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響さんの日常  作者: ZEXAS
彼氏彼女になってから
80/91

さんねんせいですよっ!?


もう夏休みなシーズンですね。

そして響さん達もいよいよ3年生。

本当は1年生の時に響さんと唯斗氏が結ばれた直後に時系は3年の何処かに飛んでフィナーレになるはずか今のいままでずるずると……。

まだ終わらないにしても、この物語もようやく最後のスタートラインに立てたって感じですね。




ー波頼高校 昇降口

視点 三人称




一面桜色の幻想的な雰囲気を放つ波頼高校。昇降口に貼られた紙に群がる学生は新年度の始まりを認識させる。

そこへ向かう1人の少女がいた。


背丈は130あるか無いかの低身長。まるで人形のような整いつつも柔らかそうな顔。少し眠そうなエメラルドのようで少し空の掛かった透き通った瞳。

腰まで届くさらさらと癖が混ざった白銀の髪は身体に合わせて揺れている。周りの人と比べて違いがすぐに分かる程の白い肌は夏でも無いのに光を反射しそうである。


「あ、あのお姿は……!!」


「わぁ、いつ見ても良いなぁ……」


「終業式振りじゃあありがたやありがたや」


「おい、俺達邪魔だぞ。退いてあげようよ」


そんな何処へ行っても目立つ少女が昇降口に向かえば自然と道を譲られる。


「(な、なんでみんな俺を避けるんだ?)」


少女への新年度一発目の挨拶は彼ら彼女らにとってとても重いもの。

少女と同じクラスになれた選ばれた者達が更にその中から絞り込まれ、頂点となった者が初めて会話を許される。


当の本人は訳が分からず困っているのだが。


「……高い」


クラス替え表の所まで来たはいいが、少女が見るには少々不親切な高さの場所に貼られていた。

少女はため息を吐いて、背伸びした。


「んーっ!」


その様子に周囲は心を掴まれた。そしてなんとかして助けてあげたい気持ちになったが、やはり誰が助けるかでお互い目配せで牽制しあっていた。


少女を除き軽く混沌としたこの場に1人の男子学生がやってきた。


その男は少女の背後まで近付くと、そのままひょいっと持ち上げた。


「わわっ!? だ、誰!?」


少女は驚いて後ろを向いて男の顔を見ると、途端に安心したような表情になった。


「びっくりした」


「ごめんな。俺もびっくりしたよ。迎えに行っても居なかったもんだから」


「なんかたまには1人で行ってみたくて。冒険心的な? えへへ、変な病気に掛かったのかも」


ちょっと行きすぎた親友同士のような親しさを醸し出すこの2人、実は恋人同士であり周知の事実である。


「どれ、俺がみてやる」


男は少女を降ろすとクラス替え表を確認し始めた。


「大体去年と同じだな。もちろん俺達はまたEだ」


「ふぅ、ちょっと不安だったからよかったぁ~」


「距離があるからこそ愛は成り立つとか思ってた頃もあったがまぁ気取っても良いことなんて無いからな。本当によかった。また今年度もよろしくな、響」


「こちらこそ、唯斗。……ちょっと変だね」


「ふふ、そうだな。じゃあ行くか」


「うんっ」


2人は歩きだし、昇降口へ入っていった。


その2人が気付かぬ内に昇降口前の人集りは白銀の少女の来る前の2倍3倍に膨れ上がっていて、2人がいなくなった途端に話が飛び交い大騒ぎとなっていた。

