元男による男の為のスパイ作戦! 1
ー波頼高校 3ーE教室
視点 明治響
「……さ……ひび……ん」
…………。……なんか、呼ばれてる気がする……。
「……響さん、おきて」
んー、俺の眠りを妨げるのは誰だー…………眠り? ……あぁっ!?
体温が下がる感覚とともに意識が覚醒していくのを感じた。俺は今日も今日とて居眠りをしているようだ。
恐る恐る目を開けて顔を上げると、ものの見事に竹中先生と目が合った。
「おお、お目覚めか明治?」
「……あ、ええと……あはは」
「それじゃあ寝起き一発にこの問題を解こうか」
機嫌が良さそうだったから何となく予想はしてた。俺を起こしてくれた藤矢さんを見れば、なんだか凄く申し訳なさそうな顔をしていた。俺は藤矢さんに軽く頭を振りながら立ち上がり、意気揚々と黒板へ向かった。
「どうした明治、今日は随分と余裕だな」
「……ふふふ、先生。今日の俺はいつもと少し違いますよ?」
これでもかと自信満々に言葉を返し、問題に目を向けてささっと回答する。チラチラと先生を見やれば、意外そうな表情が見えて凄く得意げになった。
「できました」
「……うーん、見事な模範解答だ。よく出来たな、まさか寝たふりでもしてたのか?」
「ふふふー♪ ちょっと本気を出しただけですよー♪」
呆気に取られてる竹中先生をほったらかして、顔が緩んでるのも気にせず席に戻った。久々にとっても良い気分だった。
授業が再開し、やがて藤矢さんが俺に話しかけてくる。
「……凄いです響さん。竹中先生が即興で響さんの為にわざわざ作った意地悪な問題だったのに」
「間違って居眠りしてもいいように唯斗と沢山勉強してきたんだ。唯斗の読み通りなら今日やる教科は全部できるハズ。もちろん、先生のアドリブ問題にも対処できるよ」
「なんだか意味があるような無いような……」
「竹中先生のあの顔を見れたんだから意味はあるよ。たぶん」
俺の解いた問題を解説する竹中先生は嬉しいような悔しいような、そんな微妙な表情をしていた。ふと目が合ったので『してやったり!』って顔をしてやると、何かを企む楽しげな表情を返された。
「これはちょっと先生に火をつけちゃったみたいですね……」
「……あ、うん。……こりゃまた勉強しとかなきゃなぁ……」
「私もお手伝いしますよ」
なんだかガリ勉強野郎への道を歩み始めてるな俺。女の子は頭が良くて当然みたいな風潮もあるしちょうど良いのかもしれない。ここいらで一つ頭でも良くなってみ……れたらいいなぁ。
「ありがとう藤矢さん。その時はお願いね」
「ふふっ、もちろんです♪」
★ ★ ★
─3ーE教室
「あっ」
4時間目が終わって昼休みになった。
みんなが弁当を出したり購買へ向かい始めた中、俺は鞄に手を突っ込みながら小さく声を漏らした。
……今日弁当持ってきてなかったんだった。
「おい、どうしたんだ響?」
俺を呼ぶ声の方を向くと唯斗が立っていた。いつもだったらこのまま食べ物を持って所定の場所に行くんだけど、このままじゃ行けない。
「あー唯斗、弁当無いから購買行ってくるね。先行って待ってて」
「いや、俺が何か買ってこよう。響は向こうで待っててくれ」
「えっ? あ、ありがとう。じゃああっちで待ってるよ」
「んじゃ後でなっ」
言うか早いか、唯斗はスタスタと教室を出て行った。
なんか唯斗がいつもとちょっとだけ違うなぁ。優しいとは微妙に違う感じ……? 何かあったのかな……。
★ ★ ★
─屋上広場
何だかここ数年で利用する生徒が増えたとか言われている屋上の広場には、仲の良さそうなカップルがぽつりぽつりと散りばめられていて、幸せそうに弁当をつついていた。
カップルでない人がここへ来ることはほとんど無くて、居たとしても今の俺のように相手待ちかそれもと心の強い人だけだ。
この学校って男女交際はダメだったような気がするんだけど……。屋上がこんなスポット化しちゃってて大丈夫なのかな……なんて、人の事言えない心配をしていると、よく知ってる足音が微かに聞こえた。この感じは……唯斗だ。
