元男による男の為のスパイ作戦! 5
「じゃあ次、須藤さんね」
「……くっ、とうとう来たか」
常に明るく笑みを絶やさなかった須藤さんの表情に陰りが……。というか、本当に流れでここまで来てしまった。今日の俺はどちらかというとツいてるな。
でもまだ目的は達成したわけじゃない。北山水樹なる男子生徒の事を本当はどう思ってるのか知らなきゃダメなんだ。
まぁ、なんとなーく答えは出てるような気もするんだけど、一応ね。ここまでの会話で俺の女の子へ対する評価が鰻登りしてるせいで甘く見積もってる節もあるかもしれないし。
「ふふふ、私は好きな人を暴露しちゃったようなものなのよ? 恋人以上の話なら響ちゃんからも聞かせてもらった。まず恋人未満の話であれば、この場では些細なものでしょ?」
「そうですよ須藤先輩っ! ここはいっそ、ドドンと吐いちゃうですよっ♪」
「……あ、あんまり言い過ぎるのは」
唸る須藤さん。
そりゃまぁ唸るよなぁ。北山水樹なる男子生徒の事を本気で好きなら、返事も返ってないのに告白した事を他の人に話すなんて怖くて出来ないだろうし、ただからかう為なら余計に告白した事なんて他の人に話せない。
……よし、ここは俺も背中を押してあげようか。
「じゃあ須藤さんの話聞かせてもらったら俺も、唯斗と俺の事なら何か答えるから!」
「「「……!?」」」
「……うぐぐぐぅ。なんてズルい提案なのっ」
「そこまで悩むなんて……これは大きなエピソードありと見たわ」
「私は須藤先輩の恋バナも響先輩の甘い生活の話も聞きたいのですよっ。須藤先輩は今とても重要な立ち位置にいるのですよ」
三島さんの読みは間違いない。須藤さんの事情はよく知ってるからね。……ただ、それが北山少年に良い話なのか悪い話なのかを聞くのが今回の目的だ。
ある程度の線引きをして、線を超えるような唯斗と俺の事について聞かれても適当に流してる俺にとっても、須藤さんに出した条件はとても大きいものには変わりない。これはイーブンな取引の筈だ。
「わ、わかったわ。みんなも話したし響ちゃんにこうまで頼まれちゃったらね……。響ちゃんがこんなに恋バナが大好きな子だったとは意外なような気もするけど」
「あぁいやっそのっ、あれだよ、やっぱり他の人の恋愛って気になる的なアレっ。唯斗に喜んで貰いたいから勉強したいんだ」
「……わぁ♪ 響先輩って……わぁ~っ♪」
「わかりますよ京ちゃん。私には京ちゃんが何を感じたのかわかります」
本音で誤魔化したのが良い方向(?)に働いたみたいだ。……いや、咄嗟に言っちゃったよ。『唯斗の為に頑張ってます』って言っちゃったよ。こういうのは誰にも言わないのがかっこよくてクールなのに……俺の馬鹿やろうっ!
「……それじゃ、言うけどね」
心の中で自分に怒鳴りつけていると、須藤さんが遂に話し出した。主に三島さんの生唾を飲む音がした。
「……私ね、この前ある同級生に告白したの」
ちょっとしおらしく語る須藤さんは疑いようも無く女の子だった。こんな男の弱点のような表情をしてる子に言い寄られたら誰だって二つ返事でOKしちゃいそうだ。
そう考えると北山水樹少年はホントにビビりなんだなぁ、なんて人事のように思ってしまった。……うん、俺もあんまり知らない子に告白されてもちょっと困惑すると思う。
俺以外は予想していなかったのか唖然としていたが、俺は恋愛経験者らしく真面目に須藤さんを見つめた。
「相手は何て?」
「待ってくれって言われたわ。……当たり前よね、大きい接点は無いんだもの」
ここまでは俺の知ってる事。大事なのはここから先だ。北山少年が必要としてる事を考えて聞き出さないと。
「須藤さんはどうしてその人に告白したの?」
「どうしてって……告白なんて好きな人にするものでしょう? 私は彼に惹かれてるのよ」
俺が心配するまでもなかったな。でも唯斗に『須藤さんは北山のこと好きでしたー』で報告するのは何か足りない気もする。もうちょい掘れないかな。
……うーん、でも好きを裏付ける要素なんて口で説明するのはちょっと難しいだろうし、須藤さんに『なんでその人の事好きなの?』って聞くのもなんか変な感じだ。
「どうしてその人の事を好きになったんですか?」
なんだか興味津々な感じで質問したのは藤矢さんだった。藤矢さんには珍しく目が輝いてる。
俺が聞きたかったことをやんわりした質問にして聞くとは……流石藤矢さん、帰国子女!