もちろん、この人集りを生み出した当の本人達は知る由もなかった。




ー3年E組教室




3年E組の教室はなんとなく感じ取れる程の嬉々とした空気が漂っていた。


3年E組の生徒達は白銀の少女……明治響とまた同じ又は入れ替えの結果クラスメイトになれた事を男女問わず神か何かに感謝していた。


森長唯斗のファンの女子達は動きを止めていた。その愛しの王子のお姫様である明治響が同じクラスメイトというのは本来由々しき事態である。

……が、森長唯斗ファンの女子の大半は明治響の虜でもあるので、現状はダブル役満。まさに贅沢三昧であった。

なので、動きを止めていた。喜びのあまり精神に全神経が使われ、身体の動きが止まってしまったらしい。


今年は響もちゃんと性別を分けた名前の順の席が提示され、廊下側の席に座っている。

男子側からは最も遠い席の為に男子達からは悲痛の声が漏れ、逆に女子達からは目で見て分かる程の喜びが顔から溢れていた。


「「(去年までは何故か響ちゃんは男子側の席だったのに!)」」

「「(これで響ちゃんを眺め続ける権利は私達女子が貰ったわ!)」」


一方響はというと、ほとんど顔見知りとはいえ、女子達に囲まれて借りてきた猫のように縮こまっていた。


唯斗は男子側の席からそれを眺めて響にしか分からない程の微笑ましいモノを見る表情を見せた。


響は助けを求めるような視線を唯斗に送ろうとして唯斗の方を向き、すぐにやめた。


「話しに来てくれたらって思ったけどありゃ駄目だ。俺を見て楽しんでやがる……」


響は『ひどい!』の感情を込めて唯斗を軽く睨み、再び縮こまった。


「(右を見ても……まぁ壁だけど、左を見ても女の子。こういう女の子に囲まれた席には憧れてたけど……いざ現実となるとアウェイ感が凄くてなんか……うぅ、肩身が狭いというか……慣れないなぁ)」


少しもしない内に響は机に突っ伏し、寝る事によって色々なものから脱出した。


途端に教室はざわつき出し、男女で固まって会議が始まった。

唯斗は何の会議か察して席から立たずに様子を見ていた。


男子代表の藤崎と女子代表の三島が教台に立ち、話は始まった。


「またやってきたぞ。新学期早々誰が響ちゃんに最初に話し掛けるか! クラス替えにより数多の仲間が涙を飲み、神から祝福された我々がこのクラスに存在する。更に神から愛された1人が我らが天使響ちゃんへ一番目の会話を持ちかけられるのだ」


「新年早々に続き新学期早々一発目は一年に一回しか出来ないとてもとても貴重なものよ。この重みを理解し尚且つ負けた者達への思いやりを忘れない人こそが響ちゃんへの新学期一番目の会話相手に相応しい事はみんな分かってるわよね? 今の席順では響ちゃんの前にもかかわらず話し掛けたい欲望に耐えた私が報われるような勝者を私は望むわ」


寝ている響と端から見ている唯斗を除いたその場にいる全員が生唾を飲んだ。

いや、教室の外から選ばれし者達のサバイバルを観に来た生徒達までもその緊迫感に生唾を飲んだ。


「天使に寵愛ちょうあいを受けている我らが唯斗氏は有り難き事に見守ってくれている。遠慮なく選ばれし者を我らの中から決めよう。まずはクラス替えを勝ち抜いた我らが1人ずつ天使への愛を教台に立って捧げていこうじゃあないか」