本当に唯斗だったら良いなと思いながら景色を眺めていると、さっき捉えた足音がこっちに向かって近づいてきているのに気付いた。
「待たせたな、響」
俺の隣に座り込むそいつに顔を向けると、カレーパンとフランクフルトを挟んだパンとシュガートーストを手渡された。
みんな俺のお気に入りだ。やっぱり唯斗はセンスがいい。
「ありがとう! いくらだった?」
そう言いながら小銭入れを取りだそうとすると、唯斗は俺のその手を両手で包んできた。
……やっぱり、唯斗がおかしい。
「な、なに?」
「金なんて気にすんな。困った時はお互い様だろ」
「う、うん。……ありがと」
唯斗ならごく自然に言いそうな台詞の筈なんだけど……妙に引っかかるなぁ。……と、若干の不審感を抱きながら、貰ったカレーパンをさっそく食べ始めた。
流石はパン屋の出来立てカレーパンだ。カリカリしたちょっと油ギッシュな表面としっとりした内側の生地にピリ辛なカレー餡……この程よいジャンクフード感を味わえるカレーパンには感謝しないといけないな……。
「うまいか?」
「……うんっ! たまには購買も良いかもね」
本当はいっぺんにガツガツ食べたいんだけど、俺の口は小さいからそんなに速くは食べれない。よく考えてみれば、美味しいものを口いっぱいに含んでもすぐには無くならないってのは逆に良いことなのかもしれない。
……そして、唯斗から貰った3つのパンの内2つを食べ終え、俺が最後にシュガートーストを食べ始めようとした時、すでに弁当を食べ終えていた唯斗が俺の頭に右手を乗せた後で自分の膝の上をポンポンと叩いた。
俺はもっちもっちとシュガートーストを食べながら唯斗の膝の上に座った。
ちょっとだけ……さっきの唯斗のサインが無言のおねだりみたいで可愛いなと思った。
「なぁ響、頼み事があるんだが……聞いてくれるか?」
「……ん、いいよ。言って」
内心、やっぱりなって思った。だって唯斗の様子、ちょっと変だったんだもん。思い返せば凄く分かりやすい行動してたんだな唯斗。
「助かる。……それでな、実は調べてほしい事があるんだ」
……唯斗の言う頼みはこういうものだった。
Cクラスにいる唯斗の友人の北山水樹っていう人が、Dクラスの須藤愛華さんに告白されたらしい。
北山水樹は須藤愛華さんをあまり知らないものだから、何かのイタズラかとどうしても思っちゃうみたいで、そんな話を聞いた唯斗が思い付いたのが、一応女の子である俺に聞き出させる作戦だ。
女性にモテながらあまりにも奥手というかガードが堅いというか、女性に対する警戒心の高い唯斗だからこそ力になってあげたいと思ったんだろう。
俺もイタズラな告白で踊らされるかもしれない男を放っておくほどまでに男の部分は腐ってない。出来ることなら助けてあげたいが……。
「須藤さんかぁ……テニス部だから会った事はあるけど記憶にあまり無いな。『水樹さんに告白したのは本心なんですか?』なんていきなりは聞けないしなぁ……どうしたもんか」
「そうだな……女子を沢山集める場でも作って、そこで恋愛トークが始まればそれとなく聞けるんだが……それでも本心を見定めるには時間を掛ける必要がありそうだな」
女子が集まる……女子会みたいなものがあればいいか。……うーーーん。…………。
「女子だけの勉強会……。んっ、これは有りでは?」
「そうだな。響の女友達の中で須藤さんと親しい人でも誘って上手いこと呼び出せれば成功だな」
「須藤さんと親しい人を探すのに時間が掛かる上に勉強会に須藤さんが来るまで何回か勉強会を開くとなると更に時間が掛かるな……」
告白って返事はそんなに長く待たせちゃいけない。人それぞれだだろうけど、俺はそう思うんだ。
……やり方を考え直さなきゃいけない。
「よし、それじゃあ響。お前はしばらく女子と積極的に関わるんだ」
「……え。……えぇっ!?」
「いつもは響の周りに女子が集まるが、今度は逆に響が女子に群がって着いて行くんだ」
「な、なんで!」
