文化祭 後編
予想はしてましたが、あきらかな計算違い。いわゆる尺が足りない状態ですね。
もうこれ1話に纏めず細かくして更新したほうが良かったんじゃ……。でも文化祭編はこんなに長引くとは思ってなかったし……。
そろそろ書き方を変えていかないと色々追っ付きませんね……。
ー波頼高校2年E組
ー兼ヒーリングエデン
視点 明治響
お昼時。俺の昼のシフトも後半戦。
何だろうこれ。デジャヴ? としか思えないくらい程に大盛況の喫茶店ヒーリングエデン。
俺は今日もオーダーやら料理運び(ランナー)やらに追われていた。
モーメントエデンでもこんな凄まじい流れは起きなかったよ。もう、本当にどうなってんのさ。
「お姉ちゃんその制服なかなか素敵だね♪」
「…………」
デジャヴじゃなかったもっと酷かった。
「こら七海、いくら響の滅多にお目に掛かれない格好を見れたからってはしゃぎすぎよぉ♪」
「…………」
母さんそれ怒ってるの……? 俺にはそうはちっとも見えないんですが……。
……そう、奴らは来た。宣言通りに。奴らとは言うまでもない。母さん達だ。
聞き慣れた身内の声だもの。そばに居なくたって話し声ですぐに分かる。
俺は咄嗟に裏(準備室)に駆け込んだ。
「あれ、どうしたんですか響さん?」
昨日の昼間夕方の客量を危険視して急遽追加お手伝いとして来てくれた藤矢さんがそう聞いてきた。
ちなみに三島さんも手伝ってくれている。
「……え、えっと……ちょっと身内が来ちゃって思わず逃げ込んじゃって……。ごめんね、すぐ戻るから」
「……あぁ、お察しします」
「……? もしかして藤矢さんも似たような覚えが?」
「はい、まぁ……。自分で言うのも変ですけど、両親は私をとても気遣ってくれるので……気持ちは分かります」
まぁ藤矢さんは令嬢だし当然か。こんなに綺麗で可愛いと気を掛け過ぎちゃうのは仕方ないよね。
「俺の所のはまぁ気遣いとかとはちょっと違うけどね……」
俺がそんな事を言うと、藤矢は俺にぐっと近づき肩をがしっと掴んできた。
「そんなことはありませんよ響さん」
「ふ、藤矢さん?」
「きっと身内の方は響さんを応援するために来たんです。頑張りを見守って、響さんの見える所にいて安心感を与えるために来ているんですよ」
安心感……?
「確かに身内の方がいたら逆に緊張しちゃうかもしれません。身内の方はそれに気づかずに来ている事でしょう。でも、全ては響さんのことを思っての事なんです」
「…………」
俺は思わずポカーンとしてしまった。
「……はっ! 私ったら……すみません。少し熱くなってしまいました……」
藤矢さんがバッと離れたところで俺の脳は回転を始めた。
「いや、ありがとう藤矢さん! 気合い入ったよ!」
うん、母さんも七海も博樹も優しい人達だ。俺をからかいに来たなんて事はまず無い……と思う。
みんな俺がどうしてるのか気になって来てるんだ。ならば俺のありのままの頑張りを精一杯に見せなきゃ!
「……!」
俺は藤矢さんの腕に抱きついて少ししたら離れると裏を出た。
「……恥ずかしい事しちゃっなぁ」
なんか今日は思わずやらかしてばかりな気がする。
『えーこちらランナー唯斗です。響へ連絡です。どうやら響のお母さんが呼び鈴を鳴らしているようなので響に余裕があれば行ってやって下さい。以上』
インカムから唯斗の声が聞こえた。
「こちら響。了解です。今向かいます」
良いタイミング……なのかな?
大丈夫、もう大丈夫。やっぱりちょっと抵抗はあるけど耐えられるだけのメンタルにはしてもらった。
俺は母さん達のいるテーブルへ向かった。
「あらあらぁ、気を利かせてくれたのかしらぁ♪ そうだとしたら唯斗君か他の子かしらねぇ~」
「お、おまっ、お待たせしましたっ。ご注文は何にいたしやしょう!?」
ああああああ!! やっちまったぁぁ~っ!!
「姉さん……いつの時代の板前なのそれ……」
「お姉ちゃんワンモア!」
「えっ……?」
「頑張りなさい響。七海がチャンスをくれるみたいよ」
な、なにこれ……もっかいやり直せと……? よ、よし!
