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響さんの日常  作者: ZEXAS
彼氏彼女になってから
67/91

バレンタインデー



最近絵のスランプ気味です……

思ったように幼女を描けません……





ー波頼高校(昇降口)

ー視点 明治響




ボトボトボトボト


下駄箱を開けた瞬間に溢れ出す小包。それを見て何故か震え出す唯斗。


「ありゃー、今年も大変ですねぇ」


「す、すまんな響。ホントなんかすまん」


「いや、しょうがないよ。だって唯斗だもん。…………」


「ご、ごめんよぉ~……」


唯斗は急に抱きついてきた。


「ゆ、唯斗!?」


「許してくれぇ……」


「わ、わかったから! そ、その……恥ずかしいから止めてくれ……」


唯斗の奴、何考えてるんだ? 人が沢山いる所でこんな……


「そうかそうか許してくれるか! さて、次は響の番な」


「えっ?」


唯斗は小包を大きな袋に全部入れてスッと立ち上がると、スタスタと俺の下駄箱の所までいった。

俺はそれについていった。


「さぁ響、開けるんだ」


「う、うん」


俺は唯斗に言われるまま下駄箱を開けた。


ボトボトボトボト


唯斗に負けず劣らず、沢山の小包がこぼれ出した。


「こ、これは……」


「さぁ響、俺が許すまで泣いて抱きついて一心不乱に許しを請うんだ」


「……ま、まさかその為に?」


「当然だ」


「ま、まぁ仕方がない事だし? 許してくれるよな? な?」


「ダメだ」


こ、こいつぅぅぅ!


