第二十八話:トロフィー
おばさんの若作りな叫び声のおかげで、公園のトイレの周りに人だかりが出来た。
「どうしたんです?こんなに叫んで?」
筋肉質な若い男性がおばさんに聞く。
「この子たちが女子トイレから出てきて…私を…」
おばさんはハンカチを目の下に当てながら泣いている。
いや、おばさんに何もしてないですけど…。もし何かされたなら俺らの他に女子トイレに入ってた人か、浮遊霊のいたずらだと思いますよ。てかおばさんうそ泣きだし。
俺は思う。このおばさんはただ単に被害者になりたかっただけだ。
いつもはハイテンションの二人も、ずっと下を向いて黙っている。
ふっ、これが人生の修羅場なのだろう。パトラッシュと共に教会でもいって大胆な天使のそりに乗って夜空を駆けようぜ。パトラッシュ。
「なんだと!!」
筋肉質な兄さんは見事な二等辺三角形の形の目で俺達を見る。その目の奥からは少々の傷跡は残るけど覚悟してね(にっこり)って感じられる。俺らはそれに怯えてケータイのバイブのように震えてしまう。
一向に止めてくれないケータイの着信のようにずっと震える俺らは、もうこの噂がバンド大会会場に届くとは思わなかった。インターネットは恐ろしい。
「なんだと!!」
どっかで聞いたような言葉で審査員は驚く。それと共に池永のバンドの他のメンバーがいない事が解り、みるみるうちに噂がバレていく。
「すいません。もう反省しました」
筋肉質なお兄さんの目に完敗して俺達は反省のフリをしちゃう。
「反省したならそれでいい警察には黙るから家に帰れ」
「はい」
俺らは静かに頭を下げて公園から去る。作戦成功しました。ボス。
「なんですか?」
命の危機から逃れて帰ってきた俺に待っていたのは、俺らの楽器を持った審査員だった。池永は今にも泣きそうな顔をしている。
「これは君達のだよね」
「はい」
「ここ、ガールズバンド限定の大会だって知ってるよね?」
「はい」
「じゃあなんで男の君達が楽器を持ってるのかな」
しっ…、しっまた。
「女子トイレ侵入事件と、ギターの腕毛で全てが解けたのさ」
やっぱり腕毛はバレてたのか。我、一生の不覚なり。
「じゃあ失格って事で」
審査員は書類にボールペンで何かを記入する。くそ。腕毛を生やした俺を殴りたい。
「ちょっと待てよ!!」
勇気ある言葉を叫んだのは特に関係ない大沢くん。こんなに登場したかったんだよね。
「あいつらは池永のために頑張ったんだぞ!人間を捨ててまで池永のために…」
「もういいよ!」
大沢の出番を途絶えたのは池永だった。池永は泣いていてその涙はまっすぐに流れて平行だ。
「もういいんです…。私とみんなの集大成…鼓動がみんなにわかってもらっただけでも嬉しいです」
池永はボロボロ涙を流している。1リットルは必要かな?売ってないんかな。1リットルのペットボトルに入っている涙。
「すいませんが、失格です」
若い審査員が年下に敬語を使って失格を納得させる。福元より優しいぞ。
「はい…」
池永は返事と共に行こと小さく言ったから帰りの準備が始まった。
「あと…」
年増のおじさん審査員が帰りの準備をしてる俺らを止めた。
「君たちの演奏は素晴らしかった。いや、君たちの鼓動は最高だった。君たちが女装してたと言ってショックだったよ。今度普通のバンド大会があるから是非参加してくださいね」
おじさんは笑顔で誉めてくれた。
泣くぞ…泣くぞ…池永…泣くぞ…きた…泣いた!!ほんとに涙もろいっすね。池永タン(キモい)。
「やったぁ。みんなほんとにありがと(涙)」
嬉しかった。池永も、俺らもほんとに嬉しかった。この嬉しい思いが明日にも届けたら、幸せが生まれるのだろう。
俺はそう思いながらおじさんの励ましという見えないトロフィーを手にバンド大会会場を後にした。
翌日。
「ねぇ師匠」
「やめろよぉ」
なぜかちょっと出番が欲しかっただけの大沢くんに池永は惹かれ、師匠という呼び名で朝からくっついている。
「師匠ぉ、師匠のバンドに入りたい」
「えっ、役割とかないし」
「ダメ…なの…」
出た!!可愛い子限定、女の目で池永は大沢をみつめる。ちょっとダメージを受けたようだ。
「す、スタッフならいいよ」
「やったぁ、師匠大好き☆」
そう言って池永は大沢の腕を組む。
あっ、屋良さんはショックで寝込んでます。
そのトロフィーを手に、もう一回思い出しちゃったら、その思い出は一生頭という家に住むのだ。
次回新編に入ります。