「……おお待たせ致しました。ご注文はいかがになさいますか?」
「(あはぁ~来た甲斐があったわぁ~♪)」
「(お、お兄ちゃんが敬語……っ!! こ、これは凄い……!!)」
「(兄さん……健気だ……)」
「それじゃあ私は卵サンドイッチとコーヒーを頂くわぁ」
「私はタイムリーランチと麦茶ね」
「じゃあ僕もタイムリーランチと麦茶で」
「はい、卵サンドイッチとコーヒーが1つずつ。タイムリーランチと麦茶が2つずつですね。タイムリーランチ現在の内容はオムライスとなっておりますが宜しいでしょうか?」
おおお! 噛まなかったぞ!
「だそうだけど、いいわよね?」
母さんが2人にそう言った。
2人とも頷いて返した。
「はい、じゃあお願いねぇ♪」
突然、立ち上がった母さんに腰に腕を回されて引き寄せられた。
「な、何を……」
母さんの引き寄せる力が強まり、俺の顔は母さんのお腹より少し上辺りに当たった。
自然と人の視線が集まってくる感じがして恥ずかしくってきた。
「母さ……みんな見てる……。は、恥ずかしいよ……」
「あらあらぁ、ごめんなさぁい。つい~」
母さんは俺の頭を撫でながら俺を解放した。
さっきまで頭に入ってこなかったざわめきが聞こえるようになった。
「……あ、あれが響ちゃんの母さんか。あの明るい響ちゃんがあんな……あんな……凄い」
「可愛いなぁ……」
「流石は響ちゃんのお母様だ。お美しい」
「あの子達は響ちゃんの妹と弟? 身長的に響ちゃんより年上っぼ……いやなんでもない」
「今の見た? あんな安心しきった響ちゃん見るのって初めてかも」
なにやら失礼極まりない発言が聞こえたきがするが、それより……安心?
「響ぃ? あなたは案外打たれ弱いんだから常に余裕を持つのよぉ? これはママからの余裕のお裾分けぇ♪」
母さんに撫でられる毎に緊張が抜けていく気がした。
安心……。緊張……。
そうか、俺は緊張してたのか……。
「俺……そんなに目に見えて震えてたかな?」
「そうねぇ、でも緊張の原因は恐らく私達のせい。だからこうやって抜いてあげるのよぉ~」
母さんは俺の頭を撫でながら俺に目線を合わせてきた。
優しい表情。そう感じた。
母さんの顔を意識して見るなんていつ振りだろう? なんか色々ごにょごにょな事されてたせいで忘れてたけど、前からこんな表情だった気がする。
いつもこんか優しい表情で見ていてくれてたのかな……。
「ありがとう母さん……。もう充分♪」
「もう大丈夫? それじゃあ頑張ってきなさいね」
「うんっ」
俺は俺の頭を撫でている母さんの手を俺の手で離した。母さんは優しく笑って席に着いた。
★ ★ ★
昼のシフトも終わり、自由な時間が生まれてどうするか考えていたところ。藤矢さんに文化祭を見て回るよう誘われた。
女の子からのお誘いを断るほど俺の男は腐ってなかったようで、喜んで誘いに乗った。
唯斗? ……ああ、うん。
そして今、俺と藤矢さんは3年C組の教室へとやってきていた。
このクラスではトランプを使ったゲームや麻雀などのボードゲームを行っていて、特に料金は掛からない。ただ交遊の場を提供するというなかなか洒落た催しだった。
利益でてないけど良いの? となる人が多いと思うけど、波頼の文化祭は別に利益を得て募金などをするのが目的ではないらしいので利益は要らないらしい。
それはさておき、俺と藤矢さんは3年C組の先輩(女性)とその他のクラスの人(男子2人)と大富豪をしていた。
「いやぁまさか亜理彩さんと響ちゃんと差し違える事ができるなんて……」
「全くだ。これで暫くは話の種にも困らなそうだ」
「俺は合間。よろしくな」
「俺は出津」
……と男子2人。
「ふふふ、私の今日の運勢もやっと風向きが変わってきたみたい。私は御崎、よろしくね」
……と3年生のお姉さん。
「藤矢です。お手柔らかにお願いします」
……と藤矢さん。
「……明治。……よ、よろしく」
……と俺。割と緊張してる。
挨拶を済ませた頃には既にカードは配られていた。
俺の手札は4が一枚、5が一枚、6が二枚、8が二枚、9が二枚。
…………。
またかよ!