「ほら、俺がしたように。ハリーハリー」


「……むぅ」


……まぁ仕方ないか。いつも唯斗にはお世話になってるし。唯斗の要求も呑んであげないとね


そ、それじゃあひと思いに……。


ぎゅっ


「……っ!? ま、まさか本当にしてくれるなんてな……」


「……ゆ、唯斗が言ったんだぞ」


「え、えっとな響、みんなが見てるから……な? 今度しよう、な? そしたら許してやるから」


「……うん、わかった」


ちょっと名残り惜しげに唯斗から離れて周りを見てみると、何故か人だかりが出来できてた。


「ほら、お前宛のチョコは全部入れてやったから」


俺は唯斗から袋を受け取り、それを背中に背負った。

どうやら唯斗も準備万端といったところだ。それじゃ……


「走るぞ響」


「おう!」


照れ隠しか何か良く分からないけど、なんとなくそうするべきだと悟った俺達は自分の教室まで全力疾走した。



タタタタタ

とてとてとて


「おはよーっ」

「おはよう」


「おー、2人とも朝から元気だねぇ、おはよう!」


教室に入って俺と唯斗が挨拶はすると高橋を始めみんなが挨拶を返してきた。


「どうした響ちゃんに唯斗氏、なんか良いことでもあった?」


「いや、特に何も?」


「そうは言ってもその背中に背負ってるヤツが全てを語ってくれるぞ」


藤崎の指摘で気づかされた。そういや大量のチョコを貰ったんだっけ。


「すげぇ量だな……。なな、俺にも分けてくれよ」


「止めとけ陸手リア。殺されるぞ」


「殺される? そ、そうか、恋路の邪魔になっちゃうもんな。あとリア付けんな(恋路も何も既に時遅しなんじゃ……)」


「いや、俺達じゃ食いきんないから手伝いって事なら食べでもいいんじゃないかな。ねぇ唯斗」


下駄箱まるまる入ってたんだから相当な量だ。こんなにあって誰にも渡すなとなると余りに余ってダメにしちゃうからね。仕方ないね。


「そうだな。こんなに冷蔵庫に入んないし、かといって冷やさないとダメになるしな。(それにあんま甘いのばっかだと飽きるし……)」


「おおお! 聞いたかみんな! たかるぞ!」


「ああ待て待て! チョコの分け合いは帰りにな」


クラス中の男子達が俺と唯斗の所へドドーっと来ようとしたとき、唯斗がそう言ってみんなを止めた。


みんなが不満を上げる中、高橋だけが気付いたのかみんなに簡単にこう説明した。


「お前ら、2人はまだ下駄箱を開けただけだぞ」


「……なるほどな。下駄箱に入れる……いや、下駄箱しかもう入れる所が空いていなかったと考えるとむしろ本番はこれからということか」


アキタがとんでもない事を言った。


「陸手リアが言った事が間違いないなら……よし、俺は明治の机を……ってよく見ればもうわんさかありそうだな。よし、俺は明治のロッカーを、藤崎は森長のロッカーを確認」


「よしきた、任せろ! あと俺が響ちゃんのロッカーな」


高橋と藤崎はがんがん話を進めて俺達のロッカーに近づいていった。


「……ま、やつらを止めるのは諦めて俺達はお互いに机のチェックをしとこうか」


「うん、そのほうが早いね」


ロッカーを勝手に開けられるのはちょっといただけないが、まぁ2人が俺と唯斗の代わりにロッカーの中の贈り物を取り出してくれるってのならそうさせてやろう。いいお手伝いさんだ。


「さーてと、俺にはどんなのが……」


あぁ、女の子になってもチョコは貰えるんだな♪ この経験、今年で二回目だがなかなか慣れない。うーん、素晴らしい!


「おお~!」


キレイに包装された箱、小包、ハート型の入れ物。どれを見ても幸せになれる。

手作りかな? 市販のかな? 考えるだけで堪らない。


「(あ、あれだ、私のやつ!)」

「(俺のかな……あれ……)」

「(ふふん、唯斗様に捧げるチョコは誰よりも大きくなくちゃね!)」

「(響さん……どうか私のはあげないでっ)」


まぁ、置き勉派の俺の机に許された領域はあまり無いわけだが、それでも机いっぱいに広がるくらいにはあった。もう……もう最高だよ……。

もしかしたらこのクラスの中でもくれた人がいるんじゃないかな?


「俺なんかにくれた人、ありがとう! これ、全部味わって食べるよ。多分誰にもあげない。だって俺の為にくれたんだもんな」


1人の為、俺の為に渡してくれたものを他の人にあげるなんて失礼だもんな。こんなにあるとちょっと大変かもだけど、これは渡された側の義務なんだ。自然かつ当然の事なんだ。多分。


「「(よかったぁ……)」」


「唯斗もちゃんと食べるよな?」


「……そうだな、俺も誰にもあげないよ(まだあると考えるともう口の中が甘ったるいが、まぁここは男を見せるか)」


「「(……ふぅ、よかったぁ……)」」


「「ええええええ……」」


せっかくいい感じにまとまりそうだったのに哀れなチョコたかり達が不満を露わにした。


「…………う(甘いの……か)」


「……? どうしたの唯斗?」


「あ、いや……ははは(クソ甘そうなヤツもありそうだし、ビター以外は後でこっそり響に食べて貰おうかな……)」




★ ★ ★




「響ちゃん、響ちゃん」


「すー……すー……」


「おーい、響ちゃ~ん、授業終わったよ~」


なんだか誰かの声? が聞こえる……。でも今はそれどころじゃないんだ……。やっとロイスカイヤーが使えるようにうんぬんかんぬん……。


「……あらら、起きないわね」


「でも、なんだか和みますね。明治さんを見てると」


「ふふ、そうね。イタズラしてやりたくなっちゃうわね」


「はい♪」


すごい……ロイスカイヤーの操作面白い……。飛んだままレイフォール楽しいです……。


「「えい!」」


さわさわさわ


「……みゅ?」


……あ、あれ? おかしいな。誰かに触られてるような……。

……あ、あれ? おかしいな。俺はゲームをしてたんじゃ……。


「……最高~♪ いけないことしてるみたいでいい~♪」


「私も三島さんと同じ気持ちです~♪ 明治さん、柔らかくて素敵です~♪」


すりすり、さわさわ


「……ん……ぁ……」


「この背徳感さえ素晴らしいわね……」


「人をアブノーマルにする力があるみたいですね……」


……な、なんか暑い……。せっかく良い気持ちで寝てたのに……。

あれ? 寝てた……?