今年度は過去最大の盛り上がりを見せているようで、1人ずつ教台で響への愛を語るという最早宗教じみた事が行われようとしていた。


「ではではまずは言い出しっぺの俺から……えーゴホンゴホン」


藤崎は咳払いをし少しの間が空けた後、思い思いの愛を恥ずかしげもなく熱弁し始めた。


「……今思えば、何故気付かなかったのだろう。その輝きに、その愛らしさに、その儚さに。初めて響ちゃんを見たのは入学式の時だった。俺は目を疑ったよ。こんなの存在するはずがないとな。でもその奇跡は存在していて、更にその奇跡と同じクラスになった。もしかしたら自分は特別な運命を持ってるんじゃないかとすら思った。……響ちゃんを知って、今まで好きだったもの全てが霞んで見えるようになった。俺の好みの属性はお姉さんとか母性とか、そんな感じのものであって決してロリコンではなかった。そして俺は好きな属性にとてもうるさくて、他の属性を認める事は無いくらい頑固な男だ。でも響ちゃんに出会った瞬間、俺の心はがっちり掴まれた。もしかしたら響ちゃんは内なる部分にお姉さん属性や母性も秘めた新感覚幼女なのかもしれない。それを裏付ける要素を挙げよう。響ちゃんは俺がいつも響ちゃんに無駄に絡んでもしっかりと反応してくれる。その優しさにこそ俺の求めるものは存在し、響ちゃんはいつもそれをくれてると思うと愛おしくて愛おしくてたまらなくなる。そう、ある時だって…………」


苦痛の時ほど長く感じるとよく聞くが、実際に長い愛の表明。藤崎の番が終わってもそれは続く。

寝ている筈の少女はたまらず小刻みに震えていた。


「(……こ、こんなの聞こえてちゃ寝れないよぉ~!)」


教台から次々と発せられる愛のメッセージはクラスメートや教室の外から見ている他のクラスの生徒1人1人の心に届き、熱い何かを沸かせる活性剤となっていた。が、少女にとってそれは安眠妨害の呪文か何かでしかなかった。

最初は割と嬉しかった女子生徒からの愛のメッセージも毒音波のように感じてきていて、嬉しいのか何なのか分からない涙を目に溜め始めていた。


「(みんな響への愛の大きさが誇らしくて肝心の響がちょっとグズり始めてるのに気がついてないな。俺としてはこんな響は滅多に見れないからもっとやって欲しい……なんて思ってるの響に知られたら泣き出すかもな)」


