第八話:喧嘩しようぜ
へいへい!!朝だっていうのに俺ってば元気100倍じゃないかい!!そんな気分で稲垣は登校してきた。
「おはよう諸君」
制服点検をしている生活指導の先生にウキウキ気分で挨拶している。
「ふふふ、君はそんなに内申点を下げたいのかい。下げたいのかい?」
生活指導の先生は所持物の竹刀を両手に持って、バキッと音を立てて割った。
「失礼しましたー」
稲垣は冷や汗を垂らしながら校門をくぐる。
「たくっ…」
生活指導の先生は呆れまくった。
教室に入るとクラスに女子の人だかりが出来ている。
黒崎もう来たのか?と期待しながら稲垣は人だかりの中を進んだ。
すると、微かに声が聞こえる。
「これは今ドラマに出てる○○だよ」
「マジでぇ」
ジュニアだ。ジャニーズだ。
元ジャニーズの屋良がその時撮った写真を女子に見せていたのだ。
「んだよ、黒崎じゃねえんかよ」
稲垣はグチをこぼした。
そして、稲垣のこのグチでとてつもない事が起きる。
稲垣の近くにいた女子が女子の人だかりにそれを伝え、それがクラスと屋良の耳に届き、屋良が他のクラスにその事を伝え、あるクラスの女子が後輩と先輩に伝え、いつのまにか全員に知り渡り、黒崎を出迎えようと校庭に出て、先輩や他のクラスは稲垣のクラスに集まった。
その時にとてつもない人数の人がこの狭い空間にいるため、人口密度が大きくなって熱中症で倒れた人数、合わせて16人。
黒崎って本当に人気があるな…。と稲垣は思った。
「黒崎先輩が来ました!!」
後輩の叫び声を聞いた直後、ほとんどの人が歓声を上げ、校庭に向かって走り出した。
その時にこけて踏まれた人の数、合わせて11人。
黒崎って本当に人気あるなと稲垣は思った。
「ちーす、皆さんこんにちは」
ピースサインを掲げて黒崎は教室に参上した。
その時に太田の先公も参上して、先輩や他のクラスに『さっさと自分の教室に行け!!』と怒鳴り散らした。
黒崎って本当に人気あるな…。と稲垣は思った。
「うーす稲垣ちゃん」
黒崎は笑いながら稲垣の肩を叩き自分の席に着いた。
これから黒崎の別れ会が始まります。
最初は先生のメッセージ。次はクラスのみんなのメッセージだ。
「絶対俺らと遊んでた事、このクラスにいた事を忘れるなよ」
大沢は台本が無い状態でスラスラと話した。
黒崎はハイテンションで拍手をしてるが、実は心の中はすごく泣き出したいと思っていた。
次は稲垣の番だ。
稲垣ははぁとゆっくり息を吐いた後、椅子から立って教卓の前へと歩きだした。
稲垣が教卓の前に来ると、みんなが注目をした。黒崎もだ。
どうしたんだよ…。稲垣…。黒崎は心配している。
その頃、稲垣は、ポケットからメモを出そうとしたが、ポケットに戻した。
自分の友達に送る言葉を、メモに移すなんて失礼にも程があると思ったからだ。
くそ…、なんて言えばいいんだよ。
稲垣は冷や汗を流し、送る言葉を考えていた。
こんなに狭い教室が稲垣にはコンサートホールに見える。
もう、これしか言えねぇ。
稲垣は息を吸って吐いた。
「友達でいてくれてありがとう」
稲垣はお辞儀をして自分の席に戻った。
短かっ!!クラスの全員は思っただろう。
だが黒崎は、よく言えたと思いながらあたたかい拍手をしたのだ。
「おい、拍手してるぜ」
「どうしよう」
教室に慌てた様子の言葉が飛び交うが、結果、暖かい拍手を全員がした。
黒崎は右の親指を立てた。
これは黒崎達5人にとっては『よくやった』などの褒める事を言う合い言葉だ。
稲垣も笑いながら右の親指を立てた。
