北の大地へ(始)
だいぶ前に説明したことがありますが大事なことなのでもう一度
この物語はシリアスっぽい流れはたぶんほとんどありませんし、あったとしてもすぐに元の雰囲気に戻ります
ほんわかほのぼのが好きな方はご安心下さい
地獄の釜のどん底が好きな方、ごめんなさい
それと今回は短めなので次回はなるべく早く投稿します
ー明治家(玄関)
ー視点 明治響
「忘れ物はないかしら?」
「大丈夫」
「必要な物は持った? ゲームは? お菓子は?」
「だ、大丈夫だよ母さん」
2月も残り少なくなってきた。
そんな時期に我らが波頼高校の二学年の生徒達には短期修学旅行というイベントが待ち構えていた。
短期とか言っときながら5泊6日という豪勢ぶりには俺に波頼高校がどんな学校だったかを思い出させるには十分だった。
ちなみに旅行先は北海道。
初日は飛行機に乗って向こう側へ行き、観光地をバスで巡るなどの寄り道をしながら予約しているホテルに向かうとかどうとか。
2日3日目は人気のスキー場でスキー体験。
4日5日目は生徒だけで自由に回って良いフリーデイ。
6日目は初日に行きそびれた観光地を見てお昼を食べてから飛行機に乗って帰ってくるらしい。
そして今、旅立ちの時……なんだけど……。
「お姉ちゃん……変なオジサンについていかないでね……?」
「兄ちゃん。僕、お土産はジンギスカンが良いなあ」
「あ、博樹お兄ちゃんずるい。私は白い変人が食べた~い」
「こらこら、2人ともぉ? あ、ママはロールケーキねぇ~」
「う、うん……覚えとくよ」
……そう、母さん達が見送り見送りって言ってなかなか行かせてくれないんだよね……。
中身が俺であってもこの見た目だもの。心配しなきゃいけないと思うのはよく分かる。でも少し過保護すぎるんじゃないかな。
「お姉ちゃぁぁん……。私、本当はお土産なんかいらない……行かないでぇ……」
七海はさっきまでのおちゃらけた雰囲気とは変わって突然今にも泣き出しそうな感じになった。
「な、七海……?」
「七海……気持ちは分かるけどワガママを言っちゃいけないよ。ね、兄ちゃん」
「……あ、いや……」
可愛い妹にここまで愛されてるとなんか行くのを躊躇っちゃいそうだ。
いやいや、俺がこの6日間をどれだけ待っていたか! それも忘れちゃいけない!
……そう、6日間も安全が確保されるんだ! 魔の我が家から6日間も離れられるんだ! 忘れちゃいけない。
「響ぃ? 騙されちゃいけないわよぉ? 泣き殺されて家に留まり七海とお風呂に入ったが最後、あなたは存分に味あわされてしまうわぁ」
「……あー! お母さんなんで教えちゃうのー!?」
「博樹! ママを手伝って! 七海を押さえるのよ!」
「う、うん!」
俺の目の前で繰り広げられる妹が弟と母に取り押さえられるという謎の光景。
……え? なのなのこの流れ。
「走るのよ響! ママが心変わりしないうちに! 早く!」
「……え、あ、あの……」
「ぐへへへ~、今日のデザートは響の嬉し恥ずかしペロペロキャンディよぉ~♪ ……とと、早く! 早く行きなさい! もうもたないわぁ!」
ひぃ!
「じゃ、じゃあ行ってきまーす!」
俺は慌てて家を飛び出した。俺を想って理性と戦い必死に欲望を抑えつける苦しそうな母さんに感謝しながら……。
……なにこの流れ。
★ ★ ★
ー波頼高校(駐車場)
学校へ着きHRを終えたあと指定のバスの指定の座席に着いた。
発車の時間までまだ十数分あるので俺は持ってきたゲームで時間を潰していた。
ちなみにバスは男女別で分かれていて唯斗とは一緒に座れなかった。
幸か不幸か、クジで当たった席の隣に当たる人はいなかった。つまり2人分の席を1人で使えるという嬉しいような悲しいような微妙な席に俺はいる。
でも女子と肩を並べて座るのはまだまだ慣れないしちょうど良かったのかも。
「あのー、お隣良いですかー?」
声がした方を向いて俺は驚いた。
紅い瞳に背中まで掛かった綺麗な黒髪、そしてなにより低身長。
小学五年生と言ってもおかしくないような可愛い女の子がそこにいた。
「ま、迷子の子かな? ここは波頼高校だよ?」
「失礼な! これを見てください!」
女の子は学生手帳を見せてきた。
二年E組栗鼠あかり……
あかりちゃんか。確か栗鼠神社の巫女さんだったっけ?