「……やっぱりそれも言わなきゃ駄目?」
「恋バナですから♪」
「うう……今のところ好きな男のいない藤矢さんと京ちゃんが羨ましいわ……」
「な、なんかちょっと傷付く物言いですよ三島先輩っ!?」
そういや俺も未来形で今の須藤さんみたいになるのかな。……ヤバい、ヘイトはなるべく集めないようにしないと。
「一応、何かしらの機会で顔を合わせる事はあったの。回数は少ないし彼にとっては印象にも残らないような小さな事ばかりだっただろうけど、私にとっては十分だった」
須藤さんが話し始めるとみんな須藤さんの方を向いた。須藤さんは尚のこと顔を赤くして話を続けた。
「私は運動部で彼は文芸部。普段は滅多に会う機会はないけど、部の会で会うのが一番の機会だったわ。それでほんの少し話すだけだったけど、気付けば私はあの人を目で追うようになってたの」
全く接点が無いのかと思ってたら案外あるじゃないか。恋ってのは何度か会ってたらいつの間にかしてるもんだ。俺達がそうだったから他の人も似たようなパターンで恋する事もあるだろう。
でも俺と唯斗は親友っていう大きな関係が鍵になってたところもある。会う機会が多いから自然とくっ付いたけど、須藤さんの場合はそう簡単なものじゃない。
たぶん須藤さんは現状維持じゃ実らないって判断して思い切って告白したんだろうな。ただそれでも思いはギリギリ届かない。北山少年が須藤さんをあまり恋愛対象として見ていなかったからだ。
唯斗の話だけでも脈はあるように感じられるし、第三者の俺達の助けがあれば現実的になる。
「私の好きはもしかしたら軽いものなのかもしれないわ。そりゃ些細な出来事が積み重なっただけだもの。でもこの気持ちに偽りは無い、そう言えるわ」
……あぁ、これはあれだな。こんなに考えてる時点で分かってたけど、もう単に須藤さんの気持ちを聞くだけじゃなくて、須藤さんの恋を成就させたいんだな俺は。
「須藤さん、上手くアドバイスできるか分からないけど、きっと助けになると思うから……迷ったら俺を頼ってね。唯斗も付いてるから無敵だよ」
「響ちゃん……ありがとう。私も楽になったわ。……そうね、響ちゃん達がいればなんとかなりそう。だって見てるだけで元気が貰えるもの!」
「そうねぇ、響ちゃんと森長くんを見てるとなんか幸せを分けてもらったような気分になるものね。たまにズルいって思う事もあるけど」
……ハァ~! 終わった! 聞けた! 満足!
俺は任務を達成しましたぞぉ~! しっかり須藤さんの気持ちを聞くことが出来ましたぞぉ~!
いやぁ頑張った。これで須藤さんが全部嘘を吐いてたとしたら相当ヤバい奴だ。むしろ尊敬する。
あぁ、俺はきっと成長してるだろうな。今回の事で俺も更に女子力をアップできた筈だ。後はこの調子で普通の女子トークと洒落込もうじゃないか。後で唯斗に自慢して────
「響ちゃん」
須藤さんの声に身体がビクついた。
「その手に持ってるゲームは何?」
「あっこれ? 最新型ゲームのレバー! 奇跡的に発売日に買えたんだ。そしてレミカートデラックス! 携帯機でこのクオリティはまさにデラックス!」
「響ちゃん」
流石は女の子。男連中ならいざ知らず、いまだ品薄のコイツを見せびらかしても全く食いつかない。……覚悟を決めるしかないのか。
「質問ターイム! 響ちゃんは何でも答えてくれるよね?」
「うううーーーっ!!」
現実逃避なんて無意味だって分かってるのになんでやっちゃうんだろうね。やっぱ逃避してる時は楽しいからだろうね。辛いのう、悲しいのう。
「響ちゃんは月に何回デートしますか?」
「……い、いちにかい」
「メモですよ皆さん! 一字一句逃さずに! では次、須藤から代わり三島さんに質問権が与えられます」
「ええぇーーっ!? 一回じゃないの!?」
「響ちゃんからの質問は受け付けません! では三島さん、どぞ!」
ああぁーっ!!! 乙女の恋バナの重みを甘く見ていた。まさに問答無用だ。こりゃ少なくとも一周はしないと終わらないぞ。
「響ちゃんと森長さんってさ……やっぱりキスとかしたことある?」
「……くっ、やっぱり言わないとダメ?」
「はいかいいえで結構よ。ふふふ……響ちゃん、今とっても良い顔してる♪」
「……うぅ。……は、はい」
だ、誰か殺してくれ。俺を早く殺すんだ……。
「これはごはん3杯じゃ足りないかもしれないわね……。じゃあ次、藤矢さん」
