスカットソーダ味)のストローに口をつけて吸った。……うん、奇抜な味じゃなくてよかった。
しかし……与えられる側か。……そうだな。確かに俺はずっとずっとさっきのメイドさんと同じだったというか、なんというかこう……『目の保養』『心の保養』させる側の生き物だったというか。……うまく表現できないな。
ようするにアレだ。最近は死語だけど『萌え』の対象だった訳だ俺は。気になる女の子が出来たとか、小動物に心を動かされたとか、そういう感動を自覚出来るレベルではしてなかったんだ。
それが今、自らメイドさんに頼んで、その要望を完璧に叶えて貰った。俺が自分から掴んだ感動だ。自覚しない訳がない。
「……ぷはっ。……俺がいつも藤崎とかに今の気持ちを与えてるんだとしたら……そうだな。あんま藤崎達の変な行動を悪く言えなくなるな」
「悪く言ったところで喜ぶのがオチだけどな」
「そうだったかも。……無反応が一番なのかな」
「何やっても可愛いと崇められるだけだな」
「……もう、わかってるならたまには助けてよ」
唯斗って席が近かろうが遠かろうが我関せずって感じで、遊ばれる俺を見てるだけだよなぁいつも。しかも俺には笑ってるように見える程度に極力無表情で。
「あんまり響を独り占めするとみんなに悪いからな。学校の中でくらいはお裾分けしてやらないと」
「自分にヘイトを集めたくないだけじゃない?」
「確かにそれもある。でもな、学校でしか見れない響というのもまた乙なモンなんだよ。3年になってからは女子にもみくちゃにされる事の方が多いだろ? これが普段やかましい男共も魅入るくらいには綺麗な絵図なんだ。俺には到底邪魔できないな」
「女の子は同姓という名目で男共よりよっぽどガッツいてくるから苦手なのに……。たまにどさくさに紛れてお尻だの胸だの揉んでくる子もいるんだぞ……」
「…………同姓だからノーカンか……そういうことにしとこう」
唯斗は何か言葉を漏らした。本当に小さな声だったから聞き取れなかった。
「ごめん聞こえなかった」
「ああいや、今度からカメラでも撮っておこうかと思ってな」
「聞かなかった事にしてあげるから別のこと喋って」
「お前の困り顔は撮っておきたいんだけどなぁ」
唯斗にあるまじき変態発言。……そんな機械に頼らんでも持ち前の眼と脳に焼き付ければいいのに。
あと唯斗には言わないけど、更衣室みたいな女の子しかいない空間だと男が見てない分みんな色々とタガが外れるんだよね……。まぁ男がよく妄想するいわゆる胸の大きさの確かめあいとか豊満な胸に対するキャッキャウフフとか……カメラでも仕込んで後で唯斗に見せてあげようかな。
……やめよう! いくらなんでもサイテーな発想だ。せいぜい伝えるとするなら口答の方が妄想も捗るし男として人間として健全感がある。……どのみちダメな事のような気もするけど。
「…………はぁ、他の人を利用しなくたって唯斗が俺を困らせればそれで十分でしょ? それなら撮ってもいいから」
そもそも今現在困り顔のような気もするけど……って、我ながら謎すぎる発言をしたな。
「困り顔にも種類があってだな……いや、今は響のその献身な気持ちで十分だな。ありがとう」
「どういたしまして……?」
「よし、パフェでも奢ってやろう」
「マジか! あーでも一人で食べるとお腹いっぱいになっちゃうな。唯斗も手伝ってくれる?」
「それじゃあ食べさせ合いっこな。何にするか決めよう」
早速デザートメニューを俺に見えるように広げる唯斗。俺は目に映るメニューよりもさっきの唯斗の台詞が気になってた。
だからパフェの事はあまり思考できなくて、なんとなく目に止まった抹茶とバニラがメインのパフェの写真に自然と指を差していた。
「やはり直感だとそれだよな。俺も抹茶と聞くとどうしても惹かれるし。……あ、すいませーん!」
「はーい♪ ただいまお伺いしまーす♪」
ちょうど近くを通りかかったメイドさんに声を掛けると、メイドさんはススッと優雅にやってきた。
──5分経ったか経たないかして、さっき唯斗が注文した『大フロスガー』なる抹茶アイスの上にホイップが乗っているのが印象的な以外は普通のパフェが来た。……この店の商品名、色々ギリギリな気がするな。
「よし響食べるぞ。まずは小手調べにこのポ○キー的なヤツからいくか。ほれ」
「え? 何? ……ううん、分かった」
唯斗はポ○キー的なチョコの棒を俺に向けてきた。何? なんて返答したと同じくらいに、俺は唯斗の行動の意味をなんとなく理解した。
そりゃあさっき唯斗が食べさせ合いっことか言ってたもんね……。
「あーむっ」
というわけで、俺は少し身を乗り出してポ○キー的なのをパクりといただいた。生クリームがちょっと着いてたからか少し特別な感じ。
「うん、うん。……まずいポ○キーなんてそうそう無いもんだ」
「そりゃそうだ」
まぁよく知ってる味だから感想も適当だ。
次は俺もポ○キー的なのをパフェから抜いて、身を乗り出して唯斗の顔に近付ける。
さっきの『あーん』が今更恥ずかしくなったから、そのお返しだ。拒否なんてさせない。……けど、唯斗はなかなか口を開かない。
「響」
「なに? はやく食べて」
「あーんって言ってくれないとダメじゃないか」
「…………」
なんでそんな恥ずかしいことを! って言おうとしたけど、なんかもう今の行動含めて全部今更な事に気付いてやめた。……思い返せば今朝からずっとバカップルみたいだったなホント。
「ほ、ほら……あーん」
「あーん♪」
うげぇ!! 唯斗が過去最高に気持ち悪い!!