またこんなひでえ手札なのかよ!
「あら響ちゃん、お先真っ暗って顔をしてるわね」
「……な、なんでそれを」
「響さん……ポーカーフェイスでいきましょう……」
「大丈夫さ響ちゃん。どんな手札でも時と使いようさ」
気軽に言ってくれるなぁ出津さんとやら……。
でもまぁその通りか。鋭い見極め力を育む試練だと思おう。
……よし!
「それじゃあ私から時計回りね」
そう言って御崎先輩は3を出した。
順番は御崎先輩→俺→藤矢さん→出津→合間だ。つまり次は俺。
俺は迷わず4を出した。
出せるならしょうもないカードから先に出すのが普通だよね。
藤矢さんは7を出し、出津は9を出した。さて早速俺じゃどうしようにもできない領域に入ってしまった。
何を思ったのか合間はパスし、御崎先輩はJを出した。
俺の番だが……
「……パ、パスで」
こうならざるを得なかった。
「(ま、まさか響さん……)」
「(本当に……)」
「(どうしようもない手札なんじゃ……)」
「(あらあら、欺く為のあの表情じゃなかったのね。……こりゃ響ちゃんはこういう遊び向いてなさそうね……周りの人は大喜びだけど)」
藤矢さんはここで大きく飛んでAを出し、みんな様子見のパス。そして4を二枚出した。
「…………!」
遠いけれども俺にチャンスがやってきた。
革命でも起こらなきゃ逆立ちしたって勝てやしないこの手札だが、6と8と9だけは二枚ずつある。
プレイ人数は5人。被ってるカードを持っているのは良い切り札となる。
だがこれは地獄の釜の底に滅茶苦茶細いロープが一本垂らされたに過ぎず、うまく乗っても釜の外へ出るのは至難の業……要するに運ゲーだ。
二枚持ち最弱の6を出して弱いカードを無くすか、持ってる中では最強の9を出すか、8を使うか……。
まず二枚持ちが他にいたら俺の番になる前に6以上のペアを出されるだろう。9を出してもそれ以上のペアを出されたら最早勝ち目は薄い。
8は決め手に使いたいのもあり少しもったいない。でも無理矢理にでも俺のカードで切らないとこの最弱の5が出せない。
どうするっ……! どうすればいいっ……!
「響ちゃ~ん、響ちゃんの番よ~」
「……えっ?」
俺なりに一生懸命考えている内に俺の番が来てしまった。
山の上に乗っているのは……依然として4が二枚。……来てる!
俺はすかさず6を二枚出した。
色々考えたけどこういう時じゃないと最弱ペアなんて出せないもんね。ラッキー♪
「パスです」
「それじゃあ俺も」
藤矢さん、出津とパスが続いた。
来てる! 来てますぞー!
このままみんなパスすれば俺から始まり取りあえず5を出してそのうち8で切って8で切って9を二枚出して上がりって黄金コンボが出……
「ふーむ、(10でも)出しとくか」
「……あっ…………」
…………。…………。
「……ん? あれ、みなさんどうしたんです?」
「この鈍感マヌケ野郎! 響ちゃんの顔を見ろ! さっきまで爛々と輝いておられたのに! 見ろ!」
「……おおぅ、これは犯罪チックな……」
……そっか、そんなに顔に出てたのか……。
分かっていたことだ。半分運ゲーの大富豪に王道なんかありゃしない。
「……だ大丈夫だよこれくらいそそそ想定内け計算のうちさささ」
そう、まだ軌道修正はできる筈だ。諦めちゃダメだ。
「「(可愛い……)」」
「ふぅ、なんだか短期間で恐ろしい量のヤバい薬物を摂取したような気分だわ。明日から発作でも起きたらどうしよう……」
御崎先輩はKのペアを出しながらそんな訳の分からないことを呟いていた。
「はい、響ちゃんの番ね」
「……パスで」
軌道修正できる筈とか思ってたけど不安になってきた。
そもそも開始時点で絶望的だったんだ。勝てないのが当たり前な訳で、それでも勝とうと無い脳味噌を搾っている俺は結構ご立派なんじゃありませんかね?
