番外編 楽園の日常
番外編として出していいのかよく分からない内容ですが、なんとなく番外編扱いになりました
ちなみに楽園とは響さんのバイト先であるモーメントエデンの事です
―明治家
―視点 三人称
午後6時頃
「はぁ…」
その日、明治家の食卓の間に響の重いため息が立ち込めた
休日を明日に控えた金曜ともなれば溜まった疲れが雪崩れ込んでくるのだろうと思いながらも、取り合えず理由を聞いておこうか的なノリで美代は然り気無く尋ねてみた
「響? もしかして美味しくない?」
響は目の前にある沢山のポテトフライを見ながら顔を横に振った
「そ、そんなことないよ。ただ……」
「ただ?」
「体育祭の種目、女子リレーのアンカーになった……」
再びため息をつく響を見て、美代はなぁんだそんな事かと言いそうな顔で駆けっこは大好きでしょと言った
「そうなんだけどさぁ……。なんか前と違って走れなくて……」
「もう1年と半とちょっとするんだから慣れなさい」
「うーん、どうにも慣れなくて……。この体に馴染んできてるのか前より力が出ないし」
響はポテトフライを摘みつつそう言った
「普通は逆に馴染んできてたらよく動くようになるんじゃない?」
「うーん、わかんない……」
「お姉ちゃん、そんなに嫌ならなんで断らなかったの?」
響の表情は七海の言葉で渋くなった
「いやぁ、今年のスポーツ祭、去年のスポーツ祭と体育祭でなかなかな走りを見せちゃってさ。それでみんながどうしてもって……」
「兄さんの走りを見たのなら仕方ないね」
響は博樹の言葉で肩をガックリ落とした
・・・・・・・・・・・・
―モーメントエデン
―視点 明治響
午前10時30分過ぎ
次の日、俺はまだ憂鬱な気分のままバイト先へ着き、入口のドアを開けた
「いらっしゃいま…って明治ちゃんか。おはよう」
「……おはようございます、センパイ」
俺を出迎えてくれた目の前の女性は水樹先輩だった
相変わらずの美人さんで、ここに来て最初に話した時はドキドキしたよ
「んー? なんだか元気無さげ?」
「そ、そんな事無いですよ」
「そう? もしかして彼氏さんと喧嘩した? それは無いか」
見ての通り水樹先輩、凄まじいお姉さんオーラの持ち主だ
シフトが被る時に一緒に働いてて気づいたんだけど、水樹先輩ってとっても頼りになる人なんだよね
まさにデキるお姉さん?
「明治ちゃん、仕事とプライベートはちゃんと分別すること。この店は響ちゃんの笑顔の為だけに来ている人もいるんだから店に居る間は笑顔でね?」
「はい……」
一部変な話があった気もするけど水樹先輩の言ってる事の大体は正しい
「さ、ちゃちゃっと準備しちゃおう。店長〜!」
水樹先輩は俺の頭をぽんぽんと優しく叩くと何故か店長を呼んだ
「どうした水樹。響ちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「店長、わかりますか?」
「ああ、ここでのメンタルケア役は水樹だもんな。頼んだぞ」
「流石店長、響ちゃんを見ただけでわかるなんて」
「俺だって伊達に店長やってないからな。この目利きの良さはゴールデンアイってとこr……っていないし……。ちょっとは店長の話聞いてくれてもいいんじゃないか?」
店長が語り出した時には俺は水樹先輩に連られてスタッフルームの方へと行っていた
店長、ごめん!
「今日は11時からだっけ?」
「はい、そうですよ」
スタッフルームへ入った俺達は他愛もない話をしていた
「響ちゃん」
「はい、なんでしょう? あわわ……ど、どうしたんですか?」
水樹先輩は俺にぐいっと近付くと、両手を俺の頬に当てた
……これはヤバい
今の俺、全国のお姉さん派属に大威張りできるくらいに年下ポジしてるよ
「何か困ってる事、無い?」
「……そ、それはまぁ色々とまぁ……」
「色々って何かな?」
わぁぁ、近いっ! お顔が近いですぅぅぅ!
頭も撫でないで下さいぃぃぃ!
「あ、あの……!」
「……はっ!? ご、ごめんねっ。ついちょっかい出したくなっちゃって♪」
「ふぅ……」
凄くドキドキしたけどなんだか気が抜けたみたい
これもお姉さんパワー?