「……むにゃ」


「「(やべっ!)」」


「……ん~、ん? 三島さん? それに藤矢さん?」


「あ、あら響ちゃん。もう授業終わっちゃったわよ? (せ、セーフ)」


「もう、ダメですよ? 授業は受けないと損ですから……(……ふぅ。せ、セーフ?)」


「……うん」


頭がフワフワしてまともな言葉が出て来ないや……。

とりあえず笑みを作ってごまかそう。


「(背徳感がっ……)」

「(ああああ、その笑顔が私の心に突き刺さりますぅ……)」


どうしたんだろ2人とも。なんだか辛そうにしてる。


「何かあったの?」


「あ、ああいや……ちょっとね……? 今日はアレなのかもな~って」


「わ、私ももしかしたら今日……なのかもしれません……」


「…………? 今日? アレ?」


「(ま、まさか!?)」

「(あの表情を見るに間違いありません!)」


「あ、あの響ちゃん?」


「どうしたの?」


「つかぬ事を聞きますが……」


本当にどうしたんだろ2人とも。そわそわというかなんというか……。


「「もしかして生理未経験者?」」


せーり? ……?


「せーりって何?」


「「(あちゃー……)」」




★ ★ ★




ー温室庭園




昼休みになった。


俺と唯斗は教室を出た後は別ルートで偶然を装うかのようにこの温室庭園に来るようにして数ヶ月。

いつもはそこまで人がいない筈のこの部屋に活気がみられるのは気のせいか偶然かそれとも季節によるものか。

俺は唯斗の集客力によるものと考えることにした。


「唯斗……」


「ああ、ここは近い内に放棄しよう」


なるほど、そういう作戦か。

唯斗目的で来ている人がいるとすれば唯斗の言葉は一字一句逃さず聴くだろう。それで誤った情報を伝えて混乱させようと……


「響、恐らく響の考えは間違ってるぞ」


「……えっ?」


唯斗はちょっと呆れたような顔をして俺の額を指でつついた。


「響が考えられるレベルって事は他の人も簡単に考えられるって事だろ? ダメダメ、場所ならちゃんと移すよ」


「……ば、バカにしてる?」


図星を突かれてちょっとイラッときた俺は反抗の意味を兼ねて唯斗を睨みつけた。


すると唯斗は何故か嬉しそうな顔をして俺の頭に手を置いた。


「な、なんでそんな嬉しそうなの」


「いやぁすまんすまん。睨みつけようとしてるのは分かるんだが。……ふふ、ジト目になっててな……ふふ」


「……むぅ~」


「「(森長! ナイス!)」」


……なんだろう、唯斗目的の人がいるにしても男性も結構いるような……。


「さっきも言おうと思ったんだが。響、いい加減自覚を持て」


「……? 何が?」


「ま、まぁそこが良いところなんだが……」


「唯斗が良いと思うなら俺も良いと思うぞ」


ちょっと誉められたみたいで自然と笑顔になった。


「……!!」

「「……!!」」


「「「(あはぁ~♪)」」」


「ど、どうしたんだ唯斗!?」


「あいやー、ちょっとヘブンに近づいたみたいで~」


ヘブン?


「……っと、そんな事より早く昼御飯食べないと」


俺は持ってきた巾着袋から弁当箱を取り出した。


「そうだったな。今日はどんなのを作ってきたんだ?」


俺は弁当箱を開けて唯斗に見せつけた。


「ほお、唐揚げに厚焼き卵にタコさんウインナーか。可愛いメニューだな」


なっ!?


「き、今日は時間が無かったの!」


「時間が無いのに時間の掛かる唐揚げ?」


「うっ」


「時間が無いのに時間が掛かる厚焼き卵?」


「うっ……」


「時間が無いのに時間が掛かるタコさんウインナー?」


「うぅ~……」


ごもっともです……。結構頑張って楽しみながら、しかも鼻歌を歌いながら作りました……。きっとその後ろ姿は誰が何と言っても女の子だったと思います……。


なんとも言えない気持ちになり下を向く俺の頭に大きな手が置かれた。


「俺的には大いにアリだよ」


そう言って唯斗はその大きな手を使って俺の頭を優しく撫でてきた。


俺は恥ずかしくなって頭を下げた。


「しかしまぁ、響もどんどん幼児化してきてるよな。元が元だからあまり違和感は無いが」


「……えっ?」


お、俺が幼児化? 元が元?