なーんて言い訳を唯斗が聞いたら大笑いだろうな。
「では」
「「おお~」」
藤矢さんがAを二枚出し、みんな思わず声が漏れた。
これってつまり藤矢さんはAを三枚持ってたって事になるんだもんね。
「こりゃパスでしょう」
「じゃあ俺は乗るよこの誘いに」
合間は2を二枚出した。
「えげつないわね」
「良いとこ取ったと思ったところをかっさらうのが大富豪ってもんですよ。ごめんなさい亜理彩さん」
「い、いえ」
くそう、高次元の戦いしやがって……。
みてろよ~次の回には絶対良いカード引いてやる!
「……亜理彩さんの良いとこかっさr」
「レディの前では失礼の無いように。それが紳士の振るまいだよ出津君。お里がしれるぞ」
「何だよ、いつもは下ネタにはがっつり食いつく癖n」
「うるさい」
……よく創作物の中で女性の言う『男ってのはどいつもこいつも』って台詞……あれは本当だったんだな……。
なんというか……似てる生物をいつも見てるというか……藤崎とアキタ的なアレというか……。
「下ネタは割と女子も歓迎するわよ。ね、藤矢さん?」
「えっ? わ、私は別にっ……」
なんか展開が変わった!?
「あら、初いねぇ♪ 響ちゃんも実は好きでしょ下ネタ。はい響ちゃんの番ね」
「えっ!?」
俺に振ってきた!
「「えッ!!?」」
男共が食いついた!
下ネタが嫌いな男子などあんまり存在しないと思う。
例に漏れず俺も嫌いじゃないんだけど……そういうの分かんないし訳の分からない単語も飛び交うしちょっと着いていけないんだよね……。
「……パス」
場に出されてるのはQ。俺は二重の意味でパスするしかなかった。
「いつもはガード緩々だっていうのに、守る時は守るのね」
「むしろみんなそういう話をし過ぎなんですよっ。ことある毎に俺に振ったって応答出来ませんよっ」
女の子って下ネタ嫌いだと思ってたんだけど……男の居ない所では結構してるんだよね……。
元男でありながら着いていけない事に情けなさを感じたり、俺は下ネタも通じない元男としてもダメダメな野郎で藤崎達が男の鑑でありエロ魔人と言うのは失礼極まりないことなんじゃ……なんて考えたこともあった。
「残念ねぇ。この際だから森長君とのエッチなお話でも聞こうと思ったのに」
「「…………!?」」
「もうこの話は終わりにしましょうよ……(本当はちょっと聞きたい……)」
下ネタなんて分かんないし……。
というか唯斗ともそういうの……キ、キスしかしたことないし……。
ああああっ! あの時とかあの時とか思い出して恥ずかしくなってきた!
「「(か、顔が赤くなった!!?)」」
「や、やっぱり経験お有りのようね……」
「ち、違っ」
「あー響ちゃんの番よ」
いつの間に……!
ああそれより誤解を解かないと!
場に出ているのは9。
はい、出せません。
「パス!」
「しかしまぁなんと言えばいいのかしらね……。響ちゃんを……うーん、犯罪的ね……」
「あ、あの! 俺はそういうのはまだしてません! ……そもそも分からないし(小声)」
「「なんと……!!」」
「(……いや、普通に考えたらそうだよな)」
「(響ちゃんは飛びっきり可愛いし『そういうこと』したいと思っても……)」
「(良心の方が勝ちそうね……)」
「(それになにより、響さんが可哀想ですよね……)」
「「……うーん」」
あれ、みんな動きが止まっちゃった。
「もうこんな話はやめましょうよ。藤矢さんの番だよ」
「……え? あ、はいっ」
藤矢さんがQを出して大富豪は再開した。
「合間、この話は今度他の連中とじっくり語り明かすとしよう」
「そうだな。せっかく藤矢さんと響ちゃんがいるんだから少しでも多くのネタを貰って帰らんとな」
出津が出したAを合間はさり気なく2を出して切った。そして3を出した。
合間の奴2を三枚持ってた事になるのか……。くそぅ……。
「……ふぅ、私も引っ張りすぎたわ。お詫びに、はい響ちゃん。これなら何か出せるでしょう?」
御崎先輩が出したカードは6。俺の出せるカードは8と9。
……もうこんなチャンス無さそうだし好意に甘えとくか。
「すみません先輩。お塩はありがたく頂戴します」
もう半ばノリとかヤケクソとかそんな感じで俺は8を出して切った。更に8を出して切り、9を二枚出した。
残るカードは5一枚。正直詰み。
まぁ健闘はしたんじゃないかな……。
「パスします」
「うーん、これは予想外。パス」
うんっ?