「で、なにか悩みがあるんじゃないの?」
……ありゃりゃ、そんなに表情に出てるかなぁ
「じ、実はですね……」
「うんうん」
「またリレーのアンカーになっちゃいまして……」
「リレーのアンカー? ああ、体育祭の?」
「……はい」
「適任じゃない。何が不満なの?」
うぐ、これも撒いた種か
唯斗の言った通り女の子らしくしてればよかったのかなぁ……
「まぁ気持ちは分かるよ? 女の子があのトラックを2周も走らされるんだもん。誰だって嫌よね」
「……はい」
「でもね、誰かがやらなきゃいけないの(滅茶苦茶というか理不尽な理屈だけど、響ちゃんなら効くのよね。カカッと立ち直ってもらって仕事に入らせないと)」
誰かがやらなきゃいけない……か
なんだかカッコいいな
「リレーのアンカーなんてそうそう出来るものじゃないわ。でもみんなは響ちゃんならやってくれると信じて選んだのよ」
俺なら出来る……ぐぬぬ
「みんなが響ちゃん、あなたを選んだの。あなたは選ばれし英雄なのよ!(流石に無理があるよね……)」
選ばれし英雄……!?
ぬぅぅぅ……
「私も応援するから!(……あ、ちょっと台詞ミスっちゃったかも)」
「!?」
先輩が!? 俺を!?
うおぉぉぉぉぉぉぉ!!
「ありがとうございます先輩! 俺、やってみます!」
「え? う、うん、頑張ってね(よく分からないけど立ち直ってくれたみたいね)」
よっしゃー! この気合の溜まった状態でバイトも頑張っちゃうぞー!
―同日同所午後1時
―視点 三人称
「お待たせしましたぁ♪ カフェオレになりま〜す♪」
「(こ、この子が噂のウェイトレスさんか……! すっげぇかわええぞ!?)」
響に見惚れてしまった客はこれで何人目だろうか
いつも以上に機嫌がよくはりきっている響は客からしたらかなり魅力的なようだ
頑張る女性は素晴らしい
この話は響のような小さな女の子にも当てはまるらしい
そして、意識せずとも次々に客を紳士にしていく響を端から眺めている人物が2人いた
「はりきってますね、響ちゃん」
「ああ、響ちゃん目当てで来て響ちゃん目当てで客の注文の回数が増えるから店的には儲かるが他の子の仕事が増えるのが難点だな」
モーメントエデンの店長と水樹である
「そして客が粘るから回転率も下がると」
「そうだ。この店は満席にならない、つまり窮屈な空間にならないように微妙な立地に建てたんだが、ついに満席になる日がくるかもしれないな。それもたった1人の女の子によって」
「……かっこよく聞こえなくもないのですが、それってこの店には響ちゃん以外に客引き要素が無いって事ですよね?」
「……それを言うな。別に専門店でもなんでもないただの個人経営の喫茶店に何かを求める方がおかしいんだ」
「それもそうですね〜」
「……はぁ、ちょっとは否定とかフォローとかしてもいいんじゃない? 落ち着くところがウリとか可愛い子がいっぱいとか」
「店長、落ち着くのは良いんですけど女の子をウリにしちゃったらただの水商売店と変わりませんよ?」
「……確かに。女の子はあくまでウェイトレスさん。この店の落ち着く雰囲気こそが主役ってのがウチのやり方だったね。企業戦士に安らぎを与えて、ご老人方の第2の故郷になるのが目標なのだから」
水樹は店長が熱いトークを繰り広げそうな雰囲気を醸し出し始めたのを察知し、いち早く仕事に戻る事にした
「私、そろそろ戻りますね」
「あっ……」
これからという時に水樹に逃げられてしまい、なんとも虚しい気持ちになりながらも、店長は裏の仕事に加わった
―午後6時20分頃
今日の仕事を完了した響は帰りの身支度を終え、他のスタッフに声掛けをしていた
「響ちゃん、おつです」
「お疲れ様です水樹先輩」
「(ああ、やっぱり後輩にぺこぺこされるのっていいなぁ〜♪ 年上って本当に素晴らしいわぁ〜♪)」
響が水樹に声掛けを終えたちょうどその時、店長が自ら響に声掛けをしてきた
「響ちゃん、お疲れ様」
「あ、店長。どうもお疲れ様です」
「今日はごめんね、5時のところを6時までやってもらっちゃって」
「大丈夫ですよ。それに、みんな忙しそうなのに自分だけ帰るなんて嫌じゃないですか(……まぁ、お陰で膝はガクガクなんだけどね。えへへ、無理しちゃったなぁ)」
「「(ああ、いい子だ…)」」
ちょっと気張った表情で話す響に店長は少し大きめの小包を渡した
「……店長? あっ、これって」
「そ、いつものやつだよ。今日は凄く頑張っていたから少し多めだよ」