ってさりげなく酷い事言ってない?


「そ、そんな事ないぞっ!? 幼児化なんてしてないぞ!?」


「ほい」


唯斗は抗議の声を上げる俺の頭にまた手を置いてきた。


「な、なんだ?」


「よしよし」


そして撫でてきた。


「そ、それがどうした」


「よしよし」


平静を装っている俺に唯斗は休ませることなく行為を続けた。


……だ、大丈夫! まだ平気……!


「よーしよし」


「……くぁ」


だ、だいじょ、ぶ……この程度……!


「よーしよしよしよし」


「…………っ……」


……も……だめ……。


がばっ


俺は溢れる衝動を抑えきれずに唯斗に抱きついていた。


「おうおう、甘えん坊さんだな響は」


「……うん♪」


よしよしには勝てなかったよ……。


「ふふ、では今の内に響の弁当でも頂きますか」


「……あっ」


唯斗は優しく俺を離すと俺の弁当を手に取った。

俺は脱力したままの身体を動かす事が出来ずに唯斗に食べられていく弁当を眺めていた。


「ん~、んまい。見た目も味も上達しつつあるなぁ」


普通だったら怒るところなのかもしれない。

でも俺の弁当を美味しそうに食べている唯斗を見ていたらなんだか逆に嬉しくなっていた。


「おっとすまない。あんま食べ過ぎると響の分がなくなっちまうな」


「……大丈夫。唯斗が食べてくれたら俺、嬉しいから……」


なぜだか不思議と笑みがこぼれた。


「ッ!! よしっ、じゃあこの弁当は俺が全部頂く」


「うん」


「だが響には代わりに俺の弁当を全てやろう」


「えっ?」


唯斗の……弁当を……?


「い、いいのっ?」


「もちろん」


お、おおおおおお!!

ゆ、唯斗の弁当、全部、全部!!


「……あ、でもそしたら唯斗は足りないんじゃ……」


「ん? ああ、それなら大丈夫だ」


「そう?」


「ああ」


「……ありがとう唯斗っ!」


唯斗の料理は最高だからな。これはもう等価交換じゃないぞ。こっちが有利なスーパー取引だ。


「(響の弁当を全部食べられるわ響の唾液が恐らく俺の弁当箱に付くわ。素晴らしい日だな今日は)」




★ ★ ★





「さて男子諸君、今日は良い日だったか? 女子諸君、肩の荷は下りたか? 先生は相も変わらずだったぞ」


1日っていうのはやっぱり思った以上に速い。気がつけばもう帰りのHRだ

だけど先生の言う男子諸君はまだそわそわしていて今日バレンタインを終われていないみたいだ。なんだか女子の皆さんですらそわそわしているような……。


「……? どうしたお前達。そんなに浮き足立って」


先生がそう言うと藤崎が席から立ち上がった。


「先生! 大変なんです! 俺、まだ響ちゃんからチョコレートを貰ってません!!」


……あ、忘れてた。


ガタガタガタガタ!


「先生、私もまだ響ちゃんから貰ってません」

「あ、あのっ……私もまだ……」

「ずるいぞ! 俺も欲しい!」

「俺も!」


藤崎や三島さんを筆頭にみんなどんどん席から立ち上がり、我が我がと俺の名前を呼び始めた。


「こらこらお前達、明治はお前達の物じゃないんだぞ?」


そう、俺を所有していいのは……


ふと後ろにいる唯斗を見ると綺麗に目が合った。なぜだか笑っているように見えた。

恥ずかしくなって向きを戻した。


向きを戻したらクラスの空気がまだまだ熱くなっていることに気づいた。


「響ちゃん! 私に恵みを!」


「……明治、本当は教員の俺がこんな事言うのはいけないんだが、もし今こいつらが求めている物を持っているのなら渡してやってくれ。じゃないと収まらない」


言われなくても分かってるさ。


バレンタインデー。

自意識過剰な男達が勘違いによってひたすらひたすら焦らされ、結局欲していた物を貰えなかったら

『……へっ、くっだらねぇくっだらねぇ。甘いもん貰ったって嬉しかねぇよバーローでやんでい! 女に甘いもん貰って喜んでるアホったれ共の気なんか知れねえや俺にゃあ! やっぱ菓子は美味スティックに限らぁでやんでい!』