「同じくパス」
「あちゃーしくじったわ。私もパスよ」
「……え?」
な、なんだこれ? 俺の番だよな……?
これって…………勝ち?
「あ、あがり……?」
俺は疑問系でそう言いながら5を場に置いた。
★ ★ ★
ー温室庭園
温室庭園に来た俺と藤矢さんはその辺の原っぱに腰を落ち着かせ、他のクラスからテイクアウトしてきたお菓子を頂いていた。
「それにしても凄い運力でしたね」
「……むぃ……? ぁにが?」
カリカリのスナックを食べながらだから俺の返答は少しおかしくなった。
「テーブルゲームをしたクラスでの響さんの運命力のことですよ」
「あぁ、我ながら凄かったね」
あの大富豪の後にも数回大富豪をしたり他にもテーブルゲームをしたりしたんだけど、どれも一番か二番ばかりとなかなか優秀な成績を叩き出したんだよね。少なくともドペは一度も無かった。
始まりから中盤は絶望的な状態だったのにいつの間にかどんでん返ししているパターンが多くて物凄く爽快だった。
「いつもあんな感じなんですか?」
「いや、あれはみんなマグレだよ。いつもは悲惨だもの」
ホント、家で博樹や七海とトランプやらなにやらみんなでワイワイ系のゲームをするといつも俺がビリっけつなのにね。さっき程の運が常にあればなぁ。
「でも藤矢さんの気配りもあったから勝てたんだと思うよ」
「……あ、バレバレでした?」
俺の予想通り藤矢さんは気を遣って少しでも俺が有利になるように動いていてくれてたみたい。
「恩恵を受けづらかったから最初は全然分からなかったんだけどね。でも他の人の決め手と成り得る強いカードを早い段階で出させるように上手く誘導してくれてたりしてるのをなんとなく感じ取れたからもしやって思ってたんだ」
「それくらいしか出来なかったので……」
「ううん、そのお陰で弱い手札でも出し抜けたんだよ。ホントありがとう」
「その辺りの運が本当に凄かったですね。勘が良いと言うのでしょうか? 正直あんなに上手く事が運ぶとは思いませんでした」
「えへへ~、これはちょっと自慢できるね」
うーん? なんかおかしいな。
……もしかしてこれ、全然ガールズトークじゃない?
いかんいかん、もっと女の子らしい話をして女子力をラーニングしないと! って、何のために女子力なんか得ようとしてるんだ?
いや、深く考えるな俺。忘れているだけでいつの日か女子力の無さに嘆いた事があるから欲しているんだろう。
「藤矢さん」
「はい」
立ち振る舞いからなにからとてつもない女子力をお持ちであろう藤矢さんを見やる。
女子=頭良いという元男の俺ながらの偏見を見事に肯定してくれるその知性。テストの結果なんか見る前から分かってしまう程の『なんかこの人頭良さそう』な雰囲気を醸し出している。はい女子力10ポインツ!
そしてその知性を包む優しげな雰囲気。大抵の事なら簡単に許してくれそう。悪く言えば都合の良い女な 感じの雰囲気。そんな男へのセールスポイントは立派な女子力だ。10ポインツ!
さりげなく制服を押し上げるバスト。この学校の女子生徒の中でも割とある方なんじゃないかな。それともスレンダーな体型だから強調されちゃうだけなのかな? とにもかくにも女子力(物理)だな。10ポインツ!
それに引き替え俺ときたら、赤点は取らなくなったもののお世辞にも頭が良いとは言えないし、優しいわけでもなし、胸は……こんなん暴力だよぉ!
料理できるじゃんって思ったけどこれって女の子には標準搭載されてるスキルよね。偏見だけども。
……やはり女子力、得ねば。
「……え、えと……藤矢さんっておつも何処の店の装備品付けてるの?」
うわぁぁぁ……。
アクセサリーって言いたかったのに装備品って言っちゃった。
「えーと確か……『ニシセティ デ ラ ジュン フィール』というメーカーさんのところの物を着けてます」
ニシセ……え? 駄目だ分からん。
俺ってカタカナに弱かったっけ?