顔は良いからどうせ端から見ても様になってるんだろうけど、俺からしたらもうムズ痒くて仕方ない。
「うん、こりゃいつもと違うな。うまい」
「……何も違わないと思うけど」
「いいか響、食べ物っていうのは味と匂いも大事だがシチュエーションも重要なんだ。そう、響に食べさせてもらえるっていうのも1つのスパイスに成り得るんだよ」
「まぁ、なんとなくは分かるけど……」
唯斗の言い分だとさっき俺がポ○キー的なのを食べさせてもらってもそんなに感動が無かったのは意識してなかったからだって言えるな。
……じゃあつまりアレだ。『唯斗食べさせてもらう』って事を意識したら俺も唯斗の気持ちを心から分かってあげれるのかな。
……そう思いながら、頭の中で唯斗に食べさせてもらうシーンを想像したらちょっとだけ、少しだけドキドキしてきた。
「……ね、ねぇ唯斗。もう一回俺に食べさせてくれない?」
「いいぞ。何度でも食べさせてやる。ほら、あーん」
唯斗は快く俺にポ○キーを向けてきた。
さっきはあんなにあっさり食べたのに、意識したら途端に目が泳ぎ始める。『誰か見てる人いないかな?』『知り合いはいないかな?』って周りを気にし出す。……でも、それは照れ隠しだって分かってる。
ポ○キーを向けてきてからちょっと間が空いちゃってるのに、唯斗は変わらず優しい笑みを浮かべながら俺が心を決めるのを待ってくれていた。それが嬉しくて、申し訳なくて、なおさら唯斗を直視出来なくなる。
「……あむっ」
このゴチャゴチャになった気持ちから解放されたくて、逃げるように素早く身を乗り出してポ○キーにパクついた。
「あむぁむ」
頬っぺたも耳も熱くなって、早く済ませたい一心で口で強く引っ張ってみた。……でも唯斗が何故か離してくれないせいで中途半端なところで折れてしまった。
「うん、こいつは俺が貰おう」
「……~~~っ」
俺の食べかけのヤツを唯斗はひょいっと口の中に放り込んだ。もうあまりに恥ずかしいもんだから声にならない悲鳴のようなものが出た。
意識するだけで……そう、ちょっとだけ意識しただけでこんなに気持ちが掻き回されるなんて思わなかった。
でも俺をこんなにした唯斗は何食わぬ顔で……ちょっと嬉しそうで……。くそう、どうやったらコイツをさっきの俺みたいにしてやれるんだ?
「よし、いよいよメインといきますか。次は響が食べさせてくれ」
唯斗からパフェ用の長いスプーンを渡される。
俺はスプーンで生クリームと抹茶アイスをすくって唯斗の口元へ突き付けた。
「ほら、食べろ……」
ふざけて『あーん』って言う余裕は無かった。でも唯斗は嬉しそうにスプーンを口に入れた。その様子が嬉しくて、俺は唯斗を困らせようとしていた事を忘れた。
「あーんだ」
「あーん♪」
気付けばさっきとは気分が一転していた。
唯斗の嬉しそうな顔が見たくて、次々とスプーンを突き出す。そして唯斗の表情を眺めては、俺も顔を緩ませた。その次に唯斗は俺からスプーンを取った。
「すまん響。お前がその……あまりにも甘い感じだからその……気持ちの制御に時間が掛かった」
次はお前の番だと言わんばかりに唯斗はスプーンにパフェを掬って向けてきた。
俺は知らず知らずの内に唯斗を困らせるという目標を達成したのでは?という考えが少しだけ脳を通りすぎたけど、そんなこと今はどうでもよくなっていた。
今年も明けてから随分経ってからの投稿です。
結構書いたような気がするけどメイド喫茶に行っただけですね。
二人の緊張感の無い間柄みたいなものの他にデートの細部を書きたいという目的もあってメイド喫茶でのやり取りに注力したので、デート回はここでおしまいでもいいのですが、もう少し書きたいシチュエーションがあるのでサブタイはナンバリングしたままです。