「……え、えと……なんかごめん。どうぞ、隣」
「分かってもらえましたか。お隣失礼しますね」
……ん? なんか引っ掛かるなぁ……。
「……わかりますか?」
「え? 何が?」
「キミの隣にいるものがイレギュラー的な存在であることにですよ」
「うん?」
こういう感じの子って確か……。そう! 電波さんだ!
い、いるもんなんだなぁ電波さんって。
「イレギュラー的な存在は他のイレギュラー的な存在を感知できます」
…………?
ま、まさか俺が元男だって事、バレてる? まてまてまて! 整理しよう。
あかりちゃんは自分をイレギュラーがどうのって言う。これは巫女さんだから? 電波さんじゃなくて? よし、そう仮定しよう。
だから巫女さん力によって相手の本性を暴ける……的な? ああああ、仮定したくない……。怖い……。
「あ、あの……俺……。うう……ぁ……」
「……あ」
どうしよう……。もうバレてるよね……。
「ヒビキさん?」
俺、どうなるんだ? ヤバそうな人達に連れ去られて全身にお札貼られて変なお経唱えられて……。もしかして、戻……
「いやだいやだいやだ! 今が良い! 今のままで良い! 戻りたくない!」
「……あちゃ~やりすぎちゃったかなぁ」
やだよ……怖いよ……。
「落ち着いて」
今にも涙腺が崩壊しそうな俺の肩にあかりちゃんの小さな手が置かれた。
「……ぇ……?」
「悪かった。悪かったよ。ちょっとヒビキを苛めたくなっちゃったんだ」
「……え? え?」
目の前の女の子が何を言っているのか俺には理解出来なかった。
「オレ、オレだよ。ディザーリィだよ」
「ディザーリィ……?」
「そそ」
「……誰だっけ?」
目の前の子は拍子抜けたような顔をした。
「……そう言えばヒビキが寝ている時しか会ってなかったっけ……。よし、それじゃあ巫女さん的な力で思い出させてあげよう」
あかりちゃんは俺の額に手を置いた。
すると頭がポワポワとしてきて何かが引き上げられるような感覚がした。
「どう? 思い出した?」
「……ディザーリィ? え? 本当に?」
「本当もなにもヒビキ以外にこの名前を知ってるのはいないよ」
それからあかりちゃん……ディザーリィは色々と説明してくれた。
俺の夢から俺が修学旅行へ行く事を知ったディザーリィはディザーリィを思念体的な存在にした奴に『オレも修学旅行に行きたい! なんとかならない?』と頼んだそうだ。
するとその誰かは都合が良かったらしくすんなり了承してくれたみたいで、よくわからない不思議パワーで人々の記憶を書き換え、栗鼠神社の神主さんの養子で波頼高校の2年E組の生徒という役目を持った栗鼠あかりという女の子を創ったんだと。
もう現実とか色々とぶっ飛んでてこんなのおかしいよって言ったら『ヒビキも大概おかしいよ』って言われてなんにも言えなくなった。
「……ん? これってつまりディザーリィは夢の中の人じゃなくなったって事?」
「ううん、オレはあくまでこの修学旅行の期間内だけの存在。修学旅行が終わった次の日には最初から居なかった存在として人々から忘れ去られるよ」
「……なんか寂しいね」
「そう?」
あまり気にしていなさそうにしているディザーリィに対して『辛くないの?』と聞いたらディザーリィは首を横に振った。
「そう思うのはヒビキだからだよ。あの人はなんか周りの人のオレに対する印象は高めにしてくれたらしいんだけど、自分で築いたモノじゃあないからね。感覚的には中古のゲームを買って残ってたデータをやるような感じ。……ね? 手放すのを惜しまない理由、分かるよね」
「……それを言われちゃうとなんとも言えないけど……うーん」
「ふふふ」
なんというか、ディザーリィって……
「ディザーリィってさ」
「ん?」
「身の丈に合わない思考回路だよね」
「……あ、あはは……思念体になると色々変わるもんなのさ……」
でも身の丈に合わない言動っていうのもギャップを感じて良いものだね。
「……あ、もしかして俺がこの席になったのって……」
「うん、オレがここに座る為だよ」
やっぱりそうだったのか。
「それにヒビキのグループの中にも入ってるから泊まる部屋も一緒だよ」
「おお~っ、じゃあこの6日間、よろしくね」
「うん。こちらこそ」
夢の中でしか会えなかった不思議な女の子ディザーリィ。今は栗鼠あかりちゃん。
ただでさえ楽しみだった修学旅行に存在自体が不思議なスパイスが加わり、俺は胸を高鳴らせているのだった。