とかなんとか言って心の中では滝のような涙を流す悲劇の日。

しかし義理だろうが慈悲だろうが一度女子から菓子を貰えば自分でもおかしいと思うくらいに内心が凄まじくフィーバーする喜劇の日。

母親から貰ったら『なんだいつもの安いやつか』と思いながらも奥底では母親の存在のありがたみを再確認させられる第二の母の日。


男達にとってこの日がどれだけ大きなモノなのか俺はよーく知っている。だから今の今まで焦らしていた。

……授業中に寝ていてすっかり忘れていた訳じゃあない、はず。


とりあえず俺はいつもより大きなカバンを机の上に置いた。

これが彼らを焦らすスペシャルアイテム。

いつもより無駄に洞察力と勘違い力が高いバレンタインの男達はこのカバンを見れば当然期待する。

期待からくるそわそわを見て楽しむというゲスい考えを持ってきた筈なんだけど、授業中に当たる陽気のせいで……うん……。


まぁ結局はクラスの男子と女性の皆様分は用意してきたから配るわけでして……。


「響ちゃ~ん! 届けにきて~!」


「てめぇ! 響ちゃんにわざわざ出向かせる気かよ!」


「はっ、分かってないね君は。響ちゃんにわざわざ来てもらって渡してもらう。これがどれだけ素晴らしいものなのかを」


「…………っ!! た、確かに!」


……ありゃ? これは俺から渡した方が良いのかなぁ。


うん、そうだな。バレンタインデーは俺にとっては1つの感謝の日。俺から渡すのはむしろ礼儀なんだ。……たぶん。


俺はまずは三島さんの前に行った。


やっぱね。感謝というか背徳感が凄いからね、女性に対しては。

言っちゃえば当然のように女子トイレに入るわ女子更衣室には入るわととんでもない覗き魔になってるようなもんだからね。

渡す優先度は女性の方が高い。


「はい、三島さん。いつもありがとう」


「はぁぁぁぁぁ~♪ ありがとう響ちゃん。はいっこれ私からね」


「え?」


俺が三島さんに包みを渡すと、今度は三島さんから包みを渡された。


「友チョコよ」


わぁぁぁぁ……!


「ありがとう三島さんっ!」


「どういたしまして~」


ああ、やっぱ三島さんは心のオアシスだ……。



★ ★ ★



ー波頼高校敷地内の高台



その後もチョコレートクッキーの入った包みを渡し続け、やっと全員に行き渡ったみたいでみんなどこかホクホク顔だった。

喜んでもらえると俺も嬉しい。なんせ自分が作ったものだもん。

三島さん以外の人からも友チョコを貰ったせいか俺もきっとにこやかにしていた事だと思う。


……まぁそんな事はさておき、今日のメインイベントはこっち。

わざわざこの場所まで唯斗を呼んでチョコを渡して終わり。

そんな事の為だけにこの場所に来させるのは……って思ったんだけど、唯斗曰わく『様式美にお約束、テンプレートは恋愛にとってかなり重要なもの』らしいから呼んだんだけど……。

うーん! 凄く恥ずかしい!

この待ってる間の謎の感覚……。鼓動が速くなるのを止められない……。


「はぁ……唯斗まだかなぁ……」


「俺がどうしたって?」


「ひゃあっ!?」


突然目の前に唯斗が現れ、俺は驚いて軽い悲鳴を上げた。


「なんだ唯斗かぁ……脅かさないでよぉ……」


「用事があるんだろ? 早く済ませて帰るぞ」


……? なんだか唯斗、機嫌悪い?


