第十一話:絶好調なスタート?
稲垣は昼休みの学校に入ってきた。
「おう、おせーじゃん稲垣」
稲垣に気づいた大沢が声をかける。
「ところでさ、大沢くん」
稲垣がクモのようにちょこまかと近寄ってくる。
「君、ピアノ出来るよね?」
「うん、まあ。正確にはキーボードだけどな」
大沢はパンを口に入れた。
「話が早い」
稲垣は大沢の手を強く握って廊下を走り出した。
大沢はえっ?と思いながら稲垣に引っ張られていた。
辿り着いた場所は屋良と大塚のクラスだった。
稲垣はニヤリと笑う。そんな稲垣を大沢は気味悪がっていた。
「ちょっと待ってて」
そう言い残して稲垣は二人のクラスに入っていった。
「どうも皆さん!!(稲垣)」
「あっ!!稲垣!!(ゴジラ)」
「稲垣どこ行ってたんだよ!!(屋良)」
「まあまあ、とりあえずちょっと来て(稲垣)」
「駄目だ!!ちょっと職員…(ゴジラ)」
「ドカッ(鈍い音)」
「ぐはっ…(ゴジラ)
「ドサッ(倒れる音)」
「うわぁん、先生〜!!(クラスの誰か)」
「てめー、よくも先生を(クラスの誰か)」
「クロロホルムらしき液体!!(稲垣)」
「なんだよこれ!!なんか赤くて沸点を越えてるのか沸騰してるよ(クラスの誰か)」
「おやすみなさーい!!(稲垣)」
「うわっ…ZZzz....(クラスの誰か)」
「ZZzz....(クラスのみんな)」
「うわあ…俺ら以外みんな寝てるよ、一人は倒れてるけど(大塚)」
「ドラえもんしか出来ないと思ったぜ。この状況(屋良)」
「まあな。行こうぜ。大沢が待ってる(稲垣)」
「おう(二人)」
三人が教室から出てきた。
「お待たせ大沢」
「ねえ!!さっき何やってたの!!何か警察来てもおかしくない事やってたよね」
大沢が必死な顔で三人に聞く。
「さ、さぁ。俺法律分かんないし」
稲垣が言い訳をしてどこかへと向かった。
「それにしてもあの液体なんだ」
屋良がそんな疑問を抱きながらも、三人は稲垣の後についていった。
辿り着いた場所は職員室。
またもや稲垣はニヤリと笑う。
「みんなちょっと待ってろよ」
稲垣は三人を職員室の前で待たせ、職員室の中に入っていった。
「失礼します(稲垣)」
「ああっ!!稲垣君!!(太田の先公)」
「どうも(稲垣)」
「んまぁ!!稲垣君!?(先生)」
「何してたんだ!?学校サボって(先生)」
「それより太田先生(稲垣)」
「ああ(太田の先公)」
「俺と大沢と屋良と大塚は早退します(稲垣)」
「えっ?(太田の先公)」
「駄目だ!!駄目だ!!(生活指導)」
「なんでですか!?(稲垣)」
「絶対サボるためだろ!!(生活指導)」
「違いますよ!!(稲垣)」
「ならなんだ?(生活指導)」
「マジックマッシュルームらしきキノコ(稲垣)」
「何だこりゃ(先生)」
「何かしいたけっぽいぞ(先生)」
「うわあカピカピしてるキモイ(先生)」
「先生の口にダンクシュート!!(稲垣)」
「のわっ!!(太田の先公)」
「わっ!!(生活指導)」
「わあきれいなお花畑(先生)」
「のわぁあ!!幽霊だ!!(太田の先公)」
「わ、私はケンカは弱いんだ!!暴力的な行為はやめて(生活指導)」
「ぎゃー(先生たち)」
「わあー!!(先生たち)」
「失礼しました(稲垣)」
稲垣が職員室から出てきた。
「お前の鞄の中がすげー気になるよ」
屋良が鞄に指をさしながら言った。
稲垣は気味悪い笑みを浮かべた。
「行こうぜ。おまえらを待ってる人がいる」
稲垣が右の親指で校門を指さす。
三人が校門の方を見ると、軽自動車が一台、校門の近くに止まっている。
誰だあいつと三人は思ったが、稲垣が紹介する人だから普通の人だろうと思って帰る準備をした。
数分後、三人は校門に集まった。
「紹介するよ。俺にギターを七万も取らせてやらせた福元健吾。詐欺師」
「詐欺師って言うなよ」
稲垣につっこみを入れて、福元はお辞儀をした。
「ここで話すのはヤバいらしいからちょっと来てくれる」
福元はそう言って車のドアを開けて四人を入れた。
