第十二話:福元的ギター教室
「後は君だけなんだよ、稲垣君」
この状況をどう説明すればいいのか稲垣は分からなかった。
みんなどうせ下手だと思っていたが、知らなかった過去と、思いもしなかった上手さに、稲垣はどうする事も出来なかった。
朝になった。
今日は学校が休みだが、どうせなら学校に行きたいと稲垣は思っている。
なぜならば、今日は福元健吾のギター教室があるからだ。
9時半に長橋楽器店に集合。
今は八時。
あと一時間半には地獄が待っている。
なんか自分の寿命を知った僕の生きる道の中村秀雄みたいだ。
今は八時四十五分。
もうコンピューターのウイルスでもいいから体の中に入ってくれと稲垣は思った。
時計は稲垣を見事に裏切って9時へと針を動かす。
「はあ、もう行かなきゃなのか」
稲垣は頭を抱えてしゃがみ込む。
稲垣の頭の中で、福元の言葉がこだましている。
後は君だけなんだよ…後は君だけなんだよ…後は君だけなんだよ…。
時計は九時二十分をさしていた。
「遅いな!!たくっ!!」
福元は苛立ちながら稲垣を待っていた。
「あのー、まだ開店してないんだけど」
シャッターが閉まった楽器店の前で、店長が福元に話しかける。
「店長、落ち着いてください」
「お前が落ち着けよ」
話が噛み合わないまま九時半になった。
九時四十五分。タクシーが来て中には稲垣が座っていた。
「ここですね」
タクシーの運転手はちょうど福元の前で止まった。
「ちょっと待ってください」
稲垣はそういってタクシーを降りた。
「おせーよ、初心者!!」
福元がキレたが、稲垣は何も反応せずにタクシーを見た。
「あ、あんたさ、四万持ってる?」
「今、三万しかないけど、どうしたの?」
「これ、タクシーじゃなくてハイヤーなの」
稲垣が涙目でハイヤーを指さす。
「この…電車でこい!!」
福元はおもいっきり怒鳴った。
「すいません店長」
福元と稲垣は深々とお辞儀をした。
「今日は生まれて初めての事ばっかだったよ」
店長はそう言ってライブハウスの鍵を開けに行った。
確かにそうだ。開店前に楽器店の前に人がいたり、ハイヤーで来た高校生や、楽器店にハイヤー代を払ってもらうなど初めての事ばっかだろう。
「さあ、あの三人に負けないために頑張ろう!!」
福元からギターを差し出され、稲垣はしょうがなく受け取った。
「まずはコードでドレミをやろう」
「てかまずコードを教えろよ」
「うん、いいからやれ」
だが、やれって言っても初心者なため、福元はコードを教える事に決めた。
「まずドはC。こことこことここに指を置く。やってごらん」
稲垣が弾いたら、ヅィーンって音が鳴る。
「なんだよ、この音は!!もう一回」
ぺーん。
「なんだこりゃ…どんな弦の押さえ方をしてもこんな音出ねーぞ!!もう一回!!」
こうして、稲垣はいまだに音階も出来なく、福元はライブハウスなのに外でも聞こえるような声で怒鳴っていた。
そして三時間後、稲垣は見事ジャーンと音が出せるようになった。
「出来たぞ福元!!俺ってもしかして天才?」
「てか三時間じゃ普通に簡単な曲は弾けるってーの」
「なんですと」
稲垣は驚愕の真実に驚いた。
「さぁさぁ、本題のコードに入りますよ!!」
「もういいよ。帰っていい?」
稲垣はあくびしながら伸びた。福元の堪忍袋の緒が切れそうだ。
「あの三人が出来るってーのにてめーだけ出来ねえってどうゆう事だ!!ああ」
「俺だって三人みたいに過去に経験してたら出来たってーの!黒崎に言え!」
稲垣は怒鳴ってドラムセットを蹴った。
「黒崎って誰だよ!?」
福元がごもっともな疑問でキレた。
「いいからやれ!!Cコードだ!!Cコード!!タバコ吸わせるぞ」
一言余計だよ…と思いながら稲垣はCコードを押さえて弾いた。
ぺーん。
「お前もうバンドやめろ」
次から稲垣視線に入ります。
ご了承ください。
俺が何をしたんだ?
ただ草むらに寝ころんだらあいつが現れていきなりギターやろって言ったんだろ。
「昔は昔、今は今」
もういいよ、殺せよ。
どんどん福元的ギター教室がスパルタ教育になってゆく。
もう犯罪になるよ。これ。