「この言葉には一つ一つに意味がありますね」
数学担当の太田の先公がまるで国語担当のように褒めた。
次は黒崎のメッセージ。
来るものが来たかと覚悟をした黒崎が立ち上がって教卓の前に立った。
野球で九回裏で相手が打てば負けの状態で投手を任せられた選手みたいに黒崎は固まった。
「どうしたんだ、黒崎…」
「変なもん食ったのか?」
心配の声がクラスに飛び交う。
大沢でさえも言えるのか?と思っている。
大沢の表情を見てそれを察した稲垣は、『しょうがねえな』と呟き、息を吸った。
「何やってるんだよ!!黒崎!!」
稲垣は叫びながら立ち上がった。
クラスの視線が一気に稲垣に向けられる。
「お前はそれでもリーダーかよ!!俺ら4人をまとめたリーダーかよ!!俺は今までの黒崎が好きだった。言いたい事も言えて、やりたい事もやれてすげぇいいなと思った。すげぇ憧れてた。だけど今のお前は何だよ!!何も言えずに黙ったまま。そんな奴俺はすげぇ嫌いなんだよ。だから頑張れよ!!俺の好きな黒崎に戻ってくれよ!!」
「稲垣…」
黒崎は稲垣の変貌ぶりに感激している。
「そうだよ!!頑張れよ黒崎!!」
大沢も立ち上がった。
「今のお前にリーダーを任せた俺の気持ちを無駄にする気かよ!!頑張れよリーダー!!」
「大沢…」
リーダーを任せていた気持ちを知って、黒崎は感動している。
「何でもいいから言ってくれ!!黙ってるお前なんか見たくねえよ!!」
「いつも言いたい事を言っていたお前が今言いたい事を言えなくてどうする!!」
「私が好きな黒崎君に戻ってよ」
「頑張れ黒崎!!」
クラスのみんなが立ち上がった。まるで金八だなと太田の先公は感激している。
「みんな…」
黒崎は涙が一瞬こぼれたが、親指で目を拭った。
「俺はお前らの事が大好きだあ!!」
「いえーい!!」
クラスのみんなが騒ぎ始めた。
稲垣と大沢は黒崎と肩を組んで、右の親指を上げた。
黒崎は涙を流しながら右の親指を上げた。
ついに別れの時が来た。
黒崎はクラスのみんなに大きく手を振っている。
クラスのみんなもそれに応えられるように大きく手を振った。
「先公、今までありがとう」
「次の学校の先公には先公って呼ぶなよ」
「分かってるて」
「よし、合格だ」
「それじゃ。じゃあなみんな!!」
黒崎はまた大きく手を振って教室をゆっくりと出ていった。
「授業の邪魔になるのでベランダには出ないように」
小さな声で『えー』と不満な意見が出てきた。
「それじゃ…私がちょっとはな…」
「大沢行くぞ!!」
太田の先公を無視して稲垣が立ち上がった。
「おう!!」
大沢もそれに応じて、二人で教室を出ていく。
「話…は?」
太田の先公は悲しそうな声で呟いた。
その頃、黒崎は、父親の車の中で泣いていた。
父親はバックミラーでそれを確認している。
「お前が泣くなんて、小学校の時の弟子が帰った時以来だな」
「そうなんだ」
黒崎は黒崎の父の話に応じた。
その頃、稲垣と大沢は屋良と大塚のクラスに入り込んだ。
「失礼します。いやいやどうも。人はオムツで始まりオムツで終わりますよね」
ゴジラのクラスは稲垣の話を笑いながら聞いている。
その間に大沢は屋良と大塚を連れて教室を出て、親指と人差し指で○の合図を送った。
稲垣は小さく頷いた。
「それでは私の話を終わらせていただきます」
稲垣は深くお辞儀をしている。
ゴジラのクラスは突然乱入してきた事も気にせず大きな拍手を送っている。
「謝謝」
稲垣は教室を出ていった。
何なんだ?と思いながらゴジラは辺りを見回すと、二人がいない事に気づいた。