着いた場所は『長橋ライブハウスand楽器店』だ。
そこに入ると、待ちかまえてたかのようにめがねをかけた店長が出入り口の前に立っていた。
「いらっしゃいませ」
店長は深々とお辞儀をして五人をライブハウスへと案内した。
ライブハウスには楽器が全て揃っていて、マイクやアンプもちゃんと設備されていた。
「おおすげー!!」
稲垣達がはしゃいでギターやベースを弾く振りをしている。
「なあ稲垣。それよりなんで俺たちをこんな所に連れてきたんだ?」
大沢はとりあえずはしゃいでいたが、ふと気になって訪ねてみた。
「まあ、今からやってもらうわけ」
稲垣に代わって福元が答えた。
「…はぁ!?」
三人が訳分からないと訴えるように叫んだ。
「とりあえずやってみて」
福元が両手を合わせて頼んだ。
「年上の…頼みじゃなあ」
三人は年上に対する尊敬だけは出来てるのか、多少戸惑いを見せている。
「ま、まあいいけど」
「ほんと!?ありがとう」
「いやいや」
三人はハーとため息をついた。
「じゃあまずはドラムを決めたいと思う。立候補者はいる?」
「なんか選挙みたい」
大塚が例えるが誰も笑ってくれなくて、それに苛立ちながら手を挙げた。
「おっ!!やるかい」
ドラムが早く決まって楽が出来るのを喜びながら福元はもう一回聞く。
「はいやります」
「君、名前は」
「はあ、大塚といいます」
「ポカリスエット!」
「はい?」
「いや、別に」
大塚製薬と掛けてやがると大沢は思った。
「じゃあやります」
大塚はドラムの位置につくと、スーッと息を吸って叩いた。
音のバランス、テンポ、リズム、難易度が高くて、完成度が高いドラムの演奏をした。
「すげー大塚」
「やるー、ポカリスエット」
四人は大塚のドラムの上手さに驚きを隠せずに声が出てしまった。
最後は両方のシンバルを強く叩いた。
四人は大きく拍手をした。
「君すごいねー」
「はあ、まあ」
大塚は何度も軽く頭を下げながら戻った。
『ドラム決定』と福元は呟いた。
「さあ次はベースだ。誰かいるかい」
「じゃあ、俺で」
屋良が手を挙げてベースを持ち始めた。
「やる気があるね、じゃあどうぞ」
屋良は自分で合図をして弾き始めた。
ズレないリズム、ぶれない音色、コードの押さえ方がバッチリだった。
「なんだい、君もすごいね」
「どうも…」
屋良はベースを置いて戻った。
「じゃあ君」
福元は大沢を指差した。
「はい」
「キーボード、出来る」
「まあ」
「じゃあやってみて」
綺麗な弾き方、単調と長調の使い分け、上の段の音色と下の段の音色の違いをよく使い分けていて、大沢もカンペキだった。
「なんだい、なんだい。すごいね。みんな出来るじゃん」
三人は軽く頭を下げた。
「一回さ、ブルハの曲を流すからやってみて」
ちなみにブルハとはブルーハーツの事です。
流れてきたのはブルーハーツの『TRAIN-TRAIN』だ。
みんながズレずにコードやリズムをカンペキにこなしていて、それぞれの力が合わさって揃っていた。
あまりの完成度の高さに稲垣と福元は唖然としたまま拍手をした。
「す、すげーな、おまえら」
「どうしたんだい。けっこう長くやらないとこんなに出来ないよ。バンド組んでたの?」
三人は一回頷いた。
「はい、もう転校したけど友達と」
大沢が答えた。
えっ…?そんな事知らないよと稲垣は思っている。
この事から分かるように、稲垣には何も教えずに黒崎たちはバンドを組んでいたのだ。
「なんか、すげーショック」
稲垣はあまりのショックなためうなだれてしまった。
「ふうー、なんか一気に絶好調になったな」
福元の言葉に、稲垣はピンと来た。
「そうだ!名前だ!名前考えようぜ!」
「その前に君のギターを上達させなきゃね。出来ないの、君だけだよ」
「えっ…?」
稲垣は幸先のいいスタートは出来なかったようだ。
三人の意外な過去にショックを隠しきれない稲垣に、さらなる試練がくる。
それは、福元のスパルタ的ギター教室だった。
「指から血が出ても、上手くやらなきゃ意味が無いから」
俺、バンド抜けていいですか?