「どうしたの? 何かあった?」


「なんで?」


……うっ、ちょっと怖いかも。


「え、えっと……やっぱなんでも……ない」


唯斗らしくない冷ためな態度に圧倒されたのか返事は尻すぼみになってしまった。


「……で、用事は?」


このままではマズい。

そう思った俺はカバンからチョコの入った包みを取り出した。


「こ、これ! あげる!」


「……えっ?」


俺は何故か驚いた顔をする唯斗の手に包みを握らせた。


「こ、これって……」


「……うん、チョコだよ……」


もちろん本命の。……なんて恥ずかしくて言えない。


「(……ま、まさか俺、響に失礼な事を考えてたんじゃ……)」


「……唯斗?」


包みを握らせてから動かなくなった唯斗を見ていたら……


「……え?」


突然視界が真っ暗になった。


「響……変な八つ当たりしちゃってごめんな……」


背中に伝わる大きな手のひらの感触によって抱きしめられている事に気づいた。


「ど、どうしたの急に……?」


「(クラスのみんなが俺を差し置いて響からチョコを貰ってたのが悔しかったなんて言えないよなぁ……)」


「唯斗?」


「ああいや、ちょっと大変な事があってな。イラついていたみたいなんだ。カッコ悪いとこ見せちゃったな」


唯斗は俺の背中に手を置いたまま体を離した。


「ううん、唯斗こそ大丈夫? さっきみたいな唯斗、久しぶりに見たけど」


あの完璧超人の唯斗に大変な事と言わせた上にイラつかせる程の事をしたなんて……。ただ者じゃないね、その人。


「ああ、響を見たらこの通りさ」


……うーん? その割には最初はカリカリしてたよね……?

本当に一体何があったんだ?


「おっと忘れてた。ほら、これは俺からの贈り物だ」


唯斗はカバンの中に手を入れ、可愛らしいラッピングがされた箱を出して俺に差し出してきた。


「……?」


「ま、まぁアレだ。バレンタインデーというのはな、女から男へじゃなくても良いと思うんだ」


照れくさそうに笑う唯斗。それを見た俺は唯斗をちょっとだけ可愛いと思った。

元男が男を可愛いと思うだなんておかしい事だと思う。

でも、それだけ唯斗の事が好きなんだなと感じて嬉しくなった。


「唯斗が料理しだしたらもう誰の作ったチョコも普通のチョコと同じになっちゃうよ……」


「そうか? ……そう言ってもらえると作って良かったと思えてくるな、はは」


「…………」


「…………」


ちょっとだけ沈黙。

でもそれはきっと良い沈黙。


俺は唯斗から離れて手すりのある所まで行き、少し夕方っぽくなりつつもまだ白い空を眺めた。

下から上がってくるちょっと涼しめの風が心地良い。


こうしてボーッとしてると唯斗が隣にやってきて、唯斗も空を眺め始めた。


「唯斗」


「ん?」


「俺、この学校でここが一番好き」


「ああ、俺もだ」


別に良く来る訳じゃない。むしろ滅多に来ない。

波頼高校は超エリートしか来れない超エリート高校。だから必要性の感じられないような建物があるほど施設が充実している。

そんな中で俺はこの電灯とベンチしかないだだっ広い空間が一番好きだ。


「響」


少しの沈黙の後で唯斗が俺の名前を呼んだ。


「なに?」


返事をして唯斗の方を向くと、スッと身体を持ち上げられてお姫様抱っこされて……


「……んむっ」


口を口で塞がれた。


急な出来事で頭の回転が追いつかなかったけど目を閉じる事と両手を唯斗の首の後ろに持っていく事だけは成功した。


「…………」


「…………ん」


十秒くらいのちょっと長めの幸せな時間も終わり、俺達はお互いに目を開けた。


唯斗の頬、赤くなってる……。きっと俺もおんなじ風になってるんだろうな……。


そんな事を考えていたらますます身体中の体温計が上がったような気がした。


「……そろそろ……帰るか?」


「……うん」


名残り惜しそうにしながら唯斗から降りて、俺達は帰り始めた。






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