第十六話:一番苦しんでいる人
俺が苦しんでいたギター地獄に、こんな簡単に抜けられるとは思わなかった。
教室に着くと、大沢が笑顔で俺の所にやってきた。
「聞いたぜ。ギター、親に止めさせられたんだってな」
俺に笑顔で振る舞っているが、今朝の裏切りの真相を教えた電話の時の方が数倍元気があった。しかも何か言いたいと顔に書いてあった。
「通学途中に福元さんと会って詳しく話聞いたんだ。でもさ、ギターで倒れた奴なんてそんなにいないぜ。はははは」
一生懸命俺を笑わせようとする大沢が気の毒に思えた。
本当は俺たち悪い事しか能が無い不良が、ケンカよりも本気になれたのが、福元が誘ったギターだった。俺はギターを触るのも初めてだが、弾いていると楽しかった。
俺は俺を病院送りにした福元より、こんな量で倒れた俺を恨んでいた。
包帯がまだ血で滲んでいるからもっと自分に腹が立つ。
不良の唯一好きな教科(なのか?)、体育はあんな手じゃ出来ないから休んだ。体育は今フットサルをやっていて、俺が抜けたチームは体育の教育実習生(サッカーど下手)が入っていた。
シュートのチャンスだったが、思いっきり空振りしてその間に相手チームに取られていた。
チームメイトは『ドンマイ、ドンマイ』と言っているが、内心では、あんにゃろー、教育実習生でおまけにイケメンだからって調子に乗りやがってと思っているだろう。
俺は、みんながフットサルに夢中になっている途中に、包帯を解いてみた。
指にちょっと当たるだけでズキズキしてしまう。その度に俺はこんなに強く押さえていたのかと思った。
やっと解けた。傷を見ると自分があわれになってしまった。
指全部がカミソリで切られた感じで指の第一関節のちょっと上あたりに血で書いた線が引かれてるようだ。しかも周りには卵の黄身のような色の膿みがある。
しばらく傷を見ていると、だんだん傷口から血がたらたら垂れてきた。俺は慌てて包帯を巻こうとするが、上手くいかず、けっこう血が出た状態で先生に気付いてもらえ、救出された。
「まったく自分の健康状態をよく見てからこういう事をしろ!!」
保健室で手当をしながら体育の先生に怒鳴られた。わざわざ保健室で怒鳴るなよと思っていた。
だいたい俺は自分の傷の状態だってわかっていた。
じゃあなぜ見たかというと、俺は自分の傷の痕跡を確認したかったのだ。自分が一生懸命行動し、傷つけた記録をこの場で確認したかったのだ。
まあ毎日日記を付けるような感じだ。アサガオの観察日記でもいいだろう。
帰りに大沢達と新しく出来たゲーセンに寄る事にした。
行く途中に長橋楽器店を横切る事にちょっと抵抗したが、新しいゲーセンに行くから俺はすんなり受け入れた。
どんどん四人で歩いて、ついに長橋楽器店を横切る時が来た。
近づく度に思い出してしまう。血だらけになった指。大量出血による病院搬送。鬼と化した福元。
傷口がいきなりズキズキしてきた。俺は『いてー!!』と傷口を押さえると、ギターの音色が聞こえてきた。
「誰かギターを弾いてるぜ」
俺が言うと、みんなギターの音色を集中して聞いてみた。
すると、ギターの音色に合わせて屋良がベース音を口で奏で始めた。
俺達が屋良が奏でているベース音と一緒に聞いてみると、大沢と大塚もそれぞれの楽器の音を口で奏で始めた。
俺が合わせて聞くと、バンドをしているように聞こえてきた。
「すげー、本当のバンドのようだ」
俺が拍手をすると、いきなりみんなが袖をまくったりしてきた。
「なっ、なんだよ!!これ?」
俺が驚くのは当たり前だ。
屋良は肩にテーピングが巻いてあって、大塚は手首にテーピングがグルグル巻いてあって、大沢は首に何かが切れた跡があった。
「いやぁ、福元さんの訓練はきつかったよ。俺なんか1日七時間ぐらいベースを肩に背負いっぱなしだよ」
屋良がもうこりごりだって顔で言った。
「俺も1日の三分の一の時間はスネアをずっと叩いてたぜ」
大塚がドラムを叩いてるジェスチャーを入れながら言った。
「俺なんか下手だってピアノ線持って追いかけられた挙げ句こんな様だよ」
俺はピアノ線を両手に持って大沢を追っかけている福元を想像すると笑えた。
「お前だけじゃねえんだよ。苦しんでるのはよ」
大沢は長橋楽器店の方向を指さすと、カーテンの影で福元が弦を変えている途中で指を切ったのか痛そうにもがき苦しんでいる。
俺、こんなんでいいのか?俺より傷ついてる奴が近くにいるのに俺はこんなんでくたばっていいのか?
俺は血で滲んだ包帯を見た。
その後、俺はゆっくり息を吸って『うりゃああ!!』と叫び、道路に拳を叩きつけた。
「行くぞ!!」
「おう!!」
俺達は長橋楽器店に向かって走り出した。
肩にテーピングした屋良より、腕にテーピングした大塚よりピアノ線で首を軽く切った大沢より、ギターによる大量出血で倒れた俺より苦しんでいる奴がいる。
そう…福元健吾だ。