「ちょ、ちょっと名前からは何も想像がつかないなぁ……」
「女性向けのアクセサリーを販売しているところです。主張しすぎないデザインで好評なんですよ」
うーんなんか恐らく当たる予想が立ってしまったぞ。
「でもお高いんでしょう?」
「そうですねぇ、どの品も大体日本円で言うと2万円くらいしたと思います。割と敷居は低い方だと思います。私の両親はもっと社長令嬢に相応しいものを買うように言ってくるんですけど……。そんな一級品は私にはまだ早いので……」
2万で敷居が低い……。もう十分一級品だよ!
俺なんてその敷居の低い2万のアクセサリーでさえ相応しくないってのに、藤矢さんの親っさんは更に高いやつを身につけるように言ってるのか……。ブルジョア……。
「ちょっと一般ピープルには一生分からない世界かな……」
「うーん、お役に立てず申し訳ありません……」
「あ、いやいや! 単に俺がそういうのに疎いだけだから気にしないで」
「はい……」
ガールズトーク失敗。
新たなガールズトークを振らねば。
「そうだ、藤矢さんって料理とかする?」
「はい、それなりにしますよ」
おお、明るくなった。これは良い掴みかな?
「へぇ~、どんなの作ったりするの?」
「そうですねぇ、こちらに来てからは日本食っぽいものを作るように心掛けています。不格好ですけどね」
少し照れ臭そうに話す藤矢さん。なんか良いなぁ。
「日本食かぁ。もしかして魚とか焼いたりする?」
「はい、最初は悲惨でしたが今ではなんとか焼けるようになりました」
「魚焼けるなんて良いなぁ。俺もレパートリーを増やす為に焼けるようになりたいんだけど、母さん曰く相当難しいというか奥が深いらしくていまだに焼かせてもらえないんだ」
そう、母さんの手伝いとして主に夕飯とかの料理を手伝ったりするんだけど、魚だけは焼かせてくれないんだよね。
『カンペキな女の子になるためにお料理の修行よぉ~♪』とか言って手伝わせはじめた癖に酷いと思う。
「奥が深いのは間違いありませんね。魚に限った話ではありませんが」
「深いのは魚に限った話じゃない……か。あっ、それじゃあ日本に来る前はどんな料理を作ってたの?」
「ロシアにいた時の事ですか?」
「うんうん」
「フランス人のお友達がいたのでフランス料理などを少々教えてもらって作っていました」
「フランス料理かぁ。なんというか凄く似合うね」
オシャレなフランスのオシャレな朝のオシャレな朝食。その優雅な生活に似合う綺麗なお嬢様。絵になります。
……でもフランス料理ってどんなのだっけ? とりあえず良いってイメージしかないや。
「はい。髪の色と相まって見栄えが良いなんて好評でした」
ああ、そういえばそのカツラを取ったらキラッキラな髪が出てくるんだっけ?
「綺麗だもんね~」
……一体どうやって元の髪を詰め込んでるんだろう?
「響さんの髪には適いませんよ」
「んっ」
藤矢さんに髪を撫でられて少し身体が強張った。女の子のスキンシップにはまだこんな感じで参ったもんだ。
「……? どうかしたのですか響さん。少し震えてますよ?」
「ああいや、……大丈夫」
「もしかして気分が優れないのですか?」
「ひゃあっ!?」
突然背中をさすられて変な声が出た。
「大丈夫ですか?」
「…………っ」
藤矢さんは俺の背中をさすり続けた。
女性に背中を撫でられるのがなんだか嬉しくて恥ずかしくてちょっとむず痒くて、だんだん熱くなってきたような気がした。
「……ふ、藤矢さん。横になりたい……」
俺は藤矢さんの手を背中から離そうとした。
「あっ、すみません。それでは」
「……えっ?」
藤矢さんにひょいっと身体を動かされ、俺の後頭部にはなにやら良い匂いの優しい何かが当たっていた。
「少しは楽になるかもしれません」
「こ、これって……」
そう、膝枕だった。
……って…………。…………!!?
お、俺おおお俺、女の子に膝枕されてる!? いやまぁつい最近三島さんにもされた事あったけど。
なんだろう、ここにきてやっと女の子になって良かったと思えるような役得が起こってきてるぞ。
「どうですか? 少しは楽になりましたか?」
「う、うん……凄く……いい」
「よかったです♪」
女の子の膝って……暖かくて……柔らかくて……いいな。
なんかこう、守られてるというか包まれているというか……凄く安心する。
「(あ、あれれ? これは友達というより母親と子みたいな感じになっている気がします……!)」
うーん、なんだか眠くなってきた……。
「藤矢さん……」
「はい、どうしました?」
「ごめん……俺……ね、ねむい……」
最初はなんとか堪えようとしていたけれど、なんかもういいやとなって俺はそのまま意識を手放してしまった。
気合いが足りないとかへなちょことか折角の膝枕を勿体ないとか思うところはあったけど、睡魔の前にはみんな無力だったみたい。
★ ★ ★
がやがや、がやがや
……ん、んんぅ……?