「……そうですねぇ、それじゃあ、キスってどういうときにするんですか?」
藤矢さんまで……俺は藤矢さんの事ストッパーとして期待してたんですよ……? もうこの世の終わりだぁ。嗚呼、答えなきゃ。世は無情なり。
「……デートの時とか、唯斗の家に行った時とかたまに……」
女の子達の黄色い歓声が聞こえるけど、俺の頭はそれどころじゃなかった。もう何かを考えるのも大変だ。
「で、ではぶっちゃけてお伺いするのですよっ。お2人はもうエッチな事とかしちゃったりするのですよっ?」
「随分ぶっちゃけるわね京ちゃん……」
ああ、どうしようか。どう答えようか。
無いと答えたら唯斗がなんかこう男として可哀想なレッテルを貼られて女の子達に噂されるのは忍びないな。でもあるとか答えたら答えたでロリコンだのペドコンだの言われそうだな。どうしようかな……。
……よし、濁そう。
「ブーブブブーっぎゅいんぎゅいーん♪」
「ああっ響ちゃんが見た目相応にレミカートで遊んでる!?」
「ごめんなさい響ちゃん! やりすぎたわ!」
「わわわ、どうしましょう!?」
「響先輩っ、戻ってくるのですよっ!」
知らない知らない。俺はお子さま。なーんも知らない。
「おねーちゃんだーれ? ひびきしらないひととはなさない」
「あぁっ可愛いけど! どうしようー!!」
この後は見た目相応に扱う派と明治響として扱う派で俺を構い続けたが、何にせよ抱っこされたりあちこち触られたりとスキンシップの内容はいつもと大して変わらなかった。
★ ★ ★
─波頼高校 屋上広場
スパイ作戦終了から早1週間程経った。
北山なる者に須藤さんの気持ちを教えた以外は、俺達が何かするまでもなく2人は恋仲へと発展していた。
誰かの恋愛事の一部となれただけで俺達は当事者でもない癖に自分の事のように喜び、勝利の購買パンを掲げていた。
「いやー、良いことしたなぁ俺達」
「うん! その上で自腹切って買うパンの美味いこと気分の良いこと!」
「ああ、これも響が頑張ってくれたおかげだ。ああいうのは響じゃないと出来ないからな。今回はホントありがとうな」
ポンと頭に手を乗せて撫でてきたから、そのまま唯斗に任せた。
「俺は俺に出来ることをしたまでだよ。……ぁむっ、んーやっぱり購買のカレーパン最高だな」
……うーん、綺麗事良いながら食べるご飯は格別だな。美味いし気分が良いし良いことづくめだ。なにより俺は一ミリも悪いことしてない。
「おっ、響見てみろ」
「あむぁ……んむ?」
唯斗に頭をポンポンされて、唯斗の視線の先を追ってみると、須藤さんが男子制服を来た小柄な男の子と並んで歩いているのが見えた。
「あの小さい人が北山少年?」
「ああ。もうここまで来れるようになるなんて凄い発展速度だな」
屋上はもはやカップルスポットだ。俺達はここがこんな感じになる前から使ってたからどうってことないけど、ここをスポットと知って初めて来たカップルは右を見ても左を見ても甘ったるいこの空間に怯えて引き返す事もある。
そんな中で出来立てカップルの須藤さんと北山少年がここでお昼御飯を食べている……空中分解しそうな発展速度で少し不安だ。
「2人の時間を尊重してあげたいけど不安だからお節介も焼きたいな……うーん、恋愛って難しすぎて正しい行動が浮かばないや」
「気付いたもん放置するのも気が引けるし、行ってみるか?」
「あっ、じゃあちょっと待って。このカレーパン食べてからね」
口では何を言ったって、やっぱり俺も唯斗もあの2人が気になって仕方ないみたいだ。
俺達のした事が2人の恋愛成就にどれくらい影響を与えたかは分からないけど影響を与えたのは間違いなくて、そうなると2人の事が気になっちゃうよね。
気になる気になるとは言ってもせっかくの唯斗の膝の上だから、急いでは食べずにいつものペースで食べた。さっと口を拭いたらまだ袋に入ってるクリームパンを持って唯斗から降りた。
「よし、じゃあ構われに行くか」
「おー!」
彼女らの方へ歩き出すや四方八方から視線が飛んで来る。唯斗だけでも目立つのに俺が隣にいるせいで凸凹コンビとして更に人目につくから仕方ない。
でもおかげで須藤さんが俺達が近付いてるのに気付いて、こっちに手を振ってくれた。
「えへへぇ、見掛けたから来ちゃった」
「ごめんな北山。どうしても気になったもんで」
「ふふ、響ちゃんなら大歓迎よ♪ それより凄いでしょ私達。勇気を出してここに来たのよ」