彼女が困っているのにそれを見て喜ぶ彼氏。

両想い故の余裕が産む悪戯心。天使と崇められる少女の彼氏は真っ黒な男だった。




響が現実逃避(睡眠)に成功して少しの時間が経ち、壮絶なジャンケン大会が終了した頃に担任の竹中はやってきた。


「よーお前らー元気かー? 例によってE組はこの竹中が担任だ。3年連続の奴もそうでない奴もよろしくなっ!」


笑顔の似合う体育会系かと思いきや担当教科は数学の竹中の登場によりクラスメート一同は一気に切り替わり、あっという間に元の席に着席した。


「よしよし流石は3年生。すっかりエリートが身についてるな。……1人を除いて、な」


竹中の目線は白銀髪の少女へ向けられる。

響は夢の世界で安心したのか『すぅすぅ』と静かな寝息を立ててぐっすり眠っていた。


竹中は一瞬愛玩動物でも見るかのような表情をしたが、すぐに笑ってはいない笑顔になり響の席へ向かった。


響は居眠り常習犯特有の『ただならぬ雰囲気を察知し瞼だけでも開ける能力』を使い、無意識で開眼して少しずつ意識を取り戻した。

いつもはどうにかなっている(……と思い込んでいる)が、その点だけは竹中も甘くない。響もそれを知っていて、竹中の顔を認識するなり動きが止まってしまった。

背伸びをしようとして半分上げた腕がそのまま維持されるという間抜けな格好が生徒達をときめかせたのは言うまでもなかった。


「お目覚めかな。お姫様は余裕のある生き物だと聞いたが、まさか明治がそんな高貴な存在だったなんて知らなかったなぁ」


声は陽気なのに顔は一切笑っていない竹中に響は母親の美代に近い不気味さを感じ取り、固まった表情の奥で半泣きし始めた。


「…………」


次第に感情は体に現れ始め、表情こそ変わらないが自身を抱き締め全身をカタカタ震わせていた。


「はっはっは、ちょっとやりすぎちゃったかな」


急に竹中の雰囲気が変わると響の体の震えは止まり、生まれた余裕から頭の回転へ繋がりようやく落ち着いてきたようだった。


「寝起きのお前のメンタルはほんと薄いガラスだな。今回は居眠りって訳じゃないから冗談ですませるが、もし『その時』に出くわしたら砕いちゃうからな」


「……は、はいっ」


竹中は悪戯っぽい笑みを浮かべそう言って教台へ戻っていった。


「……はぁ……~……~っ……」


響は魂でも抜けてしまいそうなくらい静かに長く息を漏らし、ゆっくりぐでーっと身を崩した。


「(生きてるっていいな……。ねむ……はっ!!? な、なんで泣きそうにすらなったのに眠くなるんだ!!)」


改めて生命の素晴らしさ的なものを認識した響だったが、安心感からか直後にまた眠くなるのを感じた。

己のどうしようもなさとこの状況で寝たら今度こそマズいという絶望感から響の目頭は熱くなった。


伏せれば涙目は見られないが寝てると判断されてどんな事になるか、かといってこのままじゃ痴態を晒すという問題。響はますますグズった。


「そ、そうだ。右を向いてよう」


響は窓際の少女が黄昏た表情で窓の外を見るように右にある壁を見続けることでその場を回避することした。


みごと何も無い壁を見つめる少女というシュールな光景が完成した。

それを見た竹中は自分のせいでオツムのネジでも緩んだんじゃと心配になった。


「お、おい明治。先生調子に乗りすぎたよ。すまん!」


「(泣いてない保障も無いし、先生には悪いけどここは黙りを決め込むか)」


「……わ、悪かったって」


見た目相応年不相応な素直さの響の珍しい対応に竹中も少々困惑しているようだった。

逆に生徒達は響の新しい可能性の発見に喜んでいた。


何とも謎な空気のまま時間は進み、やがて始業式兼全校集会の時間がやってきた。





★ ★ ★





ー波頼高校部活エリア

ーテニスコート



日は進み、始業式の日から早2週間。

響は後輩に頼み込まれてテニスコートへ来ていた。


いつの間に後輩が出来ていたのかというと、それは2年の時の体育祭から少ししての事。体育祭で見た目からは想像できない身体能力を買われ引っ張りだこになっていた響は1年の時のように何故か頑なに部活への招待を断っていた。


何か理由があるのだろうと、1年の時のように大抵の部は引き下がった。……が、『諦めない。諦めなたくない』。そんな1年生のいる部が存在した。

響の同級生である2年や響を愛でたくて仕方のない3年は自分達以上の熱を見せる1年に奮い立たされ、それからしばらく響の気を引こうと努力を重ねた。


響も流石に申し訳なくなり、唯斗に妥協案を考えてもらい『部員としてではなく、たまに来るゲストとしてならOK。そしてこの事は他言無用』という条件で稀にテニス部へお邪魔するようになった。

他言無用な理由は響が一つの部に通い詰めてるとバレたら『ゲスト』としてありとあらゆる部から参加を求められるようになってしまうからとの事。唯斗からこの理由を聞いたとき、響はちょっとゲストで参加することすら考え直そうかと思ったとか思わなかったとか。


もちろん、テニス部の部員達が一切喋らなくとも響の『細心の注意』は波頼高校の生徒からすれば細心を取り除いた注意程度なのですぐにバレる事になる。……が、波頼の生徒は賢いので響に押し掛ける事は無かった。

テニス部の努力によって響をゲストとして呼び込めるようにしたのを維持するのが望ましいとされたようだ。

それによりテニス部はテニス部を中心とした部活会ミーティングによって『ゲストお裾分け計画』をじっくり話し合うことで礼を返すことにしたらしい。


なにはともあれ今やテニス部の立派な視姦対象……愛玩動物改めお客さんとなった響。

響不足で放課後になるなり後輩に教室から引っ張り出され、手を引かれていく彼女の顔はちょっと嬉しそうだった。


……という訳で場所はテニスコート。

特注のウェアを身につけたコートのお花達の後ろ側で見物するのはお花畑に似合う白い妖精ー明治響。


「(……あんだーすこーと? だったかな。パンツじゃないのにチラチラって……パンツじゃないのに嬉しい……。いつ見てもいいなぁ。ああ駄目だ駄目だ! これじゃ藤崎と思考が変わらん!)」