……あ、俺……寝ちゃった……?
何だろう? 凄く賑やかみたいだけど……。そんな所で寝たっけ?
うーん、まだちょっと寝ていたい気分だったけど起きようかな……。
「……むぅ」
「あっ、お目覚めですか?」
ゆっくりと目を開けたけどまだ視界がぼやけてるな。今話し掛けてきたのは藤矢さんかな?
少しずつ回復してきた……うん、やっぱり藤矢さんだ。
そう言えば藤矢さんの膝枕が良くて寝ちゃったんだっけ……。し、仕方ないよね。
「おはようございます、響さん♪」
「……あ、うん。おはよう藤矢さん。どれくらい寝てた?」
……ん、なんだろう? カシャカシャと変な音がしてるんだけど……。
「そうですねぇ、今は3時前ですから……まだ30分程しか寝てないかと」
3時かぁ。もしかしたら4時過ぎてるかもなんて嫌な予感がしてたから良かった……。
「ふぁ~っ……ん、んん~っと……。のんびりしすぎちゃった。そろそろ他の所回る?」
「はい♪」
「それじゃ、行こっ…………!?」
立ち上がって辺りを見回すと、他の沢山の生徒に囲まれている事に気付いた。
「ど、どうなってるの……?」
ここにきてさっきからカシャカシャ鳴っている音がカメラのシャッター音だということが分かった。
「凄いですよね。響さんがお休みになって少ししたらどんどん集まってきたんですよ」
「なんでまたこんな……」
まるで心が通じ合っているかのように入れ替わり入れ替わりで綺麗に人が流れては鳴るシャッター音。ただ事じゃあないよこれは。
というか不気味だよ!
「こんな所にいたら落ち着かないよ……。藤矢さん、出よう」
「は、はい」
バシャバシャと撮られるのはあまり好きじゃない。というか藤矢さんが自分も撮られてる事に気づいてないみたいだしここは救わないと!
いや藤矢さん自身が嫌じゃなかったら何とも言えないけど、俺がなんとなくそういうの嫌だしね。
「ひゃうっ!?」
だ、誰かどさくさに紛れて俺のお尻触ったな!?
「あぅっ……~~~っ!」
くそう、見えないからって~!!
誰か知らんがだらしない笑い声がちょっと漏れてるぞおい!
「……にぃ……っ」
や、やばいな。この人の壁はどこまで続いてるんだ? あんまベタベタ触られると変な感じになるんだから勘弁してよぉー!
★ ★ ★
ー2年E組教室
早いもんで時刻はもう6時過ぎ。文化祭も終わりどこも軽く片付けを始めていた。
「ありがとうございましたぁ~」
俺のクラスも最後の客をもてなし終わり、やっと片付けが本格的に始まっていた。
「さーて、サッと着替えてこようかな」
最後のシフトだからといって片付けに荷担するのを遅れる訳にはいかない。
そんなわけで俺はこの忌まわしきメイド服を着替えてとっとと片付けを手伝うことにした。
「えぇ~!? 響ちゃんはまだそのまでいてよ~」
そんな発言をしたのは藤崎だった。
「……何をアホなこと言ってるんだ。着替えないと色々動き辛いじゃないか」
「大丈夫! 響ちゃんはみんなを応援してるだけでいいから」
………………。謎。
謎な何かの発言は無視しましょう!
「藤矢さん、また早着替えお願いしていいかな」
「……うーん」
「藤矢さん?」
あの早業をやって貰おうと藤矢さんに頼もうとしたら、何やら思い詰めているようだった。
「響さん!」
「は、はいっ」
「……私も応援して欲しいです」
あちゃー……こりゃ駄目だな。仕方ない。
確か唯斗も早業に自信があるって言ってたな。
「唯斗ぉ~」
「ほいきた何でございま」
「「駄目ーーーー!!」」
唯斗の元へ向かおうとすると、クラスのみんなに遮られてしまった。
「…………まじか」
「ふむ、よく考えれば神聖な学び屋で男が女性の着替えをするのはモラルが無かったな」
唯斗なんか賢者になったし。
弁当の交換やおかずあーんが許されるのにそれは駄目なのか……。
「着替えちゃ駄目?」
「「うん」」
「このまま着替えないで応援してた方がいい?」
「「うん!」」
こりゃ我を通していい雰囲気じゃないな。
それに今日は文化祭なんだし……たまにはそういうのも良いかもね!