「……正直言って周りの雰囲気に参ってたんだ。森長が来てくれて助かったよ」
須藤さんはとても元気だった。逆に北山少年は周囲を気にして落ち着かないみたいだ。
ちょうど椅子が空いてたから、2人の座っているベンチの前に持ってきて座ろうとしたら、唯斗が俺を抱き上げてそのまま椅子に座った。俺はまた唯斗椅子に座る事になった。
「見せつけてくれるわねぇ」
「唯斗は示したがるところがあるからね。『これは俺のもんだー!』って」
「当たり前だ。誰かの前で響に触れることで響が俺の彼女なんだって実感が沸くからな」
あれ? ほんの冗談だったんだけど……。つまり唯斗が他の人の前で俺にスキンシップしてくるのは唯斗なりの何か深い意味があるってことなのかな。
「森長はよく恥ずかしげもなくそんなこと言えるな。僕はまだ照れが出ちゃって……愛花、ちゃんには気を利かせてもらってばかりだ」
おお、もう下の名前で呼んでるのか。ちょっと早すぎる気もするけど、なかなか男気あるじゃないか北山少年。
「俺と響の仲は年代モノだからな。2人も時間を掛けていけば無理なくここに溶け込めるようになると思うぞ」
「ふふっ、でも唯斗も俺も最初の頃はこんな賑やかな場所じゃなくて2人で落ち着ける場所がいい~とか言って色んなスポットを探してたりしたんだよ」
「へぇ~、良いトコ見つかった?」
「ううん。最初は良くても気付けば何処もここみたいになっちゃって……目ぼしい場所は大体無くなっちゃったんだ。その頃には俺達も周りの事なんか気にならなくなってたから、まぁそれからはずっと屋上を使ってるって訳なの」
「……ふーむ、やっぱり過ごした時間かぁ。確かに響ちゃん達にはオーラがあるものね。二人だけの空間っていうか、外に害されない無敵の領域というか……」
「おお、響! 俺達は端から見てもラブラブらしいぞ!」
「く、くるしい……」
よっぽど嬉しかったのか、唯斗は右手で俺の頭をわしゃわしゃと撫で、左手で強く抱き寄せてきた。
……これじゃあどちらかと言うと悪友の絡みみたいだ。間違っちゃいないけど。
「波頼の天使と名高い響ちゃんにそんな事できるのは森長くらいなもんだな」
「もはや性別の壁が無いって感じね……。水樹は私にあんな風にできる?」
「えぇっ? ……あ、愛花、に頼まれたなら……ぼ、僕だって男の意地を見せるさ……!」
「ふふっ……♪ 無理しないで。今は呼び捨てにしてくれただけでも嬉しいもん……♪」
「あ、愛花……うん。愛花、愛花。ホントだ、言えたよ僕っ! 愛花!」
目を輝かせる北山少年と何ともしおらしいというか、とても女の子な感じになってる須藤さん。2人とも良い感じだ。
……2人がなんだか初々しくて、凄く微笑ましい。見ていてこっちまで嬉しくなっちゃうな。
「なぁ響、今俺達がチューしたらあの2人はどうなると思う」
「調子に乗んないの。キャラ崩れてるよ」
「何を今更」
どうせプライベートな空間とか人気の無い所でしか出来ない癖に。なんて、自分の事を棚にあげて思ってみたり。
「唯斗のヘタレぇ~」
「う、うるさい」
俺から唯斗にキ、キスする事は少ない。だから言っちゃえば本当は俺の方がヘタレなんだけど、俺は女の子だからね。女の子は受けが当然なんだと、女の子特有の都合の良い言い訳が出来るのだ。
「北山達、なんだかんだで上手くやれそうだな」
「そうだね」
唯斗の切り替えで2人に視線を戻す。
さっき須藤さんが言っていたオーラ? とでも言うのかな。2人の世界みたいなモノが俺にも見えた気がした。
さっきまでは感じ取れなくて今は気付けた。きっとそれは2人の仲がここ十数分の間に深まったことを表しているんだと俺は思った。
「ちょっと怖い気もするね」
「俺達だって支えることくらいは出来る。危ない時は力になれるさ」
頭を優しく撫でられる。
俺はただ身を任せた。
……穏やかなお昼時間。ちょっぴり暖かいぽわぽわする気候。背中からくる安心感と頭からくる心地よさ。
周りの賑やかな声も子守唄みたいで…………俺は急にやってきた欲求に任せて、そのまま意識を手放した。
また随分空いてしまいました。いつも畳むのが苦手というか下手くそというか、着地場所に迷って時間が掛かっちゃうんですよね。見切り発車な行き当たりばったりの宿命ですね……。
結構長くなってしまい、あまり響さんと唯斗さんの絡みも書けなくて色々溜まってるので、次回は2人のイチャラブを重点的に書いていきたいですね。