この店長は気まぐれで仕事中にクッキーを焼く事があって客やスタッフに振る舞う事がある
そしてやたら多く作るからスタッフが上がる時にクッキーの入った小包を渡すこともあった
「ありがとう店長っ」
「「(可愛い……)」」
屈託のない笑顔で素直に感謝する響に、その場にいた人は皆やられてしまった
「じゃ、じゃあまた今度頼むよ」
「はいっ、じゃあ失礼します」
仕事を終え足がだいぶ参っていながらも小包を両手に上機嫌で店を出た響を待っていたのはある男だった
「よう、おつかれさん」
その男を見た響は小包を落としそうになった
「……唯斗?」
「ああ、迎えに来たぜ」
「あぁ、いやぁ……えーと。な、なんだよ〜。こんな時間に迎えに来なくてもいいじゃんかよ〜」
響は両手を頭の後ろにやりにこやかにそう言った
照れているのを必死でごまかしているようだが、顔色まではごまかせない。実にバレバレである
唯斗はそんな響を吟見しながら響に背を向けしゃがみ込んだ
「ほらほら、もうクッタクタなんだろ? おぶってやるから乗れ」
「……うん」
響はなんだかんだ言って素直に従って唯斗に乗った
「おしっ、よっこらせっと……ん?」
唯斗は立ち上がる時、響が手に持っている小包を見つけた
そして話しながら歩き始めた
「おお、あの店長のクッキー?」
「ああ、さっき貰ったんだ」
「いいなぁ。な、な、俺にも後で分けてくれよ」
「ん? いいけど。唯斗は店長のクッキー大好きだもんねぇ♪」
「うぐ……ま、まぁな(初めてこの小包を見たとき、俺は何故かカッとなって全部食べちゃったんだよな……。そんで超美味くて悔しくて……。そんで誤解だと知った時、自分の嫉妬の醜さに気付かされたんだよな……)」
「あ、後で一緒に食べよ……?(ぬわー! な、なんだか恥ずかしい! なんだか言ってて恥ずかしい!)」
「ああ、後で、一緒に……な」
「うんっ」
「んん……」
『ふぁ、起きたぁ? いやぁ、ここは夢だから起きたはおかしいけどぉ』
「……ディザーリィ? なんか話し方がおかしくない? 酔ってるの?」
『んにゃあ? おかしくなんかないよぉ? ただねぇ、なんだかとっても気持ちが良いんだぁ……。あふぅ……』
「……確かに気持ち良いかも。なんだかお湯にでも浸かってるような……あっ」
『ま、まさかお風呂で寝たのぉ!? 溺れ死んでも知らないよぉ!?』
「溺れ死んだらディザーリィと同じ幽霊だね」
『なにを暢気なことをぉ……。って、オレは幽霊じゃないよぉ?』
「えっ? そうなの? てっきり既に死んで幽霊になった人かと……」
『あのねぇ、実際の幽霊を見たことがないからなんとも言えないけどぉ、幽霊が生身の人間に入ったら憑依やらなにやらするじゃん?』
「うんうん、じゃあディザーリィは何者?」
『そーだねぇ、本体から切り離された意識?』
「……それ、幽霊じゃない?」
『わかんないよぉ! オレも実際今の自分がなんなのかわかんないよぉ!』
「あぁあぁ、泣かないで。……本当は酔ってるんじゃないの?」
『酔ってるぅ? 最近全くアルコール摂取なんてしてないのにぃ!?』
「うわぁ、この喜怒哀楽の激しい感じ、酔ったサラリーマンだよ……。っていうかディザーリィってお酒呑むの?」
『飲む飲むぅ〜! 美味い不味い良い悪いなんて全然わかんないにわかだけど口に合うなら何でも飲むよぉ〜♪』
「だ、大丈夫、ディザーリィ?」
『あのねぇ〜、人……(人なのかあやふやだけど)大丈夫なひとを酔ったオッサンみたいに言うのよくないよぉ!? 酔ったオッサンはキレたら誰彼構わずチューし始めるんだからぁ! チューしちゃうぞぉ!?』
「ああもうノリがわかんない〜! しかも酔ったオッサンをたぶん肯定してるしぃ〜! あ、あれ? この口調、俺も酔ったオッサン化してるぅ!?」
『チューチュー♪』
「わわわっ、来ないで! いや来て! ぐぬぬぅ、理性と幼女にチューされたい欲望がぁぁ……」
『ほうら捕まえた……ってあれ? もう起きるのぉ? 待ってよぉ! このまま置いてくのぉ? 待って、待ってぇぇぇ!』
・・・・・・・・・・・・
「……んぁ、なんだか幼女に襲われる夢を見たような……」
「あらぁ、起きちゃったぁ?」
「……え? なんで母さんがここに……?」
「響の隙あるところママ現れり! なぁんてね♪ えいっ」
「んぁ!? か、かあひゃ……ん!? や、やめ……ふぁっ!?」
「えいえいえい〜♪」
「いやぁぁぁ……」
(※こんなオチでごめんなさい……)