響は雑念を取り払う為に顔をバンバンと叩き、ベンチに置いてあるラケットを持って立ち上がった。

ちなみにラケットはテニス部が響の為にオーダーした決して安物ではないラケットだ。これを使って気を引いたりもした。

恐らく響はこれで申し訳なく思ったのだろう


「(健全で神聖なスポーツをすれば心が洗われるさ、きっと! にしても、テニスにスカートって……この高校のテニスウェアをデザインした奴や採用した奴は間違いなく健全で神聖な生き物じゃないな。男には目に毒すぎる)」


「みんなー! 響ちゃんが相手になってくれるみたいよー!」


練習様子を見ながらも響も一緒に観察していた3年の1人が、響がラケットを持って立ち上がったのを見るなりそう言う

すると、あちこちでコートが空きだした。『こっちおいで』のサインである。


響はゲストらしくこうしてたまに部員と一緒に練習したりする。

こうなると部員全員が練習を投げ出して響をガッツリ観察し、1人ずつ順番を決めて代わる代わる練習試合が始まる。


「響先輩! 今日はどこのコートにします?」

「響ちゃん! 私達のところなんてどう?」

「私、響先輩と対戦したーい!」


ここに響を中心とした台風が生まれる。


「え、えーと……えへへ」


沢山の女子にもみくちゃにされて困惑しているように見えるが内心はまんざらでもないようだ。


実のところこの台風は念密な計算のもと生まれた統率のとれたものであり、数人は美味しいポジションに着いているのは置いといて部員全員がしっかり響に触れられるように動いていた。


「じゃ、じゃあ今日は田畑さんのところで……」


「……!! さすが響ちゃん、良い選択したわね」


選ばれたコートの代表者の田畑たばたは嬉しさのあまり思わずにやけるのを必死で堪えて響の手を優しく引き、響をコートへ連れて行った


響争奪戦? の末、みごと響を寄せる事に成功したコートの部員はみんな思わず歓声を上げた。

選ばれなかった他のコートの部員はみんな田畑のコートの観客となった。観察する気満々である。


「それじゃあ私からね」


「おねがいします」


田畑はにこやかギャラリーはワキワキ。この状況はまさにテニス部だけの特権だった。


「そーっれぇ!」


田畑のサーブから始まった。


「(な、なんか今日の田畑さんはえらく気合い入ってるなぁ)」


響は心とは関係なくあっさりサーブを返した。


この響の身のこなしを見る度に、相手の田畑や観客の部員達は何故響が体育祭の後に様々な部活から引っ張りだこになるのかを思い出す。

そして『こんなの見せられちゃ何度諦めてもすぐ再燃するわ』となる。

それほどまでに響の運動神経は良かった。


「ぐぬぅ、これじゃまるでシャトルランだ」


田畑に左右に走らされ始めた響だったが、なかなかバテる事なく右へ左へ駆け回っていた。

その見た目からは考えられないタフさが、根は糞真面目スポーツガールの部員達をますます虜にしている事に響は気付かなかった。


素早く動く事によりスカートがひらひら捲れるのをまるで気にせず、見せパンではなくガチ黒パンがチラリズムバーゲン状態になっているのが更に拍車をかけている事に響は当然気付かなかった。