「それでありがとうか…、何なんだ?あいつら」
「なに人の内申点を下げようとしてんだよ!?」
二人は大沢達の行動に不満を持ち始めた。
「まあまあ、これから何するか分かってるくせにぃ」
稲垣は屋良の肩を叩きながら言った。
「じゃあ、行くかー!!」
「うぇーい」
屋良と大塚はしょうがなく二人の後をついていった。
四人が走ってる先には、黒崎が乗っている黒光りのベンツが走っている。
「おーい、黒崎!!」
かすかに叫び声が聞こえて、黒崎が振り返ると、四人が大きく手を振っている姿が見えた。
黒崎は手を上げようとしたが、諦めて手をおろした。
するとゴムがこすれる音がして、黒光りのベンツは止まった。
「止まった。黒崎弁護士…」
四人は感謝しながらベンツへ向かって走り出した。
「行け、剛」
「いいんかよ、お袋待たせちゃって…」
黒崎の父は小さく頷いた。
「それに、道路の真ん中に駐車したら、交通の邪魔をしたとみなされて、道路交通法違反になるでしょ」
「君ぃ、俺の親父、黒崎知事はどのくらい税金払ってると思うんだい?」
道路の分かれ目で、交通整備の人が泣きながら近道を案内していた。
「何やらせてるんだよ、知事は俺に…」
整備員は呟いていた。
「知事かよ!!爺ちゃん!!」
黒崎はじいちゃんは町長という嘘をついてなんか悔しかった。
町長よりおもいっきり上じゃねえかと思っていたからだ。
黒崎が車から降りると、4人が肩で息をしながら黒崎を見ていた。
「おめえら、学校はどうしたんだよ」
「schoolよりお前の方が大事だよ」
大塚がやっと覚えた単語を使って話す。
「黒崎」
「どうした」
屋良が一歩前に出た。
「黒崎、女の子はもう俺のもんだからな」
「屋良…」
黒崎が涙をこらえている。
「へっ、女の子を泣かしたら許さねーからな」
「黒崎」
大塚が一歩前に出た。
「お前よりも頭良くなってやるからな」
「schoolは俺だって覚えてるよ。がんばれよ」
「黒崎」
大沢が一歩前に出た。
「リーダーの座は頂いたからな」
「お前は一生リーダーだからなって言ってくれよ。せいぜい」
「黒崎…」
稲垣が一歩前に出た。
「稲垣…」
「今度会ったら…」
稲垣は拳を掲げた。
「喧嘩でもしようぜ!!」
「へっ、稲垣、それまでに特訓しとけよ」
「…」
5人は黙った。
「そうだ、最後にこれ…」
黒崎は稲垣に紙を渡した。
「俺が去ってから見ろよな」
稲垣はポケットに入れた。
「ああ」
黒崎はベンツのドアを開けている。
「じゃあな、みんな」
「おう、元気でな」
四人がそれぞれ言葉を言って手を振った。
黒崎はベンツの中に入って間を空いてから発進した。
「いいのか、あんな約束して」
黒崎の父は聞こえたのか黒崎に心配の声をかけている。
「ああ、俺、あいつらとまた会うと思うから」
「どうかな」
「俺が望んでるんだ。叶うに決まってる」
黒崎の父は笑みを浮かべてアクセルを踏んだ。
「四人になったな…」
夕焼けが照らしている道路を歩きながら、大沢は呟いた。
「ああ、それより、黒崎からもらった手紙見ようぜ稲垣」
屋良が稲垣のズボンのポケットから紙を出した。
屋良は折れている紙を広げている。
広げた紙を見ると、黒崎の字で『(σ・∀・)σ』と書いてあった。
意味がわかんねえよと四人は思った。
親友・黒崎が去った。
学校を行く気無くしてサボろうとして、斜面の草むらに寝転がった時、稲垣は会る奴とご対面してしまう。
こんな事、俺望んだっけ?
いよいよ「空に歌えば」本編になります。