★ ★ ★
ー住宅街
後片付けも終わり各々解散となり、俺と唯斗は普通に帰ることにした。なんでも打ち上げ的なのがあるっぽかったんだけど、別の日にもあるらしいから俺達はその時にってことになった。
本当は高校生らしく背伸びしちゃったりして打ち上げに参加したかったけど……流石に疲れたしね。仕方ない。
「あ~お腹減ったなぁ~」
俺はお腹をさすりながらそう言った。
時刻はそろそろ7時過ぎ。育ち盛りには流石にキツい時間帯だ。
駅内のお店にフラッと寄り道しちゃいそうになるのを何度もグッとこらえてきたけど、今はちょっと後悔してる。
「学校にいるときに食っておけば良かったんだけどな。俺達夕方の最後にシフト入ってたしなぁ」
「まさにペコペコ、凄まじくハングリーってヤツだけど、良く考えれば……この苦しみを乗り越えれば夕飯の味を昇華させる事ができる!」
「夕飯か……流石にこんなに減ってると作るのも辛いなぁ。ピザかなんか取ろうかな」
そういえば唯斗はほぼ1人暮らしみたいなもんなんだっけ。腹ペコで帰ってきてご飯が無いってのも辛そうだな……。
「そうだ! 今日は俺ん家に泊まらない?」
「え? 響ん家に……えぇっ!?」
「こういう日って1人じゃ寂しいでしょ? 寄ってくだけじゃなくてさ、泊まってってよ」
「……そ、そうだな! 凄く助かる」
「やった♪ 決定だな」
……今日はなんだか無性に唯斗に甘えたくなってきたんだ。ちょうどいいから寝るときも唯斗と一緒に寝させてもらおうかな。
「~♪」
「……なぁ響」
「ん、どーした?」
「今度はその……俺の家に遊びに来た時はそのなんだ、メイド服的なものをだな……着てくれないか?」
「えっ……!? な、何故に?」
「ちょっと目覚めたかも……みたいな? だってあんな……あんな途方もないのを見れば誰だって目覚めるさ」
「い、いいよ……?」
「ホントか!?」
いつも唯斗には助けられっぱなしだしね。唯斗が喜ぶことならやってあげたい。
「で、でもさ……持ってんの? アレ」
「買うさ」
「えぇっ!?」
「そりゃもう買うさ。当然の事だ。むしろ義務だ」
「そ、そうなの」
「響はどう育っても美人になる。だがな、育ってからでは遅いものもあるんだ。善は急げ。譲って貰うのを待つのではなく自分から得るのが一番だ」
「つまり小さいメイドさんを写真に収めたいってことね……」
「そんなトコだ」
なんだか後になって恥ずかしい思いをする事間違いなしだろうけど……。まぁ唯斗が喜ぶなら……。
「そんなに似合ってた?」
「ああ、あれぞ楽園の麻薬って感じだったな。男女無差別に強力な衝撃を与えていたぞ」
「……褒められてる?」
麻薬ってなんだよおい。
「響の可愛さを表す言葉としては良い線いってると俺は思う」
「麻薬がねぇ」
「そうさ、響の可愛さは言ってしまえば劇薬とか麻薬だ。凄く良いから逆に良くない的な」
「わかんない」
「それでいい。響は俺だけが常に服用できる麻薬であってくれればそれでいい」
「なんとなくわかった。……えへへ、恥ずかしいなそんな変な言い回しされると」
「キザな言い方はイヤだろう?」
「うん、ちょっと元男としては受け付けないかな。……あれ? でもさっきのも割とキザな言い方じゃない?」
「はは、そうかもな。つまり響はキザな言い方をしても恥ずかしがるって事でいいんだな?」
「…………。唯斗ならね」
「……ありがとなっ」
そんな下らなかったりそうでなかったりする事を話して笑いあいながら俺達は帰り道を歩いた。