「(……こりゃ軽くお楽しみ感覚でやってちゃ田畑さんに悪いな)」


いつになく気合いの入っている田畑。響はそれに応える事にした。


「……す、凄い……あんなに走ってるのに更にスピードをあげてるわ……」


響は徐々に走る速度を上げ、田畑のいる位置とは別の方向にボールを飛ばし始めた。


「押されてきた……!?」


響はどんどん優位に立っていき、あっという間に先程とは立場が逆転していた。


「「(す、凄い……っ!)」」


「(流石は波頼テニス部の五つのコートの主の1人、田畑さんだ。俺が押してはいるものの唯斗以外の相手で少し本気を出してこんなにラリーが続くなんて……波頼恐るべし。……というかゲスト相手に本気出さないで下さい!)」


田畑はしばらく持ちこたえていたが、男の時にさんざん鍛えられた根性で無理矢理体を動かす響には並の精神以上の持ち主でも着いくことは出来なかった。


「あっ……」


田畑は遂にバテてボールを逃してしまった。


「はい、そこまでです」


部長の紀谷野きやのがそう言った途端、沢山の声援と拍手が湧いた。


そしてキョトンとしている響の元に紀谷野がやってきた。


「今日は凄いものを見せてもらっちゃった。身長的に無理があった筈のあの距離を走り抜いた上での狙い打ち。こんな真似出来る人なんてそうそういないわ」


「部活に入らないなんて勿体ないわよねぇホント」


「運動してる時の響ちゃんって可愛くてかっこよくて……なんかもう凄いよね」

「「ねー」」


「え、えへへ。どうも(やばい! 女の子相手にちょっと本気出すなんて……。唯斗に知られたらなんて言われるんだろ……んぐぅ……)」


響は照れてはいるようだが何故か半目になっていた。

沢山の女子からチヤホヤされて良い気分に浸かったのも束の間。やりすぎちゃった感がすぐに出てきて恥ずかしくなったようだ。


「響ちゃんからは学ぶものが多くあるわ。運動している時の響ちゃんは何というか……精神力に満ち溢れてるって感じなのよね」


「鍛えてますから」


響はちょっと得意げに答えた。

なかなか珍しい響の表情に周りの部員はみんな得したような気持ちになった。




★ ★ ★




ー波頼高校 校門

視点 明治響






「先輩っ、今度遊びに行きませんか?」


「遊びかぁ~、いいね」


「あっちょっとずるい! 私もー!」


「私も行くー!」


テニス部に寄ってたらもう6時になっていた。

部活動……のゲストを終えた俺は金寺かなでらちゃんを始めとした数人の後輩ちゃん達と話しながら校門へ向かっていた。


ふふふ、やっぱり良いもんですなぁ後輩って♪

端からみりゃ俺が後輩……下手すればお姉ちゃんが好きすぎて高校にまで来て一緒に帰ろうとする妹なのに、実際は俺が先輩。


そう! 俺は3年生! 最上級生なんだ!