高校生になって今この時まで、三島さんや藤矢さんやテニス部の後輩ちゃん達という例外を除いて、俺は女子に対して受けの姿勢を取り続けていた。こっちから話すより向こうから話題を振られてそれに答えてる方が、ボロが出なくてそこそこ気が楽だったからだ。
その分家族や唯斗には何も考えず自然体で接する事にしてた。男ども……特にアキタとかにはゲーム中に俺らしく話すから『響ちゃんってゲームの時はなんか学校とは別人みたいだよな』なんて言われたりするけど。
とにかく、同年代以上の女子に俺から飛び込んで行くのはちょっと怖いんだ。どうなるのか想像がつかない。
「須藤さんと知り合い以上の仲になっちまえば勉強会に誘うなんて簡単だろう?」
「そ、それはそうですが……」
「やっぱり怖いか?」
「……まぁ、うん」
不意に、俺の両肩に唯斗の手が乗せられ、俺の背中と唯斗のお腹がくっついた。
軽めの抱き寄せに顔が少し熱くなった気がした。
「響、お前はどう足掻いたって女社会に慣れなきゃいけないんだ。今の内に女性に囲まれた生活に慣れておかないと……いや、いい加減慣れないと辛いぞ」
優しい話し方とは反対に凄くまっとうで刺さってくる言葉に、俺は『ううぅ~』と小さくうめき声を漏らした。
★ ★ ★
─廊下
……須藤さん須藤さん。彼女はテニス部だから一応顔は覚えているけど、接点はほとんどない。
唯斗は『響に話し掛けられて嫌がる奴はいないから何も気にせず話し掛けて大丈夫だ』なんて言ってたけど、この身体になってからいつの間にか生まれてたシャイハートが邪魔をしてくる。
……はぁ、階段の近くでこんな棒立ちなんかしてたら休み時間なんてあっという間に無くなっちゃうな。一度教室に戻って唯斗に相談しようかな。
「響先輩~っ!」
動き出そうとしたその時、聞いたことのある元気な声が廊下に響いた。声のする方へ身体を向けると、可愛い後輩の京ちゃんが手を振りながらこっちへ向かって来ていた。
京ちゃんは俺よりは大きいけど高2にしては小さめな145cm前後の、いつもとことこ歩くちょっと癖毛な長髪の愛らしい子だ。みんなからはキョウちゃんって呼ばれてるけど、俺は名前で呼ぶ方が多い。
「京ちゃん? どうしたのこんな所に」
「はいっ、ちょっと須藤先輩に呼ばれたので来たのです!」
京ちゃんは末っ子気質というか少し天然で、ちょっぴり危なっかしい感じと人懐こい一面が相まって先輩後輩関係なく愛されてる子だ。安全な意味で呼び出しされて、これから目一杯可愛がられに行くんだろう。
俺の身長だとどうしても見上げるから妹というよりは可愛いおねえちゃんって感じだけど……うん、俺も凄く良いと思う。
「ふふふ、先輩に呼び出されるってことはどういう事かお分かりかな~♪」
「にぇっ!? そ、そんな事言われたって行くことは決まってるんですよっ。怖いこと言わないで欲しいんですよっ!」
「フフ~っ♪ それじゃあ頑張って来てね」
反応が可愛いものだから意地悪しちゃった。ちょっと可哀想だけど京ちゃんが可愛いんだからしょうがないよね。ちょっと可哀想な事してもいいよね。
震える京ちゃんの肩をポンポンと叩いて俺は立ち去ろうとした。
「ひ、響先輩っ」
「え、な、何!?」
突然腕に抱きつかれてびっくりした。ほんの少しある胸が腕を挟むようにしてて……京ちゃんの鼓動を感じるのも相まって凄く恥ずかしくなって顔が赤くなった気がした。
「ぜ、是非にっ、是非にご一緒してほしいんですよっ! このままじゃ怖くて行けないんですよっ! 響先輩のせいだからご一緒するんですよっ!」
「えっ、あっ、うーん?」
可愛い後輩ちゃんの控えめな胸の感触が頭を支配してるせいか少しの間だけ頭が回らなかったが、『一緒に行く』というワードが脳裏を通ったのをきっかけに我に返った。
何の運命の巡り合わせか、俺は運良くごく自然に須藤さんへ会いにいく機会を得たんだ。
お久しぶりです。
またもや長編となってしまいましましたが、最近筆の進みが良いので賭けてみることにしました。きっと2週間後くらいの作者がなんとかしてます。