可愛い後輩は数知れず。沢山の後輩ちゃんに囲まれて慕われて、部活の後の放課後は何か軽く食べに行ったりして……いいなぁいいなぁ。学生してるなぁっ。

……と言いたいところだけど俺には校門に待たせてる人物がいるから後輩ちゃん達ときゃいきゃい出来るのはここまで。

ちょっと残念だけど優先順位ってものがあるからね。仕方ない。


ちょうど校門を出たすぐ左を向くと、俺を待ってくれている人物がいた。……そう、その人物とは唯斗。森長唯斗。俺の……その、彼氏さんだ。


唯斗はちょっとカックンカックンと夢の世界に片足を突っ込んでいた。

でも俺が声を掛けるよりも前に目を開けて、俺を見るなりパァッと明るく顔を綻ばせた。寝ぼけてるとあっさりクールフェイスが崩せるみたい。


「唯t」

「響!」

「わっ!?」


俺が声を掛けるよりも早く唯斗は俺に駆け寄り、思いっきり抱きしめてきた。……あ、唯斗あたたかい。


「やっぱりあの人って……」


「森長先輩だよね?」


「じゃ、じゃあ響先輩と森長先輩がつき合ってるって噂は作り話じゃなかったって事?」


「ショックだよぉ……でも、響先輩に見合う人って言われれば森長先輩しかいないし、森長先輩に見合う人って言われれば響先輩しかいないし……ある意味いいのかも」


唯斗ったら、寝ぼけてて俺の後ろの後輩ちゃん達に気付いてないみたい。


「唯斗、後輩が見てるよ。クールキャラがズタズタだよ」


「……え? あっ」


唯斗はやっと我に返ったのか、俺から離れた。

しかしまぁ、あの唯斗が『あっ』て……新春は間抜けを産むのかな。


「うーむ、行くぞ響」


「わっ、ちょっと! じゃ、じゃあねー」


珍しく唯斗は頭が回ってないみたいで、金寺ちゃん達に挨拶もせず俺の手を引いて歩き始めた。


「……悪いな響」


「ん? なにが?」


唯斗は歩く速度を俺に合わせるなり謝ってきた。


「本当は後輩と放課後を練り歩くもんなのに、俺が待ってるばかりに」


「どうしたの唯斗? なんだかネガティブだよ?」


唯斗がよく俺を気遣ってくれているのはなんとなく気付いてたけど、これはあまりにも……気遣いの域を超えてる。


「いやな、後輩の子達と楽しそうに話してる響を見たらな、俺が出てくると邪魔になると思ってな」


……なるほど。


「珍しく馬鹿だなぁ唯斗。それは気遣いじゃなくて遠慮って言うんだぞ。俺には遠慮しないでほしいな」


「響……」


そう、俺は唯斗の依代よりしろでありたいんだから。俺にだけは唯斗の欲望的なのを全部余すところ無くぶつけて欲しいんだ。


「それに、今日みたいに門の辺りで唯斗を見ると凄く嬉しくなるんだ。迷惑に思った事なんてない。……うん、今日も待っててくれてありがとう、唯斗っ」


「……そうか、俺が馬鹿だったな。ありがとう響。お前は本当に……そう、可愛い奴だな」


「な、なんだよそれぇー……えへへっ」


ようやく唯斗もいつも通りになったみたい。よかったよかった。


「しかしまぁ俺らも遂に3年生かぁ。響なんてこんな小さいのに来年には社会人か大学生だもんなぁ。……ん? 本当に3年生か? 進級出来たのか?」


「うっ……今年は余裕だったもんね! 俺も晴れて3年生ですよざまーみろ!」


こいつは俺の前だとすぐ調子に乗る……。でもこれが仮面を外した本当の唯斗。

そう、俺だけの唯斗。それがなんだか嬉しいんだ。


「小3かぁ」


「こ、このヤロー……ふ、ふんっ、俺は高校3年生ですけど。馬鹿なんですかあなた? 何生なにせいですか?」


「そうだなぁ……優等生?」


「……呆れるほどにギャグセン無いですね。これは幼稚園行きです」


「人生やり直せるのか。いいなそれ。響もどうだ? 流石に幼稚園児よりは背も高いから有意義な時間を過ごせるぞ」


「こ、このヤロー……」


流石唯斗だ……。寝起きのボケを突ついてやろうと思ったのに……普通に頭の回転力あるじゃないか……。


「はは、意地悪してすまんな響。お詫びにポテトでも買って帰ろうか」


「えっ? ホントっ!?」


「ああ、じゃあ駅の中のあの店にでもちょっと寄ってこうか」


「うんっ♪」


帰れば夕食があるだろう。……が、ポテト。

これは背徳感と買い食いとで色々ごちゃごちゃな感情が入り混じった新しいシチュエーションのポテト。


いいっ! 良いですぞ!

流石唯斗! 王子様!


「(うーん、やっぱり響は可愛いなぁ)」


たまに思う。ポテトに弱いな俺って。

良いじゃない! 欲望に、好きなものに忠実で。だって人間だもの。ひびき。





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